離婚の話し合いはどうすればスムーズに進むのか。離婚や男女問題に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「家が欲しいからと言って頑なに家を出ずに離婚の話し合いをする人がいる。
しかし、家に住み続けている側が家を得るとは限らない。むしろ別居することで話がうまく進むことが多い」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
■「どちらが家を出るか」で膠着状態
A子さん(55歳・パート)は、同い年の夫と二人暮らしをしていました。
10年ほど前から不仲が続いていましたが、5年前に長男が結婚して家を出てからは、けんかの頻度が格段に増え、家庭の空気はますます険悪になりました。
「この人と老後を一緒に過ごすのは無理」と感じたA子さんは、夫に離婚を切り出しました。夫も離婚しかないと言って、条件の話をするようになりました。
離婚することで考えは一致していますが、問題は家のことです。現在住んでいる戸建て住宅は、住宅ローンが残っていて、夫が退職金で完済予定の持ち家です。A子さんは、離婚後もこの家に住み続けたいという希望があって、夫に家を出て行ってもらいたいと思っていました。しかし夫も家を出て行く気はなく、どちらも譲らない状態が続いていました。
■同居しながらの離婚調停は夫婦げんかの延長に
「このまま話し合ってもらちが明かない」と思ったA子さんは、同居をしたまま離婚調停を申し立てました。

「家だとけんかになるけれど、第三者が入れば冷静に条件の話し合いができるだろう」と期待していたA子さんでしたが、実際にはうまくいきませんでした。
夫婦それぞれが「相手が出ていけばいい」と主張するばかりで、毎回同じやりとりが繰り返され、調停でも話は進みません。
さらに、家に帰れば顔を合わせてしまうので、調停の内容をめぐって家で口論になることも少なくありませんでした。
結局、調停でも「相手は調停でああ言ったのに家でこう言った」と告げ口するだけで、単なる夫婦げんかの延長になってしまい、調停委員からは「やはり同居のままでは調停を続けるのは難しい。近々不成立にする。離婚したければ先に別居してほしい」と指摘されるようになりました。
困ったA子さんは、私の法律事務所に相談にいらっしゃいました。
■実家に帰れるのに帰らない理由
詳しく話を聞くと、A子さんには実家があり、そこには母親が一人で住んでいました。母も兄弟も「離婚するなら戻ってきてもいい」と言ってくれているそうです。それなら実家に住むこともできるのではと提案したところ、A子さんは戸惑った様子でこう言いました。
「家を出てしまったら、この家が自分のものじゃなくなりそうで……」
つまり、家を出たら財産分与の対象から外されてしまうのではないかという不安があったのです。
しかし、「誰が家に住んでいるか」は、財産分与の権利とは無関係です。
判断基準になるのは名義が誰のものか、住宅ローンの残債があるか、頭金は誰が払ったかなどで、住んでいるかどうかは本来問題になりません。
「調停で家をもらう交渉はしますが、このままでは話し合い自体が進まないので、とりあえず家を出ましょう」と説明したところ、A子さんは実家に移る決意を固めて、とりあえず家を出ることになりました。
■別居で話が進み始めた
別居をすると、調停での夫の態度が明らかに変わりました。これまで感情的に話していた夫が徐々に冷静になり、「妻が実家に帰ったことで、本当に離婚する気があるとわかった」「家に固執していたわけではなく、自分が出ていったら、自分の非を認めたことになると思っていた」と本音を漏らしました。
夫は妻が本気で離婚を考えているとは思ってなかった上に、「家を出る=負け」と思って意地を張っていたのです。
その後はスムーズに話が進みました。夫は「離婚をして一人暮らしをするなら、この家は大きすぎるので、仕事場の近くに引っ越したい」と申し出ました。また「子どものために家は売らずに、A子さんが住んで残してあげてほしい」という希望も口にしました。
最終的には、預金や株といった金融資産は夫が持つ代わりに、家はA子さんがもらうことになりました。
■顔を突き合わせていると話が進まない
このケースからわかるのは、本人同士の話し合いだと離婚の交渉がなかなか進まないということです。
離婚するほど不仲な関係では、相手の主張を冷静に受け止めることも難しく、感情的な意地の張り合いになってしまいがちです。
特に同居のままでは、毎日顔を合わせるため、冷静な判断ができなくなることが多いです。
膠着状態が続き、話が前に進まなくなってしまいます。
この状態で離婚調停を行っても、夫婦げんかの場が裁判所に広がるだけです。
事例の中でも書いた通り、調停は両方の当事者が別々に調停室に入ります。それは顔を合わせてしまうと冷静な話し合いができないためです。
せっかく調停の仕組みがそうなっているのに、家に帰ればまた元通りに顔を合わせてしまうと、意味がありません。
■別居したほうが、話が進みやすい
どちらかが家を出るだけでも、離婚に向かって進んでいるという意識が生まれて、物事が動き始めます。譲れることは譲れるようになることが多いです。
実際に調停の場では、調停委員から、離婚を見据えているなら別居をするように勧められることが多いです。
「家を出たら不利になるのでは」と考えて身動きが取れなくなる方も多いですが、占有しているかどうかで権利が変わることはありません。そのため、家に残るかどうかよりも、冷静に交渉できるようにすることの方が重要です。
離婚の条件や交渉の方法に不安がある場合は、弁護士に相談してみることをおすすめします。

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堀井 亜生(ほりい・あおい)

弁護士

北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。
堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。

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(弁護士 堀井 亜生)
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