■かつては役立たずだった「クレーム研修」
いまクレーム対応の現場で、企業や自治体が直面しているのは、もはや「接客マナーの改善」などという生やさしい問題ではありません。悪質なクレーマーやカスハラ(カスタマーハラスメント)による組織崩壊の危機です。
私がクレーム研修講師のキャリアをスタートさせた2008年頃は、研修内容が完全に現場と乖離していました。
当時はキャビンアテンダント(CA)出身の講師による「優雅なおもてなし論」や、警察官OBによる「細かすぎる法律論」が主流でした。CA出身者による講義は「いかにクレームを起こさないか」に主眼が置かれ、警察官OBによる講義は「いつ警察に通報するか」という内容が中心でした。
しかし、クレーム対応の現場が本当に求めているのは、「お客様を満足させる」ことではなく、「目の前のクレーマーに対していかに対応するか」という実践的な知識だったのです。現場で飛び交う金銭要求や暴言というカスハラには、当時の一般的なクレーム研修はまったく役に立ちませんでした。
このことをクレーム研修講師側がまったく理解していなかったからか、研修会社には「クレーム研修講師の講義内容が全然役に立たない。もっと実践的に講義ができる講師を派遣して欲しい」というクレームが寄せられていたそうです。
私は90年代にブックオフでクレーム対応をしていたため、企業が求めている実践的なクレーム研修に対応することができ、その後独立して現在にいたります。
■クレーマーがもたらす“深刻な企業リスク”
クレーム研修を求める企業が直面している課題は大きく分けて、➀従業員のメンタル不調と離職、②企業イメージの低下と採用活動の失敗、③「謝罪コスト」による業務効率の悪化、の3点にまとめられます。
まず、最も深刻なのは、現場の従業員のメンタルヘルス不調です。クレーム対応による過度なストレスでうつ病や休職、退職が後を絶ちません。特に区役所などの公的機関では、民間と異なり、「税金を払っているんだから自分の言うことを聞いて当然」のような過度な権利意識を持った利用者にハラスメントを受けるリスクがあり、従業員が一方的に耐え忍ぶ構造が常態化しています。
次に問題なのが、採用活動の失敗です。小売業や飲食店に対して「働き始めたら悪質なクレームを受けそう」といった印象を持っている方は少なくありません。そうした印象が広まってしまえば就職希望者は減少してしまいますし、悪質なクレーム対応がSNSなどで晒されることで、企業イメージは悪化する可能性も考えられます。
そして、「謝罪コスト」による業務効率の悪化も非常に深刻です。全面的な謝罪をしてしまうと、「責任を認めた」と解釈され、後から慰謝料請求といった不当要求に発展するリスクが高まります。実際に賠償金などを支払わなかったとしても、適切な対応を取らなければ継続的に嫌がらせ受けるリスクを抱えてしまいます。
クレーム対応によって業務が滞ってしまえば、事業の生産性が低下し、業績にも影響するおそれがあります。
■「全面的な謝罪」は絶対にNG
では、悪質なクレーマーに対してどのように対応するべきなのでしょうか。
旧来は「お客様は神様」という風潮のもと、「謝って場を収めろ」という指導が蔓延しました。また、企業側に過失があるケースであれば、きちんと謝罪する必要があります。ですが、悪質なクレーマーや、客側の誤解によるクレームに対して「申し訳ございませんでした」と全面的な謝罪をすることは、実は絶対にやってはいけないことなのです。
まず、全面的な謝罪は企業が法的な「責任を認めた」と受け止められ、後の金銭要求や訴訟の根拠として利用されてしまうおそれがあります。
ここでいう「責任」には、「感情的な責任」(不快にさせたことへの謝罪)と「事実上の責任」(こちらに落ち度があったことの容認)の2種類があります。悪質なクレーマーは、前者の謝罪を引き出し、それを後者の容認として利用しようとします。つまり、企業側はあくまでも感情に寄り添った謝罪をしたつもりでも、クレーマー側はそれを「企業が過失を認めた」と受け止めて自分の立場を有利にするために利用するのです。
これは私が、90年代にブックオフで働いていたころから心がけてきたことですが、相手の怒りが収まらないうちに謝罪を乱発するのは、もっとも無駄な行為であり、クレーマーの思う壺なのです。
■「部分謝罪」で感情にだけ寄り添う
また、激高した相手に対し、形式的な謝罪は火に油を注ぎます。
クレーマーは「謝ればいいと思っているのか」と謝罪自体を拒絶し、さらに怒りをエスカレートさせるのです。彼らは謝罪ではなく、こちらの要求を飲むことを誠意だと認識しています。そのため、謝罪で終わらせようとすると要求をはぐらかされたと感じ、さらに不当な要求へとシフトしていくのです。
では、どう対応すべきか。それは「部分謝罪」を徹底することです。こちらに非がない場合、謝るべきは「私どもの行動」ではなく、「お客様の気持ち」に対してのみです。
最も効果的な「部分謝罪」の切り返しは、謝罪の対象を「感情」に限定することです。
例えば、全般的な不満に対して「申し訳ございませんでした」と全面的に謝罪するのではなく、「ご不快な思いをおかけいたしまして、申し訳ございませんでした」と、感情に対するお詫びに限定します。
要望を断る時には「お力になれず、申し訳ありません」ではなく、「ご要望に添えず、申し訳ございませんでした」と伝え、あくまで「要望に添えない」という事態に対してのみ謝罪します。
たとえば、保育園や幼稚園で子供の怪我などが発生した場合も、施設側の人間として「怪我をさせてしまい申し訳ありません」と事実上の責任を認めるのではなく、「ご心配をおかけし、申し訳ございません」と、保護者の「心配」という感情に寄り添う形で謝罪を限定します。
これらの言葉は、感情に対してのみお詫びを述べているのであって、「あなたの言う通り、私どもに非があります」という事実責任は一切認めていません。この技術こそが、悪質クレーマーから自分と会社を守る盾となります。
■「いつ、どこで、何を」を明確にする
部分謝罪を徹底したら、その次に重要なのがとにかくクレーマーに話し続けさせることです。
相手の言い分を吐き出させることで、少しずつ気持ちが落ち着いてくる場合もあります。相手の話がひと通り終わったら、「よろしいでしょうか、少し話を整理させていただけますか」と、強引に会話の流れを止めます。
そして、感情のままに怒鳴り散らす相手を論理的な土俵に引き戻すのが、「6W3H」を使った質問術です。
「おっしゃっていることは、いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、誰に(Whom)、何を(What)、なぜ(Why)、そして、いくら(How much)、どうやって(How to)、どのくらい(How many)ということでしょうか? 間違っていませんか?」
この質問の真の目的は、具体的な解決策を見つけることや、クレーマーを論破することよりも、相手の興奮状態を強制的に鎮静化させることです。感情のままに話していた相手は、論理的な要素(日時や金額など)を問われることで、脳の思考を司る部分を使わざるを得なくなり、興奮時と比べて気持ちが落ち着いていきます。
この質問で、相手は怒りの爆発から強制的に思考を切り替えさせられ、感情的な爆発が収まりやすくなります。
■「大きな声で暴言を繰り返す」とクレーマーは落ち着く
相手が「殺す」などの暴言を吐いた場合こそ、冷静に対処する必要があります。
ただ、とはいっても、突然大きな声を出されたら驚いてしまいますし、恐怖で声が出なくなってしまうこともあるかもしれません。こういうこときは複雑な対応はせずに、シンプルな対応をするのが効果的です。具体的には「落ち着いた、大きな声」で相手の暴言を返すのです。
「いま、私に『殺す』という風におっしゃったんですか? もう一度、おっしゃっていただけますか」
強い言葉をあえて大きな声で繰り返すことで、相手に言動を自覚させ、周囲の従業員にも状況を明確に知らせることができます。クレーマーも自分が暴言を吐いていることを客観的に理解することで不利な状況にいることを理解し、急になにも言えなくなる場合があります。
この「大きな声で暴言を繰り返す」行為には、重要な効果があります。
暴言を吐いた相手に「心理的ショック」を与えること。
従業員自身が「大きな声」を出すことは、自身の心を落ち着かせ、動揺を抑える効果も期待できます。この戦術は、相手の理不尽な要求に対して冷静な態度を崩さず、むしろ相手の暴走を組織防御に利用するための、プロの切り返しなのです。
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津田 卓也(つだ・たくや)
クレーム研修担当講師
キューブルーツ(Cube Roots)代表。1965年生まれ。京都府出身。1995年ブックオフコーポレーション株式会社に入社し、2000年にはブックオフコーポレーションの年間MVP獲得。2005年にセミナー&研修会社キューブルーツを設立。メディアでも活躍し、フジテレビ『バイキングMORE』、テレビ東京『解禁!暴露ナイト』、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」、NHK「あさイチ」等に出演。執筆活動にも力を入れており、雑誌では『日経ビジネスアソシエ』等にも寄稿。著書に『どんなクレームも絶対解決できる!』、『カスハラ、悪意クレームなど ハードクレームから従業員・組織を守る本』(ともにあさ出版)、『なぜか印象がよくなるすごい断り方』(サンマーク出版)などがある。
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(クレーム研修担当講師 津田 卓也)

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