病気ではない体調不良は「歳のせい」として諦めるしかないのか。医師の和田秀樹さんは「フレイルの可能性がある。
加齢とともに心身の運動機能・認知機能などが低下しているけれど、適切な対応によって、機能の維持・向上が可能な状態だ。また、高齢者の『うつ病』は見逃されやすいので、注意が必要だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『喪失感の壁 きもち次第で何があっても大丈夫』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「謎の不調」が続いて不安が募る
「一人暮らしで、年のわりに元気な方だと思っていたのですが、最近、身体のあちこちが動かなくなってきたように感じます。階段を上るのがつらくなり、前屈みになると腰が痛くて立ち上がるのも大変です。

握力も低下していて、料理をしていて調理器具や食器を落とすことが増えました。

けれど、病院で検査をしても大きな病気などはなく、不安だけが募るばかり……。老化と諦めるしかないのでしょうか。何か気をつけることはできるでしょうか。(70代・女性)」
■日本版「フレイル」基準でチェック
「フレイル」という言葉を聞いたことはありますか? フレイルは、海外の老年医学分野で使われている「Frailty(フレイルティ)」を語源とした、日本老年医学会が2014年に提唱した概念です。「Frailty」を日本語に訳すと「虚弱」や「老衰」「脆弱」などの意味となります。
具体的には、加齢とともに心身の運動機能・認知機能などが低下しているけれど、適切な対応によって、機能の維持・向上が可能という状態。
つまり年を取るにつれ、身体的・心理的に弱くなり、日常生活に支障をきたすものの、要介護まではいかないという状態です。
フレイルの基準としてはさまざまなものがありましたが、日本においては2020年に、日本の高齢者に向けた次の基準が設けられました。
《日本版フレイル基準》(J-CHS基準)
体重減少……6カ月で、2キログラム以上の意図しない体重減少

筋力低下……握力:男性28キログラム以下、女性18キログラム以下

疲労感……ここ2週間ほどで、わけもなく疲れたような感じがする

歩行速度……通常歩行速度が1秒あたり1メートル以下

身体活動……軽い運動・体操、定期的な運動・スポーツを週に1回もしていない
以上5つの評価基準のうち、3項目以上に該当するものをフレイル、1項目または2項目に該当するものをプレフレイル、いずれも該当しないものが健常とされています。
相談者さんは、疲れやすさや握力の低下などを自覚しておられますから、フレイルに当てはまる可能性は高いですね。この状態になると、軽い風邪やストレスでも体調を崩しやすくなるため、早期に自覚して対策していきましょう。
■「疲れやすいから」と家にこもるのは逆効果
フレイルは病気とは違って、老化の延長線上にあるものです。前向きな心構えと適切な対策を取ることで、元気な日常を取り戻すことができます。
フレイルを自覚したら「疲れるから」「弱ってきたから」と家にこもるのは逆効果。むしろ使わなければ衰える可能性が高いのですから、どんどん体を動かしたほうがいいですよ。
まず体力や筋力を維持すること。運動習慣を取り入れることで、フレイルの進行を遅らせたり元に戻したりすることができます。おすすめは、散歩です。
毎日少しずつ、休み休みでもいいから、歩くようにしてください。すぐに疲れてしまうようなら、杖などもどんどん使うといいと思います。歩くことで心肺機能が鍛えられ、次第に疲れにくくなっていきますから。
■筋力の維持にはたんぱく質が必要
筋力トレーニングも効果的です。自宅でできる簡単な筋トレを行うことで、筋力を維持できます。週に数回、軽いダンベルを使った腕や脚の筋トレをしてみてはいかがでしょうか。決して無理はせず、握力トレーニングであれば、グーパーを繰り返す、ものを掴むときに意識的に力を入れるなどだけでも違ってきます。ストレッチや柔軟体操で、筋肉をほぐし、柔軟性を保つことも重要です。身体をほぐすことが、身体の硬直を防ぎ、動きやすい身体をつくります。無理は禁物。いずれも、続けることがいちばん大切です。
また、栄養素の摂取も意識してください。
特に、筋力の維持にはたんぱく質が必要です。肉、魚、大豆製品、プロテインドリンクなども上手に使って、筋力低下を防ぎましょう。骨を丈夫に保つために、カルシウムやビタミンDを含んだ食品(牛乳、チーズ、魚など)の摂取もぜひ意識してほしいですね。
フレイルは加齢による自然な現象ですが、予防と改善のためにできることがたくさんあります。生活習慣を見直し、身体と心の健康を支えることで、元気な日常を過ごすことができます。無理なく自分らしいペースで、生活の質を高めていきましょう。
■意外と見落としがちな高齢者のうつ病
また、意外と見落としがちなのが、うつ病の可能性です。
ある統計では70代前半までは認知症よりもうつ病の患者さんのほうが多く、以降は認知症の割合が少しずつ増えていくのですが、私は、診断ミスもあると思っています。
なぜなら、高齢者が「最近やる気が起きない」「食欲がなくなった」「夜、何回も目が覚める」「早朝に起きてしまう」といったうつの症状を訴えたとしても、「歳のせい」で片づけられてしまうことがあるからです。
精神科医の私からすれば、これらは典型的なうつ症状だと考えるのですが、本人も家族も、場合によってはかかりつけの医師も、歳のせいだから仕方ないで済ませてしまうケースがある。そして、物忘れなどの症状も出てくると、認知症と診断されてしまうこともあります。
また、高齢者のうつは「早く死にたい」というようなうつ気分が目立たず、どちらかというと身体がだるい、食欲がない、便秘をするといった身体的な症状のほうが目立つことが多い。
そのため、うつだとまわりから気づかれにくい面があります。
■1、2カ月で急激な変化が起きたら専門医を受診
見分け方の基準としては、その症状がいつから始まったのかが参考になります。
認知症であれば、病状はゆっくり進んでいきます。 物忘れにしても、ある日突然に始まるわけではなく、いつの間にか始まって、進んでいく。
一方、うつ病の場合は、1カ月間くらいで急に生活に変化が起きることが多いのです。
1、2カ月で急激な変化が起きた場合は、自己判断で様子をみるのではなく、専門医に診てもらいましょう。 そのような患者さんは、うつの軽い薬を飲んでもらうだけで、食欲も戻り、夜はぐっすり眠れ、物忘れも減っていきます。うつの薬は、若い人にはあまり効かないことが最近問題になっていますが、高齢者に対しては、かなり効果が期待できます。
もちろん薬にばかり頼るのではなく、カウンセリングでうつを引き起こしやすい考え方の改善を促してもらったり、セロトニンを増やす生活を心がけたり、など、うつ予防を意識することは大切です。ただし、高齢者の場合は、少々薬を使うだけで元気になりますので、薬の副作用を気にしすぎずに、柔軟に対応してもいいと私は考えています。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。
精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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