住宅ローンは繰り下げ返済すべきなのか。ファイナンシャルプランナーの横田健一さんは「5000万円を35年ローンで返済するという仮定で、『繰り上げ返済』と『投資をしながら返済』を調べたところ、35年後の資産残高に圧倒的な差が出た」という――。

■住宅ローン返済は繰り下げすべきなのか
日銀が利上げに舵を切ったことによって住宅ローンの金利が少しずつ上昇し始めています。そんな中で、住宅ローンの繰り上げ返済はすべきなのでしょうか。
一般的に人生で最も大きな借金となる住宅ローンは、一刻も早く返済してしまいたいと考える人が多いかもしれません。手元資金に余裕ができたら積極的に繰り上げ返済していき、投資をするのは住宅ローンを完済してから……と考えるのが普通でしょう。
一方、手元資金に余裕ができても住宅ローンの繰り上げ返済は行わず、NISAなどを活用して積極的に投資していくという方法もあります。この場合、投資のリスクはあるものの、住宅ローンの借入金利よりも高い運用利回りを実現することができれば、より大きく資産を増やしていける可能性が高まります。
気持ちの面では少しでも早く住宅ローンを完済してしまった方が安心できるかもしれません。ただ、積極的に繰り上げ返済していくことは、長期投資の機会を失っているとも言えます。これらの2つの選択肢について、具体的にどのくらいの資産格差が生まれるのか確認していきます。
■5000万円のローンでシミュレーション
住宅ローン5000万円を金利1%で借りるという前提で、具体的に試算してみましょう。
ここでは常に繰り上げ返済し続け、短めの25年返済で返済し、完済後に投資を開始していく戦略①と、35年返済で借りて返済しながら、手元資金を使って投資と両建てでいく戦略②で比較してみます。
①の戦略からみていきましょう。
25年間で返済を終え、その後に毎月の返済額相当のお金で投資をしていくものとします。
金利1%で25年返済の場合、年間の返済額は227万円ですので、完済後は年間227万円の積立投資をしていく戦略で、図表1のようになります。
②の戦略は、35年返済で住宅ローンを借り、25年返済の場合と比べて余裕ができる手元資金を使って最初から積立投資をしていくものです。
5000万円を金利1%、35年返済で借りた場合、年間の返済額は170万円になりますから、25年返済の場合と比べて、年間57万円の余裕が生まれます。これを原資として積立投資をしていくのです。
この2つの戦略は、家計としては毎年227万円の資金支出をしていくだけですから、途中で住宅ローンの金利変動がなければ、資金的な面での負担はまったく同じです。
違いは、戦略①が住宅ローンの返済を優先し、完済してから投資を始めるのに対し、戦略②は最初から住宅ローンの返済と投資の両建てで資産形成を行っていくということです。
■35年後には2300万円の差が
この2つの戦略について、それぞれ35年後にはどうなっているでしょうか。
戦略①および戦略②のそれぞれについて、住宅ローン残高と投資残高の推移を計算すると、図表3のようになります。ここで投資の運用利回りは5%、住宅ローン金利は1%で変わらないものとしています。
戦略①(オレンジ)では住宅ローンの返済を優先しているため、住宅ローンの残高は25年間でゼロへと早く減少します。完済後に年間227万円のペースで積立投資をすることで、35年後における投資残高は2855万円となっています。

一方、戦略②(緑色)の住宅ローン残高の減少はゆるやかですが、同時に最初から投資を開始しているため、早くから投資残高が積み上がっていきます。ここでは便宜上確定利回りとして計算しており、実際には価格変動リスクがあるため上がったり、下がったりを繰り返しながら推移していくことになりますが、計算上は22年目の時点で投資残高が住宅ローン残高を上回ります。
■住宅ローン金利上昇の場合は…
住宅ローンを変動金利で借りた場合、途中で金利が上昇していく可能性があります。戦略①の場合、年間返済額が上昇すると家計が圧迫されることになります。
一方、戦略②(緑色)では、借入金利が2.8%まで上昇して初めて年間返済額が戦略①と同水準(年間227万円)になります。金利上昇時には、積立投資にまわしている資金を繰り上げ返済にまわしたり、積立投資によって積み上がっている投資残高を繰り上げ返済にまわしたりすることで、金利上昇コストを下げていくことも選択肢になります。
このように考えると戦略②の方が、金利上昇リスクに対してもより柔軟に対応できると言えます。
先ほどは運用利回りを5%として試算しましたが、運用利回りが3%や、住宅ローン金利と同じ1%の場合にはどのようになるでしょうか。
まず運用利回りが3%の場合には、35年後の投資残高は戦略①が2602万円、戦略②が3447万円となり、運用利回りが5%の場合と比べるとその差は小さくなっているものの、それでも800万円以上の差となっています。
■住宅ローン金利と運用利回りが同じでも
次に、住宅ローンの借入金利と同じ、運用利回りが1%の場合です。
35年後の投資残高は、どちらの戦略でも2375万円と同じになっています。最終的な残高だけを見れば同じですが、返済していく途中の過程は異なります。
戦略②の場合、投資残高が最初から積み上がっていきますので、ライフイベントで必要となった場合にはそちらにお金をまわすこともできますし、金利上昇時には繰り上げ返済にまわすことも可能です。
また、26年目以降も住宅ローン残高が残っているため、26年目以降に死亡してしまった場合には団体信用生命保険によりその後の返済が免除されることもメリットになります。仮に運用利回りと借入金利が同じだったとしても、気持ちの面でゆとりを持てるのは戦略②と言えるのではないでしょうか。
最近では、円建て元本保証の個人向け国債でも運用利回りが1%を超えてきています。また、住宅ローンは変動金利であれば、現在でも1%未満の水準で借りることも可能でしょう。必ずしも投資信託のようなハイリスク商品で運用しなくても、戦略②を実行していくことの意味は十分あるのではないでしょうか。
■闇雲な繰り上げ返済はNG
最後に、投資の運用利回り別の35年後の投資残高を比較しておきます。
すでに利回りが1%、3%、5%の場合はご紹介していますが、利回り0%や7%の場合も追加しています。
住宅ローンは長く借りて手元資金に余裕を持たせながらゆっくり返済、一方で余裕資金をNISAなどで運用していくことで将来の資産格差が大きく開き得ることが確認できます。
投資が含まれるため誰にでもおすすめできるものではありませんが、闇雲に繰り上げ返済を優先していくのではなく、手元資金に余裕を持たせながら返済していくという選択肢もぜひ検討していただければと思います。

----------

横田 健一(よこた・けんいち)

ファイナンシャルプランナー

1976年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同大学院修士課程修了。
マンチェスター・ビジネススクール経営学修士(MBA)。野村證券でデリバティブ商品の開発やトレーディング、フィンテックの企画・調査などを経験後独立。情報サイト「資産形成ハンドブック」やYouTubeなどで情報発信しながら、個人の資産形成をサポート。CFP®、ウェルビーイング学会会員(ファイナンシャル・ウェルビーイング分科会所属)。「ファイナンシャル・ウェルビーイング検定」監修。著書に『新しいNISA かんたん最強のお金づくり』(河出書房新社)、『増やしながらしっかり使う 60歳からの賢い「お金の回し方」』(KADOKAWA)がある。

----------

(ファイナンシャルプランナー 横田 健一)
編集部おすすめ