高市早苗首相の台湾有事をめぐる発言に対し、中国が反発を強めている。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「超異例と言える4選を目指す習近平総書記にとって、台湾統一に着手することは必須条件になる。
日本国民に注意を喚起させるうえで、高市首相の対応は間違っていない」という――。
■そもそも「存立危機事態」とは
11月7日、舞台は衆議院予算委員会。立憲民主党で外交・安全保障を担当する岡田克也氏が「台湾有事」について質問した際、高市早苗首相が、中国の名を挙げ、「状況次第で『存立危機事態』になり得る」と答弁した問題が、いまだに尾を引いている。
あらためて整理すれば、「存立危機事態」とは、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによって日本国民の安全などが脅かされる事態を指す。
現在の「グレーゾーン事態(平時でも戦時でもない状態)」や、その次の段階の「重要影響事態」より1段階上の深刻な事態を意味し、日本が他国から直接攻撃を受け自衛隊が反撃する「武力行使事態」の1つ前の段階になる。
たとえば、中国軍が台湾に侵攻する→アメリカ軍が台湾の支援に向かう→中国軍がアメリカ軍を武力で阻止する→日本は、安倍晋三政権下で10年前に成立した安保関連法にもとづいて集団的自衛権を行使し、自衛隊が武力を用いてアメリカ軍を援護する、といったケースがこれにあたる。
■「フェーズが1つ上がってしまった印象」
仮に「存立危機事態」に至るとすれば、真っ先に巻き込まれる可能性が高い沖縄県の南西諸島では、さまざまな反応が拡がった。
◇石垣島 花谷史郎氏(石垣市議会議員)
「高市首相の答弁で、フェーズが1つ上がってしまった印象があります。わざわざ、『武力行使の判断をしますよ』と言うべきではなかったですね。先の日中首脳会談で、少しだけ日中関係が改善される期待感があった中、冷や水を浴びせる発言だと感じています」
◇与那国島 嵩西茂則氏(与那国町議会議員)
「踏み込んだ発言で驚きましたが、『存立危機事態』になる可能性は十分あります。私は、『こういう場合はこうする』と、色々なケースを想定してシミュレーションを重ね、有事に備えるべきだと思っています」
■中国総領事は「汚い首を斬ってやる」と反応
筆者個人は、高市首相の発言を「高市さんらしい」と感じ、中国に日本政府の手のうちを明かすことにはなったものの、「国民に注意を喚起させるうえで何ひとつ間違っていない」と受け止めている。
ただ、これまで、歴代の首相は、「台湾有事は日本有事」と強調してきた安倍氏を除き、「台湾有事」と「存立危機事態」の関係について、「情報を総合して判断することとなるため、一概に述べることは困難」(2024年2月 当時の岸田文雄首相)などと明言を避けてきた。
禁断の領域に踏み込んだのは、安倍氏以降では高市氏だけだ。
多くのメディアで報道されたとおり、高市首相の発言の翌日、中国の薛剣(せつけん)大阪総領事は、自身のXアカウントに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と恫喝まがいの一文を投稿して物議を醸した(その後、削除)。
それだけではない。その翌日の11月9日にも、「『台湾有事は日本有事』は日本の一部の頭の悪い政治屋が選ぼうとする死の道だ」との書き込みを行っている。
中国外務省も、「台湾海峡をめぐる武力介入の可能性を示唆した」と高市発言に猛反発し、「台湾は中国の台湾だ。いかなる方式でも国家の統一は実現する」とまで踏み込んだ。13日には日本の金杉憲治・駐中国大使を呼び出し、国会答弁の撤回を求めたという。
これらの発言を見ると、中国のほうこそ、武力行使を明言しているかのように映る。このような発言は、日本の国会で外国人問題が大きな焦点となる中、在日中国人や中国人旅行者にとってマイナスにしかなるまい。
■公明党の連立離脱が「打撃」に
それでも中国が強気に出るのは、以下の2つの政治的要素があると筆者は見ている。
(1)高市政権から中国と友好関係にあった公明党が外れたこと
自民・公明両党が連立協議をしている最中だった10月6日、公明党の斉藤鉄夫代表と中国の呉江浩駐日大使が会談。その公明党が与党離脱後、中国メディアがこぞって速報で伝えたことは、中国にとって「平和の党」を標榜してきた公明党の存在がいかに大きく、公明党が外れた高市政権の出方をいかに危惧しているかを物語る。

これは推測だが、歴代の首相には就任の祝電を送ってきた中国が、高市氏にだけ送らなかったのは、「好ましく思っていない」という意思表示であり、10月31日の日中首脳会談開催をぎりぎりまで公表しなかったのも、しぶしぶ応じた感を出すためと考えられる。
(2)米中首脳会談で、トランプ大統領の弱点を見出したこと
10月30日に実施された会談で、トランプ氏は習近平総書記(国家主席)に頭を下げ、レアアースの輸出規制を1年先延ばしにしてもらったほか、対中関税を10%引き下げる譲歩を見せた。これを見た習氏は、1年後に中間選挙を控え、物価高対策が急務となっているトランプ氏の「背に腹は代えられない」事情を見抜いた。
トランプ氏が中国を「G2」(世界の2大大国)と持ち上げたこと、台湾問題には言及しなかったことで、トランプ氏への警戒感が薄れた。
■「前代未聞の4期目」へ覚悟を決めた
10月20日から23日まで北京の京西賓館で開催された「4中全会」(第20期中央委員会第4回全体会議)は、中国共産党にとって最も重要な会議の1つである。
最大の注目点は、この場で習氏が事実上の後継者となる人物を指名するか否かであったが、その動きはなく、習氏が、約2年後に迫った中国共産党大会で、総書記として「超異例」となる4期目を目指す意図が明確になった。
1億人を超える党員を抱える党のトップとして、あるいは14億人を数える世界第2位の経済大国を率いていくリーダーとして、総書記となるには数年規模の準備期間が必要になる。実際、2012年に習氏が総書記に就任するまでには、胡錦濤体制下で、政治局常務委員の筆頭格として5年間もの準備期間が用意されていた。
今回の「4中全会」で習氏による後継者指名がなかったことは、習氏が「この地位は誰にも譲らない」と宣言したに等しい。
■台湾統一作戦の重要人物を粛清
それどころか、会議の前の10月17日には、中国国防部の報道官が中国軍(人民解放軍)の最高幹部9人の党籍剝奪や起訴を発表して、中央軍事委員会の主席も兼ねる習氏の下での粛清と団結を図った。
これはとりもなおさず、2年後の4選と中国軍創設100周年を視野に、権力の引き締めを狙った動きと考えていい。
今回、粛清された幹部の1人、苗華氏は、台湾と最短で130キロの海峡を隔てて向かい合う福建省の厦門に駐留する軍団の所属だった。
また、林向陽氏も、台湾への武力攻撃を担う東部戦区の責任者を務めていた。
この点を踏まえれば、中国の台湾統一作戦に何らかの変化はあるかもしれない。
ただ、習氏が4選を確実にするには、これまで不評だった「共同富裕」という政策を継続して、いくらかでも国内経済を立て直すこと、そして、従来から「中国の夢」、「核心的利益」と強調して憚らなかった台湾統一に着手することが必須条件になる。
これまで、台湾海域を包囲する形で演習を続けてきた中国軍は、3隻目となる空母「福建」の実戦配備を急ぐと同時に、軍最高幹部の粛清で新たに中央軍事委員会の副主席に昇進したロケット軍出身の張昇民氏を中心に、空からの攻撃準備も進むに違いない。
■自衛隊が電磁波攻撃を受けたら何事態?
これまで日本国内では、毎夏、民間のシンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が中心となって、自民党の国防族や防衛省元幹部らが、首相役や防衛相役を務め、「グレーゾーン事態」から「存立危機事態」に至るまでのシミュレーションを繰り返してきた。
中国の台湾への破壊的サイバー攻撃、海底ケーブルの切断、フェイク情報の拡散、中国海警局の艦船に護衛された「漁民」による尖閣諸島への上陸、アメリカ軍の支援を想定した台湾海域の海上封鎖、そして空と海からの攻撃……。
どこまでが「グレーゾーン事態」や「重要影響事態」で、どこからが「存立危機事態」なのかの線引きは難しい。
中国軍が台湾を空爆し、多くの台湾人が石垣島や与那国島に逃れようとするのを追撃してくるケース、中国軍が在日アメリカ軍や沖縄周辺の自衛隊を警戒して電磁波攻撃などを仕掛け、戦闘機や軍用ヘリが動けなくなるなどのケース、あるいは、アメリカ軍を攻撃するために飛び立った中国軍機が日本の領空を侵犯するケースなどは、果たして何事態になるのだろうか。
先に述べたシンクタンクなどのシミュレーションはあくまで机上のものだが、政府による事態認定が遅れたため犠牲者が出るという結果が出た年もあったくらいだ。
■島民の2割も入れない地下シェルター
中国の動きを見れば、政府が主体となって事態認定や初動のシミュレーションをすべき時期だ。それと同時に避難場所の確保も急ぐ必要がある。
「避難のためのシェルター建設ですか? 全然進んでいません。
以前、当時の林芳正官房長官や中谷元防衛相が視察に来られて以降、進んでいません」(前述の石垣市議、花谷史郎氏)
「シェルターは来年完成する新たな町役場の地下にできるのですが、島民1500人のうち、200人ほどしか入れません」(前述の与那国町議、嵩西茂則氏)
筆者は10月、台湾の台北で取材したが、年を追うごとに「防空避難」と書かれたシェルターの位置を明示する看板が増えた。今やその数は台湾全土で10万カ所を超える。また、市民が持つスマートフォンに、「国家レベルの警報」と題した通知が送信されるテストも実施されている。
さらには、市民全員を屋内に避難させ、違反した市民には日本円で70万円超の罰金が科せられる防空ミサイル訓練、そして、有事の際、飲食料品が不足し市民生活が大混乱に陥ることを想定した物資の配給訓練まで繰り返し行われている。
こうした現状を思えば、高市氏の発言について、「国として戦争に入るつもりか?」と批判することが正しいとは思えない。
もちろん、ただの「備え」で終わらせる外交努力は不可欠なのだが、当事者となる台湾だけでなく、日本も、「今後も習体制は続く」「台湾有事は起こり得る」という視点で中国と対峙すべきだろう。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)

政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授

愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。文化放送入社後、政治・外信記者。ベルリン特派員や米国留学を経てキャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサー、大妻女子大学非常勤講師などを歴任。現在、TBSラジオ「BRAND-NEW MORNING」コメンテーターも務める。専門分野は現代政治と国際関係論。
著書は『日本有事』、『台湾有事』、『安倍政権の罠』、『知って得する、すごい法則77』ほか多数。

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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)
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