「東京の家はウサギ小屋のようだ」といわれるが、本当か。X(旧Twitter)でさまざまなデータを可視化・発信しているにゃんこそばさんの著書『データでわかる東京格差』(SB新書)より、東京の一戸建ての延床面積に関する箇所を紹介する――。
(第3回)
※本稿は、にゃんこそば『データでわかる東京格差』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■東京の家の広さ、狭さをめぐる真実
「東京の家はウサギ小屋のようだ」という言葉を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
個人的にあまり好きな表現ではありませんが、この言葉には意外としっかりとした語源があります。1979年にEC(欧州共同体、現在のEUの前身)が作成した貿易摩擦関連の内部資料『対日経済戦略報告書』の中で、日本人が狭い都市型集合住宅に住む様子を、フランス語の「cage a lapins(ウサギ小屋)」と形容したのがはじまりとされています(小学館『デジタル大辞泉』より)。
海外から見れば、日本の住宅は画一的で狭い、というイメージが当時からあったわけです。しかし、実際に東京の街を歩いてみると、その多様性に驚きます。3階建て・庭なしの戸建てが密集する地域もあれば、立派な門構えの屋敷がずらりと並ぶ高級住宅街も珍しくありません。「東京の家は……」とひと括くくりにするには、この都市はあまりに多様で複雑なのです。
ここでは、客観的なデータと地図を頼りに、東京の家の広さ、狭さをめぐる真実に迫ります。
■海外の持ち家床面積と比べてみると
総務省統計局「令和5年(2023年)住宅・土地統計調査」によると、日本の一戸建て(持ち家)の平均延床面積は128.3m2(中央値:120m2前後)です。和洋室にリビング、ダイニング、書斎などを加えた居住室数は5.7室(間取りにもよるが、概ね4LDK相当)ですから、夫婦と子ども2人の家族が暮らすには十分な広さといえるでしょう。
これが東京都になると、平均延床面積は108.6m2、中央値は100m2前後になります。
居住室数は5.0室(概ね3~4LDK相当)ということで、子どもが複数いる家庭には少し手狭に感じるかもしれません。日本の家の広さは国際的に見てどうでしょうか。
国土交通省の「令和6年度住宅経済関連データ」で持ち家(戸建て、マンションを問わず)の床面積を比較すると、アメリカで157.2m2(中央値)、イギリスで111.2m2(平均値)、日本で118.3m2(平均値)と、統計の基準値は異なりますが、少なくとも持ち家に関しては、日本の住宅が「極端に狭い」わけではないことがわかります。
ただし、敷地面積については、日本と欧米で大きな差がついています。
■一戸建ての延床面積が最も広い意外な区
次に、市区町村別の平均延床面積を見てみましょう(図表1)。
外れ値が地図の印象をゆがめてしまうことがあるため、集計対象の一戸建てが1000戸未満の市区町村は除外しています。
多くの読者は、都心から離れるほど家が広くなる同心円状のグラデーションや、西側の武蔵野台地と東側の低地で傾向が分かれる西高東低のようなパターンを想像したかもしれませんが、現実はもっと複雑です。
実は、一戸建ての延床面積が23区で最も広いのは港区(135.9m2)です。これに文京区、新宿区、世田谷区、目黒区といった山の手エリアが続きます。逆に、最も狭いのは荒川区(99.9m2)で、全国でも一戸建てがコンパクトな市区の一つとなりました。どうしてこのような現象が起きるのか、データを使って掘り下げてみましょう。
東京都の「土地利用現況調査(2021年)」のオープンデータを用いて、さらに詳細な地図を作成しました(図表2)。

このデータは一軒一軒の正確な延床面積を含んでいるわけではありませんが、建物の形状などから床面積が推計されており、適切に集計することで細かいエリアごとの傾向をつかむことができます。
ここでは、町丁目(例:目黒区目黒本町1丁目)と用途地域(例:第一種低層住居専用地域)を掛け合わせた小さなエリアに区切ってデータを集計してみました。この詳しい地図からは、広い家が集中するエリアに大きく2つのパターンがあることが読み取れます。
■広い家が集中する2つの特徴
一つ目は、都心の歴史ある高級住宅地です。都心拡大図(図表3)を見ると、山手線の内側、港区から渋谷区を中心に新宿区、千代田区、文京区の一部に濃い赤色のエリアが見られます。
これらは東京の中でも特に有名な高級住宅地で、その多くは江戸時代に大名屋敷が置かれた高台とも重なります。
広大な武家地の区画が、明治以降も名家や実業家の邸宅地として受け継がれ、そのゆとりある街並みを維持しているのです。
二つ目のパターンは、計画的に開発された郊外の新興住宅地です。東急東横線、大井町線、田園都市線沿線や、小田急線沿線、京王井の頭線沿線、中央線沿線が代表的です。これらは大正から昭和初期にかけて、理想的な住環境を目指して計画的に開発された郊外住宅地です。
さらに多摩エリアでは、多摩ニュータウン(小田急多摩線、京王相模原線)など、戦後、大規模に造成された新興住宅地で家が広くなる傾向があります(図表4)。
このように東京の家の広さを可視化してみると、「郊外だから家が広い」という単純な傾向が当てはまらないことがわかります。
これこそが、データで都市を旅することの面白さです。
■土地の広さは郊外ほど広くなっている
ここまでは建物の延床面積に着目してきましたが、今度は土地の広さ(土地面積)の地図を見てみましょう(図表5)。
東京都「土地利用現況調査(2021年)」より、一戸建ての土地の面積を大まかに推計し、町丁目(例:目黒区目黒本町1丁目)と用途地域(例:第一種低層住居専用地域)を掛け合わせた小さなエリアごとに中央値を求めています。
先ほどの延床面積の地図とは異なり、土地面積の地図は、全体的に「都心ほど狭く、郊外ほど広くなる」傾向がはっきりと表れました。
濃い赤で示した150m2(約45坪)以上の土地があれば、全国平均に近い広さの庭付き一戸建てを建てられます。一方、濃い青色の70m2(約21坪)未満の土地では、3階建て住宅が主流となります。
敷地を最大限に活用し、1階に駐車スペース、2階にリビング、3階に個室を配置するスタイルは、空間的なゆとりこそ限られますが、「好きな街に住む」という夢をかなえるための一つの答えです。
■自由が丘周辺の地形と土地の広さの関係
ここで、土地の広さと地形の興味深い関係を見てみましょう。図6は、東急線沿線の人気住宅地、尾山台、等々力、自由が丘周辺の敷地面積をさらに詳細に可視化したものです。
この地図に、明治時代に水田があった場所を青線で重ねてみると、ある傾向が浮かび上がります。高級住宅地の中にあっても、かつて水田だった場所では、周囲の高台に比べて敷地がやや狭いのがわかるでしょうか。
これらの水田はもともと川沿いの低湿地であり、地盤が比較的軟弱でした。
そのため、宅地化される際に、より手ごろな価格帯の小さな区画に分割されることが多かったのです。現在では多くの川が暗きょ化され、水辺の記憶は薄れていますが、昔の土地利用の歴史が現代の街の区画となって残っているわけです。

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にゃんこそば
データ可視化職人

東京都生まれ、神奈川県育ち。個人活動としてオープンデータや公的統計の可視化に注力。国土交通省や内閣官房、東京都など官公庁との活動実績多数。著書に『ビジュアルでわかる日本 データに隠された真実』(SBクリエイティブ)。

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(データ可視化職人 にゃんこそば)
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