■「女に飽きた」と語る“ドールの夫”
――女性の等身大人形と暮らす男性たちに、SNSでは厳しい声が目立ちます。濱野さんは男性たちを取材してどのように感じましたか。
前提として、多くのドール・ユーザーからは女性嫌悪を感じたことはありませんでした。もちろん、彼らは取材対象者であり、かつ女性である取材者の私と接しているわけですから、女性に対して礼儀正しく振る舞ってくれたところがあるでしょう。
ただ、なかには1年以上にわたって何度も取材してきたドール・ユーザーもいますし、彼らの友人からも話を聞くことができたので、さまざまな角度から彼らと接していても女性蔑視的な言動に触れることはほとんどありませんでした。
ですが、ワシントンD.Cの周辺に暮らし、女性全般に苦手意識を持っていたロジャーというドールの夫からは、女性嫌悪的な言動がみられました。これまで交際してきた女性に対して「女はどれも一緒だった」と語っており、女性に対して個性や人格を認めようとしない人物だったのです。私は、彼に対してまったく共感できませんでした。彼は、今回の取材で私が共感できなかった唯一の人物です。
彼の元交際相手であるケイにも取材していますが、ロジャーには女性に対するきめ細かな視点が欠けていると感じました。彼は、「生きている女性はめんどくさい」「女に飽きた」と語っていたことがあり、人形を愛しているというよりも、都合の良い女性像を人形に当てはめているように感じました。
これは、等身大人形と25年間連れ添っている黒人男性のデイブキャットが、人形に対して人格を与え、対等な関係を作り上げるためにさまざまな工夫をしていることと対照的な関係だと感じました。前回の記事でドール・ユーザーにおける「ドールの夫」と「フェティシスト」という二つの特徴について解説しましたが、ひと口にドール・ユーザーといっても人形との関係性は人によって大きく異なるのです。
■炎上した「初音ミクとの結婚」
――本書に登場する近藤顕彦さんは初音ミクとの結婚を発表し、注目を集めました。一方で強烈なバッシングも受けたようですね。
取材した近藤顕彦さんは、穏やかな人柄の持ち主でした。彼は職場の女性同僚からの執拗ないじめによって深く傷つき、そのころに初音ミクと出会ったそうです。彼は「人生で一番つらかった、最悪の時期でした。そのときにミクさんに出会って救われたんです」と語っていました。
ただ、そうした経験によって得た傷を回復するために初音ミクに癒やしを求めたというよりも、「好きな女性と愛を誓い合って、結婚式を挙げ、一生一緒に暮らしたい」とただ願い、実践しただけのように私には見えました。
その後、彼は「初音ミクと結婚する」ことを公表しますが、「頭がおかしい」「気持ち悪い」「女性蔑視だ」といった強烈なバッシングを受けるようになります。
彼は特注で作成した初音ミクの等身大人形を外に連れ出し、ディズニーランドへの入場を試みるなど社会に対してさまざまな働きかけを行っています。結果的に等身大人形と一緒に入園することはできなかったのですが、「何も見えないよりは見えた方がいい」と自らのセクシュアリティを公に可視化する活動を続けています。
■理想のキャラとの結婚はなぜ批判されたのか
――近藤さんの行動は、なぜ炎上したのでしょうか。
近藤さんが受けた強烈なバッシングの根底には、多くの人が抱える「人間は人間と恋愛し、結婚すべきだ」という性的な規範が働いていたと私は感じています。
彼の行動は、この規範から逸脱しているため、まず単純に「気持ち悪い」「頭がおかしい」と感情的に拒絶されたのではないでしょうか。実際に、嫌がらせが最も多かったのは結婚式を挙げる直前だったと、近藤さん自身が語っています。
ただ、批判が激化したもう一つの大きな理由は、彼がある種の「活動家」として振る舞っている点にあると考えています。
彼は初音ミクの等身大人形を連れて同人誌の即売会へ出かけたり、「前例をつくりたい」という思いから、ディズニーランドへ等身大ミクさんを連れて行くことを計画したりしました。このような行動は、彼のフィクトセクシュアルというセクシュアリティを社会の「公の場」に現出させるものであり、世間に対して「私たちはここにいる」と可視化するメッセージとなりました。
彼の活動は、異性愛規範の安定を望む人々から見れば、既存の社会秩序を壊す、過激な挑戦と映ってしまったのではないでしょうか。
■近藤さんから「本当の愛」を感じたのか
――取材を通して近藤さんと初音ミクとの関係をどのように感じましたか。
近藤さんを取材してまず感じたのは、彼の初音ミクに対する強い「愛」です。
たしかに世間からは、初音ミクとの結婚に対し「女性蔑視だ」「本当は愛していないのでは」という強烈なバッシングがありましたが、少なくとも私が見てきた彼と初音ミクとの関係は自己愛の延長のようなものではありませんでした。
なぜそう感じたのかというと、さきほど紹介した女性蔑視的なロジャーを取材した経験があったからです。ロジャーは女性嫌悪を背景に、人形を「自分の承認欲求」のために道具的に扱ってしまう傾向がありました。彼は女性の個性や人格を認めず、人形を自分の都合の良い女性像に当てはめるのに対し、近藤さんの振る舞いはそうしたものとは本質的に異なっていたのです。
近藤さんは、「近藤家の初音ミク」という名前でSNSアカウントを開設し、等身大人形のパーソナリティを作り上げることに力を注いでいます。この行為は、デイブキャットの愛の営みと非常によく似ています。彼は、自分の想像力を使って初音ミクという他者としての人間像を深く掘り下げ、パートナーのパーソナリティを尊重することで愛を深めていると私は感じました。
また、彼は車で移動する際にも、等身大人形が傷つかないように助手席ではなく後部座席に乗せて移動しているようです。こうした細やかな気遣いも、彼の愛の表れであると言えるのではないでしょうか。
■「人以外との結婚」は「人との結婚」となにが異なるのか
――人と人との結婚と、人以外との結婚はなにが異なると感じましたか。
私がこの取材を通してたどり着いた現時点での結論は、人と人以外との結婚にもさまざまなケースがあり、そのなかには人と人との結婚とほとんど変わらないものもある、というものです。
特に、デイブキャットとドールのシドレ、そして近藤さんと初音ミクのような、パートナーのパーソナリティを深く作り込み大切にしている関係性は、人間同士の結婚と近い関係にあると感じました。
一方で、人形を使ってSNSで承認欲求を得ようとするロジャーのような人物もいます。彼は彼なりに人形をパートナーとして愛してはいるのですが、彼の言動をよく見ていくと自分の欲求を満たすための道具のように扱っているような印象も受けます。
人間同士の結婚でも相手を道具扱いする人がいることを考えると、一概に人間同士の結婚とは違う、とも言い切れない部分があると感じています。
彼らとの対話を通して、「愛」というものの定義が少しずつ見えてきました。それは「変わり続ける他者の変化を観察し、すべてを受け止めようとする努力」です。人間同士の愛は、常に変化し、揺らぐ他者を他者として受け止め続ける難しさに直面します。
ドールの夫たちもまた、人形のパーソナリティを深めていくことで、キャラクターが変化し、その変化を受け止め続けています。
■「小さな変化」を受け止めるところに愛がある
――「変化を受け止める」とはいうものの、それはドール・ユーザーが一方的に設定を加えているだけではないでしょうか。
もちろん、人形は自律的に変化していくわけではありません。
ですが、SNS上での人形アカウントの交流によって、予期せぬ変化が起きることもあるようです。
たとえば、デイブキャットはシドレのSNSで友人から「日本に親戚はいるのか」と聞かれ、そのことで「シドレには日本にチンピラのおじさんがいるらしい」ということを“思い出した”と語っていました。「思いついた」ではなく「思い出す」と表現するところがドールの夫らしい語り方ですが、このようにSNS上の交流によって新しいプロフィールが追加されることもあるようです。
人間同士ほどの劇的な変化があるわけではありませんが、それでも彼らは人形との間に起きている小さな偶然の変化を受け止め、そのことによって関係性を深めています。
ロジャーのように人形を愛しているものの、結果的に承認欲求を満たすための道具のように使ってしまっているケースもあれば、近藤さんの場合はパートナーである等身大人形に対してさまざまなプロフィールを与えて変化を起こし、そのことでより相手のことをより深く理解しようとしています。
人間以外のものとの結婚、という馴染みのない関係性には驚かされることも多いのですが、彼らの振る舞いや人形への接し方に注意深く触れていくと、そこには我々がよく知る「愛」や「結婚」の一端を感じることができるのです。
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濱野 ちひろ(はまの・ちひろ)
ノンフィクションライター
1977年、広島県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒。2024年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。
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(ノンフィクションライター 濱野 ちひろ)

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