年末年始の予定は決まっているだろうか。富裕層マーケティングを手掛ける西田理一郎さんは「経営トップの間でZoom-out travelと呼ばれる、デジタルデバイスから解放され、思考のための時間を意図的にとる旅がホットだ。
■つながりすぎる社会の弊害
世界を揺るがした新型コロナ感染症は、日常を一変させた。折しも、IoTブームの真っ只中。あらゆるモノがインターネットにつながり、新たな価値を生み出す――そんなインターネット中心の時代がさらなる加速を見せていた矢先の、緊急事態宣言だった。
そして一躍、世の中のスタンダードとなったのがZoomである。会社に出勤せずとも業務は回り、ワーケーションという働き方が新たな常識として定着した。「本当に便利な時代になったものだ」――当時、私はそう感じていた。
だが一方で、当たり前のようにオフィスで交わしていた何気ないコミュニケーションが消失しても、業務は成立する。その事実を目の当たりにした貴重な時期でもあった。これが良いのか悪いのか、いまだに評価は分かれるところである。ただ、デジタルコミュニケーションが急速に浸透したことは紛れもない事実だ。
そして今、便利になったこの時代に隠された問題を掘り下げてみると、意外な真実が浮かび上がってくる。
■ネットの速さ求める庶民、圏外を求める富裕層
「最新のiPhoneに変えたんですよ。5Gが超速くて!」
そう自慢げに語るスタッフを横目に、本物のエリートたちは密かに別の場所へ向かっている。スマホの電源を切り、ノートPCをロッカーに預け、圏外表示が出る場所へ。彼らが求めているのは、接続の「速さ」ではない。接続からの「解放」だ。
今、新たな旅行トレンドが静かに広がっている。その名も「Zoom-out travel(ズームアウト・トラベル)」。Zoomミーティングから、Slackの通知から、Xの炎上から――あらゆるデジタル接続から意図的に逃亡する旅である。
そして驚くべきことに、この「Zoom-out travel」に年間100万円以上を投じているのは、誰よりも情報に敏感であるはずの経営者、投資家、コンサルタントといった高所得層なのだ。一般人が「つながる速度」を競っている間に、エリートは「つながらない場所」に逃亡している。
■ビル・ゲイツのThink Week
「圏外に逃げる」習慣の元祖は、ビル・ゲイツだ。マイクロソフトCEO時代に、彼は年に一度「Think Week(考える週間)」を設けた。当時のマイクロソフトはインターネット分野で出遅れており、彼は、ワシントン州フッド・カナルの山小屋に、本と技術論文が詰まった大きなバッグだけを持ち立てこもった。7日間ひたすら未来について集中的に読み込み、考え、書き続け集中することに全力を注いだため、メールさえチェックしなかったという。
ゲイツ曰く「That’s CPU time」(考えるための時間だ)と言う。そしてインターネットがIT業界の勢力図を根底から覆す可能性を強く認識したのだ。その中でも、とりわけ有名なのは、「インターネットの高波(The Internet Tidal Wave)」というメモ。このメモをきっかけにマイクロソフトはインターネット戦略を本格化させ、飛躍のチャンスをつかんだ。
Think Weekは、まさにマイクロソフトの将来の運命を見据え、大きな第一歩を変える重要決断の原点であり、当初年1回であったが、後に年に2回行っていた。
常に情報が流れ込む環境では、本当の思考はできない。深く考えるには、静寂が必要。
世界有数の富豪が、最も価値を感じるのはプライベートジェットでも豪華客船でもない。「誰にも邪魔されない思考の時間」なのである。この感覚が、いまトップ層に伝染しているといえる。
■完全オフラインのすすめ
なぜ彼らは、わざわざ不便な圏外を選ぶのか。答えは明快だ。常時接続の世界では、人生の主導権を失うからである。スマホを手にした瞬間、私たちは他人の時間割に組み込まれる。上司からの深夜メール、取引先からの週末LINE、SNSの「いいね」を確認する強迫観念。
精神科医の樺沢紫苑氏は、自身の公式Facebookでこう警告する。
「集中力を高めるのは、簡単です。スマホの利用時間を減らす。できるだけ、スマホを遠ざけたらいいのです。スマホとは、『集中力を奪う装置』です。スマホを開くほどに、あなたの集中力の大部分が、削ぎとられます」と。
つまり、常時接続は、便利さと引き換えに、私たちから「考える力」を奪っている。考える力を失った人間は、誰かの思考の消費者になる。生産者ではなく、消費者に。
エリート層がZoom-out travelを選ぶのは、贅沢をしたいからではない。思考的生存戦略なのだ。考える時間を確保できない者は、この情報社会で淘汰される。彼らはそれを本能的に察知している。
■完全オフ宣言をしても仕事が頭をよぎる…
私は、今まで、海外に逃亡していると物理的に遮断されている気になれるので、海外で「暮らすように旅をする」ということを実践していたが、バカンスの延長でしかなく、完全オフと宣言して海外に休暇で行っていても、どこかで仕事が頭をよぎり、何かしらデジタルコネクトしてしまっている自分がいた。
あるとき、ふと気づいた。私は年間約300日、クライアントの問題を解決していた。でも自分の人生について、年間何日考えていたか。答えは――ゼロだった。
そして、私は、4年前から年に一度、バカンスではなく「完全オフライン」で自分に向き合い、この先のビジネスを本気で考えた。
私が選んだのは、北海道の山奥にある元林業小屋。携帯の電波はおろか、最寄りのコンビニまで車で90分。
私は、この6日間を「投資」と考え、ここで得た思考の深さが、翌年の目標や品質を決定的に変える重要な時間だと改めて認識する。圏外から戻ると、仕事の進め方についてクライアントからも「西田さん、何か変わりましたね」と言われたりすると、素直に嬉しい。
■「圏外格差」という新しい階層社会
皮肉なことに、これは新たな格差を生んでいる。
経済的・時間的余裕のある層だけが「圏外」という贅沢を享受し、そこで思考を深め、さらに成功する。一方、常時接続を強いられる層は、目の前の通知に追われ続け、深く考える余裕を持てない。
20世紀の格差は『情報へのアクセス』で決まった。ネット接続できるかどうかがビジネスチャンスとなった。しかし今は逆です。『情報から切断できるかどうか』が思考の質を決定し、それが経済格差を固定化するといえるのだ。
例えば、世界的な調査会社として消費者の視聴行動、購買行動の分析を行っているニールセン社の、米国のメディア視聴状況をまとめた「トータル・オーディエンス・レポート」では、どのデバイスにおいても比較的低収入の世帯の方が、高収入の世帯よりも利用時間が長いと発表した。これは従来型のデバイスだけでなく、新しいデバイスにも当てはまると述べている。
また、スタンフォード大学のInstitute for Economic Policy Research(SIEPR)によると、ソーシャルメディアとスマートフォンの使用は、人々が控えるべきだと考えることのトップ5の中で、テレビの視聴、喫煙、飲酒よりも上位にランクされており、スタンフォード大学の経済学者マシュー・ゲンツコウ氏とその同僚による研究は、人々のデジタル傾向に注目。彼らは、研究対象者がソーシャルメディアに費やす時間の31%が、自己制御の問題に起因すると推定している。
これは、情報洪水の時代、情報から逃れられる者だけが、本当に価値ある情報を生み出せることを意味する。この逆説が、静かに階層を固定化している。
■「つながらない休暇」が新潮流に
テクノロジーの進化により、旅行の予約から現地での移動まで、かつてないほどスムーズな体験が可能になった。しかし皮肉なことに、多くの旅行者は休暇を「デジタルデバイスから離れる貴重な機会」として捉え始めている。休息とリラクゼーション――これこそがレジャー旅行の最大の目的だ。そして今、旅行者たちはテクノロジーとの適切な距離感を模索している。
「HILTON TRENDS REPORT 2025」では、世界各国の旅行者の25%が「デジタルデトックスを実践している」と回答した。スマホを手放し、本来の旅の醍醐味を取り戻そうとしている。このレポートより、真の休息には「オフライン」が不可欠だと考える人が増えていることが認識できる(調査対象:オーストラリア、ブラジル、中国本土、ドイツ、インド、日本、メキシコ、サウジアラビア、シンガポール、トルコ、アラブ首長国連邦、英国、米国の18歳以上の成人1万3001人)。
デジタルデトックスツーリズム サービスの市場規模は、2024年に523億2000万米ドルと評価されており、市場は2025年の650億2000万米ドルから2034年には4665億8000万米ドルに成長し、2025年から2034年の間に24.5%のCAGRで成長すると予測される(Digital Detox Tourism Services Market Size, Share, Trends, Industry Analysis Report)。
メキシコのリビエラマヤ、リビエラナヤリット、ロスカボスにあるグランド・ベラス・リゾートでは、「デトックス・コンシェルジュ」の導入が話題に。
日本においても、一般社団法人日本デジタルデトックス協会が運営するDIGITAL DETOX JAPANのような情報サイトをはじめ、「星のや」の「脱デジタル滞在」などが有名だ。今後「完全電波遮断型リゾート」や「サイレント・ホテル」「圏外別荘サブスク」など「つながらない」を売りにテクノロジーが進化すればするほど、その対極にある「何もない場所」の価値化が高まり活性化するだろう。
■今年の年末年始、あなたはどこで過ごすか
いきなり、1週間も行方不明になるという逃亡は現実的に難しいという方は、まずデジタルデトックスから経験してみてはどうか。
日常の喧騒から離れ、家族との時間を大切にしたい年末年始の過ごし方として、例えば、ミクロネシア諸島やフィリピンの離島、タイ南部などへ船で向かい、さらに家族だけで小舟を使って小さな島へ渡る。スマートフォンの画面は「圏外」表示。海に放り出されてシュノーケルだけを与えられて、ただただゆっくり自然と向き合う環境。
アナログ時代に育った親世代は、懐かしさとノスタルジーを感じワクワク。一方、デジタルネイティブである子供たちにとって「圏外」という環境は未知の領域で、不安と新しさが入り混じったものに。同じ環境でも、デジタルデトックスの受け止め方は大きく異なる。そんな世代ギャップを感じながら時がゆっくりと流れていき、大自然の中で目に映ったものだけが現実となる。
高級ホテルのラウンジで5G回線につなぎ、仕事のメールをチェックするのも悪くない。だが、もし本気で来年の自分を変えたいなら――地図アプリが「圏外」と表示する場所を選んでみてはどうだろう。
その静寂の中で、初めて、本当の自分と出会えるかもしれない。
そして気づくだろう。「つながらない贅沢」こそが、この時代の最高の投資であることに。
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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)
価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役
富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト
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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
        常時ネットとの接続を強いられる一般人との格差が広がりつつある」という――。
■つながりすぎる社会の弊害
世界を揺るがした新型コロナ感染症は、日常を一変させた。折しも、IoTブームの真っ只中。あらゆるモノがインターネットにつながり、新たな価値を生み出す――そんなインターネット中心の時代がさらなる加速を見せていた矢先の、緊急事態宣言だった。
そして一躍、世の中のスタンダードとなったのがZoomである。会社に出勤せずとも業務は回り、ワーケーションという働き方が新たな常識として定着した。「本当に便利な時代になったものだ」――当時、私はそう感じていた。
だが一方で、当たり前のようにオフィスで交わしていた何気ないコミュニケーションが消失しても、業務は成立する。その事実を目の当たりにした貴重な時期でもあった。これが良いのか悪いのか、いまだに評価は分かれるところである。ただ、デジタルコミュニケーションが急速に浸透したことは紛れもない事実だ。
そして今、便利になったこの時代に隠された問題を掘り下げてみると、意外な真実が浮かび上がってくる。
何でも快適につながるという「つながりすぎる社会」の弊害である。皮肉なことに、私たちはいま、「つながらない贅沢」という新しい時代の入り口に立っているのだ。
■ネットの速さ求める庶民、圏外を求める富裕層
「最新のiPhoneに変えたんですよ。5Gが超速くて!」
そう自慢げに語るスタッフを横目に、本物のエリートたちは密かに別の場所へ向かっている。スマホの電源を切り、ノートPCをロッカーに預け、圏外表示が出る場所へ。彼らが求めているのは、接続の「速さ」ではない。接続からの「解放」だ。
今、新たな旅行トレンドが静かに広がっている。その名も「Zoom-out travel(ズームアウト・トラベル)」。Zoomミーティングから、Slackの通知から、Xの炎上から――あらゆるデジタル接続から意図的に逃亡する旅である。
そして驚くべきことに、この「Zoom-out travel」に年間100万円以上を投じているのは、誰よりも情報に敏感であるはずの経営者、投資家、コンサルタントといった高所得層なのだ。一般人が「つながる速度」を競っている間に、エリートは「つながらない場所」に逃亡している。
この現象が、いま水面下で進行している。
■ビル・ゲイツのThink Week
「圏外に逃げる」習慣の元祖は、ビル・ゲイツだ。マイクロソフトCEO時代に、彼は年に一度「Think Week(考える週間)」を設けた。当時のマイクロソフトはインターネット分野で出遅れており、彼は、ワシントン州フッド・カナルの山小屋に、本と技術論文が詰まった大きなバッグだけを持ち立てこもった。7日間ひたすら未来について集中的に読み込み、考え、書き続け集中することに全力を注いだため、メールさえチェックしなかったという。
ゲイツ曰く「That’s CPU time」(考えるための時間だ)と言う。そしてインターネットがIT業界の勢力図を根底から覆す可能性を強く認識したのだ。その中でも、とりわけ有名なのは、「インターネットの高波(The Internet Tidal Wave)」というメモ。このメモをきっかけにマイクロソフトはインターネット戦略を本格化させ、飛躍のチャンスをつかんだ。
Think Weekは、まさにマイクロソフトの将来の運命を見据え、大きな第一歩を変える重要決断の原点であり、当初年1回であったが、後に年に2回行っていた。
常に情報が流れ込む環境では、本当の思考はできない。深く考えるには、静寂が必要。
オフィスだと、みんな「調べます」「データ確認します」「AIに聞いてみます」と言う。でも圏外では調べられない。自分の頭で考えるしかない。その瞬間、本当の思考力が研ぎ澄まされ、下される判断が、劇的に変わるのだ。
世界有数の富豪が、最も価値を感じるのはプライベートジェットでも豪華客船でもない。「誰にも邪魔されない思考の時間」なのである。この感覚が、いまトップ層に伝染しているといえる。
■完全オフラインのすすめ
なぜ彼らは、わざわざ不便な圏外を選ぶのか。答えは明快だ。常時接続の世界では、人生の主導権を失うからである。スマホを手にした瞬間、私たちは他人の時間割に組み込まれる。上司からの深夜メール、取引先からの週末LINE、SNSの「いいね」を確認する強迫観念。
そして悪魔的発明「既読」機能。返信しなければ「失礼」、返信が遅ければ「やる気がない」と評価される。私たちは24時間365日、誰かのリクエストに応答するサーバーと化している。
精神科医の樺沢紫苑氏は、自身の公式Facebookでこう警告する。
「集中力を高めるのは、簡単です。スマホの利用時間を減らす。できるだけ、スマホを遠ざけたらいいのです。スマホとは、『集中力を奪う装置』です。スマホを開くほどに、あなたの集中力の大部分が、削ぎとられます」と。
つまり、常時接続は、便利さと引き換えに、私たちから「考える力」を奪っている。考える力を失った人間は、誰かの思考の消費者になる。生産者ではなく、消費者に。
エリート層がZoom-out travelを選ぶのは、贅沢をしたいからではない。思考的生存戦略なのだ。考える時間を確保できない者は、この情報社会で淘汰される。彼らはそれを本能的に察知している。
■完全オフ宣言をしても仕事が頭をよぎる…
私は、今まで、海外に逃亡していると物理的に遮断されている気になれるので、海外で「暮らすように旅をする」ということを実践していたが、バカンスの延長でしかなく、完全オフと宣言して海外に休暇で行っていても、どこかで仕事が頭をよぎり、何かしらデジタルコネクトしてしまっている自分がいた。
あるとき、ふと気づいた。私は年間約300日、クライアントの問題を解決していた。でも自分の人生について、年間何日考えていたか。答えは――ゼロだった。
そして、私は、4年前から年に一度、バカンスではなく「完全オフライン」で自分に向き合い、この先のビジネスを本気で考えた。
私が選んだのは、北海道の山奥にある元林業小屋。携帯の電波はおろか、最寄りのコンビニまで車で90分。
そこで6日間を過ごす。初日は禁断症状が出る。5分おきにポケットを探る。でも3日目から、世界が変わる。焚き火の炎を30分見ていられる。そして――自分が本当は何を考えているのかが、ようやく少しずつわかる。
私は、この6日間を「投資」と考え、ここで得た思考の深さが、翌年の目標や品質を決定的に変える重要な時間だと改めて認識する。圏外から戻ると、仕事の進め方についてクライアントからも「西田さん、何か変わりましたね」と言われたりすると、素直に嬉しい。
■「圏外格差」という新しい階層社会
皮肉なことに、これは新たな格差を生んでいる。
経済的・時間的余裕のある層だけが「圏外」という贅沢を享受し、そこで思考を深め、さらに成功する。一方、常時接続を強いられる層は、目の前の通知に追われ続け、深く考える余裕を持てない。
20世紀の格差は『情報へのアクセス』で決まった。ネット接続できるかどうかがビジネスチャンスとなった。しかし今は逆です。『情報から切断できるかどうか』が思考の質を決定し、それが経済格差を固定化するといえるのだ。
例えば、世界的な調査会社として消費者の視聴行動、購買行動の分析を行っているニールセン社の、米国のメディア視聴状況をまとめた「トータル・オーディエンス・レポート」では、どのデバイスにおいても比較的低収入の世帯の方が、高収入の世帯よりも利用時間が長いと発表した。これは従来型のデバイスだけでなく、新しいデバイスにも当てはまると述べている。
また、スタンフォード大学のInstitute for Economic Policy Research(SIEPR)によると、ソーシャルメディアとスマートフォンの使用は、人々が控えるべきだと考えることのトップ5の中で、テレビの視聴、喫煙、飲酒よりも上位にランクされており、スタンフォード大学の経済学者マシュー・ゲンツコウ氏とその同僚による研究は、人々のデジタル傾向に注目。彼らは、研究対象者がソーシャルメディアに費やす時間の31%が、自己制御の問題に起因すると推定している。
これは、情報洪水の時代、情報から逃れられる者だけが、本当に価値ある情報を生み出せることを意味する。この逆説が、静かに階層を固定化している。
■「つながらない休暇」が新潮流に
テクノロジーの進化により、旅行の予約から現地での移動まで、かつてないほどスムーズな体験が可能になった。しかし皮肉なことに、多くの旅行者は休暇を「デジタルデバイスから離れる貴重な機会」として捉え始めている。休息とリラクゼーション――これこそがレジャー旅行の最大の目的だ。そして今、旅行者たちはテクノロジーとの適切な距離感を模索している。
「HILTON TRENDS REPORT 2025」では、世界各国の旅行者の25%が「デジタルデトックスを実践している」と回答した。スマホを手放し、本来の旅の醍醐味を取り戻そうとしている。このレポートより、真の休息には「オフライン」が不可欠だと考える人が増えていることが認識できる(調査対象:オーストラリア、ブラジル、中国本土、ドイツ、インド、日本、メキシコ、サウジアラビア、シンガポール、トルコ、アラブ首長国連邦、英国、米国の18歳以上の成人1万3001人)。
デジタルデトックスツーリズム サービスの市場規模は、2024年に523億2000万米ドルと評価されており、市場は2025年の650億2000万米ドルから2034年には4665億8000万米ドルに成長し、2025年から2034年の間に24.5%のCAGRで成長すると予測される(Digital Detox Tourism Services Market Size, Share, Trends, Industry Analysis Report)。
メキシコのリビエラマヤ、リビエラナヤリット、ロスカボスにあるグランド・ベラス・リゾートでは、「デトックス・コンシェルジュ」の導入が話題に。
日本においても、一般社団法人日本デジタルデトックス協会が運営するDIGITAL DETOX JAPANのような情報サイトをはじめ、「星のや」の「脱デジタル滞在」などが有名だ。今後「完全電波遮断型リゾート」や「サイレント・ホテル」「圏外別荘サブスク」など「つながらない」を売りにテクノロジーが進化すればするほど、その対極にある「何もない場所」の価値化が高まり活性化するだろう。
■今年の年末年始、あなたはどこで過ごすか
いきなり、1週間も行方不明になるという逃亡は現実的に難しいという方は、まずデジタルデトックスから経験してみてはどうか。
日常の喧騒から離れ、家族との時間を大切にしたい年末年始の過ごし方として、例えば、ミクロネシア諸島やフィリピンの離島、タイ南部などへ船で向かい、さらに家族だけで小舟を使って小さな島へ渡る。スマートフォンの画面は「圏外」表示。海に放り出されてシュノーケルだけを与えられて、ただただゆっくり自然と向き合う環境。
アナログ時代に育った親世代は、懐かしさとノスタルジーを感じワクワク。一方、デジタルネイティブである子供たちにとって「圏外」という環境は未知の領域で、不安と新しさが入り混じったものに。同じ環境でも、デジタルデトックスの受け止め方は大きく異なる。そんな世代ギャップを感じながら時がゆっくりと流れていき、大自然の中で目に映ったものだけが現実となる。
高級ホテルのラウンジで5G回線につなぎ、仕事のメールをチェックするのも悪くない。だが、もし本気で来年の自分を変えたいなら――地図アプリが「圏外」と表示する場所を選んでみてはどうだろう。
その静寂の中で、初めて、本当の自分と出会えるかもしれない。
そして気づくだろう。「つながらない贅沢」こそが、この時代の最高の投資であることに。
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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)
価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役
富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト
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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
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