私たちが日々通信するデータは誰が管理しているのか。東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授は「インターネットで検索や買い物をすると、データはアマゾンやグーグルなどの大企業に集積される。
管理されるデータの維持保全をめぐって、中国に不穏な動きが続いている」という――。(第1回)
※本稿は、鈴木一人『地経学とは何か』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
■「Cookieを受け入れますか」が意味すること
データ通信に関して、誰がデータを管理するのかという問題があります。これに関しては、世界の国や地域でそれぞれ異なるモデルや考え方が示されています。
まず、ヨーロッパにおいてはGDPR(EU一般データ保護規則、General Data Protection Regulation)で定められていて、情報に関する個人の権限が最大限尊重されています。
また、自分の情報を出すには自分の同意がなければいけないという認識もあります。ウェブページにアクセスした時に「Cookieを受け入れますか」と問われ、同意するか拒否するかをユーザの判断に委ねてくることがありますが、あれはGDPRに対応した設定です。
ヨーロッパにおいては、GDPRに対応していない日本のウェブサイトなどは見ることができなかったりします。
次にアメリカでは、データの管理は市場と企業が行うものだという認識が強くあると思います。
例えば、私たちは日々アマゾンで買い物をしたり、グーグルで検索したりしますので、それらの企業に猛烈な勢いで大量のデータが集まっていきます。誰が、いつ、どういうものを調べたなどの情報がデータとして残るのです。
このデータを管理するのは誰かと言ったら、それは企業だということです。
そして、企業はその情報をマーケティングなどに使います。
しかしバイデン政権は、そうした一部の企業が大量のデータを持ち、独占的な地位を使ってビジネスを行うことが独占禁止法に抵触するのではないかということで、連邦取引委員会(Federal Trade Commission:FTC)で問題にしました。ただ、今のところはまだ市場と企業がデータを管理するという前提で物事が動いていると思います。
■日米欧印で中国に対抗
他方、中国では完全に国家が情報を収集しています。国家情報法やデータセキュリティ法など、データ管理に関する様々な法律や仕組みがあります。このように、データ管理については国や地域ごとに考え方が異なっているのがお分かりになったと思います。
では、日本ではどうでしょうか。2019年に開催されたG20大阪サミットにおいて日本が提案したのが、DFFT(Data Free Flow with Trust)という考え方です。これは、信頼できる関係であれば、仮にモデルが違っても情報の共有はできるのではないかということが基本にあります。
この狙いは、データ共有の環境整備にあると思います。中国の人口は14億人を超えていて、データの世界で言うと一つの小宇宙になっています。アメリカの人口は3億数千万人であり、EUの4億数千万人と日本の人口を合わせても中国の人口には足りません。

データ量は人口と正比例するわけではないのですが、やはり人口が多い方がデータ量は増えていきます。そして、AIの処理に関しては取り扱えるデータが多い方が有利になることは間違いありません。
データを共有できる環境を整備することで信頼できるグループをつくり、日本、アメリカ、ヨーロッパ、そして究極的にはインドを含めて、ビッグデータやAIの開発、データに基づくサービスというものを協力して推進していこうというのが、このDFFTの考え方なのです。
残念ながら、まだまだそこに至るまでには相当な時間がかかるだろうと思いますが、この試みはまさにAI時代、データ経済時代を見据えた先進的な考え方に基づくものだと思います。
■「IT覇権国」がいないワケ
ITの世界においても半導体と同様に、グローバルなサプライチェーンが長く伸びています。国境を越えてハードウェアが作られ、その上で動くソフトウェアも、アプリの設計は先進国でやるけれど、プログラミングはインドで行うといった事業もあり、ソフトウェアの世界でも分業が進んでいます。
また、先ほどのデータセンターのところでも述べましたが、データについてもその維持保全を考えると、ローカライゼーションを進めるべきとの意見も多いですが、コストを考えるとグローバルに展開する方が良いといった議論もあります。
このように世界を見渡してみると、現状は一国のみでITを制する者はいないことがお分かりになろうかと思います。
現代のように世界が広く相互依存になっている中においては、誰が、どこで生産をし、それをどういう形でつなげていくのかというサプライチェーンのネットワークづくりが、実はITの世界を制していくために重要です。
このとき鍵になるのは、誰を入れるかではなくて誰を入れないかであり、これが地経学的問題につながってくるのです。典型的には中国を外すことが想定されますが、潜在的に対立関係にある競争相手をいかにしてITのサプライチェーンのネットワークから排除していくのか。
これはハードウェアとソフトウェアのどちらについてもですが、このネットワークからいかにして排除していくのかが重要な問題なのです。

■安くて使い勝手が良いファーウェイ製品
この点で重要な事例が、5Gを巡る問題です。典型的には、アメリカが第1次トランプ政権時代にファーウェイの製品を排除したことが挙げられます。しかし実は、ファーウェイの問題というのは、最初はここまで大きなものではありませんでした。
ファーウェイはもともと、イランやスーダンなどアメリカの「敵国」に電子機器を輸出したことでアメリカから制裁措置に違反した会社と見なされ、輸出管理規則違反で捜査の対象になっていました。
そしてアメリカは、対イラン制裁違反に関する詐欺容疑で創業者の娘でありCFOの孟晩舟氏を指名手配し、アメリカの要請のもとカナダ当局がバンクーバーで逮捕しました。
その後、孟晩舟氏は事実上の軟禁生活を3年近く送り、司法取引に応じて釈放され中国へ帰国しました。ちなみにその間、中国はカナダ人の元外交官などを拘束するなどの報復措置を講じたりしました。
それはともかく、最初は輸出管理規則違反で捜査されていたファーウェイでしたが、どうやらその製品はアメリカにも相当数納入されていて、しかも安くて性能も良いということでアメリカの民間業者が大量に購入していたことが分かってきたのです。
■中国製品の排除を決定づけた「謎のコード」
そして極めつきは、あるオーストラリアのシンクタンクが鳴らした警鐘でしょう。ファーウェイの通信機器には変なコードが書いてあって、その中を流れていくデータはもしかしたら中国に転送されているかもしれないというものです。
それを契機に、ファーウェイの製品は問題だとして、輸出管理規則違反をテコに捜査が行われました。捜査の過程で、ファーウェイが情報を一部盗み取っている(バックドア)可能性や、何かあった時に電子機器を突然止める機能(レッドボタン)があるのではないかという疑惑に発展していきました。

そのため、通信という死活的に重要なインフラと、特にスマートフォンというあらゆる人間生活の基礎をなすようなデバイスに対して、信用できない国の製品を使うのはいかがなものかということが大きな問題となり、5Gからの中国製品の排除につながったわけです。
さらにアメリカは2024年4月、上院でウクライナ支援の法案が通ったと同時に、アメリカ国内でのTikTokの運営を禁止する法案も成立させました。
TikTokというのは、運営元のバイトダンスという中国企業がつくったスマートフォン向けのアプリで、短い動画を撮って拡散するSNSです。
このTikTokがサービスで得た情報を、実は中国に流しているのではないかとの疑いがあるということで、アメリカでは公聴会が何度も開かれて、TikTokのCEOなどが説明を迫られていました。
■トランプ大統領がTikTok規制を決断できないワケ
データが本当に中国へ流れているかどうかの真偽は、私には分かりません。しかし、中国には国家情報法という法律があって、いかなる組織や個人も中国の情報活動に協力しなければならないと定められています。
つまり、バイトダンスが持っている情報は国が強制的に入手し得るものであり、中国政府が見て聞いて使える情報になってしまう可能性があるということです。それは危険だということで、アメリカではこのTikTokを中国から切り離す方向に進んでおり、2024年に成立した法律では、運営元のバイトダンスに対してアメリカでの事業を9カ月以内に売却するように迫りました。
ただ、2025年に大統領に再度就任したトランプ氏は、当初、TikTokをアメリカの企業に売却するか、禁止にするという法案を推進する立場でしたが、2024年の選挙キャンペーン中に、自らTikTokを使い出し、若年層に大いに支持されているという実感を得たからなのか、TikTok規制法の執行を数度にわたり延期しています。
トランプ氏がしばしば自らの立場を変えることはよく知られていますが、対中強硬姿勢が売りだと思われていただけに、やや意外な印象を与える状況となっています。

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鈴木 一人(すずき・かずと)

東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所所長

1970年生まれ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了(現代ヨーロッパ研究)。
筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師・准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授などを経て2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。国連安保理イラン制裁専門家パネル委員(2013-15年)。2022年7月、国際文化会館の地経学研究(IOG)設立に伴い所長就任。2012年、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で第34回サントリー学芸賞受賞。

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(東京大学公共政策大学院教授、地経学研究所所長 鈴木 一人)
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