■「カスハラ」と「正当なクレーム」をどう区別するか
クレーム対応の現場でまず行うべきは、目の前の苦情が「正当なクレーム」なのか、「悪質なカスハラ」なのかを明確に定義することです。この区別ができなければ、組織も従業員も疲弊し、悪質な要求に屈する結果を招くことになります。
クレームとは、本来、顧客の「実現可能なニーズと、提供されたサービスとの間に生じたギャップ」を埋めるために存在するものです。たとえば、鉄道の遅延や、スーパーでの商品不良、飲食店での商品提供の遅れ、といった苦情は、企業や組織の改善点を示唆するものであり、真摯に対応すべき「正当なクレーム」です。
しかし、悪質なクレーム、あるいはカスハラ(カスタマーハラスメント)は、この「実現可能なニーズ」の枠を完全に逸脱します。たとえば、喫茶店で「自分でこぼしたコーヒーのクリーニング代を払え」といった理不尽な要求や、市役所などで「公務員なら土下座しろ」といった人権を無視した要求を突きつけることがその典型です。
悪質なクレームが恐ろしいのは、要求の内容が正当か否かにかかわらず、暴言、暴力、威圧、長時間の拘束、セクハラといった不当な手段を用いて要求を通そうとすることです。重要なのは、要求の内容ではなく、要求を通そうとする手段が悪質かどうかという点に集中することです。従業員に危害を加える行為は、すべて即座に悪質なクレームとして対処しなければなりません。
■悪質クレームの明確な「サイン」
悪質クレーマーは「正当な苦情」のつもりで従業員に詰め寄ってきますが、その言動には必ず「サイン」が表れます。悪質クレームを見極めるポイントは、相手が解決不可能な要求をしていないか、人格攻撃や暴力を振るっているか、金銭要求にシフトしているか、の3点です。
まず、「解決不可能な要求」ですが、「お前をクビにしろ」「この店を潰せ」といった、個人や企業の一存では決して解決できない、あるいは社会的に不当な要求を突きつけてくる場合です。あるいは、市役所などの公的機関の場合は、「税金を下げろ!」や「一円も払いたくない!」といった、その場では対応することができない要求も悪質なクレームだと言っていいでしょう。
次に、「誠意を見せろ」「殺すぞ」「お前は馬鹿か」といった、人格を否定する発言や、テーブルを叩く、物を投げるなどの威嚇行為や暴言があった場合も、組織的に対応すべきハードクレームの兆候です。
また、不当な金銭要求も明らかなサインです。「慰謝料を払え」「お詫びの印に金を出せ」といった、被害の程度と釣り合わない、あるいは根拠のない金銭を要求してくるケースです。
これらのポイントを見極めつつ、従業員が強く不快感を抱いていると判断した場合は、相手は顧客ではなく悪質なクレーマーだと判断して対応する必要があります。
■「無理な要求」がなくてもカスハラになるケースも
クレーム対応における古い常識の一つに、「要求が具体的でなければ、ただのストレス発散であり無視しても良い」という見方がありました。しかし、現代のカスハラでは、具体的な要求がなくても、従業員の業務を妨害したり、精神的な苦痛を与えたりするだけで、十分にカスハラとして成立します。
そのもっとも代表的な例が「延々と世間話をやめない顧客」です。
顧客側には悪気はないのかもしれませんが、延々と世間話や世の中への不満を語り続ける行為は、従業員を他の業務に一切手をつけることができない状態に追い込み、ほかの顧客へのサービス提供が滞ります。たとえば、市役所の窓口で業務と関係ない孫の話を2時間以上聞かされたり、あるいは女性従業員の連絡先を聞こうとするような顧客はいまでもいます。
相手に明確な金銭要求がなくとも、従業員に長時間ストレスを与え続けたり、業務を停止させたりすることは、「要求」のないカスハラとして組織的に対応しなければなりません。
この場合の対応は、「時間制限」を設け、冷静に退去を促すことが重要です。まず、「お話はよくわかりました。貴重なご意見ありがとうございます」と共感を示しつつも、「大変申し訳ございません。他のお客様のご予約時間もございますので、本日はこのあたりで失礼いたします」と、業務の都合を盾にして会話を中断します。
それでも応じない場合は、「これ以上ご滞在されますと、他の業務に支障をきたします。業務妨害と判断せざるを得ませんので、ご退出をお願いいたします」と、毅然とした態度で業務妨害にあたることを明確に伝えることで、場を収めることができます。
■「警察を呼びますよ!」はむしろNG
もっとも組織に大きな被害をもたらす悪質クレームは、金銭を要求してくるケースです。「慰謝料を払え」「お詫びの印に金を出せ」といった要求は、こちらに非がない限り「強要罪」や「恐喝罪」にあたる可能性が高い行為です。
こうした時、従業員が感情的になり「警察を呼びますよ!」と言い返すことはできれば避けるべきだと私は考えています。なぜなら、相手はそれを挑発と受け止め、「呼べるもんなら呼んでみろ」とさらに激高し、状況を完全に悪化させるリスクがあるからです。警察を呼ぶべき状況だとしても、それを相手に「予告」することはスマートな対応とは到底言えません。
もし、警察を呼ぶとしたら、従業員内での暗号のようなものを事前に作っておき、クレーマーには伝わらないように110番通報するのがいいでしょう。
では、警察を呼ぶほどの事態ではなかった場合は、どうすればいいでしょうか。
まず、感情に対する部分謝罪で受け止めます。「ご要望に添えず申し訳ございません」といった表現で、責任を認めずに要求を拒否します。
金銭要求が繰り返された場合、従業員は決して独断で判断しない姿勢を見せるため、「申し訳ございません。金銭に関わることですので、私ども独断では判断できません」と返答し、「一度、法務部門または顧問弁護士に相談させていただきます」と伝えます。これにより、「これは個人間で解決できる問題ではない」というメッセージを明確に送り、相手の勢いを削ぎます。
■「馬鹿のフリ」をする対応が実は効果的
ここからが最も重要です。金銭要求は、具体的な「金額と理由」がなければ成立しません。従業員は、低い姿勢で、徹底的に「馬鹿のフリ」をして、「なぜお金が欲しいのか」「いくらほしいのか」といった具体的な情報を聞き出すことに徹します。
「大変申し訳ありません。さきほどから仰っていることの意味がよくわからないのです。
「申し訳ございません。頭が悪くて、よく理解できておりません。慰謝料とは、何に対する、おいくらのご要求でしょうか? 詳しくお教えいただけませんか?」
「誠意とは、具体的に何をすればお示しできるのでしょうか? 私どもにわかるように、一つ一つご指示いただけませんか?」
この質問の意図は二つあります。まず、さきほども解説したように、馬鹿のふりをするというのは具体的な情報を確認していく作業になります。ここで相手の問題意識を確認し、一緒に事実確認を進めていくことで少しずつ怒りが収まっていくケースがほとんどです。
■反論せずに「決定的な証拠」をおさえる
私の経験では、クレーマーというのは認識が一致するポイントを見つけると気持ちが落ち着いていく傾向があります。たとえば喫茶店で飲んでいたコーヒーを自分で倒してしまい、そのことで服が汚れたというケースだとしましょう。
「大きな声を出されているそのシミは我々がつけたのでしょうか?」
「この店で買ったコーヒーがこぼれてついたんだ!」
「なるほど。では、なぜコーヒーがこぼれてしまったのでしょうか?」
「それは自分でうっかりカップを倒したから……」
「では、シミがついたきっかけはご自身にある、ということでしょうか」
「それはそうかもしれないな」
このように、具体的に一つひとつ状況を確認していくと、そのやり取りのなかで我に返ったかのように落ち着くケースは少なくありません。
また一方で、「馬鹿のフリ」をして振る舞うことで、相手の「強要」や「恐喝」にあたる発言を具体的な金額や行動指示として、明確に引き出すことも可能です。相手が「○○万円払え」といった発言をした場合は、そのやり取りを録音・録画することで、強要罪や恐喝罪の強力な証拠となります。
ここまで発言を引き出せたのであれば、クレーマーには伝わらないように110番通報をして、警察官に映像や音声を確認してもらうこともできます。
反論せず、相手の暴力的な振る舞いは避けつつも、金銭要求を法的な「証拠」に変える。これこそが、「警察を呼びますよ」という一見すると効果的な切り返しを上回る、組織を守るためのスマートな応答なのです。
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津田 卓也(つだ・たくや)
クレーム研修担当講師
キューブルーツ(Cube Roots)代表。1965年生まれ。京都府出身。1995年ブックオフコーポレーション株式会社に入社し、2000年にはブックオフコーポレーションの年間MVP獲得。2005年にセミナー&研修会社キューブルーツを設立。メディアでも活躍し、フジテレビ『バイキングMORE』、テレビ東京『解禁!暴露ナイト』、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」、NHK「あさイチ」等に出演。執筆活動にも力を入れており、雑誌では『日経ビジネスアソシエ』等にも寄稿。著書に『どんなクレームも絶対解決できる!』、『カスハラ、悪意クレームなど ハードクレームから従業員・組織を守る本』(ともにあさ出版)、『なぜか印象がよくなるすごい断り方』(サンマーク出版)などがある。
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(クレーム研修担当講師 津田 卓也)

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