■10カ月間で110万人がリストラ対象に
米国の再就職支援企業である、“チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス”の調査によると、10月の人員削減計画数は前年同月比183%増の15万3074人だった。1~10月では109万9500人に上り、2020年以来の最高水準となっている。

リストラを業種別にみると、物流や情報技術分野、コンサルティングなどが目立つ。その背景の一つは、AI=人工知能の導入によって、AIが人に代わって仕事をしてくれることだ。主に、データ入力や文献整理、調査の補助業務などでは、急速にAIが人に取って代わっている。
■言語化が難しい領域ではまだまだ人間が活躍
一方、当初、AIへの代替が懸念されたジャーナリストや、経済動向の入念な分析などの分野では、目立ってAIによる代替は進んでいないようだ。こうした分野では、それぞれの個人が持つ経験やセンスが重要とみられる。また、音楽や絵画といったアート(芸術)、エンターテインメントの分野でもAIが人に代わるまではいっていない。
AIは推論能力を高め、定式化された計算の高速化(効率化)や、物事を言語化するのは得意だ。それに対して、人間の経験や感覚、感情など言語化が難しい領域に関しては、AIやロボットへの置き換えは進んでいない。おそらく、今後もそうした傾向は続くだろう。
AIが人間に代わってバリバリ仕事を行い、多くの人が失業する状況はすぐには実現しないだろう。ひとまず安心というところだ。
■「黒字リストラ」を断行するアマゾン
足元の世界経済を俯瞰的に見ると、IT、レストランの配膳や物流倉庫の管理、工場の生産ラインでの製品の組み立て、一部コンサルティング補助などの分野で、AI及びAIを搭載したロボットが私たちに代わって業務を行うケースが目立っている。

それは、米国の状況を見るとよくわかる。アマゾン、マイクロソフトなど大手IT先端企業、フォードなどの自動車、コーヒーチェーンのスターバックス、金融大手のゴールドマンサックスなどで人員削減は目立っている。IT先端企業では、業績が好調であるにもかかわらず、コストの削減やより迅速な業務運営のためにAIを導入し、人員を減らす企業が増えている。
象徴的なのはアマゾンだ。同社は、3万人の“管理部門”の人員削減を進めているという。その一環で、同社は1万4000人のリストラに踏み切った。同社のアンディ・ジャシーCEOは、AIで業務は効率化され、今後数年間で総従業員数は減少すると述べた。手始めに同社は財務、人事、ITといった管理部門で人員を削減する。
■若手コンサルの業務がAIに奪われている
報道によると、対象となる職種は、個々人の専門性が問われるよりも、マニュアルに則ってルーティン業務を行う仕事がメインになるようだ。財務部門であれば、各部署から送られてくる費用などの仕分け、そのシステム入力、資金繰りの管理といったことが思い浮かぶ。
一部のコンサルティング業界や金融業界では、新卒あるいは大学院を修了した入社後2~3年の若手が行う業務をAIに代替させるところが目立つ。主に、文献調査に基づくリサーチペーパーやパワーポイントの作成、企業のキャッシュフロー分析のモデルの作成などをAIに代行させる企業は増えた。
AIによる人の代替は顕著に進んでいるようだ。
その他、わが国でもレストランの配膳では、ロボットが行うケースが増えている。アマゾンは、物流センターで小型ロボットを導入している。インドでは、動画作成などの分野でAIを導入して、省人化と生産性の向上を実現する企業が増えている。
■ジャーナリズムは人間だからできる分野
AIは文字、数値などをもとに推論を重ねたり、特定の事項を決められた通りに行うことは得意だ。形式知と暗黙知の軸で考えると、AIは言語(文書)、データ、フローチャートなどの図表で「見える化」された形式知を扱うことに長けている。
それに対して、わたしたち人間は、経験、勘(直感)、ノウハウ、時間をかけて身に付けたノウハウなど“暗黙知”を実践することが得意だ。こうした分野では、必ずしも効率性だけが重要課題ではない。
ジャーナリズムはその典型だろう。何が世の中の過半数の人の関心であるか、それをどのように表現すれば読者に“刺さるか”。こういったセンスは一朝一夕に身につくものではない。研鑽と執筆の積み重ねによって、文学も各分野の研究論文、理論が形成されてきた。

AIは、著名ジャーナリストやコラムニストの文書、研究者の論文を学習し、演繹的に推論を行って質問に回答することはできるかもしれない。しかし、AIが最初から、読者をうならせる文書を書けるかといえば、まだAIはそこまでいっていないとの指摘は多い。
■芸術家、エンターテイナーも生き残るはず
音楽や絵画のように、個々人の感性が問われる分野でも依然として人が主役だ。AIで“ショパン風”、“バッハ風”の作曲を行うことはできる。AIで“モネ風”の睡蓮を描かせることもできるようだ。しかし、それは、どこかわたしたちが慣れ親しんだ芸術家の作風と異なる。無機質な感覚が残ることも多いと言われている。
芸術家やエンターテイナーが磨き上げた感性を、AIが言語や数値に落とし込むことは難しい。言語化が得意なAIにとって、暗黙知に関するタスクを人間と同じようにこなすことは依然として至難の業だ。
それは、医療、介護の分野にも当てはまる。簡単な診断はAIで行ったとしても、患者が安心できる医療サービスは、経験豊かな医師、介護の専門家に依存することになるだろう。
■タイピストの次に「消える」仕事は…
AIで仕事が本当になくなるか否か。
この問題を考える場合、人間の就業機会が減少する分野と、むしろジャーナリズムや芸術のようにチャンスが増える分野の二極化の傾向は、今後も続くだろう。
前者に関して、米国では若年層の雇用機会が減少するとの研究が多い。スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソン教授らの研究によると、ソフトウエア開発などAIの利用が増える分野で、若年層(22~25歳)の雇用は減少した。興味深いことに、同じ分野では経験を積んだ中堅層の採用ニーズが高まったという。
パソコンの登場とともに、文書作成(タイピング)に長けたタイピストの需要が消滅した。現在の世界では、それと対照的な変化が起きている。
この事実は個人にとって、AIとの付き合い方や政府のAI関連政策を考えるうえで示唆に富む。AIで仕事がなくなるという懸念に対して、ルーティンワークや新卒の学生が行ってきた業務分野では、機械が人にとって代わることは増えるだろう。
言い換えれば、誰でもできる仕事はAIにとって代わられ、なくなる可能性は高まる。反対に、個々人の感性、経験、専門性が重要な分野では、専門家=プロに対する需要は増えるだろう。
■学ばない人間から淘汰されていく社会
そうした変化に対応するために、学生のうちから専攻分野でより先端の研究に触れ、実務への応用を目指すことが欠かせない。その上で社会に出た後は、AIのアウトプットの傾向と自己の能力を照らし合わせ、実力を高めるしかないだろう。
若年層を取り巻く競争環境は熾烈化する可能性が高い。こうした変化は大学の競争力にも影響する。
政策の観点から考えると、人々に再チャンスの機会を継続的に与える重要性は高まる。理論の学びなおしと実践、職業訓練制度の拡充は急務と考えられる。
対応が遅れると、若年層の雇用喪失懸念は高まり、社会心理が不安定化する恐れも出てくるかもしれない。それに合わせて、AIがもたらす危険性(偽情報の流布や社会にマイナスの影響を与える情報のアウトプット)に対処するために、安心、安全なAI利用のルールを策定することも必要になるはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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