アレグラ、ロキソニンなど、市販でも手に入る処方薬、いわゆるOTC類似薬の保険適用見直しをめぐって議論が進んでいる。東京科学大学医学部臨床教授の木村知医師は「実現すれば一時的に医療費は減るだろう。
しかしその先に待っているのは“金の切れ目が命の切れ目”ともいえる医療格差社会だ」という――。
■「利権を守りたいんだろう」という批判
前回記事では、高市政権と連立を組む日本維新の会肝いりの政策、「OTC“類似薬”の保険外し」について取り上げました。
病院で処方される医薬品のうち、ドラッグストアでも買える市販薬(=「OTC医薬品」)と有効成分や効能などが似ているものを、一般に「OTC“類似薬”」と呼びますが、これらの保険適用を外そうという議論です。
身近なものでいうと、ヒルドイドなどの保湿剤やアレグラなどの抗アレルギー剤、ロキソニンなどの解熱剤、去痰剤やシップなどが挙げられます。
ところで、類似薬を“”(ダブルクォーテーション)で囲っているのは、まるで処方される医薬品のほうが“コピー”であるかのような誤解を招く呼び方に疑問があるからです。少し長くなるのでここでは割愛しますが、筆者はその実態を反映し「OTC“本家”薬」と呼んでいます(この記事では以下「OTC“本家”薬」を使います。くわしく知りたい読者は、「現役医師『国家的詐欺と言っても過言ではない』…維新との連立で高市新政権が抱えることになった"地雷"の正体」をご覧ください)。
日本維新の会によれば、この「OTC“本家”薬」を保険の対象からはずすことで、1兆円もの医療費が削減され、それによって現役世代の保険料が下げられ、手取りが増やせるのだそうです。
しかしこれは、医師に言わせればとんでもないことです。前回、その詐欺的名称を広めていることもあわせて、その実態はまさに「国家的詐欺」であると書いたころ、非常に多くの反響をいただきました。
ニュースを聞いただけでは、いったい何が問題なのか、この政策が実施された場合、どのような不利益が私たちにふりかかってくるのか漠然とした不安しかなかった方にも、より具体的にこの政策の危険性、そして高齢者にかぎらず現役世代も無関係ではない、ということを知っていただけたのではないかと思っています。
それでもまだ、「私には関係ないよ」と思っている方がいるかもしれません。
いやそればかりか、「この政策に反対している医者は、儲けそこなうことを恐れているんだ」とのリプライもありました。
そこで今回は、「金儲けしたい医者であれば、むしろこの維新の肝いり政策に大賛成! もっと進めろ! と思っているはずだ」というお話をしてみましょう。
■市販価格より高めの請求ができてしまう
たしかに、この政策が実施されれば「欲のない、金儲け主義でない医者」が経営する診療所は経営難に陥ってしまうかもしれません。
患者さんたちが、保険外しとなった薬剤の入手と治療をあきらめざるをえず、受診を控えてしまうかもしれないからです。
一方で、OTC“本家”薬が保険外しとなれば、その薬剤の価格は今までの国による価格規制から外れることになりますので、各医療機関の自由裁量となります。これは金儲け主義の医者にとってみれば「商機」です。
たとえば、花粉症でも使われる抗アレルギー剤であるアレグラが保険外しとなった場合は、市販のアレグラ(OTC薬)の価格を上回る設定で患者さんに請求し、薬剤費で大きな利益の上乗せを目論むことも可能になるからです。
市販より高めの価格を請求しても、患者さんにはその価格が適正であるか、瞬時に判断できません。ドラッグストアでの正確な価格を知っていたとしても、「医師の診断で正確に処方してもらえた」との満足感があれば、多少高めでもいいと思う人もいるでしょう。むろん、少しでも倹約したい人はそのような金儲け主義の医者の世話になどなりたくないと思うでしょう。
これがこの政策が実施された場合に予測される、「患者さんの二極化現象」です。
■混合診療は原則禁止されている
この現象を可能にする仕組みが、『混合診療』と呼ばれるものです。

前回記事では、この政策を実施するには現在のわが国における医療保険制度で原則禁止となっている「混合診療」(その日の一連の医療において保険診療と自費診療を混合しておこなうこと)の問題を解決する必要があると述べました。
そしてこの問題の解決には「選定療養」という混合診療の例外規定を無理矢理使ってくるのではないか、と予測しました。
これまで「選定療養」には、大きく分けると「サービスや環境にかかわるもの」(差額ベッド代など)と「医療技術にかかわるもの」(保険適用が決まっていない高度先進医療技術など)の2通りがあり、それぞれ例外として認められていました。
この選定療養と呼ばれる混合診療が今回の保険外しによって、なし崩し的に日常的に使われる医薬品にも広く適用されることになると、私たちの生活にいったいどのような影響をおよぼすことになるでしょうか。
その影響について具体的に説明していきましょう。
■選定療養が日常化するとどうなるか
ポイントを4つにわけて説明します。
1)窓口負担が急増
保険診療と自由診療が医師の裁量で自由に組み合わせることができるようになるため、自由診療分については医師の裁量で自由に価格設定ができます。したがって「医師の言い値」で高額な請求がされる可能性が高まります。
たとえば、「これはまだ日本では保険適用になっていないのですが、海外では有効性と安全性が確認されている非常に優れた医薬品です。今のあなたに自信をもってお勧めしますよ」と医師に言われて同意すると、窓口で高額な薬代を支払うことになるかもしれません。
2)医療の質が二極化
保険適用外の医薬品や処置を医師から勧められた場合に、個人の財力によって受けられる医療の質に差が生じることが避けられなくなります。いわゆる「カネの切れ目が、命の切れ目」になるということです。

先の例で言えば、医師の勧める「非常に優れた医薬品」を買える人と買えない人で、受けられる医療に格差が生じるということです。
3)医師―患者関係の変化
混合診療が全面解禁になると、医療が利益追求型のビジネスに変質する可能性が高くなります。保険診療だけでは経営が困難となった医療機関では積極的に自費診療をおこなうようになるのは必然です。その際に、提供される医薬品や技術が本当に患者さんの利益となるのか、提示された金額が適正なものなのか、患者さん側が「自己責任」で判断しなくてはならなくなります。
少々乱暴な言い方をすれば、インチキ医療をおこなう医師が出てくる可能性とともに、それを知識や情報の非対称性のあるなかで、患者さん側が見抜くことがはたして可能か、という大きな問題に直面します。
たとえば、「非常に優れた医薬品です」との医師の言葉が真実なのか、窓口で請求された金額が不当に割高なのかどうかを、自分で判断できるかという問題です。
さらに危惧されるのは、医師の勧めにしたがって提供された医療が、健康被害を生じさせるものであった場合です。公的医療保険外の医療というのは「国がお墨付きを与えた医療」ではありませんから、国が救済してくれることを期待しにくいということです。「自己責任」のもと泣き寝入りになることも覚悟しておかねばならないでしょう。
4)保険適用にされるべき医薬品が自費に固定化
真に有効で安全な医薬品や医療技術であれば、貧富の差にかかわらずすべての人に公平に安価で提供されるべきです。つまり保険適用にされるべきですが、自費診療で流通し始めてしまうと、社会保障費の削減を進めたい政府の側に、保険適用にしようという動機(インセンティブ)は失われてしまいます。
「国民の需要は民間市場で賄われているのだから、あえて保険適用を検討する必要はない」と認識するからです。
結果、いつまで経っても保険収載されず、医療格差は広がり固定化してしまうことになります。
こうして見てみると、なぜ混合診療がわが国で原則禁止とされているか、納得していただけたのではないでしょうか。混合診療が解禁されると、国民皆保険制度をはじめとしたわが国の医療体制と医療の質、そして私たちの生活が根底から変質することになってしまうのです。
■“社会保障費削減”は口実にすぎない
政府の社会保障費圧縮を目指す医療政策について批判すると、「医師会の利権が失われるからだ」とか「医者が儲け損なうからだ」との声をいただくことが少なくありませんが、まったく筋違いです。
むしろ金儲けしたい医師ならば、この混合診療の全面解禁には大賛成でしょう。4つのポイントで見たとおり、混合診療に反対している医師のほうがきわめて常識的と言えるのです。
もちろん今回の政策で、一朝一夕に混合診療が全面解禁になるわけではありません。しかし、この「OTC“本家”薬の保険外し」が“アリの一穴”となって、なし崩し的な混合診療解禁へと議論が進む危険性を、多くの人が認識しておく必要があります。
目的は、目先の医療費削減だけではありません。
混合診療の全面解禁によるわが国の保険制度の解体と破壊、それにより大きな利益を得る外資系も含めた民間医療保険会社の思惑、社会保障費削減を口実にした自己責任・弱肉強食社会の固定化という、もっと大きな「目論み」について、強い危機感の共有が非常に重要です。
私たちの医療を、金儲け主義の医者と富裕層専用のものへと固定化させてしまったり、外国の民間保険会社に売り渡してしまったりしていいのでしょうか。混合診療への足場づくり、これこそ「売国政策」と言えるのではないでしょうか。

高齢者よりも、現役世代さらに将来世代にこそ大きな損害をもたらす“アリの一穴”、ぜひお友達との日常会話でも話題にしていただければ幸いです。

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木村 知(きむら・とも)

医師/東京科学大学医学部臨床教授

1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。

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(医師/東京科学大学医学部臨床教授 木村 知)
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