伝統的な「男は仕事」という価値観と「男性も家事や育児をすべき」という新しい価値観の狭間で葛藤する男性が増えている。リクルートワークス研究所研究員の筒井健太郎さんは「『育児休業の推進』や『男性の育児参画』などの政策・制度は整いつつある一方、『男は仕事で成果を出してこそ』といった古い価値観も根強く残っている。
相反する社会的期待の中で調整を迫られ、男性たちは葛藤しているのだ」という――。
■変わりゆく“男らしさ”を見つめ直す
現代の男性たちは、仕事では成果を、家庭ではケアを求められています。
「家事も育児もできて当然」という新しい理想と、「男は仕事で結果を出してこそ」という古い期待。そのはざまで、行動と意識のあいだに深いズレが生まれています。
社会構造の変化に適応する難しさは、ジェンダーを問わず多くの人が抱えていますが、とりわけ家族を持つ男性にとっては、そのプレッシャーがより複雑に絡み合います。
変化を迫る社会と、内面に残る“伝統的な男らしさ”との間で揺れながら、多くの男性が静かな葛藤を抱えているのです。このねじれた時代に、私たちは“男らしさ”をどう見つめ直していけばよいのでしょうか。
■理想と現実のはざまで揺れる父親たち
かつての父親像は、「仕事一筋で家族を養う大黒柱」でした。しかし今、社会の空気はまったく違います。「家事も育児もできて当然」「家のことは配偶者やパートナーと分担するのが新しい常識」。そんなメッセージが、SNSや企業広告、行政のキャンペーンなどを通して日々発信されています。男性が家庭に関わることが“理想的な父親像”として語られ、企業では育児に積極的な男性社員がロールモデルとして紹介されることも増えました。

けれど、その理想はあまりにも高く、そして複雑です。仕事でも成果を上げ、家庭でも十分に家族と向き合う“スーパーファーザー”という理想像は、現実の多様な男性像とは必ずしも一致しません。それでも社会も家庭も、それを当然のように期待してくる。その板挟みのなかで、心身の余裕を失い、静かに葛藤する男性が増えています。理想と現実のはざまで、いま多くの男性たちが「どう生きればいいのか」を模索しているのです。
■「男らしさ」の価値観が変わり始めた
男性が感じる生きづらさの背景には、「男らしさ」という価値観の変化があります。長く社会の中で息づいてきた“伝統的な男らしさ”は、仕事優先・競争・責任・強さといった価値観に基づいていました。そうした姿勢こそが“男らしい”とされてきたのです。
一方で、現代では“ケアする男性像”が求められるようになりました。家族に寄り添い、感情を素直に表現し、周囲の人の気持ちや状況に目を向けながら関係を築く。そんな温かさや思いやりを持つ男性像です。欧米では「ケアリング・マスキュリニティ(共感やつながりを重視する男性像)」とも呼ばれ、新しい「男らしさ」として再定義されています。

しかし、理想として掲げられるこの“新しい男らしさ”が、すぐにすべての男性の中に根づくわけではありません。社会が変わりつつある一方で、個人の意識の変化には時間がかかります。近年、男性育休の取得率も上昇し、行動の面では“新しい男性像”が広がっています。しかし、内面では「家族を支えねば」「弱さを見せてはいけない」といった意識を手放せない人が多いのも現実です。
■育休を取った男性たちの本音
筆者が行ったインタビュー調査でも、その実態が浮かび上がりました。対象としたのは、1カ月以上の育休を取得した男性たち。行動の面では、まさに「ケアする男性像」を体現している人たちです。育休という転機を経て、彼らがどんな思いで“新しい生き方”を模索しているのかを尋ねたのです。印象的だったのは、多くの男性が「変わりたい自分」と「変われない自分」の間で揺れていたことです。ある男性はこう語りました。
「仕事をやりたいけど、できないっていう制約にヤキモキすることもありますし、それを心のどっかで家族のせいだとか、子どものせいって思う瞬間がゼロかといえばゼロじゃない。でも、そう思う自分は“ダメな父親”だと感じて、自己嫌悪してしまうんです。」
別の男性は、職場での立ち位置の難しさを口にしました。

「周りがゴリゴリ働いている中で、自分もそうありたいと思う。でも、自分の選択とはいえ“定時なんで帰ります”ということを続けると、なんだか精神的にバランスを崩しそうになるんです。」
家庭を大切にする行動を取っても、心の奥では「仕事を最優先すべきだ」という声がまだ響いている。そのギャップの中で揺れ動く彼らの姿は、“新しい男らしさ”を模索する過渡期にいる多くの男性の姿でもあります。行動は変わり始めている。けれど、心はまだ追いつかない。このズレこそが、現代の男性たちが抱える生きづらさの正体の一つといえるでしょう。
■家事・育児の場にも「競争意識」を持ち込んでしまう
“男らしさ”を形づくってきた社会的要素の一つに、競争意識の強調があります。成果を出して評価されることが、自分の存在価値を示す手段とされてきました。ところがこの競争意識は、仕事だけでなく家庭にも影を落とします。「家事や育児をどれだけこなせるか」。本来は家族との関わりを通じて安心やつながりを育む場であるはずなのに、いつの間にか他者との比較や自己評価の対象になってしまうのです。
実際の研究でも、一部の研究では、競争意識の強さと家事・育児への積極的関与の間に一定の関連が見られるとの指摘もあります。
表面的には理想的な父親像に見えますが、その内側には「人より優れていたい」「評価されたい」という思いが潜んでいる場合もあります。家族との関わりさえも、成果主義的な“競争の場”になってしまう。こうした心理的メカニズムが、男性たちをさらに疲弊させているのです。
こうしたねじれは、個人の意識や行動のレベルにとどまりません。男性たちを取り巻く社会の側にも、矛盾した期待が入り混じっています。「育児休業の推進」や「男性の育児参画」といった政策・制度は整いつつありますが、その一方で「男は仕事で成果を出してこそ」「家族を養うのが責任だ」といった古い価値観が、アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)としていまも根強く残っています。
つまり、社会の側にも、表に見える行動や制度の変化と、内側に残る意識や価値観の変化との間にズレがあるのです。この「二重の期待」の板挟みの中で、多くの男性が、相反する社会的期待の中で調整を迫られ、負担感を抱くことがあります。新しい価値観に適応しようとするほど、古い基準にも縛られる。その構造的な矛盾こそが、現代の“男性の生きづらさ”を生み出しているのです。
■「男らしさ」はあなたの中の一部
社会に根づいた価値観は、気づかないうちに私たち一人ひとりの中に入り込んでいます。
「男はこうあるべき」「父親はこう振る舞うべき」といった思い込みが、無意識のうちに行動や判断の基準になっているのです。
こうした価値観は長い時間をかけて身についたものであり、簡単に切り離すことはできません。
だからこそ、「男らしさ」を手放すことではなく、その形を自分なりに問い直すことが求められています。“男らしさ”という価値観は、これまでの社会や文化の中で形成され、個人の自己意識にも影響を与えているものです。社会の価値観と個人の意識が交わるその領域を、ただ切り捨てるのではなく、見直し、更新していくことが必要なのです。
そのために大切なのは、「男らしさ」と「自分らしさ」の関係をもう一度問い直すこと。本当の意味での“自分らしさ”とは、外から与えられた役割を演じることではなく、自分にとって何が大切かを理解し、それを他者との関係の中で育てていくことにあります。あなたをよく理解し、日常的に価値観を映し合う存在である「重要な他者」との対話が、その出発点になるでしょう。
■「仕事中心」から「家族と共に生きる」へ
心理学の研究では、アイデンティティの形成には“重要な他者との関係”が深く関わることが分かっています。配偶者やパートナーとの対話は、自分の価値観や働き方、家族のあり方を見つめ直すうえで欠かせません。こうした対話は、単なる家事分担の調整ではなく、互いの「当たり前」を言葉にして擦り合わせるプロセスです。その過程で、私たちは無意識のうちに抱えていた“男らしさの縛り”に気づくことができます。
筆者が行った調査でも、育休を経験した男性の多くが、配偶者やパートナーとの対話を通じて「仕事中心の自分」から「家族と共に生きる自分」へと意識を変えていました。
とはいえ、そのプロセスは決して簡単なものではありません。多くの男性が、配偶者との衝突や葛藤を経ながら、少しずつ意識を変化させていました。
ある男性は、育休中に思った以上に育児や家事の負担が妻に偏っていたことに気づきました。その結果、妻がメンタルヘルス不調に陥り、ようやく自分の関わり方の甘さを痛感したと語ります。
「妻がちょっとメンタル面で病んでしまって……。そのときに、全然、自分は育児や家事の役割を担えていなかったんだって気づいたんです。“支える”って、仕事を頑張ることじゃなくて、生活そのものを一緒に回していくことなんだって、初めて実感したんです。」
■妻のブチギレで自分の「当たり前」に変化が…
また別の男性は、家庭の役割分担をめぐる衝突をきっかけに、自分の「当たり前」が大きく揺さぶられたと振り返ります。
「妻がブチギレたっていうのが一番大きかったんですけど(笑)。『あなたは“手伝ってる”って言うけど、それって“責任を一緒に負ってない”ってことなんだよ』って言われて、ハッとしました。“手伝う”じゃなくて“一緒にやる”っていう意識が足りなかったんです。」
衝突を経て、互いに本音をぶつけ合いながら、少しずつ関係の形を変えていくケースも多く見られました。衝突の後には、“どう生きたいか”を夫婦であらためて話し合う時間が生まれます。仕事やキャリアのあり方を、家族の幸せとどう両立させるかという問いに向き合う中で、男性たちはこれまで当然と思っていた価値観を少しずつ手放していきます。
「上を目指せばきりがないんですけど、今は“働き方を緩めて人生の充実度を上げる”みたいな話を妻とするようになったんです」
と語る男性もいれば、より根本的に自分の働き方を見直した人もいました。
「このままの働き方を続けていたら、うちの家族は持続不可能だなって自覚しました。妻の犠牲の上に成り立っていた持続性だったんだなと気づいて、“両立”っていう言葉を本当に自分のこととして捉えられるようになった」
こうした対話を重ねる中で、彼らは“支える”でも“支えられる”でもなく、「共に生きる」という新しい関係を築いていきました。その変化は一度のきっかけで完結するものではなく、日々の対話と小さな試行錯誤の積み重ねによって、少しずつ形になっていったのです。
また、身近に“新しい男らしさ”を体現している先輩の存在も大きな影響を与えます。行動だけでなく、意識の面でも“ケアする男性像”を体現している人との関わりは、自分の考え方を揺さぶり、変化を促すきっかけになります。意識の変化は、一人の努力だけでは難しいものです。他者との関係の中でこそ、自分を見つめ直す機会が生まれます。
■社会全体が「次の時代の男性像」を探り始めている
いま、子育て世代の男性たちはまさに“意識の過渡期”にあります。仕事も家庭も大切にしたいと願いながら、その両立のモデルが社会にはまだ十分に存在していません。制度の整備は進み、男性育休や柔軟な働き方も少しずつ広がっていますが、人々の意識はまだ追いついていません。「制度はあっても使いにくい」「使うと周囲の目が気になる」といった声はいまも多く聞かれます。職場の空気や評価の仕組みが、依然として「長く働くこと」「成果を出すこと」を前提にしているためです。
現代の男性たちは、変化する社会的期待と個人の価値観の中で調整を重ねながら、それでも模索を続けています。その葛藤は、単なる個人の生きづらさではなく、社会全体が「次の時代の男性像」を探り始めている過程でもあります。この転換期をどう乗り越えるかは、次の世代の働き方や家庭観に少なからず影響を与えるはずです。そして、いま変化の渦中にある男性たちの試行錯誤が、やがて子どもたちの目に映る「父親とは何か」「男性とはどう生きるか」というイメージを、少しずつ形づくっていくのかもしれません。
■“理想の父親”よりも、“自分らしい父親”へ
これからの時代に求められるのは、“スーパーファーザー”を目指すことではありません。外から与えられた理想像ではなく、自分の価値観や大切にしたいことに合う形で、どのように家族と関わり、共に生きていくかを見つけていくことです。たとえば、忙しさの中でも家族の話に耳を傾ける、自分の考えを率直に伝える、感謝の気持ちを言葉にする。そんな日常の関わりの中にも、自分らしいケアの形が表れます。
大切なのは、社会が描く“理想の男性像”に合わせるのではなく、自分と周囲の双方にとって自然で、自分らしくいられる関係を築いていくことです。そうした関わりの積み重ねの中にこそ、あなたらしいケアのあり方が息づいていくのだと思います。“理想の父親”ではなく、“自分らしい父親”として生きること。それが、本来の自分を取り戻し、家族と共にしなやかに生きていくための第一歩になるのではないでしょうか。
そして、この一歩は、性別や立場を問わず、一人ひとりが自分らしく生きることの意味を問い直す今の時代において、大切な転換点となるはずです。その歩みの積み重ねが、誰もが生きやすい社会を少しずつ形づくっていくことでしょう。

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筒井 健太郎(つつい・けんたろう)

リクルートワークス研究所 研究員

2009年、早稲田大学法学部卒。大手金融機関での商品企画・法人営業を経て、組織人事領域の専門ファームにてコンサルティングに従事。2022年4月より現職。マネジャーの役割変化と男性性(マスキュリニティ)を中心テーマに、職場と家庭の両方で求められる“ケアを伴うマネジメント”の実態と課題を研究している。ビジネスの現場で蓄積した経験と学術的知見を融合させ、メディア発信・講演・執筆を通じて、これからのマネジメントに必要な視点を社会に伝えている。Executive MBA/1級キャリアコンサルティング技能士/ICF認定PCC

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(リクルートワークス研究所 研究員 筒井 健太郎)
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