「高市新首相が外国人を大量に国外追放する省を設置」という偽情報が全世界に拡散している。ICU教授のスティーブン・R・ナギさんは「メディアの歪曲報道やSNSの偽情報の蔓延は、中国・ロシア・北朝鮮といった権威主義勢力に利益を与えてしまう」という――。

■「欧米メディアは日本の左寄りのメディアの論調をコピー」
「極右」「歴史修正主義者」「超保守」「対中強硬派」……。
日本の新首相・高市早苗氏に関するメディアの報道にはこうした表現が目につく。国内もそうだが、海外のそれはより際立っている。長年、日本に在住し日本の政治を見守ってきた筆者からすれば、そうしたレッテルは明らかな誤認であり、読者や人々の理解を歪めると断言したい。
実際、AFP時事は、10月24日、「高市早苗新首相が外国人を大量に国外追放する省を設置したという偽情報が、X(旧ツイッター)とフェイスブックで主に英語で広く拡散している」と報じ、この時点で、全世界で900万回以上閲覧された、としている。
こうした報道姿勢に関して、静岡県立大学の竹下誠二郎教授(経営情報学部長、比較ガバナンス)は、高市首相誕生直後、英BBCからのインタビューの中で次のように語っている。
「多くの欧米のメディアは日本の左寄りのメディアの論調をコピーしているだけ。彼女が実行しようとしているすべての政策は(現状の)過度に親中かつ左派的な動きを正常化しているわけで、欧州での右派の領域には入らない」(回答は英語)
つまり、欧米メディアは「高市早苗、自民党、そして日本そのものについて非常に偏った描写」をしており、それを世界に垂れ流していると述べたのだ。
筆者自身も似たような経験をしている。CNN、アルジャジーラ、CNBCアジアなど主要メディアから高市氏について受けたインタビューは、決まって「超保守的ナショナリスト」「対中強硬派」「極右政治家」といった表現から始まる。こうした間違った「肩書き」は実質的な議論が始まる前に視聴者の認識を決定づけてしまう、完全に偏った用語である。
欧米メディアの偏向は今に始まったことではない。
カナダのジャスティン・トルドー元首相(就任期間:2015年11月~2025年3月)は「権威主義的あるいは全体主義的な指導者」として描かれ、ドナルド・トランプ米大統領はヒトラーになぞらえられ、故安倍晋三元首相は日本の再軍備化に突き進む筋金入りの保守主義者として描写されたこともあった。
■高市氏の政策綱領は「民主主義の死亡記事」
歪んだフレーミングによる報道を得意とする一部の外国人記者は、過激なレトリックでこれらの誤情報をばらまいている。
例えば、国際的なメディアにも寄稿している元読売新聞社会部記者のジャーナリスト、ジェイク・エーデルスタイン氏は、高市氏について終末論的な言葉を繰り返し使っている。高市氏の政策綱領を「民主主義の死亡記事のよう」だと表現し、「女性版トランプ」と呼び、「高市早苗は政治的アイドルである安倍晋三を、まるで神のように崇拝している」と書いている。
彼のフィルターを通してみると、高市氏の政策は次のようなものに変貌する。
例えば、中国のここ25年間にわたる軍事力増強などに対応して、高市氏は以前から防衛費の増額と同盟関係の強化を表明している。ところが、この立場を「タカ派的ナショナリズム」に位置づけてしまう。
高市氏は、大規模な永住移民ではなく、技能労働者プログラムを軸とする移民政策推進の立場だが、これも「排外主義的過激派」と決めつけられる。
また、「反フェミニスト」というレッテルもつけられている。高市氏はクオータ制に反対し、伝統的な家族構造を支持しているが、彼女自身が日本初の女性首相として究極のガラスの天井を打ち破ったことへの称賛はそれほど聞かれない(驚くべきことに、アメリカに女性大統領が誕生するよりも先に)。
2025年10月21日に日本初の女性首相として選出され、衆議院で237票を獲得した。男性優位の自民党の階層を、政治的手腕と粘り強さによって上り詰めた彼女のキャリアは、実力による女性のエンパワーメントを体現している。
しかし国内外の一部報道はあえてそこにフォーカスを当てないように見える。
■中国・ロシア・北朝鮮のプロパガンダに悪用される危険性
このように誇張され扇情的なレンズを通してニュースや政治指導者を描き続ける報道やSNSの投稿などは、中国・ロシア・北朝鮮といった権威主義体制が長年使ってきたプロパガンダに悪用される危険性がある。
カルガリー大学のジャン・クリストフ・ブシェと日本国際問題研究所の桑原京子氏による研究では、中国とロシアは、日本やアメリカなど民主主義社会を標的として偽情報を出すといった協調作戦を敢行していることを特定している。
桑原氏は、「国内外の工作員が偽情報を拡散することで世論を歪め、社会的・政治的不安定を作り出し、政府の政策決定プロセスに影響を与える活動」であると指摘している。
ブシェは、一部のアカウントは「トロイの木馬」であり、カナダ人の中には親プーチン的な物語(偽情報)がロシア、中国などに由来することに気づいていない人もいると警告し、「カナダの情報空間への外国の干渉」が蔓延していると述べた。
メカニズムは単純明快である。外国の工作員が物語の種を播く。例えば、「高市氏は軍国主義者で日本は再軍備化している、自民党は過激派」といった偽情報だ。これは日米同盟を弱体化させ、日本を外交的に孤立させるという彼らの戦略に基づいたものだ。
「高市=戦争屋」と主張する中国のボットネットワークの表現・フレーミングを、仮にニューヨーク・タイムズが使ったとすると、その主張は一気に世界的に信頼性を獲得してしまう。
プラットフォームも今や、権威主義的なボット、制約のない政治ロビイスト、事実ではなく歪曲を活動方針とする他のアクターによって拡散される偽情報で満ちている。
桑原氏が観察するように、「第2次トランプ政権は、アメリカの前政権と機関によって導入された偽情報対策を廃止しないまでも削減する措置を講じた」。
そのため扇情的な表現と間違った物語(偽情報)が抑制されることなく、全世界に広がる環境を作り出してしまっている。
今回、誕生した高市首相に関する欧米メディアによる誤った描写は、同盟の連帯と集団安全保障体制への公的支援を損なう恐れがある。「日本は極右に転じる」という報道に絶え間なく接したアメリカの読者は、安全保障協力の強化を支持する可能性が低くなり、北京とモスクワの戦略的目標に直接的に資することになる。
すべての保守的な政治家が「極右」になり、すべての安全保障現実主義者が「タカ派」になるとき、言語は意味を失い、公的な議論は損なわれる。
こうした動きに歯止めをかけるために、大学教授など学術界も一定の責任を負っている。日本の主流派の政治的立場を「過激主義」として描写することがあり、それはメディアのセンセーショナリズムに知的な隠れ蓑を提供し、結果的に前述した偽情報工作を支援することになる。
上智大学の中野晃一教授は、安倍晋三氏と高市氏の両方を日本政治における右傾化の象徴として位置づけ、多元主義とリベラル民主主義的規範を犠牲にした民主主義の侵食、非自由主義的統治、歴史修正主義が続くのではないかという懸念を表明している。
東京大学名誉教授の藤原帰一氏も、最近の日本の選挙の文脈で、「ポピュリズムとナショナリズムが民主主義を損なうだろう」との見解を示しているが、これらの懸念は、過度に誇張されているように見える。
メディアにおける歪曲は日本だけの問題ではない。ドナルド・トランプ大統領下のアメリカは、選択的な報道や全くの誤情報によって、ある意味でメディアを武器化してきた。
彼はメンターであるロイ・コーンから学んだルールを忠実に実行している。それは「ルール1:攻撃、攻撃、攻撃。
ルール2:何も認めず、すべてを否定する。ルール3:何が起ころうとも、勝利を主張し、決して敗北を認めない。勝つためには誰に対しても何でもする意志を持たなければならない」である。
最近公開された映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』で紹介されたこの手法は、民主的議論を根本から腐敗させている。残念ながら、他の外国の指導者や国内のアクターも同様の戦術を採用している。この手法は虚偽の対立軸を作り出し、社会におけるさまざまな視点への理解を歪め、社会を分断する。これは結果的に、中国やロシアのような権威主義国家の長期的利益に資することになる。
筆者は、今こそ「メディア責任法」の導入の時だと考えている。報道機関は倫理的な指針に沿った記者の訓練・育成をして、発信する情報に今まで以上に責任を持たなければならない。
事実確認と並行して「文脈確認」を実施し、その記事が政治家に扇情的な用語でレッテルを貼ることではないか、中国・ロシア・北朝鮮といった権威主義的な国家にその表現が悪用される可能性はないか、といった吟味が必要である。
高市首相は、他の民主的指導者と同様に、精査と批判を受けるべきである。率直に言って、外国人観光客が鹿を「蹴ったり」「殴ったり」している、と非難した自民総裁選時の彼女のコメントは確かに問題があった。
我々は彼女や他の政治家の非常識な発言を糾弾すべきである。しかし同時に、これから実行しようとする政策に公正な判断・評価をする必要もある。
メディアがこの基本的な基準を満たさないとき、それは読者・国民に不利益をもたらし、日本の国益を損なわせるのである。

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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授

東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。

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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)
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