※本稿は、能勢章『「度が過ぎたクレーム」から従業員を守る カスハラ対策の基本と実践』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■カスハラの3割は医療・福祉現場で起きている
パーソル総合研究所の「カスタマーハラスメントに関する定量調査」(2024年)によると、カスハラの業種別の3年以内の経験率では、医療、福祉分野が29.9%で1位という結果になりました。福祉分野と合わせた数字であるとはいえ、医療分野でのカスハラの経験率は高いと言えるでしょう。
私は医療機関からカスハラについて相談をよく受けます。医療従事者の方々は、他の業種の方よりも、責任感や忍耐力が強い人が多いと感じます。そのため、他の業界からすると理不尽なカスハラ行為を受けているように見えても、ついつい我慢してやり過ごす医療従事者が多い印象があります。
医療従事者が理不尽なカスハラに我慢してしまうのは、いい意味で言えば、「ホスピタリティあふれる寛容な態度」なのでしょうが、医療機関においても、人手不足の傾向が続いており、そのような態度を継続しようにもいずれ限界がくるのは確実ですから、持続可能性があるとは言えません。医療機関においては、他の業界と比べて、「行き過ぎた患者(顧客)至上主義」がより一層深く根付いていると言っても過言ではないと思います。
医療機関におけるカスハラの被害を減らすためには、「行き過ぎた患者至上主義」から脱却し、カスハラ加害者から理不尽な扱いを受ける医療従事者を孤立させないことが重要なのです。
■2024年に長崎の病院で起こったカスハラ事例
ここで、患者家族のカスハラ行為に関しての判例として、長崎地裁令和6年(2024年)1月9日判決〔令和2年(ワ)第295号〕があります。
患者家族が病院の看護師らに対して高圧的な言動をとった行為などがハラスメントに当たり、それが原因で看護師が複数人退職したことから、病院を一部閉鎖することになったとして、病院が患者家族に対して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起しました。
長崎地裁は、「深夜に、患者の人工呼吸器の酸素飽和度の設定に異議を唱え、看護師の説明にも納得せず、約40分にわたって問い詰めるとともに、看護師らに対して『頭が悪いのか、どうなのか』『ほかの病院だったらぶっ叩かれるよ』などの言動が精神的攻撃であること」「患者が就寝する際にエアマットが下がっていたことに苦情を言うとともに、『ねえ、これのどこが悪いのかわかる? あなたならこれで寝れる?』と言いながらスタッフの頭を後ろから押さえつけたこと」などの患者家族の複数の行為をハラスメント認定しました。
■患者家族が看護師に暴言、軽い暴力も…
しかしながら、退職した看護師らの一部については、それらのハラスメント行為が退職の主たる原因と認めるに足りないとし、また、残りの看護師の退職についても、「本件病院の在り方も大きく影響しているものと考えられる」として、患者家族の言動と病院閉鎖の因果関係を否定し、請求が棄却されました。
長崎地裁としては、患者家族による複数のハラスメント行為を認めたものの、必ずしも看護師の退職の主たる原因とは言えないとしました。
また、仮に看護師の退職に影響を与えていたとしても、患者家族の言動が問題になって以降に、病院が職場環境の悪化に対して適切な対応を行わなかったことも看護師の退職に影響しているとしました。それらの事情もあって、患者家族の言動と病院閉鎖の因果関係を否定したのでしょう。
このように長崎地裁の判決は、不法行為が成立しなかったものの、患者家族の複数の行為に対してハラスメント認定された点では意義がありました。
■カスハラが看護師を退職させたのか?
ところが、控訴審(福岡高裁)において、頭をおさえつけた行為についてのハラスメントの認定が維持されたものの、患者家族が精神的に不安定な状況に陥ることから社会的に不相当な言動に及んだとしても直ちに違法とは言えないとして、それ以外の行為についてはハラスメントの認定を覆し、違法性が否定されたとのことです。
しかも、病院が最高裁へ上告しましたが、これも棄却されたため、上記の控訴審(福岡高裁)のハラスメントに関する認定(頭をおさえつける行為だけがハラスメントでそれ以外の行為はハラスメントではないという認定)が維持されたことになります。
要するに、複数ある患者家族の行為のうち、患者家族が精神的に不安定な状況に陥ることから社会的に不相当な言動に及んだとしても直ちに違法とは言えないことから、一つの行為を除いて、いずれも違法性がないとしたとのことです。
必ずしも証拠を確認したわけではないので、正確な意見が言えるわけではないですが、裁判所の認定は病院側にとって厳しいものと言わざるを得ないでしょう。それでは、上記の事案で病院としてはどのように対処すればよかったのでしょうか。
■施設管理権にもとづき、立ち会いを拒否できる
病院としては、組織的に対応する姿勢に欠けていたと思います。
複数人の看護師が退職したのは、患者家族の言動も影響したのかもしれませんが、病院が組織的なカスハラ防止体制を構築していなかったことが大きく影響していたのではないかと思います。従業員を守ろうとしない病院の姿勢に失望し、従業員が退職したのかもしれません。
病院においては、カスハラ行為が、この事案だけでなく、他にもあったでしょうから、病院がそのような姿勢だと、この事案でなくても、いずれは退職する従業員が出ていた可能性もあります。そういう意味では、この事案は単なるきっかけに過ぎないと言えるでしょう。裁判で取り返そうとしても遅いと言えますから、その前に平時から、適切なカスハラ防止体制を構築しておくことが重要です。
■患者家族のクレームにはどう対処すべきか
カスハラとの関係においては、厚労省の通知は、患者本人の迷惑行為を挙げていますが、患者家族の迷惑行為を挙げていません。たとえば、「患者本人は穏やかだが、患者家族が激しくクレームを言う」といった場合に、どのように対処すべきなのでしょうか? 患者家族のカスハラ行為に対する対処法が問題となります。
患者本人はカスハラ行為を行っているわけではないので、正当事由がなく、診療を拒否することはできません。
しかしながら、患者家族に対しては、施設管理権に基づいて、診療の際の立ち会いを拒否できます。
施設管理権とは、施設の所有者・管理者に認められる包括的な管理権です。
■立ち会いを拒否する場合、するべきフォロー
コロナ禍においては、入院患者に対する面会や通院患者に対する同席を制限していたことがあったかと思いますが、カスハラを行う患者家族に対しても、施設管理権に基づいて、立ち会いを制限ないし拒否することが許容されるのです。なお、患者家族に限らず、患者本人以外の第三者(親戚、友人、同僚、上司など)であっても、同様にカスハラ行為に及べば、立ち会いを拒否できます。
もっとも、認知症で患者家族の付き添いなしには医師の話が理解できないとか、患者家族の付き添いなしには移動が困難であるとか、重篤な状況の入院患者で家族との面会を希望しているなどの事情がある場合には、患者家族の付き添いを認めないと、患者本人の権利を侵害する可能性があり、不法行為に基づく損害賠償を請求される可能性があります。
そのような場合は、医療機関としては以下の方法を取ることが考えられます。
・入院患者の場合には、WEB会議(Zoomなど)やテレビ電話での面会を行う
・診察の際に、カスハラを行った家族を立ち会わせる代わりに、他の家族の立ち会いを求める
・診察の際に、立ち会う他の家族がいない場合には、文書やメールなどで診察の内容を説明する
・患者本人が移動困難で介助が必要な場合には、施設の入り口まで家族に付き添ってもらうが、施設内では、医療従事者が車椅子などで患者を移動させる
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能勢 章(のせ・あきら)
弁護士
能勢総合法律事務所代表弁護士、「カスハラドットコム」運営者。コンプライアンス系の法律事務所に所属した後、2012年に独立して能勢総合法律事務所を設立。「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉がない時代から企業から多くの依頼を受け、度が過ぎたカスハラへの対応に従事。基本方針策定から現場での運用までの実務をカバー。
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(弁護士 能勢 章)

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