■結果発表まで夢を見ることができる
年末ジャンボ宝くじの行列を見ていると、日本人は「くじ」が好きな国民だと改めて思う。今年の〔第1082回全国自治宝くじ(年末ジャンボ宝くじ)〕は、1等が7億円、1等前後賞が1.5億円で合わせて10億円で、1等は23本。
このくじは、日本国民が注目する一大イベントであり、購入者も発行枚数も多く、1等の当選確率は2000万分の1と相当低い。しかしながら、金額が金額だけに、夢を買いたくなるという心理も働き、盛り上がりを見せている。参加人口は公営競技やパチンコよりも多く、過去1年の購入経験者は約5000万人。老若男女問わず、安価で気軽に、スキルや知識の差も無く、何よりうしろめたさも無く購入でき、かつ結果発表までの長い期間、夢が見られるのが人気の理由だ。
ただ、自分の周辺で1等が当たったという人にあったことはない。やはり、当選確率を考えれば当然と言えば当然だ。
■1枚約4万円の宝くじ
実は、ドバイには高級宝くじがある。例えばDubai Duty Free Millennium Millionaireは、当選確率5000分の1だ。0001から5000までの数字が振られているくじから購入者が好きなくじを選ぶことができ、自分で数字を選べるゲーム性も特徴の1つだ。
公式サイトによると、15年前は5000枚完売までに1、2カ月かかっていたが、2025年に入ってからは37回抽選しており、ほぼ毎週当選者がでる人気ぶりだ。当選者の国籍もオフィシャルに発表され、意外にもインド人の比率が高いのが興味深い。
1等は1億5000万控除率25%は日本の宝くじ(50~55%)の半分以下で、フェアな設計(ただし日本での課税を考慮すれば控除率は結局日本の宝くじと同程度にはなる)だ。
当選すればUAE往復の航空券や滞在ホテルまで用意してくれる至れり尽くせりぶりに、胴元の本気を感じる。高級車やバイクが当たるくじもあり、夢の選択肢は豊富。日本でも、この確率で人生が一変する可能性のある「くじ」があると心が躍る人は多いだろう。
■富裕層も娯楽として楽しめる高確率の宝くじ
海外で宝くじが特に盛んなのは中国、アメリカ、イタリアである。中国では賭博が禁止されているため、宝くじの需要が特に高い。宝くじは賭博ではないかという疑問もあるが、日本を含むほとんどの国で宝くじは賭博とは別扱いされている。ただし、公営もしくは認可業者のみが販売できる。
アメリカではほとんどの州でカジノや競馬などのギャンブルがあるが、国土が広大なため身近なギャンブルとして宝くじの需要が高い。
社会的役割である宝くじは、どの国でも公営が主で、公益目的で販売されている。利益の用途だけでなく、販売員として戦争未亡人や障碍者、退役軍人を雇用することで雇用あっせんの役割も担っている地域が多い。
宝くじは「貧者の税金」とも呼ばれ、購買層の多くは低所得者層である。ギャンブルとしては割が悪いが、低所得者が富裕層になるための数少ない拠り所となっている。
社会経済的地位(SES)が下位5分の1に属する人々は、「宝くじ賭博率が最も高く(61%)、貧困層は依然として宝くじの最大の購入者だ。また、宝くじに関する研究を徹底的にレビューする『Journal of Gambling Studies』に掲載された論文にも「貧困層は依然として宝くじの最大の購入者であり、貧困を強いられた人々でさえ宝くじを購入している」との報告がある。
一方、ドバイの宝くじは異色で、比較的高確率であり、富裕層も娯楽として購入できるポジションを築いているといえる。
■富裕層がアドレナリンを出す賭け事
世界の富裕層が賭け事を楽しむ場としてカジノがある。
私、西田理一郎がエンターテインメント業界で体験した“ハイローラーの世界”――それは、競馬や競輪、パチンコといった大衆娯楽とは、まるで異質の空間だった。
VIPラウンジの扉を開けた瞬間、空気が変わる。
ラスベガスやマカオなどの有名VIPカジノでは、「香りの演出(Scent Marketing / Ambient Scenting)」が戦略的に使われている。
高級メゾンのシャンパンの香り。重厚な革張りのソファ。そして、淡々と積み上げられる100万円単位のチップの山。
カジノの面白さ、いや恐ろしさは、その「平等性」にある。一晩で1億円を動かすハイローラーも、年収100万円のプレイヤーも、バカラテーブルに座れば同じだけ平等にドーパミンを放出できるのだ。運は平等だ。金持ちだから勝つわけではない。貧乏だから負けるわけでもない。そして、そこに時計は置いてない。だからこそ、人は沼る。
■TikTokと同じ「中毒性の正体」
考えてみてほしい。
次に何が出てくるかわからない期待値。ついスワイプしてしまう、あの指の動き。ついベットしてしまう、あのチップを押し出す瞬間――。
射幸心という名の、人類共通のバグである。
「このままじゃダメだ」とわかっていても、止められない。高揚感とドキドキ感は、時にセルフコントロールを無効化する。そこにつけ込むのが、悪い大人たちだ。――いや、ビジネスとして洗練された大人たちと言うべきか。
■小学生のころからサイコロを振り続けた男
そこで私は、海外のポーカー大会出場経験もあり、オンラインカジノの現状にも詳しいCOMOMO氏に話を聞いた。小学生のころからサイコロを振り続け、大学の卒論テーマに「ギャンブルの歴史と文化的受容の日英比較」を選んだという異色の経歴の持ち主だ。
なぜ国や文化、地域によって合法だったり違法だったりするのか。
昨今、日本ではオンラインカジノが「悪」として糾弾されている。だが、イギリスやスウェーデンといったギャンブル先進国では、むしろ管理下に置くことで健全化を図っている。ヨーロッパではサッカーチームのスポンサーとしてカジノ企業が当たり前に名を連ね、一方、アメリカでは州をまたげば白にも黒にも変わる。
「依存症は一定数は必ず出る。でも、大人なんだから、という前提が強い。もちろん子供などの社会的弱者を守るために厳しく規制はあるが、大人のエンターテインメントの選択肢としてギャンブルを認めている。なぜなら、カジノは経済を回すから」とCOMOMO氏は述べる。
■マニラを襲った「オンカジ禁止令」の悲劇
わかりやすい例がある。フィリピンのマニラ、マカティ地区だ。
かつてビジネスとして大々的にオンラインカジノが盛んであった時代(今も限定的には、存在しオンラインカジノは認められている)、中国人事業者の富裕層たちが大挙して渡航し、関連事業も含めて地域経済は潤っていた。
ところが大統領が交代し、オンラインカジノを非合法化した途端――。中国人は消え、関連企業も撤退。結果、経済は冷え込み、治安まで一気に悪化したのである。善悪の問題ではない。経済の問題なのだ。
スリランカでは、インド富裕層向けに、シティオブドリームを計画中。また、注目はギャンブル厳禁のイスラム教国UAEで計画されている大型カジノ。もちろんターゲットは富裕層なので、ゴージャスな施設になるのは間違いなし。今後できるこの2つのカジノは、富裕層向けだ。経済を回すことが目的といえる。
カジノは外貨を稼ぐ「設備」として、極めて優秀である。道徳で語るべきか、経済で語るべきか――この二律背反こそが、IR(統合型リゾート)議論の本質だ。
■「ジャンケット」という“太客ハンター”の実態
ジャンケットという仕事。一言で言えば、「カジノに超富裕層を招待して、バックをもらう」マッチングビジネスだ。
ジャンケット事業者への報酬は送客したVIPの「総ベット金額」をベースとして支払われる。顧客の勝ち負けは、ジャンケット事業者の報酬には影響しない。
最近のマカオでは、いわば「カジノ・イン・カジノ」とも呼ばれる、ジャンケットが運営する専用VIPルームが増えている。そこで繰り広げられるのは、庶民には想像もつかない世界――。
マカオVIPルーム、午後11時、マカオの夜が本気を出す。VIPラウンジの入口に立つのは、ジャンケットオペレーター。富裕層を呼び寄せる専門家だ。
VIPラウンジに現れたのは、香港から私用ヘリで到着した実業家・張氏(仮名)。ジャンケットオペレーターが用意した2億円の与信枠を背に、彼は一度に2000万円を賭ける。彼は友好的な笑顔の裏で、冷徹に計算していた――残高、勝率、そして回収プラン。
午前2時、5000万円の利益を手にした張氏は高揚し、シャンパンを煽る。「追加で2000万円の与信を」。ジャンケットオペレーターは確認を装いながら、既に把握済みの100億円超の資産を思い浮かべる。この瞬間こそが、ジャンケットビジネスの重要局面だ。
真の問題は別だ――人間は勝利時こそ、危険なほどリスクを取りたがる。
午前4時、状況は反転した。8000万円の損失。額に汗、震える声。「もう一勝負させてくれ」。ジャンケットオペレーターは知っている。この状態で勝てる確率は極めて低い。撤退を促すも、張氏は怒鳴る。「余計な口を出すな」――まさに、その通りである。
午前6時、4000万円の損失を抱えて張氏は立ち上がる。「来月中には返済する」。かろうじて残る自尊心を纏い、彼はリムジンで朝靄に消えた。
■笑顔を絶やさないプロフェッショナル
エスプレッソを口にした担当者のスマホが震える。次の顧客からだ。「今夜、そちらへ向かう」担当者は簡潔に返信する。「お待ち申し上げております」
この業界で明らかになるのは、カジノに幸運という概念は存在しないという事実だ。存在するのは確率論、人間の認知バイアス、そして冷徹な財務計算のみである。それでも、富裕層は繰り返し訪れる。夜ごと、欲望に駆動されて。そして迎え入れる側は、決して笑顔を絶やさない。
プロフェッショナル。これが、ジャンケットビジネスの実態である。
■「日本初のカジノ」で何が起きるのか
日本のIR(統合型リゾート)が最短で2030年に大阪に誕生予定だ。日本MGMとオリックスの合弁会社が手がける1兆5130億円規模のプロジェクトだ。総収入5200億円、経済効果1兆1400億円を見込む。
だが、カジノが初めて開業するということは、さまざまな問題が待ち受けている。問題は「世界中のゴト師が集結する」ということ。不正プレイヤーの個人の紐付けの徹底が必須だ。
今でこそ顔認証や歩行パターン、声紋認証などのIoT技術が発達し、個人IDセキュリティは高度化している。だが、初めてのローンチで何も起きないはずがない。日本の初カジノは、彼らにとって「未開拓の金脈」なのだから。
■ディーラーに必要なスキルとコミュ力
そして問題の2つ目は「ディーラー2000人をどう育てるのか」である。
「365日24時間営業で約500台のテーブルを回すとなれば、2000名規模のディーラーが必要になる。この数を養成するだけでも大変だが、問題は『質』だ。ディーラー学校で技術は教えられるが、ホスピタリティまでは深掘りできない」とCOMOMO氏は指摘する。
賭けをする客を楽しませるコミュニケーション能力。銀行の窓口以上に大きな金を扱う現場で必要なスキル。それを、どう磨くのか。
ラスベガスやマカオのベテランディーラーは、客の表情、呼吸、チップの置き方だけで「今夜の調子」を見抜く。そして、絶妙なタイミングで声をかけ、負けている客を慰め、勝っている客を盛り上げる。日本人の几帳面さとおもてなし精神が、カジノという魔窟でどう発揮されるのか――あるいは、飲み込まれるのか。「合法的な沼」の前で、私たちは何を選ぶのか。
また、世界各地のカジノでは、ディーラーが知人と組んで組織内不正も横行するようだ。カジノ側もそれを警戒するので、ディーラーのユニフォームにはチップをくすねないようにポケットが無かったり、ディーラーがチップや現金を触ったときには、「なにも持ってないですよ」という証明を必ず天井にあるカメラにむけて手のひらを見せる所作を取らせるのだ。
■経済を回す装置か、破滅への入り口か
最後に、大阪に現れる「合法的な沼」。カジノは日本経済の救世主か、それとも破滅への入口か。
カジノは「合法的な沼」だ。それは、TikTokのスワイプと本質は同じ。次が見たくて、次が試したくて、気づけば深みにはまっている。だが同時に、経済を回し、雇用を生み、外貨を稼ぐ装置でもある。善か悪か。白か黒か。答えは簡単には出ない。
ただ一つ確かなのは、最短で2030年、大阪に巨大なカジノが現れるということだ。そこで日本人が、どんな顔をしてチップを押し出すのか。年収300万円のサラリーマンが、どんな思いで最低ベット1万円のテーブルに座るのか。そして、資産100億円の実業家が、一晩で1億円を溶かして朝日を浴びる時、何を思うのか。
■関西経済圏が大きく発展する可能性
インバウンド×カジノ――私は、大阪IRの開業が、日本経済にとって大きなビジネスチャンスになると考える。特に、インバウンド旅行者から外貨を稼ぐ戦略として、関西経済圏を大きく発展させる可能性を秘めている。
訪日外国人観光客は、コロナ前の水準を超えて回復している。だが、彼らが日本で落とすお金の「質」は、まだ十分とは言えない。
カジノという強力な消費装置が加われば、富裕層の滞在日数と消費単価は劇的に跳ね上がる。シンガポールのマリーナベイ・サンズが証明したように、IRは単なるギャンブル施設ではなく、観光産業全体を底上げするエンジンになりうるのだ。
「人の欲」を制御できるか。理想と現実の狭間でもちろん、理想は美しい。庶民の宝くじから、カジノハイローラーの世界まで、人の欲を正しくコントロールし、健全な収益と経済発展につなげていく――そんな絵を描くことは容易だ。
だが、現実はそう甘くない。依存症対策、マネーロンダリング防止、地域住民との共生。これらの課題に本気で取り組まなければ、大阪IRは「合法的な沼」から「社会的な傷跡」へと変貌する。
■問われる日本社会の成熟度
問われているのは、日本社会の成熟度そのものだ。欲望を経済に変換する技術と、それを制御する倫理。この両輪が揃って初めて、カジノは「悪魔の装置」ではなく「経済の起爆剤」になる。
年末ジャンボの行列に並ぶ庶民の夢と、VIPラウンジで億を動かすハイローラーの高揚。
その本質は、実は同じかもしれない。
宝くじは「平等な夢」を売る。誰もが300円で、同じ確率で、人生を変える可能性を手にできる。結果が出るまでの数週間、その小さな紙切れは希望という名の娯楽を提供し続ける。
一方、カジノは「瞬間の興奮」を売る。チップを押し出すその一瞬に、巨万の富を得る可能性と失う恐怖が同居し、アドレナリンが全身を駆け巡る。どちらが優れているわけでもない。宝くじには長く静かに夢を温める楽しさがあり、カジノには自らの手で運命を引き寄せる刺激がある。大切なのは、それぞれの良さを理解し、自分に合った形で「射幸心」と付き合うことだ。
大阪に誕生するカジノが、宝くじ売り場の行列と共存する日本――。その時、私たちは「欲望との成熟した関係」を築けているだろうか。
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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)
価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役
富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト
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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)

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