血行促進や疲労回復に効果があるとされるワークマンのリカバリーウェア「メディヒール」が品切れで買えないほどの大ヒットを記録している。ライターの南充浩さんは「2万円台で出す類似商品もある中、上下で3800円という価格が『お試し買い』を誘発している。
だが、実は生地そのものは30年前にあったものだ」という――。
■9日間で40万点の大ヒット
衣料品業界は昔と比べると、メガヒット商品が生まれにくくなっています。80年代はDCブーム、90年代半ばはビンテージジーンズブーム、90年代後半はユニクロフリースブーム、2000年前後には109ブーム――と、大ヒット商品が定期的に生まれていました。ところが2010年代半ば以降は「小ヒット」はあるものの、メガヒットと呼ばれるものは見受けられません。
理由は可処分所得の伸び悩みに加えて、ファッショントレンドの多様化・細分化、娯楽の多様化など、さまざま挙げられます。
そんな中、衣料品分野において久しぶりのメガヒットと呼べそうな商品が注目を集めています。今秋冬のワークマンのリカバリーウェア「メディヒール」です。
9月1日に発売されたメディヒールは、9日までのわずか9日間ですでに40万点を販売したと発表されています。生産数量は200万点を計画しており、再生産品は都度投入されていますが、店頭では品切れ・品薄状態が続いています。この勢いなら200万点の完売はほぼ間違いないでしょうから、数量的には近年稀に見るメガヒット商品といえます。
■「一般医療機器」としてのパジャマとは
近年の衣料品業界では販売数量が低下しているので、1シーズンで1万点売れればそれなりのヒット商品と目されます。10万点だと大ヒット商品という認識になります。
ですからすでに40万点以上を販売しているワークマンの「メディヒール」は久しぶりのメガヒット商品といえます。
あまり報道されませんでしたが、昨年もワークマンは「メディヒール」を20万点販売しており、すでに昨年実績を2倍以上も上回っているという好調ぶりです。
リカバリーウェアとは2020年代に入ってから生まれた新ジャンルの衣料品で、おもに疲労軽減の効能があるとされている機能性衣料品です。ファッション性はほとんどなく、パジャマとして使用されるのが一般的です。遠赤外線効果のある生地で作られており、それを着て寝ることで血行が良くなり、肩凝りや腰痛、疲労感などが軽減されるという触れ込みです。絆創膏などと同じ「一般医療機器」に位置付けられています。
■効果を感じられる人は5~7割程度
「一般医療機器」という表示があるので、リカバリーウェアは物凄く効き目があると思われる方も多いのではないかと思います。ただ、ワークマンも含めた各社はおおよそ「70~75%の人が効き目を体感しました」と注意書きを付けています。効き目の体感は100%ではないのです。逆にいうと3~4人に1人は効果を実感しないということになります。
繊研新聞が9月8日に掲載したアンケート調査記事では
効果実感度は、「効果を感じた」「やや効果を感じた」を合わせて5割弱で、70代では6割強と高い。一方、感じなかった人(「効果を感じなかった」「あまり効果を感じなかった」の合計)は2割強、「どちらともいえない」が3割弱だった。

とあり、効果を感じたことのある人は5割弱に過ぎないという結果となっています。ハッキリ言えば、効き目は体感しにくい場合が多いということになります。
リカバリーウェアの効果の有無を体感するためには、10日から2週間くらい毎日着用して睡眠をとることが推奨されています。その時点で何となく倦怠感が軽減されていたり、肩凝りが緩和されていると感じたなら、効き目があったということになります。
決して湿布のようにすぐに体感できるようなものではありません。興味のある人はこの点に留意して試してみてください。
■なぜワークマンのパジャマはメガヒットになったのか
さて、久しぶりのワークマンのメガヒット商品「メディヒール」ですが、その要因は何でしょうか。筆者は次の3点が大きいと考えています。
1、 疲労感、肩凝り、腰痛のある人が多い

2、 高額な先行ブランドによってリカバリーウェアという商品の知名度が上がった

3、 先行ブランドに比べて安い。リカバリーウェア商材では最安値

まず1については私自身も含めてそう感じている人は多いでしょう。これをただ着て寝るだけで緩和できるのならしたいと考えるのは極めて当然です。
■有名な「バクネ」よりも価格が圧倒的に安い
次に2についてですが、先行ブランドで最も有名なのは、嵐の櫻井翔さんを起用したテンシャルの「BAKUNE(バクネ)」というブランドではないかと思います。
「バクネ」の商品は上下合わせて2万円台からで、高いものだと3万円台のものもあります。「効果があるかもしれない」という「不確かな」期待感だけで買うには寝間着としては高すぎます。躊躇なく買えるのはよほどの富裕層だけでしょう。
「バクネ」は母の日や父の日の贈り物として積極的なプロモーションで知名度が上がり、マス層は興味を持ちましたが、自家需要の寝間着にしては高すぎるので買えません。
そこに現れたのがワークマンです。長袖Tシャツ1900円、長ズボン1900円(どちらも税込み)という圧倒的な安値です。上下3800円は寝間着としてはちょっと高いと感じますが、マス層にとっては試しに買ってみることのできる価格帯ですし、例え効果がなくても我慢できる範囲内の価格だといえます。ですから、計画している200万点をほぼ完売できる驚異的なペースで売れ続けていると考えられます。
リカバリーウェアという新分野の商品帯は、2万円台のバクネと3800円のメディヒールだけが注目を集めていますが、実は他社ブランドも数多くあり、価格帯も大まかに3つに分かれています。
1、 バクネ、リライブなどの上下合わせて1万円台後半から2万円台

2、 AOKI、ReD、リカバリープロラボなどの上下合わせて7000円台~8000円台

3、 ワークマン「メディヒール」の上下合わせて3800円

メディアへの掲載頻度を見ていると、1と3だけが過剰にクローズアップされているように見えますが、しっかりと中間価格帯の商品もあります。
■「リカバリーウェア」の種類はいくつかある
一口に「リカバリーウェア」と言っても種類はいくつかあります。現在話題に上っているのは、遠赤外線効果のある生地で作られた服です。
これ以外にも磁気を帯びた生地で作られた服や磁石を部分的に内蔵した服、着圧式で血行を改善する服もあります。
磁気を帯びた服、磁石を内蔵した服というのは、原理的には「ピップエレキバン」のような磁気ばんそうこうと同様です。一方、着圧による血行改善をうたう商品は、スポーツ時に使われる「コンプレッションインナー」と呼ばれる服と同じです。これは脚のむくみを防止する「着圧タイツ」「着圧ソックス」なども同じ原理の商品といえます。
■最新の生地ではなく、実は2000年代にはあった生地
現在最も注目されつつあるのが遠赤外線効果のある生地で作られたリカバリーウェアですが、市場に本格的に登場したのは2020年代に入ってからになります。しかし、この遠赤外線効果生地は、決して新たに開発された「新技術の結晶」たる生地ではありません。
むしろ、だいたい90年代後半から2000年頃に紡績や合繊メーカーが開発したかなり古くからある生地です。もちろん、現在のものは当時よりは改良が加えられていたり、マイナーチェンジしていたりするでしょうが、基本的には当時からある生地なのです。
少し昔話になります。90年代半ば、紡績が形態安定加工生地を発売して大ヒットになりました。いわゆる形態安定加工ワイシャツに使われている生地です。今ではほぼ標準装備となっている加工ですが、当時は新開発された加工で、アイロンかけが不要になるということで爆発的に売れました。

ただ、この手の新しい便利アイテムというのは、ある程度行き渡ると売れ行きが鈍ります。当然、形態安定加工ワイシャツも90年代後半には鈍化し始めていました。
紡績も合繊メーカーも次のヒット素材を開発しなくてなりませんから、毎年さまざまな新加工を開発し、提案しました。消臭、防臭、防汚、抗菌などの機能加工です。ただ、90年代半ばの形態安定加工に勝るヒット素材はついに開発できませんでした。その中には、今回話題をさらっている遠赤外線効果生地もありました。
■30年前の生地がリバイバルしている
多くの遠赤外線効果生地は、糸にトルマリンなどの鉱石の粉末かセラミックの粉末を練り込むことで糸そのものに遠赤外線効果を付与しています。この原理は今も変わっていません。現在の遠赤外線リカバリーウェアで使用されている生地のほとんどは鉱石かセラミックを練り込んだものです。いわば30年前に開発された生地が今、名前を変えてリバイバルしたというのが実態です。
90年代後半当時に駆け出しの業界紙記者だった私は、研修としてベテラン記者の付き添いで回っていた紡績や合繊メーカーから聞いた話を懐かしく思い出しました。そして、今回、この記事を書くにあたって、たまたまお会いしたシキボウの関係者に疑問をぶつけたところ、「当時の生地と現在の生地は多少の改良点はあっても原理的には同じだ」という証言を得ることができました。

■薬機法の改正で効能をうたえるようになった
では、どうして30年前に開発された生地が今、新しい売り方で再浮上しているのでしょうか。
それは、法律が変わったからにほかなりません。これはシキボウの方もそのように指摘しています。
2022年10月に医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)が改正され、ここに一般医療機器である「家庭用遠赤外線血行促進用衣」が追加されました。法改正以前は「遠赤外線効果のある服」として売られていましたが、これにより「血行促進」や「疲労軽減」といった効能をうたうことができるようになりました。
ですから遠赤外線効果を謳ったリカバリーウェアが「本格的に」登場したのは22年10月以降ということになります。一方、磁気や着圧タイプはそれ以前からも存在していましたが、「リカバリーウェア」というジャンルに加えられたのは20年代以降となります。
■ずっと売れ続けるかどうかは不透明
さて、発売から10日間ほどで40万点が完売するほどのメガヒットとなったワークマンのメディヒールですが、メディヒールを含めた遠赤外線効果のリカバリーウェアはこの先も人気ジャンルとして定着するのでしょうか。
個人的には、まだ現段階では先行きが不透明だと見ています。
理由は、広く行き渡り始めたのが直近の今年秋からだということです。これはいわば、マス層の「お試し」が開始されたということにすぎません。着用してみて効果があったと感じれば来年以降も買い足し・買い替え需要として定着し、口コミによって新たな客層が「お試し期間」に入れば需要総数は増えます。また、ワークマン商品を契機として、より効果を求めて高価格帯の購入に進む人もいるかもしれません。
しかし、今回購入した人たちがあまり効果を感じられないとなるとどうでしょうか。口コミで広がらないのはもちろんのこと、買い替え・買い足し需要も生まれません。そうなるとただの「ちょっと高いパジャマ」となり、今年ほどの売上高は見込めないでしょう。
リカバリーウェアは人によって効能を感じにくい人が少なからずいる商品です。倦怠感や疲労感の軽減はリカバリーウェアだけではなく、メンタルの改善、サプリメントの摂取、適切な運動など別の要因によるものの可能性もあります。また着ていることでのプラシーボ効果による可能性もゼロではありません。
遠赤外線効果リカバリーウェアという商品ジャンルがヒットを継続できるかどうかは、今年買った人の体感にかかっていると言っても過言ではありません。

----------

南 充浩(みなみ・みつひろ)

ライター

繊維業界新聞記者として、ジーンズ業界を担当。紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下までを取材してきた。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

----------

(ライター 南 充浩)
編集部おすすめ