定年退職前に、すべきことは何か。元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは「人生経験を積んだ学生時代の旧友はかけがえのない財産となる。
それには同窓会を活用するといい」という――。(第2回)
※本稿は、佐藤優『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』(Hanada新書)の一部を再編集したものです。
■同窓会こそ定年後の最強ネットワーク
同窓会に出席し、それが契機になって、年に何度か会うようになる人がいるかもしれない。すると、予想もしない有益な情報が得られることがある。あるいは、その人物が仕事を回してくれたり、安い住宅物件を紹介してくれたり、おカネの工面(くめん)をしてくれたり……
同窓会をきっかけに、こうしたある種の協力関係が生まれることがある。
なぜか? 定年後の人たちは、みな、ある分野のスペシャリストになっているからである。
また「シェアリングエコノミー」という観点からも、こうした人的ネットワークは重要だ。たとえば自動車のことを考えてみると、個人で所有しているケースでは、維持費や税金に関する負担が大きい。が、これを何人かで共有すれば、負担がはるかに軽くなる。
社会保障制度が劣化し、十分な保障を期待できないなか、こうした横のつながりを重視すべきだろう。そのきっかけが、同窓会なのだ。
同窓会で旧交を温め、ネットワークを再構築する。
かつて多感な時期に共同生活を送ってきた人たちとのつながりは、想像以上に強固なものである。これほど強い人脈はない、と言っても過言ではないだろう。
現在のような厳しい時代だからこそ、みなでスクラムを組み、力を合わせて生きるのだ。
■旧友と再会し、共に生きるという喜び
聖書には〈喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい〉(「ローマの信徒への手紙」一二章一五節)という言葉がある。イエスの教えの重要な部分は、人々が幸せを分かち合い、共に生きることだ。そしてそれこそが、人間の幸福を実現する究極の姿だ、と説く。
日本の社会と経済が大きく変貌するなか、同窓会で再会した旧友と心を通わせ合い、共に生きる――これによって喜びを実感できるようになるかもしれない。
50歳を過ぎたころから同窓会の案内が届くようになったことは、定年後の人たちなら、お気づきのことだろう。そのころになると子どもも独立し、時間的な余裕も生まれる。そうしたこともあるので、幹事さんも同窓会を開こうと思うのだろう。
ただし、その心の底辺にあるのは、やはり青春時代を共に謳歌(おうか)した人たちと楽しみを共有したい、という心理だろう。
ビジネスパーソンになってから出会った人たちと信頼関係を築くには、かなりの時間と労力が必要だ。
であれば、新たな人脈を開拓するよりも、かつての古い関係を「再開拓」するほうが効率的だろう。
■故郷で再会した旧友が支えになる
現在、定年後の人たちのなかには、都会から地方の故郷に戻るという人もいるだろう。
そうであれば、旧友たちとのつながりを復活させるのだ。すると、友人が地元の仕事を紹介してくることなどがあるかもしれない。
近年、地方の中小企業は、実は深刻な人材不足に陥っている。ゆえに、定年まで大都会で生き抜いてきたキャリアを重宝してくれる可能性が高い。
ただし、地方の人間関係は密だ。それがストレスになる人もいる。自分と配偶者のことだけを慮(おもんぱか)ればいい定年後の人たちは、己の生き方に合った選択をすべきだろう。
還暦とは、干支(えと)が一周して元に戻ることを意味するのだが、まさに人生が一回りして、再び昔の仲間たちとの飾らない付き合いを求めるようになるのが人間だ。
安心して社会生活を送るためには、「自助」「公助」「共助」の三つが大切だとされる。
特に定年後は、地域コミュニティで互いに助け合う「共助」が重要になる。

そしてその意味では、学生時代の仲間の存在は大きいかもしれない。利害関係のない青春時代に、同じ空間を共有してきた友人は、何十年たっても、昔の感覚のまま付き合うことができる。そんな人たちは、貴重な存在と言える。
■スペシャリストの友人は定年後の財産
しかも旧友たちは、これまで社会で長年の経験を積んでいるので、それぞれの職種のスペシャリストになっている。そうした人たちの助けが、還暦以降の人生では、大きな力になる。
たとえば保険会社に勤めていた友人がいれば、自分の保険が適正かどうか、あるいは、これから入る保険では何が必要なのか、そうしたことを相談できる。営業パーソンから保険の見直しを勧められ、かえって損をしてしまうなどという事例が跡を絶たない。自分の側に立って親身にアドバイスしてくれる友人は貴重なのだ。
あるいは不動産関連の仕事をしていた友人がいれば、家の購入・売却に関して有益な情報を与えてくれるかもしれない。加えて、医者や弁護士が近所にいてくれれば、それこそ心強いだろう。財産とも言える。
定年後の人たちは、かつてバブル期に異業種交流会などに参加したことがあるかもしれない。
そこで人脈を広げても、なかなかビジネスには活かせなかったという経験もあるだろう。
しかし定年後は、ビジネスではなく、裸の個人として相手と向き合う。強固なつながりを持つ昔の仲間は、必ず一肌(ひとはだ)脱いでくれるはずだ。
■友情を選び、孤独を楽しむという至福
ただ定年後は、かつての友人であろうと新しく出会った人であろうと、人物鑑定を厳密に行うことだ。一度、会ってみて、「この人は自分と合わないなあ」と感じたら、もう二度と会わない。
ビジネスは卒業しているわけだから、それでいい。そうすれば、黄金の定年後を、より軽々と歩み続けることができるはずだ。
第二次世界大戦中にソ連のスパイだったリヒャルト・ゾルゲ、彼の諜報機関に参加していた評論家の尾崎秀実(おざきほつみ)は、以下のように述べている。
「墓地を買うことなど断じて無用たるべきこと。もちろん、葬式、告別式など一切、不要のこと。真に私を知ってくれる友人たちとの記憶のなかに生を得れば、それで満足」
かくも友人は大切な存在だ。私は尾崎と思想を同じくする者ではないが、この言葉には感銘を受ける。

一方、「孤独は人を賢者にする」という言葉もある。先述の通り、偉大な思想や哲学、あるいは文学や芸術のひらめきは、孤独な思索、たった一人の時間のなかから生まれた。
すると、気の置けない友人たちを数人得て、なるべく孤独な時間を持つことが、定年後の人たちの理想像なのかもしれない。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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