温泉は体にいいとされているが、ただ入ればいいわけではない。25年以上にわたって約7万人の入浴を調査してきた医師の早坂信哉さんは「入浴の健康作用を享受するためには入浴方法と入浴時間、湯の温度に気を付けてほしい」という――。

※本稿は、早坂信哉『医師が教える温泉の教科書』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「医学的に正しい入浴法」4つのポイント
入浴の7大健康作用(1温熱作用、2浮力作用、3水圧作用、4清浄作用、5蒸気・香り作用、6粘性・抵抗作用、7開放・密室作用)を得る入浴法は、「毎日」「40℃」「10分間」「全身浴」が基本です。高温浴・長時間入浴では、自律神経の交感神経が刺激されるため、副交感神経を刺激してリラックス効果を高めるには、38~40℃のぬるめのお湯に浸かることが大切です。
医学的に正しいのは40℃までで、注意が必要なのは42℃。では41℃は? というと、ギリギリですが悪くはありません。消費者庁では、「お湯の温度は41℃以下」と注意喚起しています。しかし、41℃だと血圧が上がったり、脈が速くなったりするという報告もありますので、私はより安全な「40℃以下」を推奨しています。
一方で、毎朝シャワーを浴びる習慣がある人は、42℃の熱いお湯に設定することで仕事のスイッチが入りやすくなります。このように、お湯の温度により自律神経をコントロールするのも1つの方法です。
入浴は「10分間」が基本ですが、時計をもって入浴するのが難しい場合は、「額にうっすら汗をかく程度」を目安にしましょう。特に温泉は自宅のお風呂よりも温める作用が強いので、息苦しさを感じる前に出ることが大事です。
■お風呂にダイエット効果はある?
半身浴やサウナで汗をたくさんかくと痩せると思っている人は多いですが、実はダイエットにはつながりません。
あくまで、外から熱をもらって発汗しているに過ぎず、自分の脂肪を燃焼させているわけではないのです。失われるのはカロリーではなく水分なので、ダイエット目的の長湯は避けましょう。
それ以外の点においても、一時期流行した半身浴に、特筆すべき健康効果はありません。むしろこれまでに説明した温熱作用、浮力作用、水圧作用などはすべて半分の効果しか得られないことになるため、肩まで浸かる「全身浴」をおすすめしています。
一方で、半身浴では静水圧が減少するので、心臓への負担は少なくなります。肩まで浸かると息苦しさを感じる人は、半身浴にしてもいいでしょう。なお、シャワーだけで済ませること自体にリスクはありませんが、体が十分に温まらないので、この本で述べたような介護、うつ病、心筋梗塞、脳卒中などの予防効果は期待できないと考えられます。
■コップ3~4杯の飲水も忘れずに
せっかく健康に良いことをしているのに、脱水で倒れてしまっては元も子もありません。1回の入浴で800mLもの脱水になると言われており、入浴後はもちろん、入浴前の水分補給も忘れずに行ってください。入浴前後で500mL(コップ3~4杯程度)の飲水が目安です。
中には、入浴後のビールを楽しみに入浴している人もいるでしょう。これは否定しませんが、アルコールだけでは脱水の回復にはつながりません。
なぜなら、アルコールには利尿作用があり、飲んだ分の1.1倍排尿されてしまうと言われているからです。
また、入浴前はかけ湯を行い、血圧の急上昇を防ぐことも大切です。
このように、お風呂はただ入ればいいわけではなく、気を付けたほうがいいこともたくさんあります。そのため近頃は「風呂キャンセル界隈」という言葉が流行するなど、お風呂を面倒だと感じる人が多いようです。忙しい人にとっては仕方のない部分もありますが、お風呂は体を洗うだけの場所ではなく、疲労回復、病気予防、幸福度の向上といったさまざまなメリットがあります。面倒を乗り越えた先に、プラスの効果がたくさんありますので、「お風呂」の捉え方を少し変えていただけたら嬉しく思います。
■乳化作用やピーリング効果で美肌に
温泉ならではの作用として「美肌効果」も忘れてはいけません。アルカリ性の温泉に入ると、肌の表面がぬるぬるすることがあると思います。これは、皮膚表面の皮脂とアルカリが反応し、石鹸のような性質をもつ物質ができるためです。これを乳化作用といい、古くなった角層を除去して、ツルツル肌をつくると考えられています。
一方、酸性の温泉は少しピリピリするような肌触りが特徴です。ピーリング効果により古い角質を除去し、肌を柔らかくしてくれます。

また、すべての温泉にいえることは、血行が良くなることでハリやツヤが改善され、弾力が増すことです。体内でコラーゲンをつくる力も高まるので、シワの予防や改善に効果的であると考えられます。
こうした美肌効果は病気の療養とは違うので、「適応症」には認められていません。しかし、巷(ちまた)では美肌に良い湯の成分の条件を満たす泉質は「三大美人泉質」と呼ばれ、親しまれています。三大美人泉質は、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、硫黄泉の3つです。
■成分からわかる「三大美人泉質」
・炭酸水素塩泉:古い角質を取る
炭酸水素塩泉は、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を多く含む温泉です。皮脂や古い角質を取って湯上がり後は肌がツルツルになり、サッパリとした爽快な気分に包まれるのが特徴です。代表的な温泉に和歌山県の龍神温泉があります。ちなみに1931年に鉄道省が発行した『温泉案内』で、龍神温泉、川中温泉(群馬県・硫酸塩泉)、湯の川温泉(島根県・硫酸塩泉)は「肌を白くする温泉」と掲載されました。このことから、3つの温泉は「日本三大美人の湯」として知られています。
・酸塩泉:保湿、肌のターンオーバー促進
硫酸塩泉は、硫酸カルシウムや硫酸ナトリウムなどの硫酸塩を多く含んだ温泉です。塩が皮膚を覆うことで保温・保湿効果が高まり、血流を改善して血色が良くなることが特徴です。
皮膚が1カ月ほどで新しい細胞に生まれ変わる仕組みをターンオーバーといいますが、ターンオーバーは血流が良くなることで細胞分裂が進み、促進されるのです。褥瘡(じょくそう)(床ずれ)の治療でも、肌を温めることは非常に大切です。
・硫黄泉:シミ予防、アンチエイジング
硫黄泉は総硫黄を含み、卵が腐ったような匂いが特徴の温泉です。肌への刺激が強く、多くは酸性に分類されますが、新潟県の月岡温泉は弱アルカリ性の性質をもっています。硫黄泉には、シミの原因となるメラニンの生成を抑制したり、皮膚の弾力性を改善したりといった報告があります。血流量を増やす効果が高いです。一方で、皮脂を除去する効果が強いため、乾燥が進みます。上がり湯と保湿は忘れずに行いましょう。
■押さえておきたいもうひとつの泉質
・pH7.5以上(弱)アルカリ性単純温泉
前述した3つの泉質にpH7.5以上の弱アルカリ性単純温泉、pH8.5以上のアルカリ性単純温泉を加えて、「日本四大美人泉質」と呼ぶこともあります。pH値が高いほど角質を取る働きは強いのですがその分、肌の乾燥には注意が必要です。弱アルカリ性は適度な刺激で、美肌効果が高いと言われています。アルカリ性の代表的な温泉に島根県の斐乃上(ひのかみ)温泉などがあります。
斐乃上温泉は「三大美肌の湯」の1つに挙げられています。
■肌が荒れるので上がり湯は必須
硫黄泉のほか、アルカリ性や酸性の強い温泉は、長い間皮膚に付着させたままにしておくと、肌が荒れる可能性があります。そのため、入浴後にシャワーなどで体を洗い流す「上がり湯」が必須です。
ただし、先に紹介した炭酸水素塩泉と硫酸塩泉は、皮膚に付着することで保温・保湿などプラスの効果を与えるため、洗い流す必要はありません。また、塩化物泉は三大美人泉質には入っていませんが、肌をパックのように覆う効果があり、「美人の湯」に入った後のケアとして湯巡りをするのもおすすめです。
洗い流したほうがいい温泉と、そうでない温泉をどうやって見分ければいいかというと、一番良いのは温泉分析書を見ることです。温泉分析書にはpH値が記されており、酸性はpH3未満、アルカリ性はpH8.5以上。よくわからない場合は、原則「匂いがある」「色が付いている」「湯ざわりがぬるぬるする」「ピリピリする」ものは洗い流す、と覚えておいてください。肌への刺激が比較的強いと考えられるからです。もちろん、一部例外もあります。
温泉の色で最もポピュラーなのは、乳白色や黄白色など白濁した温泉です。青森県の酸ヶ湯(すかゆ)温泉、秋田県の乳頭温泉郷などが有名ですね。
このほか青色系、赤色系、緑色系、褐色系など、色の付いた温泉は全国に存在しています。

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早坂 信哉(はやさか・しんや)

東京都市大学人間科学部教授・医師、一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長

温泉療法専門医、博士(医学)。浜松医科大学医学部准教授、大東文化大学スポーツ・健康科学部教授などを経て、現職。公益財団法人中央温泉研究所理事、一般社団法人日本銭湯文化協会理事、一般社団法人日本温泉気候物理医学会理事、日本入浴協会理事。著書に『最高の入浴法』(大和書房)ほか。メディア出演も多数。環境省の「新・湯治効果測定調査プロジェクト」の調査の研究責任者を務める。

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(東京都市大学人間科学部教授・医師、一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長 早坂 信哉)
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