人生に行き詰まりを感じたら、どうすればいいか。福厳寺住職の大愚元勝さんは「スマホの検索は知らない世界を探訪しているようでいて、じつは自分の持っている情報や知識の周辺の狭い世界の中でうろちょろしているだけだ。
スマホに関わる時間を、できればいまの半分くらいに減らし、自分がどっぷりハマっている『好きなもの』から、あえて少し離れたほうがいい」という――。
※本稿は、大愚元勝『仕事も人間関係もうまくいく離れる力』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■ハイテク企業の駆使するマーケティング戦略の中身
SNSに関連して、一つ、知っておいたほうがいいことをお話ししましょう。
私たちはふだん、何気なくスマホを便利に使っています。
けれどもそれは、知らないうちに先進のテクノロジーが作為的に受信・発信する情報に取り込まれている、ということでもあります。
このことをふまえて、欲望を操作されないように注意しなくてはいけません。
どうすればいいのでしょうか。
それを知るキーワードが「HALT(ハルト)」です。
人間というのは、
H=Hungry(空腹)

A=Angry(怒り)

L=Lonely(孤独)

T=Tired(疲れ)
という四つの状況にあるときに、もっとも「買い物をしたい!」という意欲がかき立てられるそうです。
ハイテク企業はこの消費者心理を、マーケティング戦略の一つとして利用しています。「HALT」の情動が生じる“そのとき”を狙って、その人が欲しがりそうな物やサービスの広告を、スマホにガンガン送りつけるのです。
何を欲しがるかは、サイトの閲覧履歴やネット通販の購入履歴、SNS上の発言などから分析されています。

ときどき「どうして自分の欲しいものがわかるんだろう」とふしぎに思うことがありませんか? AIはそのくらい正確に、個人のニーズをつかみ、正確に予測しているのです。
消費者の感情も同じです。消費者自身がSNSを通して「お腹が減ったな」「イヤなことがあって機嫌が悪いんだよね」「ひとりぼっちでさびしいな」「今日は疲れたよ」などと発信すると、それがリアルタイムでキャッチされるのです。
このように、自分ではそのつもりがなくても、自分で入力したことが、感情に至るまでも企業のビッグデータに取り込まれている……。
そうわかると、ちょっと怖いですよね。
だからこそ、ますます「SNSから離れる力」を持つことが大事なのです。でないと、スマホに自分の情報を入力するたびに、また画面を見るたびに、チャリン、チャリンとお金を失うことになります。
■行き詰まり感を解消する
仏教に「貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)」という言葉があります。
これは、三種の根本的な煩悩を意味し、「心の三毒」とされています。
具体的には、
「貪」は、自分の好きなものを貪るように欲しがること。
「瞋」は、自分の嫌いなものを憎み、嫌悪すること。
「痴」は、自分で好きか嫌いかがよくわからないし、知ろうともせずに迷うこと。

私たちはあらゆるもの、あらゆることをこれら三つのどれか――好きか、嫌いか、好きでも嫌いでもない、に当てはめて生きています。
つまり「貪瞋痴」に従って、「好きなものとつながっていたい」「嫌いなものは遠ざけたい」「好きでも嫌いでもないものは自分とは関係ない」というふうに判断して、行動しているのです。
この「仏教的心理分析」から、現代人の悩みを読み解くことができます。たとえば人生や仕事、恋愛などに行き詰まっている人の相談を受けたとき、私はこう答えています。
「貪瞋痴のカテゴライズでいうと、あなたは、これまで『貪の世界』で生きてきました。自分の好きな仕事をし、好きな人とつきあい、好きなものを食べ……というふうに好きなことばかりを選択して、ほかの世界を見ようともしなかった。だからいま、行き詰まっているんですよ。
少し『貪』から離れてごらんなさい。ひょっとしたら、自分が嫌いだと思っていた『瞋の世界』『痴の世界』に新しい出会いがあるかもしれない。生き方が変わる可能性だってあります。
好きなことだけではなく、嫌いなことや興味のないことにも目を向けてみると、きっとあなたの目に入る世界がこれまでの三倍くらいに広がるでしょう。それだけでいまの“行き詰まり感”は解消されるはずです」
私が何をいいたいかというと、先ほどお話しした「HALT」が、仏教の説く「貪瞋痴」と結びついている、ということです。

ハイテク企業がSNSから「HALT」を取り込みながら、消費者の「貪瞋痴の貪」を刺激し、欲しい物を買いたい意欲をかき立てる――。
人間の情動が知らないうちに、そういう仕組みに利用されているといっていいでしょう。つまりSNSは、「HALT」と「貪瞋痴の貪」の刺激装置にほかならないのです。
■知らず知らずのうち閉鎖的なコミュニティが形成
ですから、自分がどっぷりハマっている「好きなもの」から、あえて少し離れたほうがいい。そのためにまず、スマホに関わる時間を、できればいまの半分くらいに減らしましょう。
スマホを見れば、ついインターネットを利用します。「あらゆることを検索できて便利」だと思うからです。
けれども検索する項目は、大半が「貪」――自分の好きなこと、興味・関心のあることではありませんか?
それでは、知らない世界を探訪しているようでいて、じつは自分の持っている情報や知識の周辺の狭い世界の中でうろちょろしているだけです。
これをエコーチェンバー現象といいます。
自分と同じ情報や知識があらゆる方向から返ってくる「反響室」のような閉鎖的なコミュニティが形成されているのです。
■スマホを置いて書店に行こう
ご提案したいのは、とりあえず本屋さんに行ってみましょう、ということです。
できればスマホは家に置いて。
そして足の向くまま、気の向くまま、棚から棚へ回ってみて、「おもしろそうだな」と感じた本を手に取ってみましょう。
そこからおもしろい世界が開けるかもしれません。
新しい興味への扉が開く可能性もあります。
そして「離れる力」を磨くきっかけとなるでしょう。
そうして「貪瞋痴の呪縛」から解き放たれたとき、“知識や経験の食わず嫌い”が矯正され、心から偏った欲望を少しずつ減らしていくことができます。
自分の「好きなもの」にこだわりすぎると、心が辺境な世界に支配されて、外に向かって開かれない――。
このことをぜひ覚えておいてください。

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大愚 元勝(たいぐ・げんしょう)

佛心宗大叢山福厳寺住職、(株)慈光グループ代表

空手家、セラピスト、社長、作家など複数の顔を持ち「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。僧名は大愚(大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意)。YouTube「大愚和尚の一問一答」はチャンネル登録者数57万人、1.3億回再生された超人気番組。著書に『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)、『最後にあなたを救う禅語』(扶桑社)、『思いを手放すことば』(KADOKAWA)、『自分という壁』(アスコム)、『愚恋に説法: 恋の病に効く30の処方箋』(小学館)などがある。

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(佛心宗大叢山福厳寺住職、(株)慈光グループ代表 大愚 元勝)
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