いわゆる電気自動車(EV)を巡る方向性について、欧州連合(EU)が内部分裂に陥っている。正確に言えば、もともと懸念されると同時に、燻り続けていた内部分裂の構造が、ここに来て一気に噴き出しているのである。
そもそもの経緯を振り返ると、2021年7月、EUの執行部局である欧州委員会は、2035年までに新車から従来型の内燃機関車(ICE車)を排除し、それを走行時に温室効果ガスを排出しないゼロエミッション車(ZEV)に限定するという方針を打ち出した。このZEVは、燃料電池車(FCV)なども含まれるが、基本的にEVのことである。
これは、2019年12月に就任したウルズラ・フォンデアライエン委員長による肝煎りのプランであった。一方で、同委員長の出身母体であるドイツの中道右派政党、キリスト教民主同盟・同社会同盟(CDU/CSU)は、ドイツの自動車業界の意向もあり、慎重な立場で臨んでいた。ドイツで“EVシフト”に積極的だったのは緑の党であった。
それでも、CDU/CSUは、自らの出身者が多く属している欧州議会の会派・欧州人民党を通じて、EVシフトの修正に努めることになる。その結果、EUは2023年3月に合成燃料(e-fuel)を用いたICE車もZEVに含むように、方針を転換させた。その後、緑の党が政権から退場したことを受けて、ドイツはEVシフトの見直しを加速させる。
現在、ドイツの政界と財界はEVシフトに反対する姿勢を鮮明にしている。労働界も、基本的にはこの流れに同調している。一部の環境団体などを除けば、ほぼ一枚岩でEVシフトに対して反対していると言っていいだろう。
■政府が賛成し企業が反対するフランスとスペイン
例えばフランスは、官民の立場が完全に交錯している。つまり、エマニュエル・マクロン大統領が率いるフランス政府は、EVシフトに一貫して賛成の立場である。対するフランスの自動車業界は、反対の立場を強めている。これまでフランスの自動車業界の反発は比較的控えめだったが、隣国ドイツでの気勢の高まりに同調しているようだ。
そもそもマクロン大統領は、フォンデアライエン委員長の“生みの親”と言える存在だ。本来であれば、2019年に欧州委員長に就任するのは別の候補(マンフレート・ヴェーバー欧州議会議員)だったはずだが、紆余曲折を経てフォンデアライエン氏が就任した。そのアシストをしたのがマクロン大統領であったため、両者は近しい関係にある。
原子力を国策の基幹産業とするフランス政府にとって、EVは望ましいモビリティである。伝統的に強い産業政策を是とすることもあり、フランス政府は引き続き、EVシフトを重視する。フランス政府はスペイン政府と共に、2035年までに新車のEVシフトを実現する目標を堅持するよう欧州委員会に対して書簡を送ったと報じられている。
一方、フランスの自動車業界は、EV生産に伴う事業リストラのみならず、中国製の廉価なEVの脅威にも晒され、EVシフトへの疑義を強めている。
それにスペインの場合、政権が少数与党だという問題もある。第一党である中道右派の国民党は財界寄りであり、社会労働党が推進してきた環境政策に対しても修正を求めている。民意もかつてほど環境対策を支持しておらず、EVシフトにも見直しの余地がある。にもかかわらず、議会の過半を得ていない政権は、それを認めようとしない。
■多様なアクターをまとめきれない
残る大国であるイタリアの場合、ドイツ程ではないが、基本的な構図はそれに近い。つまりイタリア政府も自動車業界も、EVシフトには慎重だということである。ここで四大国の基本的な構造を整理すれば、ドイツを急先鋒とすると、イタリアがそれに続くEVシフトの見直し派だ。他方でスペインは現状維持であり、極北がフランスとなる。
政治がねじれているスペインの場合、右派が政権に返り咲けばドイツとイタリアに接近する公算が大きい。
EUはEUで、自らの求心力の低下を容認するようなものだから、EVシフトの見直しには慎重にならざるを得ない。少なくともフォンデアライエン委員長が退任するまで、EUが大々的にEVシフトを修正する展望は描けない。フォンデアライエン委員長の任期は2029年11月だから、2035年という時間軸が強く意識される頃である。
結局、その頃までに新車EVシフトの実現が見通せないなら、時間軸を後ずれさせるなどの修正が施しやすくなる。それまで、欧州委員会の現執行部は、明確な意思表示を避けつつ、EVシフトに事実上のブレーキをかけることになるのではないか。多様なアクターをまとめきれないのなら、そうして現状を何とか追認する以外に方法はない。
■森林保護規制の再延期と同じ道をたどる
新車EVシフトの行末を考えるうえでの先行事例になる事案として、森林保護規制の再延期がある。正式名称は「森林破壊防止のためのデューデリジェンス(環境リスクを調査するプロセス)義務化に関する規則(EUDR)」と言うが、これは企業に対し取り扱う製品が森林破壊に関与していないことを確認するよう義務付ける規制である。
EUは本来、EUDRを2024年12月末に施行する予定だったが、それを1年間延期した。その対応コストの大きさが物価を押し上げることが必至だったため、各国や企業の反発を受けたEUが二の足を踏んだためだ。一方で、EUDRに対応するため先行して対策を行っていた企業からも、強い反発を受けた。
今年10月、EUはEUDRの施行をもう1年延期すると発表し、先行して対策を行っていた企業からさらなる反発を招いた。とはいえ、高過ぎる理想に現実が追い付かない以上、EUとしても延期をせざるを得なかったというところだ。ではEUDRが2026年12月に施行されるかというと、その展望も描けないため、再々延期となる公算が大きい。
2035年EVシフトも、結局は似たような軌跡をたどるのではないだろうか。そもそもモノやサービスの普及は、市場原理によって決まるものだ。政府の役割はその補完であり、方向を規定することではない。EUはその原則を軽視し、経済を強く誘導しようと努めているが、結局は様々な軋轢を内外にバラ撒いている印象が拭えないのである。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)

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