■「キャベツ1玉500円ショック」が起きた背景
「キャベツ1玉500円」。このショッキングな値札は、単なる未来予測ではない。2025年1月頃、天候不順による深刻な品不足が重なり、実際に多くのスーパーマーケットの店頭でキャベツが500円を超える価格で並んだことは、多くの人の記憶に新しいはずだ。
家計の味方であるはずの野菜が、高級品のような価格で鎮座していた。これら青果物の価格は市場の原理に基づき、「需要と供給」のバランスで決まる。2025年1月の高騰は、まさにこの供給が途絶えかけた結果だ。
その直接的な引き金は、複合的な天候不順にある。まず、11月頃に群馬産から愛知・千葉産へと切り替わる「産地の端境期」でリレーが途切れ、供給が不安定になった。さらに、夏の猛暑で根の張りが悪くなったところに、雨不足と低温が追い打ちをかけた。全国の産地で生育が遅れ、全体として小玉となった。結果として、市場への「出荷数」そのものが激減し、価格が高騰したのだ。
だが、私たちが「あり得ない」「一時的なものだ」と感じるこの価格は、日本だけの異常事態なのだろうか。
■世界のキャベツはもっと高い
日本貿易振興機構(JETRO)が2024年に調査した海外の市場価格を見ると、この日本の「危機」は、すでに世界の「現実」であることがわかる。価格はターゲット層や店舗の形態によって幅があるが、500円というラインがいかに現実的かが浮かび上がる。
ニューヨーク(米国):アッパーミドル層向け店舗では4.21ドル(約650円)だが、ローワーミドル層向けでも2.98ドル(約460円)で販売されている。
ソウル(韓国):アッパーミドル層向けで9000ウォン(約960円)という高値がつく一方、ローワーミドル層向けでも3490ウォン(約370円)と、日本の高値時に近い価格だ。
シドニー(豪州):8.80豪ドル(約890円)で並ぶ一方、アジア系スーパーでは2.80豪ドル(約280円)と価格差も大きい。
※為替レートは、2025年11月10日時点:1ドル=約154円、1ウォン=約0.107円、1豪ドル=約101円で計算
私たちが「高騰だ」と驚く500円という価格は、海外の主要都市ではアッパーミドル層向けの価格として、すでに「当たり前」に受け入れられていることがわかる。そして重要なのは、ローワーミドル層向けの価格でさえ、日本の「平時」の価格(150~200円)をはるかに上回っているという事実だ。
■価格が高騰しても「農家が儲からない」ワケ
それもそのはず、日本のキャベツの年平均卸売価格は、何十年もの間「1kg=100円前後」という驚くべき低価格で安定してきた。海外と比較しても、日本の「平時」の価格がいかに安かったかが分かる。この「安すぎた平時」と「高騰する有事」の激しいギャップが、「野菜が高いのは、農家が儲けているからだ」という誤解を生むのだ。
しかし、私が全国の生産現場を取材する中で見る現実は、全く逆だ。
では、なぜこの矛盾が起きるのか。その答えこそが、農家がコントロールできない「外部コスト」である。
■真犯人①:気候変動の常態化
まず、消費者が「値上がりの理由」として最もイメージしやすい「天候」について触れたい。「野菜が高いのは、長雨や日照不足のせい」。この認識は、もはや古い。私が取材で全国の生産者を回る中で痛感するのは、地球温暖化による異常気象が、もはや「異常」ではなく「常態」となりつつあることだ。
猛暑と少雨:生育不良を引き起こし、出荷量を激減させる。
暖冬:病害虫が越冬し、春以降の被害を甚大にする。
ゲリラ豪雨:畑の土壌を流し、作物を物理的に破壊する。
結果として、「作れる場所」「作れる時期」が日本国内で確実に狭まっている。
■「カット野菜最大手」が創業以来初めて値上げ
この供給不安を前提に、ついに日本の流通も変わり始めた。その象徴が、カット野菜の動きだ。最大手のサラダクラブは、2025年3月にカット野菜を創業以来、初めて値上げした。さらに、今後は需給に応じて価格を動かすダイナミックプライシング(変動料金制)の導入も検討しているという。
「いつでも同じ価格で野菜が手に入る」ことを前提に成り立っていたビジネスモデルが、気候変動による供給の不安定化によって、維持できなくなっている。これは「いつでも安く買える」時代の終わりを告げる象徴的な動きともいえる。
■真犯人②:「外部コスト」の上昇
「野菜が高騰して農家は儲かっている」。これが最大の誤解である理由は、キャベツのコスト構造を見れば一目瞭然だ。
現在は調査が打ち切られてしまい少し古いデータにはなるが、農林水産省の「品目別経営統計」によると、キャベツの生産コストは、その大半が農家の努力ではどうにもならない「外部コスト」で占められている。
【キャベツのコスト構造】
①包装荷造・運搬等料金 (28.2%)
これが最大のコストだ。内訳は、JAや市場に支払う「販売手数料」、段ボールなどの「荷造資材費」、市場や契約先に運ぶ「運送費」。
②機械・設備関連費 (24.9%)
トラクターの燃料費や、農機具・建物の維持費。
③主要資材費 (23.2%)
肥料費と、害虫が多いため高額になる農業薬剤費。
④種苗・苗木費 (6.8%)
キャベツの種や苗の代金。
⑤労働費(雇用労賃) (2.3%)
会計上の「雇い人件費」の割合は非常に低く見える。
⑥その他 (14.6%)
地代(賃借料)、土地改良費・水利費、税金・公的な負担金、事務用品費、通信費、会議費といった雑費など
この構造には「2つの弱点」が潜んでいる。
1つ目が、コストの8割以上が「外部コスト」という点だ。その価格は円安、原油価格、国際情勢、物流(2024年問題)によって決まる。農家の「内部努力」では、これらのコスト上昇を吸収することが構造的に不可能である。
2つ目が、「労働費」のコスト比率は低いが、時間はかかるという点だ。会計上の「雇用労賃」はわずか2.3%であるが、実際の労働時間は10aあたり約85時間もかかるという。そして、その労働時間の半分以上(52.6%)が「収穫・調整・出荷」という、機械化が難しく、人手に頼らざるを得ない作業に集中している。
■すべてのコストが上がっている
この脆弱な構造は、平成29年(2017年)頃から始まった資材高騰に耐えられなかった。
1.労働費
「収穫」という人手作業を機械化で減らせないまま、労働単価(時給)が直撃した。最低賃金は平成19年(687円)から令和6年(1055円)へと約1.5倍に高騰。コスト比2.3%という水準では到底収まらなくなった。
2.包装・運搬費
キャベツ生産における最大のコストだった項目が、物価高の直撃を受けた。
・物流費:「2024年問題」による物流費の上昇と、高止まりする燃料費が運送費を直撃。
・資材費の高騰:段ボールなどの「諸材料」の価格(令和6年物価指数で令和2年比116.9%)が包装費を直撃。
3.機械・設備・資材費
農家の努力と無関係に、すべてのモノの値段が上がった。キャベツ専用の最新統計はないが、最新の「米」の生産コスト(農林水産省データ)を見ると、その異常な高騰ぶりが分かる。以下は、米生産における平成29年から令和6年の間のコストの上昇幅である。
・光熱動力費(燃料など):約38.3%増加
・肥料費:約23.7%増加
・農業薬剤費:約10.1%増加
・機械価格:トラクターなどは円安や原材料高で令和2年比で10~20%上昇。
これらはすべて、キャベツのコスト構造で「外部コスト」として大きな割合を占めていた項目である。
■価格転嫁できなければ廃業せざるを得ない
農家は、コスト高に苦しんでいる。目の前の価格は、自ら削減しようのない「外部コスト」の爆発と、削減できなかった「内部コスト(人件費)」の同時高騰を、価格に転嫁しなければ「赤字(=廃業)」になるという、生産者(農家)の悲鳴なのだ。
そして、この「悲鳴」こそが、市場原理のもう一つの側面を動かす。当たり前のように農家が持続できない「赤字」の価格で推移することは不可能だ。農家が赤字で経営を辞めてしまえば、市場から野菜(供給)が消え、市場の原理そのものによって、価格は否応なく上がる。
だからこそ、市場の原理とはいいつつ、価格は高騰した「外部コスト」を反映した「再生産可能な価格」にならざるを得ないのだ。私たちが直面しているのは、この「高止まりしたコストライン」なのである。
■私たちの食卓はどうなるのか
「野菜が高い」というニュースの裏で、私たちが直面している深刻な事実がある。キャベツ1玉500円という価格は、農家が不当に得た「利益」ではなく、先述した「爆発したすべての外部コスト(物流・資材・人件費など)」を、赤字にならないために転嫁した「再生産可能な価格」だということである。
私たち消費者は、認識を改める必要がある。「500円が高い」のではなく、「私たちが慣れ親しんでいた150円~200円という価格が、異常なほど安すぎた」のかもしれない、と。
もし私たちが、この「高騰したコスト」を反映した新しい価格を「高すぎる」と拒否し続ければ、どうなるか。農家は赤字で経営を辞めていく。これこそが、日本の「食料安全保障の崩壊」の一歩といえる。
生産者がいなくなるという最悪の未来。すなわち、市場から供給(キャベツ)そのものが消滅し、価格が500円どころではない高騰(あるいは品切れ)を招く未来を防ぐために、私たちにできることは何か。
それは、まずこの「なぜ高いのか」という構造を理解することだ。そして、生産者が農業を継続できるよう、「再生産価格」で買い支えていくことである。それを社会全体でやらなければ、500円のキャベツは「異常」ではなく「日常」になる。その日は、もうすぐそばまで来ているのかもしれない。
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鈴木 雄人(すずき・ゆうと)
農業ライター
1997年、茨城県石岡市生まれ。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の農家と繋がり、現地で得た情報を発信することで、農業界を盛り上げていきたい。という気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。2022年より、車中泊で全国の農家を周りながら現地で得た情報をメディアやSNS、ブログ「はれのちアグリ~農業情報~」で発信する。
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(農業ライター 鈴木 雄人)

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