■「店は客のためにある」──理念が利益を生む
「私の座右の銘はこれ以外ない」――。
ファーストリテイリングの柳井正会長兼CEOは、幾度となく本社を移転してきたが、そのたびに執務室の壁に「店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる」という書を掲げてきた。墨筆によるこの「三行の経営理念」こそ、彼の原点である。
この言葉を唱えたのは、戦後日本の商業界を導き、ダイエー中内功、イオン岡田卓也など数々の経営者を育てた指導者・倉本長治。柳井がその言葉に出会ったのは、ユニクロ創業前の若き日だった。
地方の紳士服店に生まれた柳井は、大学卒業後にジャスコ(現イオン)へ入社するも1年足らずで退職。家業を継いだが、店の非効率さと社員の無気力に衝撃を受け、改革を断行した結果、従業員のほとんどが去ってしまう。
孤立した彼が救いを求めるように読みふけったのが、倉本が主筆を務めた雑誌『商業界』だった。そこで目にしたのが、「店は客のためにある」という一行だった。
「商売の原理原則はいつの時代も変わらない。それ以上のものはない」。
■世界3位のアパレルメーカーに
倉本の教えは、経営の判断基準を「顧客のためか否か」にまで落とし込む実践の哲学である。柳井も言う。「儲けようとしたら絶対に儲からない。儲けは全身全霊で人に喜んでいただく先にある」。この精神が、同社の理念「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」に結晶している。この理念は、数字としても成果を示した。2025年8月期、売上高3兆4005億円、営業利益5642億円と過去最高を更新。世界のアパレル製造小売業でもZARA、H&Mに次ぐ第3位に躍進した。理念が利益を生み出すことを証明したのである。
■「店員とともに栄える」――人を信じ、育てる経営
柳井の経営観の核心にあるのが、「店員とともに栄える」である。
かつてユニクロは急拡大の副作用として「チェーンストア病」に陥った。標準化ばかりを追い、現場の創意が失われ、既存店売上は3期連続で下方修正。世間では「ユニクロ限界説」が囁かれた。
転機は1994年、イオンの岡田卓也との『商業界』誌上対談だった。そのとき初めて、倉本の言葉が「店主とともに滅びる」とまで続くことを知る。「この一連の言葉に、企業の永続性の本質を見た」と柳井は振り返る。
それ以降、柳井は方針を一変させた。「本部が考え、店が従う」構造から、「現場が考え、本部が支える」体制へ。店長に経営権限を与え、責任と自由をセットで委ねた。「グローバルワン・全員経営」の理念のもと、社員一人ひとりが経営者意識を持つ文化が育った。
ユニクロの店長が掲げる「店長十戒」には、「お客様の満足実現のために命を懸けろ」「部下を変えられなければ自分を変えよ」とある。かつて叱咤を受けた“ぐうたら店長”が、後に銀座グローバル旗艦店を任されるまでに成長した逸話は、理念が人と組織を変える力を物語っている。
柳井は言う。
「従業員は価値創造の担い手であり、第二の自分だ」
失敗を恐れず挑戦する人を称え、学びに変える文化を根づかせたユニクロ。その根底には、倉本の「店員をともに喜び、泣ける店主であれ」という教えが息づいている。
■理念を仕組みに変える――“服の民主主義”の実践
理念を理念で終わらせない――それが柳井の真骨頂である。
決算会見で語った「服の民主主義」とは、誰もが手に届く価格で高品質な服を届けるという思想であり、倉本が唱えた「商いの民主主義」の現代的解釈にほかならない。ユニクロの服は、単なる衣料ではなく「生活の部品(ライフウェア)」なのだ。
ヒートテックやエアリズムはその象徴である。寒暖差や湿度といった日常の不快を解消し、生活をより快適にする。柳井が掲げる「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」とは、“お客様の生活を変える”という決意の表れだ。
OMO(Online Merges with Offline)によるデジタル戦略も、効率化のためではなく「顧客のための仕組み」として導入された。AIによる在庫最適化も、スタッフがより顧客に向き合う時間を増やすための工夫である。
こうしたすべての根底には、倉本の「損得より先に善悪を考えよ」という商人倫理がある。
■倉本長治の言葉が導いた「革新する伝統」
「老舗とは、革新を続けてきたから老舗として残っているのです」――柳井はそう語る。
この言葉の背景には、倉本の盟友で経営指導者・新保民八の一句がある。「正しきによりて滅びる店あれば、滅びてもよし、断じて滅びず」。柳井はこの言葉に深く共感し、「正しさにこだわることが商売を強くする」と説く。
たしかにファーストリテイリングの成長過程には、常にこの「正しさの追求」が貫かれてきた。サステナブル素材の開発、リサイクル事業の推進は、社会的責任だけでなく、顧客の信頼を得るための“正しい商売”である。海外展開でも、地域に根ざした商品構成を再構築し、文化や気候の違いに適応する姿勢を貫いた。
また、柳井は倉本のもう一つの教え「あなたは、あたかも今日死ぬように、あらゆる行為と思想を整理すべきである」を心に刻む。「店を開ければ毎日が勝負。お客様の笑顔の中に未来がある」。
2025年8月期の過去最高益の裏には、この一日一日の積み重ねがある。お客様に“投票”され続ける企業でありたいという信念が、世界2500店を超えるユニクロの成長を支えている。
■「商いの民主主義」としての未来
ユニクロの挑戦は、もはや衣料業の枠を超えている。柳井は「新しい産業をつくる」と宣言し、服を通じて社会全体の幸福を高めることを企業使命に掲げる。
「店は経営者のためでも、社員のためでも、株主のためでもない。何よりお客様のためにある」――この倉本の教えを、柳井は経営の原点として守り続けている。
挑戦と改善、顧客価値重視、社会的責任の追求――この三つを融合させた経営こそが、ファーストリテイリングを世界企業へ押し上げた原動力である。倉本の言葉は、“理念を語るための言葉”ではなく、“企業を動かすための力”として息づいている。
柳井はこう結ぶ。
「世の中を変えたいなら、自分が変わらなくてはならない。私は勇気をもって、今までの成功を捨ててきた。
理念は言葉ではなく、行動で証明される。ユニクロの成長の背後には、80年前の商人が遺した一つの言葉がある。その言葉は今も、多くの商人たちの進む先を照らしている。
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笹井 清範(ささい・きよのり)
商い未来研究所代表
商業経営専門誌「商業界」で現場取材を重ね、2007~2018年まで編集長を務める。中小独立店から大手チェーンストア、小売業から飲食・サービス業、卸売業、農業、製造業など25年間で4000社超の企業、業種を取材。そこに共通する“繁盛の法則”の体系化をライフワークとする。2018年より、多くの商業者を育成・輩出してきた「商業界ゼミナール」を運営している。2020年、暮らしを心豊かにする事業に関わる人たちへの支援を目的に、「商い未来研究所」設立。研修やコンサルティング、講演や執筆に取り組む。商人応援ブログ「本日開店」では、取材から学んだ“商いの心と技”を発信。座右の銘は「朝に礼拝、昼に精励、夕に感謝」。著書に『売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則』(同文舘出版)。
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(商い未来研究所代表 笹井 清範)

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