どうして人はギャンブルにハマってしまうのか。行動経済学コンサルタントの橋本之克さんは「当たらない確率には目をつぶり、ほんのわずかな確率である当たる夢のほうを信じてしまうという心理が働いている」という――。
(第1回)
※本稿は、橋本之克『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■なぜギャンブルで勝ち続けることはできないのか
ギャンブルは、参加するためにお金を支払って、さらにお金を増やそうとする試みです。そのために運を頼る、あるいは知識や技術を身につけるなどの行動をとります。
しかし、そうそううまい話はないので、逆に大事なお金をなくしてしまうことも珍しくありません。それにもかかわらず、やめられずに依存症に陥る人もいます。
一方、ギャンブルを主催する側は、儲けるために、さまざまな手法を用いて、ギャンブルを始めさせ、続けさせようとします。その手法が、通常の売り買いに流用される場合もあります。買い手の心理をコントロールし、お金を使ってしまうよう誘導するのです。
したがって、ギャンブルにまつわる人の心理を知っておくことは、いい買い物をするために有効です。
ギャンブルや宝くじにおいては、大半の人が散財してしまいます。しかし、初めから損をするつもりでやる人はいません。儲かるだろうと予測を立てて始めるはずです。
それにもかかわらず失敗するのは、「儲かる確率を見誤る」ためです。
■数字より「気分」で選んでしまうという罠
その原因の一つに、「感情ヒューリスティック」があります。
これは、物事の良し悪し、行動の選択、出現頻度や確率などの合理的に判断すべき事柄を、好き嫌いなどの感情で判断してしまう心理的バイアスです。
米国マサチューセッツ大学のシーモア・エプスタインらは、確率の判断における偏りを明らかにする実験をおこないました。対象者は赤と白のジェリービーンズが入った容器から、中を見ずに赤を選ぶ指示を受けます。
ただし、容器は2つあり、1つは100個のジェリービーンズの中に10個の赤が入った「大きい」容器です。もう1つは10個のジェリービーンズの中に1個の赤が入った「小さい」容器です。
当然ながら赤を選び出す確率は同じです。それにもかかわらず、多くの対象者が「大きい」容器を選びました。感情ヒューリスティックの影響によって、たくさん赤が入っている大きい容器のほうが当たりそうに感じたのです。
つまり、赤の数が多いことにより、それを選ぶ確率まで大きいと勘違いしたわけです。
■当選本数の多さにだまされるな
このように、数字の多さによって、実際は低い確率を高く見誤る心理的バイアスを「比率バイアス」と呼ぶこともあります。
もし宝くじを買う人が、感情ヒューリスティックや比率バイアスの影響を受けると何が起きるでしょう。当選本数だけを聞いて、勝手に高いかどうか判断して買うことになってしまうのです。
たとえば、2024年の年末ジャンボ宝くじで、1等の7億円は23本、2等の1000万円は184本、3等の100万円は9200本でした。合計9407本ですから、1万人近くが当選することになります。そんなに当たるなら、自分にも当たる可能性がある、と思ってしまうわけです。
しかし、本当に重要なのは販売数ではなく、当選の確率です。このとき発売された宝くじの総枚数は4億6000万枚でした。1~3等があたる確率は9407/4億6000万であり、計算すると0.002045%という極小の数値になります。
このような数字を知ったうえで当たると思えば、宝くじを買うのもいいでしょう。いずれにしろ、当選の本数だけで判断すべきではありません。
■「夢が買える」と危険を忘れてしまう心理
感情ヒューリスティックは、これとは別の形でも確率の判断を狂わせます。
米国オレゴン大学のポール・スロヴィックらは、有用性と危険性の判断に関する実験をおこないました。
まず対象者に、原子力発電、天然ガス、食品添加物などに関して、どの程度有用か、またどの程度危険かを評価してもらいます。
次に、対象者を二つに分けて、一方は有用性だけの資料を、もう一方は危険性だけの資料を読んでもらいました。その後にあらためて、評価し直してもらいます。
ここで有用性の資料を読んだ対象者は、前回以上に有用性が高いと評価しました。同時に危険性については「低い」という評価に変わったのです。危険性に関する知識に変化はないのに、「有用」だと感じただけで「危険ではない」と思ってしまったわけです。
もう一方の、危険性の資料だけを読んだ対象者の場合は、やはり「危険性は高い」と判断するにとどまらず、「有用性は低い」と評価しました。
この実験からわかることは、危険な事柄でも、そこに有用性があることを知ると、危険性の評価が甘くなるということです。この心理によって、ギャンブルや宝くじになんらかの有用性があるならば、危険性は低いと誤解してしまうことになります。
たとえば「ストレスを解消できる」「夢が買える」などの有用性があれば「大事なお金を失う」「依存症になる」などの危険性は少ないと考えてしまうのです。このように、危険性と有用性という別々のものを関連づけて判断してしまうのも、「感情ヒューリスティック」の影響です。
■「0.001%」でもチャンスと錯覚
ここまでに紹介した感情ヒューリスティック以外にも「確実性効果」は、確率を見誤る原因となります。
これは「100%の確率で絶対に何かが起こる」あるいは「起きる可能性は0%であり絶対に起きない」といった確実性に特別な価値を感じる心理です。
(この書籍の別のパートにある)保険に入りたくなる理由の中ですでに紹介しましたが、100%補償されることにより確実性効果が働き、保険を魅力的に見せるというものでした。
ギャンブルや宝くじにおいても、この心理は働きます。
たとえば0%よりわずかでも大きければ、それが0.001%であっても、その数字以上に大きい確率に感じます。これによって宝くじが当たる小さい確率も、実態以上に大きな可能性があるかのように勘違いしてしまうのです。
これら「感情ヒューリスティック」や「確実性効果」などの心理的バイアスの影響によって人は、ギャンブルや宝くじで儲かるだろうという誤った判断をするわけです。
■自分の力で勝てるという勘違い
以上のような「確率を見誤る」誤解とは別に、「自分の力を過信してしまう」ことにより、ギャンブルや宝くじでお金を失うこともあります。たとえば「コントロール幻想」によって自信過剰になって失敗するケースです。
コントロール幻想とは、自分の力ではコントロールできないものに対しても、自分が影響を与えることができると思い込むことです。現実的には、自分の力が及ばない事柄に対して、自分に都合のいい結果を引き起こせると錯覚するのです。この結果、ギャンブルや宝くじにおいて、客観的な意思決定ができなくなり、勝てると思い込んでしまいます。
■ビギナーズラックの過信が人生を狂わせる
米国ハーバード大学のエレン・ランガーは、これを証明する実験をおこないました。

対象者をA、B、Cの3グループに分け、30回のコイントスで表か裏か、各自で結果を予測します。このとき、実験の対象者にはわからないように、コイントスの結果を操作しました。
Aグループに対しては、最初の15回の答えが当たったと思わせ、Bグループには最後の15回が当たりで、Cグループには当たりがバラバラだったと思い込ませたのです。
すると、最初にいい結果を出したと信じるAグループのみ、自分の能力を過大評価しました。正解率は同じだったBとCのグループでは、このような勘違いをする人は少数でした。Aグループの対象者は、初めに当たりが続いたことにより、ある程度まで自力で結果を当てられると思い込んだのです。
コイントスのように結果が偶然に左右されるものであっても、自分の思い通りにできると思ってしまうのは、コントロール幻想の影響です。
この心理的バイアスの典型例は、ギャンブルや宝くじにおけるビギナーズラックです。初心者なのに、熟練者でも難しい勝利を手にするケースです。このようなとき、初心者の心理にコントロール幻想が働き、偶然の結果だという冷静な判断ができなくなります。単に運がよかっただけなのに、成功が続くと勘違いしてしまうのです。
2回目以降に期待が外れると、喪失感が蓄積していきます。
これを払拭して、最初の不釣り合いな栄光を取り戻そうとします。その結果、余計にのめりこんでしまうのです。

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橋本 之克(はしもと・ゆきかつ)

マーケティング&ブランディングディレクター

昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年、日本総合研究所入社。1998年、アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年、独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである 非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる 非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令出版)、『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)などがある。

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(マーケティング&ブランディングディレクター 橋本 之克)
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