年末調整の季節がやってきた。今年はどんなことに注意すればいいのか。
ファイナンシャルプランナーの内田英子さんは「今年は大学生の子どもがいる家庭は要注意だ。例えば、大学生と高校生の子どもがいる40代共働き夫婦の場合、申請を忘れると合計で26万円も損をすることがある」という――。
■年末調整は面倒くさいが、タイパはよい
年末調整の季節がやってきました。毎年のことながら「とにかく面倒くさい……」と思われている方は多いのではないでしょうか。
けれど、年末調整はご自身の手取り収入を増やす大切なチャンスです。もしたった30分~1時間の作業で手取りを増やせるとしたら、かなりタイムパフォーマンスの高い作業ではないでしょうか。そのためには準備が肝心です。会社の締め切り間際になって慌てふためかないために、いまのうちから年末調整の準備を進めましょう。
年末調整とは、勤務先を通じて1年間に支払うべき所得税額の過不足を精算する手続きです。年末調整によって、払いすぎていた分は受け取り、不足する分は支払います。
納めるべき税金額は個々の事情によって調整されるルールとなっている一方、会社員の方は、毎月の給与から概算の所得税額が天引き(源泉徴収)されているため、正しく計算した税金額とはずれがあることがほとんどです。年末調整は、そのずれを調整し、本来納めるべき税金額にあわせる大切なプロセスなのです。
つまり、正しく申告しなければ、取り返せるはずのお金が取り返せないということです。
年末調整は以下のようなプロセスで行います(図表1)。
■払う必要のない税金を“取り戻す”
ざっくり説明すると、概ね10月ころから書類の配布・記入・提出が始まります。その後、11月~12月頃に締め切られ、12月に支給されるお給料とあわせて差額の精算が行われる流れです。ご自身で記入する書類は3~4枚あり、「面倒くさい……」と感じるのはまさにこの書類への記入作業。ぎっしり文字のつまった書面を見て、何のためにやらなければいけないのか、わからなければおっくうになるのは当たり前です。
年末調整の書類を書くべき理由。シンプルに言えば、「控除」を申告するためです。もっとざっくり言うと、払う必要がないのに支払っている税金を取り戻すためです。納税額をつみあげたブロックとすると、控除は、つみあげたものからとり外すことができるブロックです。つまり取り外した分、納税額が小さくなります。
とり外せるものは、個別の事情により異なるため、利用できるものを自分で確認して、申告する必要があります。

年末調整で申告できる所得控除はたくさんありますが、個々人の状況により使えるものは異なります。以下の表は年末調整で使える所得控除と税額控除をまとめたものです。ご自身の状況を振り返りながら、使えそうな控除をさがしてみてください(図表2)。
■大学生と高校生の子どもがいる、会社員の夫(48)と妻(47)のケース
年末調整で申告もれや記入ミスがあると、戻ってくるはずの税金を逃すこととなります。
年末調整でできるのは所得税の申告ですが、申告データは、確定申告をしない限り、そのまま住民税額の計算に使われます。住民税への影響も含めると、インパクトはさらに大きくなります。
ここでは仮に、大学生と高校生の子どもがいる、アラフィフの共働きAさん夫妻のケースをもとに、年末調整で見落としやすい4つの控除と節税額をご紹介します(プロフィールは、私のもとに相談にこられたお客様をベースに変更を加えて作成しています)。
■Aさん夫妻のプロフィール

夫(48歳)会社員:年収840万円

妻(47歳)会社員:年収400万円(2年前にフルタイム復帰)

長男(20歳):大学2年生、アルバイト収入 年120万円

長女(17歳):高校2年生
夫は勤務先で確定給付企業年金に加入(年間12万円つみたて)

妻は今年からiDeCoに加入(年間24万円つみたて)
【試算の前提条件】

夫の課税所得は419万円(所得税)

給与所得646万円-基礎控除63万円-社会保険料控除126万円-一般扶養控除38万円
妻の課税所得は128万円(所得税)

給与所得276万円-基礎控除88万円-社会保険料控除60万円

■「子供の国民年金」を支払い始めたら要注意
【見落としがちな控除①】
子どもの国民年金保険料を払ったときの「社会保険料控除」
Aさん夫妻は、長男が今年20歳になり、長男の国民年金保険料をAさんが負担して支払い始めました。子どもの国民年金保険料は、親が代わりに支払うこともできます。その場合は、子どもが将来受け取る年金を増やすことができ、かつ支払った保険料の全額を親の社会保険料控除とすることもできます。
国民年金保険料の金額は、1カ月あたり1万7510円です(令和7年度)。誕生日が4月で9カ月分支払っていれば、15万7590円が社会保険料控除の対象となります。
夫の所得税が約3万1000円減らせる計算です。住民税とあわせると約4万7000円になります。
使うのは「保険料控除申告書」です。「社会保険料(国民年金保険料)控除証明書」にかかれてある合計額を「社会保険料控除」の欄に記入します。9月までに年金保険料を支払っていれば、電子送付手続きを行っていない限り、10月下旬から11月にかけて圧着はがきが届くはずです。年末調整までしっかり保管しておいてください。
なお、子どもの国民年金保険料を払ってあげたほうがいいか、と悩む方は多いと思いますが、子どもが学生であれば学生納付特例により保険料の納付を猶予することもできます。ただし、その場合は、追納するまで将来の年金額を増やすことはできない、といった点にも注意です。
■iDeCoの掛金分も控除できる
【見落としがちな控除②】
iDeCoに積み立てている時の小規模企業共済等掛金控除
Aさん夫妻は、これまで妻は扶養内で働いていましたが、長男の大学進学を機にフルタイム復帰しました。フルタイム復帰した後、家計にゆとりがでてきたことで今年からiDeCo(確定拠出年金個人型)へのつみたてを始めました。
iDeCoに加入している場合、支払った掛金全額を小規模企業共済等掛金控除とすることができます。使うのはこちらも同じく「保険料控除申告書」です。
「小規模企業共済等掛金払込証明書」に記載されている合計金額を記入します。
掛金は年間24万円ですが、妻の所得税はその5%、約1万2000円減らせる計算です。住民税と合わせると、節税額は約3万6000円が目安となります。
なお、申告の際には、「小規模企業共済等掛金払込証明書」の添付が必要です。毎月掛金を納付している方であれば、10月下旬頃から圧着はがきが届くはずです。こちらも同様に、年末調整までしっかり保管しておいてください。
■“確定給付企業年金”の証明書を捨てないで
【見落としがちな控除③】
確定給付企業年金に自分で掛金をつみたてた場合の生命保険料控除
確定給付企業年金(DB)は3階建て部分の年金で、勤務先の企業がスポンサーとなる私的年金の1つです。会社負担分は控除対象外ですが、本人が拠出した分は生命保険料控除の対象になります。
Aさんの勤務先にある確定給付企業年金は加入者も掛金をつみたてることができ、Aさんも年間12万円拠出していました。正しく申告していれば、夫の所得税を約8000円、住民税と合わせると約1万1000円減らせる計算です。
企業年金の「生命保険料控除証明書」は生命保険会社から届くわけではないため、よくわからないまま捨ててしまう方も少なくないようです。10月下旬以降は郵送物を注意して見てみてください。

■大学生がいるなら「バイト代は123万円以下かどうか」を絶対にチェック
【見落としがちな控除④】
稼ぐ大学生の子どもの「特定扶養控除」と「特定親族特別控除」
Aさんの長男は大学生になってからバイトを始め、今年の年収は120万円になる見込みでした。昨年までであれば、大学生の子どもがいる場合、所得が48万円(給与収入が103万円)以下でないと「特定扶養控除」を受けることはできませんでした。
しかし今年は税制改正があり、基礎控除と給与所得控除の最低保障額が10万円ずつ引き上げになったことで特定扶養控除の所得要件が引き上げられ、さらに「特定親族特別控除」が新設されました。
これにより「特定扶養控除」は給与収入123万円以下で受けられるようになり、123万円を超えた場合でも「特定親族特別控除」が使えるようになったのです。
専門用語が多いので混乱されたかもしれませんが、要するに、いわゆる“大学生の年収の壁”が103万から引き上げられ、使いやすいしくみになったということです。大学生の年収の壁は、親の所得税が上がるボーダーラインです。ボーダーラインが上がれば、親に税金はかかりにくくなります。バイトで稼いでいる息子がいるAさんは、今年から税金が安くなる、とご認識ください。
■「103万円以下」の思い込みが、節税チャンスを逃す
2つの控除の最高額は63万円です。子どもの収入が103万円以下じゃないと控除は使えない、と思い込んでいると、大きな節税のチャンスをみすみす逃すことになります。
Aさんの場合は、もし仮に正しく申告できていれば、夫の所得税が約12万6000円、住民税と合わせると約17万1000円減らせる計算です。
なお、「特定親族特別控除」の住民税の控除額は最高45万円です(総務省「説明資料〔個人住民税について〕」)。

また、来年以降は子どもの合計所得金額が58万円超100万円以下(給与収入123万円超165万円以下)である場合、源泉徴収されるため、年末調整は不要ですが、合計所得金額が100万円(給与収入165万円)を超える場合は、年末調整での申告が必要になります。
大学生の子どもがいる場合は、子どもの就業状況を確認し、家庭ごとに受ける影響額や必要な手続きを事前に確認しておいたほうが安全です。
■ちゃんと申告しないと合計で「26万円の損」
少しこみあった話が続きましたので、ここで一旦まとめておきます。Aさんファミリーの場合、上記の4つの控除を申告した場合のインパクトは以下(図表4)のように見積もることができます(※金額は目安であり、おおよその金額です)。
住民税は翌年のお給料から分割して減額……となりますが、所得税は年末調整でまとめてもどってくるため、今年の年末にはお財布に入れることができます。
つまり、正しく申告すればAさんのケースでは、年末の段階で約18万円の銀行口座の残高を増やすことができ、翌年のお給料からは合計約8万8000円の手取り給料がふえることになるのです。
年末調整は面倒と感じるかもしれませんが、家族構成や今年の変更点をしっかり確認し、証明書を添付して正しく申告するだけで、ご自身のお財布に大きなインパクトを与える可能性があります。
最後に、還付されたお金のパフォーマンスを高める使い方をご紹介しておきます。
■「取り戻したお金」を有効に使う3つの選択肢
Aさん夫婦は年末調整によって約18万円の所得税の払いすぎを取り戻せる計算となりました。ここで注意したいのは、取り戻したお金は臨時収入やあぶく銭ではなく、本来受け取れるはずだったお給料であるということです。パーッと使ってしまうのだけは絶対に避けるべきで、せっかくですから受け取ったお金は、よりよい使い方をしたいものです。
おすすめは以下の3つです。
・余剰資金/準備資金としてストックする

・ローン返済にあてる

・iDeCoの掛金増額にあてる
ひとつめは、「余剰資金/準備資金としてのストック」です。今後の物価上昇を想定するなら、日々の支出管理の難易度は上がっていくことが考えられます。また、近いうちに買い替えを予定している家電や自動車も、値上がりする可能性があります。そういったときに補填として使える“バッファー資金”としてストックしておけば、本来は取りおいて置きたい貯蓄を取り崩すことなく、対応することができます。
次に、「ローン返済にあてる」のも選択肢のひとつです。クレジットカードのリボ払いや分割払い、カードローンなどの残高がある場合、繰上返済にあてるのもいいと思います。利息負担を減らすことができ、もし完済時期が早まればその分家計収支にゆとりも生まれるからです。
■放置することは絶対NG
最後は、iDeCoの掛金にあてる選択肢です。家計に余裕があり、計画的な貯蓄も順調に進んでいる家庭ならiDeCoの掛金を増額するのもいいと思います。運用効率の向上と来年さらに節税額を増やせる可能性があります。
年末調整で本来の所得税額を申告できたら、来年天引きされる住民税額の減額にもつながります。
面倒な作業だからと放置することは、自分が受け取れるはずだったお金の使い道を国に委ねることと同じです。自分たちが納得して使えるお金を増やすほうが人生の満足度は上がるはず。ぜひ、自分たちのお金や税金について考えるいいタイミングだと捉えて臨まれることをおすすめします。

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内田 英子(うちだ・えいこ)

FPオフィスツクル代表、ファイナンシャルアドバイザー、CFP

愛媛県在住。証券会社・保険ショップ勤務などを経て、現在、FPオフィスツクル代表。完全フィーベースの独立系FPとして、全国からオンライン相談に応じる。教育費・住宅・老後の資金計画まで、人生の節目に寄り添うサポートを行う。税制や公的医療保険、公的年金、企業年金などの制度を活かし、コストを抑えながら「資産を長持ちさせる家計づくり」を提案。住宅ローンや保険、投資など“生活に関わる金融制度やサービス”を使いこなし、仕組みと制度を味方につける“家計整理の知恵”を発信している。

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(FPオフィスツクル代表、ファイナンシャルアドバイザー、CFP 内田 英子)
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