※本稿は、若月澪子『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■事務職の派遣にシニアが急増
シニアと一緒に働く現場の人は、どのような気持ちでシニアを採用し、シニア労働者にどんな本音を抱いているのだろうか。労働現場で重宝されるシニアとはどんな人なのか。シニア採用を積極的に行っているという企業の社員が、匿名でインタビューに応じてくれた。
Kさん(20代・女性)は大手派遣会社の社員として、事務職の人材派遣を担当している。Kさんの派遣会社はテレビCMなどでも知られており、業界では「派遣大手6社の一つ」と呼ばれているという。
2000年代に急速に拡大した派遣業。2012年に派遣法の改正で厳しい制限が設けられたものの、人手不足に加え、プロジェクト毎(ごと)に部分的に人材を使いたいという企業も多く、未だにそのニーズは高い。
かつて事務職の派遣社員と言えば、20~30代の女性が中心だったが、近年は平均年齢が上がっている。Kさんの会社に所属する派遣社員の平均は45歳で、この平均年齢を引き上げているのが60歳以上のシニア派遣社員だ。
「私がこの会社に就職した6年前は、私の担当する中に60歳以上の派遣社員は一人もいなかったのです。しかし、ここ数年で急激に増えました」
■柔軟な働き方を望むシニアが派遣業務に流入
Kさんの会社では、事務から専門職までさまざまな人材を集めており、登録者はおよそ130万人(派遣社員は複数の派遣会社に登録することが一般的で、その平均登録数は3社である)。
男女比は3対7で女性が多い。Kさんは顧客企業からの人材紹介の依頼を受付し、人材の採用・選定・派遣、さらに派遣後の派遣社員のフォローを行っている。
「事務職でシニアの派遣社員が増えたのは、派遣の働き方がシニアのニーズと合致してきた点も大きいと思います。コロナ前の派遣はフルタイム出勤が基本でしたが、コロナ後は週3~4日出勤やリモートワークでもOKな企業が増えました。シニア世代は親御さんの介護、お孫さんのお世話、自身の持病など事情を抱える方も多く、柔軟な働き方を希望するシニアが派遣に残留・流入していると考えられます」
Kさんが担当するシニアは上場企業や官公庁に派遣され、事務や経理などを担当しているという。近年ハローワークの有効求人倍率などを見ると、事務職の求人は減っているようだが、派遣会社ではどうなのか。
「当社に依頼される事務職の求人数は減っていないですね。恐らく正社員の事務職を減らして、派遣社員に切り替える企業が増えているのではないでしょうか」
■派遣シニアの事務職に求められるスキルとは
つまり「事務職」はどんどん非正規化している職種といえる。事務職は人気があるので、非正規であっても希望する女性やシニアはしばらく枯渇しないと雇用側からは見られているのだろう。
Kさんの派遣会社ではスタッフ登録に年齢制限はないという。しかし年齢を理由に、派遣先からシニア人材を拒否されることはないのだろうか。
「今は法律が厳しいので、派遣先の企業が年齢や性別で人を差別できません。企業が『20~30代の人を』などと指定することもNGです。でも正直申し上げると、ハイレベルなスキルを求めない職場ほど、若い人材を求める雰囲気があります。そうした企業にシニアをゴリ押ししても、居心地が悪くてシニア側から辞退となりやすい」
そうなると、やはり年齢を重ねたシニアはスキルを売りにしなければならないだろう。派遣シニアの事務職とは、どれくらいのスキルを求められるのか。
「上場企業へ紹介する人材は、ちょっと事務ができるレベルでは足りません。年次の会計業務ができる、長年経理をやってきた、ビジネス英語の読み書きができるなど、いわゆる『スキルフルな方』です。一方、官公庁に紹介する人材は窓口業務などが多いので、コミュニケーションスキルが高い人が重宝される傾向があります」
■言語化しにくい部分でのマッチング
そしてシニア派遣においては、スキルと同じくらい配慮が必要なことがあるという。
「私の経験上、企業と派遣シニア、お互いの“カルチャー”がマッチしないと長く就業できないと感じています。『この派遣さんには、あの企業が合いそう』というような、言語化しにくい部分で判断するほうがハマりやすいのです」
確かにシニアは適切な場所にセッティングしないと、職場で浮いてしまいそうだ。具体的にはどんなカルチャーをマッチングさせるのか。
「たとえば早口で簡潔に要点を話せるなど、無駄のない合理的な人には、外資系企業やベンチャー企業が合います。
そして意外だが、シニア人材は必ずしも日本企業向きではないという。
「外資系企業はスキルを重視し、年齢を気にしません。英語のスキルがある人、経理の経験がある人と、要求がハッキリしている。実際に外資系に派遣したある60代男性は、もともと外資系企業でバリバリやっていた人でした」
■派遣会社にシニア社員が増えるメリット
思わぬ経歴がマッチしてシニアが派遣されることもある。
「理系大学で研究職をされていた70代男性が、とある企業に派遣されたことがあります。特定の研究ジャンルに詳しい事務職を派遣して欲しいというオーダーがあり、たまたまその男性がマッチしたのです。その方は研究職を希望していましたが、その指名に喜んで事務職の派遣に応じてくれました」
こうしたニッチな人材がマッチングされるのは、かなり稀なケースである。自分の経験や知識を最大限アピールできる言語化能力や分析能力がなければ、幸運には恵まれにくいだろう。
派遣会社としても、シニア社員が増えるとメリットがある。通常の派遣社員は平均就業年数が1年程度。しかしシニアの派遣社員は求職活動が大変なため、契約期間満了まで勤める人が多く、派遣会社としてはそれが大きなポイントになるという。
「若い方は、派遣先が気に入らないとすぐに辞めてしまう傾向がありますが、シニアの方はたいてい辞めません。すると次の派遣先に紹介する際にも、『この方は長く勤めてくれます』とゴリ押しできるんです。定着してくださるシニアは貴重な人材です」
■なかなか仕事が決まらないシニアの特徴
事務職派遣の時給はどれくらいなのだろう。
「一般事務で、(エクセルの)SUM関数ができるレベルの場合、時給は1670円(東京都内の場合)くらい。もちろんスキルに応じて上がります。ただし官公庁への派遣は、入札があるために時給は一般企業に比べると200円ほど低くなります」
Kさんが今欲しいと思っているシニア人材を聞いてみた。
「私は日本企業を中心に担当しているので、人柄重視、英語や経理などの一定のスキルがある方。それから『こんな私でも働けるところがあるなら、お願いしたいです』という謙虚なシニアは頼みやすくて助かります」
シニア派遣社員への要求はかなり高いようだ。では、仕事がなかなか決まらないシニアにはどんな特徴があるのか。
「『リモートワークがいい』『時給1700円以上がいい』など人気の条件を希望される方です。希望者の多い仕事は、ハイレベルなスキルがないとなかなか決まらないんです。そうした時に『年齢でダメなんでしょ!』とゴネられてしまうと、ますます難しくなります」
■シニアの就活は実力主義の世界
確かにシニアが不採用になる場合、その理由が年齢のせいなのか、スキルが足りないのか、人柄が問題なのかはわかりにくい。
「やはり年齢をカバーするくらいのスキルや人間性があれば、シニアでも仕事はあると思いますよ」
そもそも派遣社員というのは、選ばれなければ仕事にありつけないシビアな世界である。Kさんの話を聞いて、改めてシニアの就職活動は実力主義の世界なのだと感じた。
上品な口調のKさんがたびたび「ゴリ押し」という言葉を使っていたことに、現場の事情が垣間見(かいまみ)える気がした。
シニア採用について年齢で差別することに異を唱える声もあるが、もし労働社会から年齢差別が完全になくなれば、むしろわれわれは早い段階から死ぬまで、熾烈(しれつ)な競争社会に放り出されることになるだろう。経験とスキル、さらに人柄や健康まで、労働者は自分を磨き続けなければならないのだ。
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若月 澪子(わかつき・れいこ)
ジャーナリスト
1975年生まれ。ジャーナリスト。大学卒業後、NHK高知放送局・NHK首都圏放送センターで有期雇用のキャスター、ディレクターとしてローカル放送の番組制作に携わる。結婚退職後に自殺予防団体の電話相談ボランティアを経験。育児のかたわらウェブライターとして借金苦や終活に関する取材・執筆を行う。生涯非正規労働者。ギグワーカーとしていろんな仕事を体験中。
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(ジャーナリスト 若月 澪子)

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