大型案件を受注するのに重要な要素は何か。法人営業一筋20年の杉本浩一さんは「組織といえど、その決定は非合理なことが多い。
社長の決裁でさえ覆ることがある。重要な提案をする際は社内のキーパーソンを複数探し出しておく必要がある」という――。
※本稿は、noteに発表した記事「営業一筋20年の私が考える『エンタープライズセールス』において大切なこと」を再編集したものです。
■組織の決断は非合理なもの
人間は非合理な存在であり、そういう人間の集合体である大企業の組織も、やはり非合理である、と私は思います。
合理的な決断に見えても、裏側は非合理だったりする。例えば「多数決で決めましょう」というときも、実はみんな長いものに巻かれたいだけだったりします。派閥の論理があったりもします。「本当にその選択が正しいか」よりも「誰の意見に乗っかると自分は得だろうか?」と考えるわけです。
これは当然の帰結です。
人間はそもそも1人では生きられません。ベースは、協力しあうことが必須の「社会的」な生き物。会社という社会の中で嫌われてしまったら自らの身が危ない。
だから強い人の意見に乗っかる。
それはそういうものです。
日産とホンダの経営統合が破談になったことがありました。外から客観的に見れば、経営統合したほうが合理的なのかもしれません。でも、人間はだいたい客観的になれないものです。特に社内にいると「会社がすべて」になっていく。
「日産」という名前があって、歴史がある。それまでずっと献身的にやってきた人たちがいるわけです。「ここで経営統合することは自分たちがやってきたことに対する否定になる」。そう考える人が多ければ、その意見を汲み上げるのは自然なことでしょう。
エンタープライズセールスをやっていくうえで「組織はそういう力学で動いている」ということをまず知っておくことは大切です。
■意外にマイノリティーが組織を動かしている
「長いものに巻かれる」という力学からすると、あらゆることがマジョリティーに寄っていくのが必然です。

ただ面白いのは、全員がそうではないということです。
会社の中にはマイノリティーがいます。そして意外とこういうマイノリティーの人たちが、社内の案件を動かしていたりするのです。たまに窓際社員からイノベーションが生まれる、といった事例を見かけますが、そういうことが大企業の動きを見ていると現にあります。
普通は「長いものには巻かれろ」の力学で会社は動きます。なぜかというと、一人ひとりの人間がそこで生き残ろうとするから。もっと言えば出世したいからです。その一方でそれに反発するタイプの人たちも存在します。彼ら彼女らは「組織の論理」というよりも「現場第一主義」「顧客第一主義」で動くような人です。
そして、この「長いものに巻かれて出世していったマジョリティー」と「現場第一主義のようなマイノリティー」が一緒になると物事が動きます。
■イノベーションが起きるとき
大企業でよく見るのは、経営者の「懐刀」としてマイノリティー側で現場をいちばんよく知るような人がいるケースです。経営者の懐刀は、意外とマジョリティー側にいる人ではないのです。
現場をよく知り、現場と太いパイプがある人が経営者の隣にいたりする。そういう人が「普通は冒険しにくいな」というイノベーティブな案件を動かすのです。
経営者はわかっているわけです。
ずっと保守的に合理的な選択をし続けても競争優位性がなくなってしまうということを。ときに大胆でイノベーティブなものを生まなければいけないということをわかっている。だからマイノリティー側の人たちをうまく活用して、現場と繋がって、革新的な案件を進めていくわけです。
よってエンタープライズセールスとしては、新しいことをやりたいと思っているマイノリティー側の人たちにアプローチしていくとうまくいったりします。順当に稟議を上げていくとうまくいかないところが、意外と社長や副社長の「懐刀」と繋がっていると、スッと通ったりする。
そうやってうまくいった案件はいくつもあります。
■「炎の人」の見つけ方
私はそういうマイノリティー側の人のことを「炎の人」と呼んでいます。
新しいことをやるためには、この炎の人を見つけることが大切なのです。炎の人は、自社の商品に強い思いを持ち、その魅力や価値を多くの人に伝えたり、実現に向けて社内を調整してくれたりします。

炎の人は、出世頭のタイプもいれば、出世とかは関係なく、会社のために「これはやるべきだ」といって行動するタイプがいます。どちらのパターンもある。だから出世から外れて役職が低い人でも無下にしてはいけません。
では、そういう人をどう見つけるか?
ひとつは「地道に探し続けること」です。LINEで働いていたとき、ヤマト運輸にLINEを導入してもらう大仕事があったのですが、そのときもキーパーソンに辿り着けたことが成功の鍵でした。
当時の私の上司であった田端信太郎さんも「これは宝探しと一緒だな」と言っていましたが、とにかく探し続ける、掘り続ける。いろんなところに泥臭くアプローチする。最初はそれしかありません。
■自分がまず「炎の人」になる
もうひとつは「自分も燃え続ける」ということです。炎の人は、同じく燃えている人がいると自然と引き寄せ合います。ビジョンを持って燃え盛っていると、そのビジョンに惹かれる人が、どこかで「話をしたい」とか「紹介したい」となって出会うことができる。
だから営業は炎を燃やし続けないといけないと思っています。
当然「炎の人」を探すのですが、自分がまず「炎の人」にならないと相手が寄ってこないのです。
自分が燃えていることを知らしめる方法はいろいろあります。
私はかつて、興味関心を引くためにお客さんに役立ちそうな情報をまとめて「杉本通信」というメールを送っていたことがあります。すると何かのきっかけで声をかけてくれるようになります。
イベントへの登壇やクローズドの勉強会を開くのもいいでしょう。すぐに繋がりはできないかもしれませんが、地道に続けていると声がかかったりするものです。
■表に出てこない人もいる
「炎の人」と言うと目立っている人を想像するかもしれませんが、表に出てこない炎の人もたくさんいます。公で記事になっている人であればわかりやすいのですが、大企業の中には表に出てこない炎の人がたくさんいる。
そして、本当に面白い人はXをやっていなかったりします。だから、SNSで目立っていてイベントによく登壇するような人だけを追っていてはダメなのです。
大切なのは「ただ面白い人」ではなく「それを遂行できる人」を見つけることです。面白いことをやりたい人と実行できる人のあいだには大きな川が流れています。
「面白いことをやりたい!」と言っている人と、それが実際に会社の中で実現できる人は違うのです。両方が兼ね合わないと、案件は成り立ちません。
私が思う炎の人は大企業の中でも5%くらいです。
100人のうち面白いことをやりたい人が10人だとしたら、それを実行できる人はその半分くらい。「今度ぜひ面白いことやりましょう」などと言って調子がいいだけの人はたくさんいます。でも、それで案件が成立するとは思いません。
長年いろんな人に会ってみて思うのは、期待しすぎてはいけないということです。期待するとガッカリしてしまうからです。エンタープライズセールスは「期待せずに行く」くらいがちょうどいい。期待せずにいろんな人と交流していると、ふといい話が舞い込んで来たりするものです。
■大企業で起きる「伝言ゲーム」
炎の人と出会えて検討が始まっても、エンタープライズセールスの場合はお客さんの「社内」の事情も考えておかなければいけません。
エンタープライズには多くのステークホルダーがいます。
資料ひとつとっても、現場の担当者が見て「いいね」と思うものと経営層が見て「いいね」と思うものは違うのです。エンタープライズの社内では必ず「伝言ゲーム」が起きます。資料が独り歩きしていく。だから、この伝言ゲームに耐えうるような資料にしておかないといけないわけです。
会社には部署という「縦」のメッシュと役職という「横」のメッシュがあります。現場の社員と、中間管理職である事業責任者、経営者、それぞれに伝えるべきメッセージは違います。一人ひとり、思惑は違う。背負っているミッションも違う。評価される軸も違う。だから、それに対応したコミュニケーションをしなければいけないのです。
エンタープライズセールスは当然、ただ資料を渡すだけではうまくいきません。資料を渡すときに「上司にはこうやって伝えてくださいね」と伝え方を教える。もしくは「御社に行くので一緒に伝えましょう」と言って、説明の場を作ったりもします。
勉強会を開いて、各部署の人を呼んでもらうのも効果的です。
そこで「誰がポジティブで、誰がネガティブか」を見ておく。ネガティブな人に対してはマイナスをゼロに戻すようなコミュニケーションを、ポジティブな人にはより前向きになってもらうようなコミュニケーションをやっていくわけです。
■「納得」と「説得」
話を進めるためには「納得」と「説得」の両方が必要です。
エンタープライズセールスにおいては、まず目の前の人に「納得」してもらいます。まずは納得してもらえるコミュニケーションをする。ただ、それだけではダメです。さらにその人が上司や決裁権者を「説得」するための論法を与える必要があるのです。
たとえばあなたが営業ツールを売るとします。
現場の人に対しては「これを使えば仕事が楽になりますよ」と伝えれば「納得」してもらえるでしょう。一方で現場の人が決裁権者である上司に「仕事が楽になるので導入してください」と言ったらどうでしょうか? 上司は「お前が楽になるだけだろう」と言われて引かれるのがオチです。
そういうときは「これを導入するとチーム全体の成果が上がって、今期の目標が達成できます」と説得するわけです。上司のミッションがチームの目標達成であればきっと納得してくれるでしょう。
経営者が決裁権者であれば「営業DXを導入すると、効率化が進んで、業績も上がりますし、株価にも反映されますよ」と伝える。そのように社内を伝言ゲームで伝わっていくときに、その「ロジック」も与えてあげると話が前に進んでいくはずです。
■決裁権者がOKでも終わりではない
難しいのが、例えば社長が納得すれば決裁されるかというと、そうではないということです。
時代の流れもあるのでしょう。今の経営層は、現場の声を大切にします。「これ、導入して大丈夫?」と部下に聞いて合意形成を図る人も多くいます。よって今度は、社長の「納得」から、逆に社員への「説得」の流れが出てくるわけです。そこで「部下を説得するための論法はこうだ」ということを教える必要が出てきます。
ここがよく勘違いされるところです。
「決裁者がOKと言ってるから導入されるだろう」と思いがちなのですが、されない。現場の反対に遭って止まるケースもよくあるのです。現場に導入しようとするときに「現場がこれだけ楽になりますよ」「こんな効果が出ますよ」「これをやるとお客さんも喜びますよ」という言葉を添えるか添えないかで結果は変わってくるのです。

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杉本 浩一 (すぎもと・こういち)

株式会社グロースX・セールス部門責任者

慶應義塾大学法学部政治学科卒。NTTコミュニケーションズでIT系ソリューション営業を経て、LINE株式会社へ転職、エンタープライズ企業向けのAPIビジネス推進や事業提携推進を統括。株式会社メルカリほかスタートアップ企業を経て、現職。

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(株式会社グロースX・セールス部門責任者 杉本 浩一 )
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