パートナーと良好な関係を保つにはどうしたらいいのか。脳内科医の加藤俊徳さんは「自分が不機嫌になる原因は相手次第なところもある。
心を消耗させないための考え方やコツがあるので、ぜひ試してみてほしい」という――。(第1回)
※本稿は、加藤俊徳『1万人の脳を見た名医がつきとめた 機嫌の強化書』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■自分が不機嫌なのは、“相手の振る舞い”のせい
日常の機嫌値が下がる要因は主に自分自身にありますが、日々の機嫌が損なわれる要因は外からやってきます。不機嫌の原因となるのは、情報や環境、そして何よりも多いのは他者の振る舞いでしょう。
他者の振る舞いによって不機嫌になったとき、まず私たちが注目するのは「腹が立った」「悲しくなった」「傷ついた」といった自分の感情です。これは自然な反応なのですが、なるべく機嫌よく平穏に過ごしたいのなら、もう一つ目を向けてほしいものがあります。
それは、相手の脳です。「相手はどういう考えや感情、価値観によって、その振る舞いをしたのだろうか」と、相手の脳内で起こっていることを想像してみるのです。
一例を挙げましょう。あるご夫婦の話です。
二人はよくドライブに出かけるのですが、その道中で決まって喧嘩になるといいます。たいていは、運転役の夫が、助手席の妻に道案内をお願いすることが喧嘩のきっかけになるそうです。
実は妻は地図を読むのが苦手で、おまけに運転免許も持っていないので、道案内がうまくできない。それに苛立つ夫に強い言葉で責められて、いつも傷ついているというのです。
■「この人は私のこと大好きなんだな」と思うようにする
楽しいはずのドライブで喧嘩になるのは避けたいし、もう傷つきたくもない。だから妻は毎回、「もう私に道案内を頼まないで」と伝え、夫もその場では「わかった」と言うのですが、いざドライブが始まると、やはり道案内を頼まれ、同じように喧嘩になってしまうそうです。
そこで妻が、しきりに首をかしげていたことがあります。妻ではなく知人を車に乗せて出かけるときの夫は、特に道案内など頼まず、迷ったりもせずに目的地まで到着しているらしいのです。
「私と出かけるときも同じようにすればいいのに、なぜ、よりによって地図を読むのが苦手で運転もできない私に、いつも道案内をさせようとするのか……」
ここまで聞いて、私には、その夫の脳のなかが少し見えた気がしました。
おそらく、夫はドライブという冒険を、妻と一緒に成し遂げたいのでしょう。自分が一方的に妻を目的地に連れて行くのではなく、その道のりを奥さんとの共同作業にしたいのではないかと推察できるのです。
そう伝えると、妻は少し腑に落ちたようで、「では、これからは道案内を頼まれるたび、“この人は私のことが大好きなんだな”と思うようにします」とおっしゃっていました。
おそらく、このご夫婦は、これからもドライブするたびに喧嘩をするのでしょう。それでも、妻のほうに夫の言動に傾聴しながら、相手の脳にも目を向ける意識があれば、もう、「一方的に傷つけられた」という認識にはならないはずです。

■自分の感情ではなく「相手の脳」に目を向ける
たとえ、自分は道案内が苦手なこと、そのために夫に強い言葉で責められること、こうした事象そのものは変わらなくても、「共同作業がいいんだな」と思っていれば冷静になれる。その時点で、妻の不機嫌(傷ついた感情)はだいぶ軽減されるに違いありません。
相手の脳内で起こっている本当のところは、もちろん、本人のみぞ知ることです。でも、特に確認する必要はありません。だから、その想像がたとえ間違っていても、さらには自分にとって都合がよいだけの解釈であってもまったくかまいません。そもそも、本人ですら、よくわかっていない可能性が高いのです。
ただ、少なくとも「何が起こっているのか」と相手の脳内に目を向ける行為は、「相手をもっと知りたい」「相手とともに成長し、相手とともに幸せに生きたい」という、脳の切なる願いから生まれるものです。だからこそ、その想像は、あながち間違いではないのです。
他者の振る舞いのせいで不機嫌になった。そんなときに重要なのは、「どれだけ相手の脳に目を向け、そこで起こっていることを想像できるか」です。自分の感情から相手の脳へとフォーカスを変える視点の移し替えにより、自分自身が客観性と冷静さを取り戻すことなのです。
ある程度、トレーニングは必要ですが、慣れてくれば、いちいち他者の振る舞いや言動に感情的に反応して、それに自分が振り回されて、心が消耗することは減っていくでしょう。

■相手の顔色を窺うほど、自分の機嫌がとれなくなる
毎日、なるべく機嫌よく暮らすには、身近な人の「不機嫌の法則」も理解しておくといいでしょう。
毎日、身近に接するからには、自分の機嫌、思考や行動に強く影響する上司やパートナーが、どういうタイミングで不機嫌になるのか、あるいはどういうことをされたり言われたりすると不機嫌になるのかは、知っておくに越したことはありません。
知っておけば、不用意に相手を不機嫌にさせて無用な争いを生むようなことは格段に減るでしょう。あるいは相手を不機嫌にさせる話題を振らなくてはいけないときも、「この話をしたら不機嫌になるだろうな」という理解があれば、タイミングや言い方に気をつけることができます。こうした戦略を立てられるだけでも大違いです。
もちろん、自分を抑えて相手に合わせすぎるのは健全ではありません。人の機嫌に振り回されたり、相手の顔色を窺って機嫌をとったりするほどに、自分の機嫌は削られます。脳科学的に言うと、ドーパミンの分泌が下がって注意力や思考力が低下する。つまり脳が柔軟に働くことができない不快状態になるということです。誰かの機嫌をとっていると、自分で自分の機嫌をとることが難しくなってしまうのです。
■意見が「同じところ」「違うところ」を把握しておく
かといって、相手の不機嫌ラインを、あえて刺激する必要はないでしょう。
「こうすると不機嫌になる」とわかっていることがあるのなら、そこには、なるべく触れないようにする。
現実的に考えれば、これは、お互いに機嫌よく過ごせる時間を最大限に増やす有効な人生戦略と言えます。
その一環として、特にパートナーとの間で、二つほどおすすめしたいことがあります。
一つは、普段からよく話すこと。政治から子育てまで、私たちには考えなくてはいけないことがたくさんあります。そのベースとなるのは今までに培われた価値観ですが、バックグラウンドが異なるパートナーとは価値観も異なって当然です。
となると、話題によっては意見や見解の相違があるのも自然なこと。そこで無理にすり合わせて合意形成に持っていく必要はありません。
ただ、普段からよく話して、何となくでも「意見が同じところ」「意見が違うところ」を把握しておくと、いきなり激しく対立しなくて済むようになります。それだけ互いに相手を不機嫌にさせる事態を未然に防げるというわけです。
いざ合意形成が必要となったときにも、事前に相違点がわかっていれば建設的な話し合いができるでしょう。ともに乗り越えなくてはいけない問題が生じたとしても、細かい意見の相違を超えて協力できるはずです。
■午後6時以降に“重い話”をしてはいけない
このように、価値観が違うもの同士、完全に意見を同じくすることを目指すのではなく、意見の相違があっても協力できる関係性を築くこと。
これが実は、夫婦円満の一番の秘訣ではないかと思います。
そしてもう一つの方法は、午後6時以降に、重大な話をしないこと。
これは、さらにリスクヘッジ的なものですね。
午後5時半~6時半は交感神経がもっとも優位になる時間帯です。一日の疲れやストレスが最高潮に達し、ここから身体は休息の準備に入ります。
メラトニンの分泌により、脳の覚醒度は次第に下がり、脳も身体も睡眠モードに入っていく。そんなときに「夫婦間の問題」「子どもの進学」など重いテーマを持ち出したら、たとえ大きな対立点はなくても、二人そろって一気に不機嫌になってしまうかもしれません。
夜6時以降に重大な話をするのは、これからの眠りに備えて覚醒度が下がっている脳を叩き起こすようなもの。過大なストレスになるのです。単にタイミングが悪かったというだけで、まとまる話もまとまらなくなってしまうのは避けたいでしょう。脳科学的に考えると、重大な話ほど、脳の覚醒度が高い日中、できれば午前中にしたほうがいいのです。

----------

加藤 俊徳(かとう・としのり)

脳内科医

昭和大学客員教授。
医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。MRI脳画像診断・発達脳科学の専門家で、脳を機能別領域に分類した脳番地トレーニングや脳科学音読法の提唱者。1991年に、現在世界700カ所以上の施設で使われる脳活動計測「fNIRS(エフニルス)」法を発見。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。ADHD、コミュニケーション障害など発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。著書に『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社)、『アタマがみるみるシャープになる!! 脳の強化書』(あさ出版)、『一生頭がよくなり続ける すごい脳の使い方』(サンマーク出版)など多数。

----------

(脳内科医 加藤 俊徳)
編集部おすすめ