部下を育てるにはどうすればいいのか。吉本総合芸能学院(NSC)で講師を務める放送作家の桝本壮志さんは「『失敗は成功のもと』といわれるが、今の若者には響かない。
それよりもまずは小さな成功を褒めたほうが成果を出すようになる」という――。
※本稿は、桝本壮志『時間と自信を奪う人とは距離を置く』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■部下を育てるために心に留める「ゴミ袋」
コーチングとは、部下のモチベーション向上や主体的な行動をうながす育成手段のこと。ここでは約1万人の猛々しい芸人の卵たちに実践してきたコーチング法をシェアします。
まず、部下を育成していく心がまえとして、僕は「ゴミ袋」を意識しています。なんだそれ? と思われるでしょうが、こんな3つの意味があります。
(1)録音されてもいい透明性はあるか?
部下へのコーチングは、ついつい相手の心をくじき、声を荒らげがち。さらに会話を録音されてパワハラ事案になることもある時代です。
なので僕は、半透明のゴミ袋のように「誰が見ても、やましくない内容物」を心がけて育成していますし、すべての授業を録画OKにして透明性を担保しています。
(2)詰め込まない、きつく縛らない
ゴミ袋は詰め込みすぎると結べなくなるし、強く縛ると割り箸が飛び出してきたりしますよね? それと同じで部下にマニュアルを詰め込もうとしたり、発言や行動の自由を縛ったりすると「やぶれる(辞める)」可能性が高くなります。
適量を入れ、軽く縛って、可燃や不燃ゴミがあるように適材適所に置いて放置する(見守る)感覚も必要です。
(3)しょせん、自分の教えなんて「ゴミ」という意識
生徒には「いろんなことを伝えるけど、君にとっては大半がゴミだよ。
でもたまに『よく考えたら使えるモノ』が混ざっているから、それを見落とさないように」と伝えています。
私たちリーダーは偉い人ではなく伴走者。主役のランナーである部下を、励まし、叱咤し、勇気づけながらゴールに導く脇役なので、自分の指導を「金言」でなく「戯言」くらいのイメージで差し出していくことも大切なんですね。
■M‐1王者も無名の若手も“接待”する
上司や取引先への接待を重視しているビジネスパーソンは多いでしょうが、僕は教え子(部下)こそ接待しています。令和ロマンとサシで飲むし、ぼる塾の女子会に一人で加わるし、無名の若手芸人も月に4?5回は接待しているんです。
なぜなら私たちリーダーは、よく部下に「困ったらいつでも声をかけて」と言いますが、彼らにとってはハードルが高くいろんなストレスを溜め込んでいくからです。
部下への接待は効果てき面です。人間は街なかでは無視し合うのに登山やハイキングでは他人に「こんにちは」と言える生き物。同じ空間や行動を共有することで口は滑らかになり、日ごろのよもやま話や仕事のことを驚くほど語ってくれます。コンビニのイートインでも一本の缶コーヒーでもいいので、こちらから誘い同じ景色を見ながら接待してみてください。
■生徒発案の企画は自主性に任せる
また僕は、課題へのアプローチを、できるかぎり生徒(部下)に任せるようにしています。
きっかけは15年前、若手に「どんなときにモチベーションが上がる?」と聞いたら「任せてもらったとき」が一番多かったからです。

僕の授業には、生徒の発案ではじまった「左手で書いたネタ王」というものがあります。いつも漫才をやっている人はコント、ピン芸人は即席コンビを結成、コント師は初めて漫才に挑戦など「普段やらないジャンル=利き手を使わず遊び感覚で書いたネタ」で勝負する大会で、僕はいっさいネタ作りに口を挟みません。
最初は大丈夫か? おもしろくなるか? と疑念を抱いていましたが、フタをあけてみると桁外れにおもしろい。彼らが主体的に考案したネタは、僕には創れない切り口・展開・突破口にあふれており、大会開始から現在までもっとも人気で盛り上がる授業になっています。
そんな生徒たちから学んだのは「まだ任せられない、だからこそ任せてみる」という気づき。こういった逆転の発想もリーダーにはいるんですね。
■「失敗は成功のもと」では響かない
2023年のM‐1決勝に進出した教え子のくらげとバッタリ再会したとき、ボケの渡辺が財布から何やら取り出しました。
「13年間、これをずっと持ち歩いているんです」
それは渡辺がNSC生だったころ、おもしろいネタだと感じた生徒に僕が渡していた小さなシールでした。
「13年も財布に?」
驚きとうれしさ。そして「生徒の小さな成功をホメる」という育成方針は、このままでいいんだなと感じたのです。
「失敗は成功のもと」は人生のリアルを言い表した言葉です。しかし、育成現場において「失敗は成功のもと」という人生訓を重んじている指導者は、あの手この手で部下に失敗させようとします。

まず失敗させて「違う」「なぜできない?」「そこはこうだろ?」と指摘をはじめる。そういったリーダーの頭のなかは、失敗のあとに告げるダメ出し用のストックフレーズでぎっしりです。この育成法は、お笑いの師匠とダメ出しを受ける弟子、灰皿を投げる演出家と役者のような主従関係では有用ですが、学校や会社といった場所では向いていません。
さらにNSC講師に着任したころ、徐々にSNS熱が高まっていき、誰かがミスや失敗をしたら一同で叩くという空気が垂れ込んできました。いまは「ミスを恐れるな」「失敗は成功のもと」と伝えても響かないだろうと感じたので、あえて「まず小さなことから成功させてホメる」つまり「成功は成功のもと」を植えつけていくという逆の発想で育成をはじめたのです。
■ダメ出しをやめて“ホメ出し”に変えた
育成の根っこには「成功は成功のもと」を植える。この着想はプロ野球のデータから得ました。担当しているスポーツ番組で「盗塁は、ベンチがサインを出すより選手のタイミングで走らせたほうが成功率は上がる」というデータを見て膝を打ったのです。
「失敗」を母親にして「成功」を生むかどうかは本人しだい。失敗の捉えかたは人それぞれ違うので、指導者がムリに実行させるより本人のタイミングで試みて、うまくいけば拍手を送るくらいでいい。自ら得た成功体験が次の挑戦の推進力になるし成功率を上げていくことを知ったのです。
そこから僕は、伝統的に続いていた「ダメ出し」をやめ「ホメ出し」をはじめました。
ダメ出しは欠点や修正点を伝えますが、ホメ出しは美点を伝える。厳しい指摘がほしい芸人は、おのずと「あそこのボケは弱いですか?」などと聞いてくるので、そのときは辛口で助言するのです。
このホメ出しは成果という形になって現れました。彼らは伝えた美点をストロングポイントとして捉えて長所をどんどん伸ばしていったし、いいところを見つけてもらえたという小さな成功体験が「自信」になり、その自信が次の成功へ向かう「助走の力強さ」になっていったのです。
■小さなシールに込められたメッセージ
そのころ、NSC側から講師陣にシールの束が配布されました。聞けば「優秀だと思う生徒に与えてほしい」とのことでした(生徒からは「幼稚園みたいだ」と不評でしたが……)。
いざシール制がはじまったものの講師陣はほとんど与えることはなく、生徒たちは「僕らは劣等生ぞろいだなぁ」と言い出しました。
閉塞感を感じた僕は「シールおじさん」を名乗り、ばんばん配っていくキャラにシフトチェンジ。先輩講師に「お前は配りすぎだ」と言われながらも美点が見えた生徒にシールを渡し続けたのです。
それから13年、当時シールに込めた「君はおもしろいよ」という小さなメッセージが、ひとりの芸人の心の支えになり、財布に入れて持ち歩いてくれていた。その歩みはM‐1の決勝の舞台へとつながっていた。ありがたいかぎりです。


----------

桝本 壮志(ますもと・そうし)

放送作家

1975年、広島県生まれ。1994年、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校13期に入学。1998年 放送作家デビュー。現在までの主な担当番組に『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)、『池上彰のニュースそうだったのか!!』(テレビ朝日)、『2022 FIFAワールドカップ カタール大会』(ABEMA)ほか多数。2010年よりNSC講師に就任。授業の評価アンケートで10年連続人気投票数1位を獲得。

----------

(放送作家 桝本 壮志)
編集部おすすめ