高市早苗氏が女性初の総理大臣に就任したことに対し、女性の政治家や研究者、ジャーナリストの中から、批判や落胆の声が上がっている。武蔵大学社会学部教授の千田有紀さんは「彼女らの、『女性の総理大臣や自民党総裁は、選択的夫婦別姓などの女性にかんする政策こそをやるべきだ』という姿勢は、個人を女性という属性に押し込めているのではないか」という――。

■ジェンダーギャップ改善が「喜べない」
日本のジェンダーギャップ指数は現在、118位である。先進国のなかでは際立って低いこの数字はあまり変化することもなく、日本の女性の地位の低さを示すものとして、長い間、嘆かれてきた。
ところが、高市早苗さんが自民党の総裁に選出された際には、「高市さんのせいで、日本のジェンダーギャップ指数があがってしまう」、「しかもジェンダーギャップ指数は、過去50年間の女性首相の在任期間が評価されるから、その影響は50年にも及んでしまう」とまでの声が、女性の進出を歓迎するひとたちの間で起こったことに少々驚いた。フェミニストの社会学者上野千鶴子さんも、ジェンダーギャップ指数に触れながら、「初の女性首相が誕生するかもしれない、と聞いてもうれしくない」とSNSにポストしている。
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フェミニズムは、たんに女性が「男並み」になることを求めるのではなく、社会構造自体の変化を求める思想である。だからたんに女性の数が増えればいいというものではない。
それにしても、フェミニストの学者、政治家、活動家の誰もが、高市自民党総裁の選出を喜ばないどころか、批判を繰り出す急先鋒となったのは、興味深い現象であった。立場は違えど、批判の前に祝意を述べた辻元清美議員が、際立ったくらいだ。そして、フェミニズムに関心のないひとたちのほうが、「いままでジェンダーギャップ指数が低いと文句をいっていたフェミニストたちが、高市さんによってジェンダーギャップ指数があがることに意味がないと言い出すとは、どういうことだ」と首をひねるのも、また当然だったといえるだろう。
■焦点になった「選択的夫婦別姓」
高市さんの評価において、フェミニストの一番の焦点となっていたのは、選択的夫婦別姓である。
例えば田嶋陽子さんは、選択的夫婦別姓に反対していることをもって、自民党総裁には高市さんより、林芳正さんや小泉進次郎さんに期待を寄せていた。9月21日に放送されたテレビ番組では「経済政策がどうたらこうたらはいいかもしれないけど、それはだれでも言える」「例えば、高市さんなんか、国民の半分となる女性の問題なんかに、ぜんぜん背中を向けてこたえない。
要するに国民の半分に関心がない人を、どう考えても、推すわけにはいかない」と述べていたという。
■“ニワカ”別姓賛成の小泉氏を評価
ジャーナリストの浜田敬子さんも、高市さんが初の女性首相になることは「喜べない」として、保守的な価値観とジェンダー平等は矛盾すると指摘する。その象徴が選択的夫婦別姓であり、前回の総裁選で選択的夫婦別姓を押し出した小泉進次郎さんを評価するのである(テレビ朝日「モーニングショー」2025年10月8日)。
これ以外にも多くの女性が、選択的夫婦別姓を挙げている。ただ私は、夫婦別姓への姿勢だけをもって、多くの女性が小泉進次郎さんを推していたのは、非常に意外であった。
小泉さんの選択的夫婦別姓賛成という姿勢は、申し訳ないが、選挙のためのある種の「ニワカ」であり、理解もかなり浅く、間違った点もあったからである。例えば政策発表会見で、研究者が論文や特許において旧姓が使えず困っていると発言したが、これは完全な事実誤認である。
私は旧姓でしか論文を書いたことがないし、職場に応募する際に、戸籍姓すら書かなかった。逆に就職の応募の際に戸籍姓を併記してくる女性研究者がいると、「なぜわざわざ戸籍名までを書くのか?」と疑問に思ったことがあるほど、大学での通称(旧姓)使用は浸透している。
そもそも文部科学省が通称使用への配慮を通知しているため、25年間以上の研究生活で、何の不都合も感じたことはない。国際的には、パスポートに旧姓を併記するためには、「国際的に活躍している証拠の書類」が必要であったが、いまはそれすら必要でない(ただしパスポートに埋め込まれているマイクロチップには、旧姓の情報は記載されていない)。特許に関しても、旧姓併記が可能だそうだ。

■通称使用を推進してきた高市氏
いまでは銀行口座の作成も不動産取引も、旧姓で可能である。こうした旧姓使用を可能にしたのは、高市さんが多くの通称使用に関する立法に精を出したからであるというのは、周知の事実だろう。
もちろん、「高市さんは選択的夫婦別姓を阻むために、一生懸命に通称使用を推し進めたのだ、余分なことをしてくれたものだ」と考えることも可能だろう。そして多くのフェミニストが、実際にそう考えているからこそ、「夫婦別姓の実現を阻む高市早苗」に対して、怒りを燃やしているのだろう。
しかし誤解を恐れずに言えば、選挙のためのスローガンとして選択的夫婦別姓賛成をアピールしようとする小泉さんより、私は高市さんのほうが、こうした問題に理解が深いこと自体は否定しがたいのではないかと考えている。そして高市さんが通称使用を推し進めてきたことによって、通称使用は実際に浸透してきたのではないか。
■「高市氏は女性の問題に関心がない」のか
1996年には法制審議会が選択的夫婦別姓を含む民法改正を答申したが、実現しなかった。この時点で、選択的夫婦別姓の早期成立は、絶望的になった。当時は夫婦別姓を支持する声は2割程度であり、過半数のひとは「家族の一体感を壊す」という理由で賛成はしておらず、国民的支持はほぼなかったといえる。
選択的夫婦別姓に賛同する意見が徐々に優勢になってきたのは、ここ10年ほどのことである。リベラルな民主党政権においてすら、選択的夫婦別姓は実現しなかった。そして、こうした旧姓利用の拡大は、例えば旧姓利用を拡大し、戸籍にも載せるという維新案と相違なく、実際に高市政権でそうなりそうな見込みである。

戸籍制度自体を根底から問い直したい、立民案を支持するひとたちが不満を持つのであれば理解できるが、選択的夫婦別姓問題を理由として、「高市さんより小泉さんのほうがよかった(しかも今回、小泉さんは選択的夫婦別姓についての態度は、確実に後退させていた)」「高市さんはまったく女性の問題に関心がないのだ」とまで批判するのは、どうみてもフェアではないと思われる。
■「女性リーダーは女性問題をやるべき」なのか
選択的夫婦別姓を推進する福島みずほさんは、高市さんが自民党総裁に選出された際、「自民党初の女性総裁と言われても選択的夫婦別姓に反対しジェンダー平等に背を向けてきた人なので嬉しくありません」とSNSに投稿。また、「男性原理そのものでやっていくなら女性である意味がない」(BS朝日「激論! クロスファイア」10月19日)と発言している。先の「経済政策は誰にでもいえる」という田嶋陽子さんの発言と同様、「女性の総理大臣や自民党総裁であるのであれば、選択的夫婦別姓などの女性にかんする政策こそをやるべきだ、そしてそのことによって評価されるべきだ」という強い仮定は、それこそ個人を女性という属性に押し込めていくものではないか。
高市さんは積極財政政策こそを推進していきたいと強く主張しているにもかかわらず、「誰にでもいえる」と切って捨てられてしまうのも、彼女が女性だからではないか。
■「別姓問題」は「女性問題」なのか
そもそも忘れてはならないのは、選択的夫婦別姓自体、女性全体の利益にかかわる問題でもない。結婚、さらにいえば法律婚を選択しない女性たちにとっては、そもそも何の関係のない事柄なのである。批判を受けることを覚悟でいえば、選択的夫婦別姓問題を女性問題の核にあるように考えることこそ、「女性は結婚するもの」という強い仮定を置いていないか。
経済の回復こそを望む女性だっているだろう。フェミニストは、自分の関心事が全女性の関心とは限らないということを、肝に銘じなくてはならない。
■女性が首相になることの意味
高市さんが総理大臣に就任し、世論調査の結果で高市さんの人気が高いということが判明してからは、一気にお祝いムードが広がっている。鋭い言葉で高市さんを批判していた女性たちまでもが、一転して祝意を述べ、意見を変えたようにすら見えることに、多少、白けた気持ちでいるのは、私だけだろうか。

総裁に選出されたものの、総理大臣になれるかもわからなかったのは、自民党が少数与党であったからである。しかも自民党の内部からですら、総裁と総理大臣を分けるという「総総分離」論がささやかれた。高市さんがサラリーマン家庭の出身であり二世議員ではないこと、そして女性であることは、けっしてプラスに働いてはいなかったことは事実だろう。そうした状態で、政策の批判ならまだしも、「高市さんにだけは、絶対に総理大臣になってほしくない」と次々と批判を繰り広げる女性たちは、高市さんに、そして一般の女性たちに、どのようにうつっただろうかと考えずにはいられない。
女性が総理大臣になること自体は望ましく、多くの女性たち、とくに小さな女の子たちを励ますことは確かだろう。政策の話は、これからの課題だ。

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千田 有紀(せんだ・ゆき)

武蔵大学社会学部教授

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。
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(武蔵大学社会学部教授 千田 有紀)
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