※本稿は、アダム・グラント(著)、楠木建(監訳)『HIDDEN POTENTIAL 可能性の科学――あなたの限界は、まだ先にある』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■過小評価されていたNBA史上最高のシューターの資質
ステフィン・カリーは、NBA史上最高のシューターとして名高い。マイケル・ジョーダンがスラムダンクでそうだったように、カリーはスリーポイントシュートによって、試合をあたかも射撃コンテストのごとく変貌させ、バスケットボール界に革命をもたらした。
スリーポイントシュートの通算成功数における過去の記録保持者二人は、それぞれの記録を樹立するまでに少なくとも1300試合を要したが、カリーはわずか789試合で彼らの記録を塗り替えてしまった。
父親もNBA選手だったにもかかわらず、カリーはバスケットボールの名門大学から奨学金をもらうことができなかった。高校卒業時、彼はひどく過小評価されていたのである。
リクルーターからの評価も星5つのうち、わずか3つである。高校最終学年を迎える前の夏、デイビッドソン大学のコーチがカリーのプレイを見にきた。
「ボールを観客席に放り込んだり、パスされたボールを受けそこなったりと、それはひどいものだった。ドリブルを自分の足に当ててしまうし、シュートも外した」と、そのコーチは当時を振り返る。
「だが、彼はゲーム中に一度たりとも審判を非難したり、チームメイトをなじったりしなかった。常にベンチからチームを鼓舞し、決して臆するそぶりも見せなかった。
■「非凡な才」を引き出す工夫
そうしたカリーの性格スキルは、既に早いうちから顕現していた。幼少期に父親のチームについていった際、カリーは「まるで小さなスポンジのようだった。どこへ行っても知識を吸収していた」と、当時の選手の一人は言う。
高校時代には、自分が苦しい状況にあっても力を尽くしてチームを支え、自らを律して冷静に振る舞った。だが研究によれば、自制心の強い人ほど、そのスキルを実際に活用する機会は少ないという。
自制心の強い人は、努力を要する状況に直面した際、強い意志力によって乗り越えようとするのではなく、状況そのものを変えることで乗り越えやすくする傾向が強いと、私の同僚であるアンジェラ・ダックワースは指摘する。
それを示す好例として、マシュマロテストに関する研究を挙げる。マシュマロテストは、心理学史上最も有名で、おそらく最も誤解されがちな実験の一つだ。
既にご存じの読者も多いと思うが、どういうものかざっと説明する。心理学者は4歳児に、皿の上にマシュマロを一個置き、数分間食べずに待つことができたら、後から二個のマシュマロをあげると伝える。
後に得られる、より大きな報酬のために、目の前のマシュマロを口に運ぶのを我慢できた子どもは、十代になってからの大学進学適性試験(SAT)で、より高い得点を獲得した。この結果については、近年になり再現実験も行なわれている。
私はマシュマロテストのビデオを初めて観た時、とてつもない意志力を持ったスーパーキッズたちが登場するのを期待した。しかし、ビデオに映っていたのは、必死に我慢するのではなく、我慢しなくてもいいように、ちょっとした工夫を凝らす子どもたちの姿だった。
目やマシュマロを手で覆う子もいれば、手をお尻の下に敷く子も数人いた。マシュマロを手でこねてボールのように弾ませたり、おもちゃにして遊んだりする子もいた。
要するに、子どもたちは自分なりのデリバレイト・プレイを即席でつくり出したのだ(※1)。これこそ、まさにブランドン・ペインがステフィン・カリーのために行なったことだ。
■人が「急速に進歩する」時の条件
ブランドンがカリーの専属トレーナーになって、既に十年以上が経つ。当初、彼が掲げたモットーは「我々のワークアウトに退屈なことはない」。
ブランドンは、練習の中で最もハードな訓練を容易にするための足場を構築し、カリーが強い克己心(こっきしん)に頼らずとも、大きな進歩を遂げられるようにした。
テクニカルスキルを磨きながらも楽しく練習できるよう、ブランドンはデリバレイト・プレイのメニューを作成した。例えば、「トゥエンティワン」と呼ばれる練習。
この練習では、スリーポイントシュート、ジャンプシュート、レイアップシュート(一点として加算)を組み合わせて1分間のうちに21得点上げることを目標とする。
「一つひとつの練習がゲームです」とブランドンは説明する。「常に時間との戦いであり、常に得点を追い続けなければなりません。時間も得点も制することができなければ、それは負けです」
他者と競う場合、技術向上を図らずとも勝利できるという欠点がある。勝因は、相手の調子がたまたま悪かったのかもしれないし、自分の運がよかっただけかもしれない。
※1 初期のマシュマロ実験において、喜びを後回しにする行動は自制心の表われであると、研究者は推測していた。すなわち、自制心とは、目先の報酬よりも長期的な目標を優先する能力であると考えられていたのである。しかし、近年の再現実験は、追加のマシュマロを待つか否かの判断は、社会的支援の有無に左右されることを示唆している。慈愛に満ちた環境で育った子どもは、研究者が褒美の約束を守ると信用する傾向が強い。目の前の甘い誘惑にあっさり屈してしまったのは、社会的・経済的に不利な立場にある家庭の子どもたちだった。恵まれず先の見通しが立たない環境で育った人は、将来により大きな報酬が得られると期待することが困難なのである。
■成長することこそが、勝つための唯一の手段
一方、ブランドンのデリバレイト・プレイでは、競う相手は自分自身だ。過去の自分と競い、未来の自分のために難易度を上げていく。完璧を目指すのではない。より向上するために、シュートする。成長することこそが、勝つための唯一の手段なのだ。
理想の練習法は、一つの技を進歩が見られるまで集中して徹底的に磨くことであると、私は思っていた。だがブランドンは、同じ課題を延々と繰り返すのではなく、多様な要素を組み合わせる。カリーは20分毎にシュートと瞬発力を鍛える演習から他の演習へと移行する。
変化を取り入れることは、モチベーションのみならず、学習の質も高める。数百もの実験が明らかにしているように、異なるスキルが交互に刺激される時、人は急速に進歩するのだ。
これは心理学で「インターリーブ(同時進行)法」と呼ばれ、絵画から数学に至るまで、あらゆる分野に応用可能である。とりわけ、類似するスキルや複雑なスキルを交互に磨く時、効果が高い。
わずかな変化(例えば、細い絵筆と太い絵筆を交互に持ち替える、あるいはバスケットボールの重さを少し変えてみるなど)でさえ、大きな違いをもたらす。
■ルーティンはあっても、学ぶ過程を楽しめるか
デリバレイト・プレイは、練習が退屈になりがちな夏のオフシーズンを乗り切る際に、とりわけ有効である。シーズン中は一週間のうちに複数の試合があるため、モチベーションを保つことはさほど難しくない。だがオフシーズンになると、途端に選手は練習への興味を失う。
それはトッププレイヤーとて例外ではない。期待の新人ルカ・ドンチッチも、体が鈍った状態でシーズン開幕前の練習に現われたことがあった。そこでブランドンの指導の下でトレーニングに励み、体重を落とし、同時にスピードを向上させたのだ。
「夏が長く感じられることもあります。ストリートバスケでもしていれば別ですが、気をつけていないと、ワークアウトが単調になりがちです」とステフィン・カリーはリポーターに語った。
カリーによると、デリバレイト・プレイは、「プレッシャーを感じながらゲームのような状況をつくり出す。のめり込んで、集中力を保たなければなりません」。
10年にわたってトレーニングを積んだ後、カリーは自分の中に秘めていた可能性を解き放った。
この成功の大きな力となったのは、ブランドンが考案したデリバレイト・プレイだとカリーは言う。このおかげで調和のとれた情熱を持って練習できた。だが、デリバレイト・プレイの練習から多くを学ぶことができたのは、カリー自身の意志力のおかげでもある。
「彼は学ぶ過程を楽しんでいる。これはすべての優秀なアスリートに共通することでもあります」と長年、カリーのコーチを務めるスティーブ・カーは言う。
「ルーティンはありますが、毎日楽しんでやっています。そこには情熱もある。そして情熱がルーティンを継続させる原動力になっている。彼らのように楽しんで取り組めば、スキルを磨き、学び続けることができます」
デリバレイト・プレイは一夜にしてプロのスポーツ選手を生み出しはしないが、モチベーションを高め、進歩を促す。私は先日、ステフィン・カリーのトレーニング法を毎日2時間実行したユーチューバーの動画を観た。
当初、スリーポイントシュートの成功率はわずか8パーセントだったが、50日間デリバレイト・プレイを続けた後、大きな進歩を遂げ、成功率はなんと40パーセントまで向上した。
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アダム・グラント
ペンシルベニア大学ウォートン校教授、組織心理学者
1981年生まれ。同大学史上最年少の終身教授となる。「世界で最も影響力のある経営思想家10人」の一人と目され、『フォーチュン』誌の「世界で最も優秀な40歳以下の教授40人」に選ばれるなど受賞歴多数。Google、ピクサー、ゴールドマンサックス、国際連合など一流企業や組織でコンサルティングおよび講演活動も精力的に行なう。動機づけや意義に関する先駆的な研究は、世界中の人々が自らの可能性を解き放つための助けとなる。2021年ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した「停滞感」に関する記事は大反響を呼び、年間で最も読まれた記事となる。
『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』 『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』 『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』(以上、三笠書房)など、著作はいずれも世界で数百万部を売り上げるベストセラーとなり、TEDトークは3000万回以上、再生されている。元ジュニアオリンピックの飛び込み選手。
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楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学ビジネススクール特任教授
1964年生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』『逆・タイムマシン経営論』など。
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(ペンシルベニア大学ウォートン校教授、組織心理学者 アダム・グラント、一橋大学ビジネススクール特任教授 楠木 建)

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