■維新が進めようとしている“悪手”
高市政権が空前の高支持率となっています。ある世論調査では8割以上の数字がたたき出されていますが、その高支持率に冷や水を浴びせ、政権基盤をも揺るがしかねない政策に注目が集まっていることをご存じでしょうか。
それは高市政権誕生に大きく貢献した日本維新の会肝いりの「OTC類似薬の保険給付見直し論」です。すでに賛否両論さまざまな議論が噴出してきていますが、もしこれが2026年度から実施された場合、私たちの暮らしにどのような異変と混乱が生じるのでしょうか。今回は、このテーマを取り上げたいと思います。
そもそも「OTC類似薬」とは何でしょうか? これを理解するためには、まず「OTCとは何か?」という話から整理しておく必要があります。
OTCとはOver The Counterの略で、医師の処方箋なしで薬局にて購入できる医薬品のことを指しますが、今回の議論で関係するのはこれらのうち「スイッチOTC」と呼ばれるものです。
これはもともと医療機関で医師の処方箋がないと入手できない医薬品であったものが、安全性や有効性が長期的に確認されたことをもって、医療機関でなくとも街場のドラッグストアで購入できる医薬品にスイッチされたものです。
医療用医薬品と有効成分は同じであるにもかかわらず、それがわざわざ受診しなくても手に入るというのは、ユーザーにとっては便利とはいえますが、その購入に関しては自己判断にゆだねられます。
もちろん薬剤師や登録販売者からの適切な情報提供がおこなわれることという義務が薬局には課されているものの、「セルフメディケーション」つまり「自分の薬は自分で管理しろ、費用も国に頼らず自腹で払え」という、いわば「自己責任政策」の最たるものと呼べるものです。
社会保障費の抑制のため、できるだけ医療機関にかからぬよう国民を誘導、つまりこの政策の本質は「公助を減らしたいので、できるだけ自助にて対処せよ」というものなのです。
■“類似薬”という言葉にだまされてはいけない
さて、ここで「おかしいな?」と思われる方がいらっしゃるのではないでしょうか。
そうです。「OTC類似薬」という呼び名です。
今回、保険給付の見直し、つまり保険適用から外すとされる「OTC類似薬」と呼ばれる薬は、先に述べたように、そもそもOTCにスイッチされる前の“オリジナルの医薬品”、すなわち“本家”の医薬品です。「OTC類似薬」と聞くと、あたかも「OTC薬」のほうが“本家”すなわち先発品で、今「OTC類似薬」と呼ばれているもののほうが“模倣品”のように思えてしまいますが、まったく逆。「類似薬」という言葉がお似合いなのは、OTC薬のほうなのです。
言葉あそびのように思えるかもしれませんが、ここは非常に重要なポイントです。
なぜなら、「ドラッグストアで全額自費で買う医薬品の類似薬」なら、医療機関で処方された場合も保険が効かなくても当然でしょ、と国民に錯覚させようとするものだからです。そもそも保険が効いていた医薬品を市販品にスイッチしていったん全額自費にしておいて、それに似た薬だから本家本元の薬のほうも自費にするだなんて、国民を騙す「国家的詐欺」と言ってもまったく言い過ぎではありません。
誰が仕込んだのかわからない名称ですが、メディアも無批判に「OTC類似薬」との言葉を垂れ流している現状には、あきれてものが言えません。ですから本稿では今後この詐欺的名称はつかわずに、「OTC“本家”薬」と称することとします。
■現役世代の負担は減るのか
ではつぎに、この政策がじっさいに実行された場合に、どのようなことが起きうるのかを考えていきましょう。
日本維新の会はこの政策を打ち出したときに、OTC“本家”薬を保険外しにすることで、1兆円もの医療費が削減されると主張しました。そしてそれによって現役世代の保険料が下げられ、手取りが増やせると訴えたのです。
昨今、選挙となると候補者たちはこぞって「現役世代を手当てせよ」との主張を繰り広げ、現役世代と高齢者の対立を煽って票を集めようとする傾向にあります。では今回の「OTC“本家”薬保険外し」は、本当に日本維新の会の言うとおりに、現役世代に恩恵をもたらすものとなるのでしょうか。
現在の議論では、まだ対象となる医薬品は具体的には決まっていませんが、「候補」として取沙汰されているのは、ヒルドイドなどの保湿剤やアレグラといった抗アレルギー剤、去痰剤やシップなどです。仮にこれらが自費になったからといって、高齢者の医療費ばかりが削減されるわけではありません。
シップはさすがに高齢者の消費が多いとは思いますが、そのほかの「候補」はアトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー性鼻炎、上気道炎など、子どもや若者にも日常的に処方されている薬剤です。多くの自治体では子どもの医療費に助成制度がありますが、これらの医薬品が自費になれば、この助成制度の対象外となってしまいます。
■いつもの診療が全額自己負担に…
いっときの「かぜ」くらいであれば数日の処方でしょうが、アレルギーなど長期的に使う必要のある疾患を抱えている子どもの場合は、現役世代の懐に強烈なダメージを与えることとなります。保険料が若干安くなったとしても、まさに「焼け石に水」。「手取り」がちょこっと増える一方で、それをはるかに上回る支出という打撃が現役世代を襲うことになるでしょう。
「高齢者医療費の是正」のはずが、「現役世代の子育て世帯を含む中間層に新たな負担を強いる政策」というわけです。
もう一点、今のところあまり議論されていませんが、非常に重要な問題を指摘しておきたいと思います。それは「混合診療」の問題です。
わが国の医療保険制度では、一つの病気にたいする一連の診療行為において、保険診療と保険外診療を同時におこなうこと、いわゆる「混合診療」が原則禁止とされています。
ある診療のなかで、一部でも保険適用外の技術や薬剤を使用すると、その日の診療全体(診察料、検査、画像診断、他の薬剤など)がすべて保険適用外になり、患者さんは全額自己負担となってしまうのです。
■思考実験:「肺炎」のケース
たとえば先ほど挙げた「候補医薬品」のうちで、かぜや肺炎などによく使われる去痰剤にカルボシステインという医薬品がありますが、これがもし保険外しとなった場合、どのような事態となるか、ちょっと思考実験してみましょう。
あなたは数日前から咳と痰が出ています。熱は37度前半から、夕方になると38度近くまで上がってきますが、朝になると36度台になることもあって、「かぜだろうから寝ていれば治る」と市販薬を飲みながら自宅で経過をみていました。
しかし5日経っても熱が上がったり下がったり。咳もだんだんひどくなってきたので、家族に説得されて診療所を受診しました。
あなたの話を聞いた医師は、インフルエンザと新型コロナの検査で陰性を確認すると「これは普通のかぜの経過とは違って肺炎の可能性も否定できないから、採血とレントゲン検査をしておきましょう」と提案しました。
たしかにTVで最近「肺炎が流行している」と流されていたことを思い出したあなたは、医師のすすめに従って、血液検査と胸部CT検査を受けることにしました。
結果は医師の推測どおり「肺炎」でした。ただ重症ではないので入院は不要とのこと、内服の抗菌薬と去痰剤が処方され、1週間の自宅安静を指示されました……。
このようなケースは、発熱外来をやっているとたびたび経験します。初診料に採血、画像診断などの検査、薬の処方などされると、たしかに3割負担の方だと5000~6000円の自己負担は生じてしまいますが、受診せずに自宅で市販薬で経過をみていたら、重症化して入院せねばならない事態になっていたかもしれません。
さてこのようなケースで、OTC“本家”薬である去痰剤が保険外しとなった場合、どのようなことが起きるでしょうか。
現行のルールどおり混合診療禁止の原則を忠実に守るとすると、初診料や検査料、薬にいたるまでのすべてが自己負担になります。つまりこれらを合算すると2万円くらい支払うことになる計算です。
■例外規定を使えば負担額は“微増”だが…
ただそうなると国民の反発は必至です。なんらかの手立て、たとえば「選定療養」という混合診療の例外規定を使って、薬以外の医療費については保険適用とする策を導入せざるを得ないこととなるでしょう。そのような例外規定を使えば、去痰剤のみ自己負担となるので、現行より数百円の負担増で済むかもしれません。
しかしどうでしょう。仮にそのようなこととなったら、患者さんも医療機関も大混乱は必至です。
診察が終わって、いざ会計となったときに、窓口では「去痰剤の分に関しては自費扱いになります」との説明を患者さんにすることになります。そこで「それなら薬は要らない」と患者さんが言い出すことも十分に考えられます。いまだに診療報酬のことを医者の儲けだと思い込んでいる人もいるようですから、「また薬でひと儲けしようとするのか」と怒り出す人も出てくるかもしれません。
そうなれば窓口はその対応にかかり切りにならねばならず、ほかの患者さんの待ち時間は大幅に増えることになるでしょう。
さらに医師の処方薬のなかに「保険外し」の対象薬が含まれていることを、会計時に見逃してしまうミスもまず間違いなく発生してしまうでしょう。
■現役世代こそ声を上げて反対すべき
このようなトラブルを未然に回避するために、医師はこうした薬を処方しなくなるという行動をとるようになるかもしれません。それだけでなく、肺炎の患者さんに「抗菌薬は処方するけれど、去痰剤は自分で街の薬局で購入して」と言うようになるかもしれません。
こうなると、これまでの医療体制は根本から崩壊してしまうことになります。去痰剤だけでさえ、このような大混乱が医療現場で起きることが容易に想定できるわけです。
日本維新の会が主張するように、この政策で約1兆円の医療費削減をしようとするなら、保険外しの対象薬をかなり広範囲に広げないと困難です。つまり今回の政策が実施されると、いま声を上げているごく一部の慢性疾患で悩んでいる患者さんばかりでなく、私たちすべての生活に影響をおよぼしてくると警戒して間違いないでしょう。
くり返しますが、恩恵を受けるとされている現役世代こそ声を上げて反対すべきこの「OTC“本家”薬の保険外し」。
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木村 知(きむら・とも)
医師/東京科学大学医学部臨床教授
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。
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(医師/東京科学大学医学部臨床教授 木村 知)

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