今年度クマに襲われて死亡した人は13人にのぼり、過去最多の被害となっている(11月17日時点、環境省まとめ)。クマ問題を取材するライターの中野タツヤさんは「クマは『餌付け』によって人間を恐れなくなり、襲ってくる危険性が高まる。
特に『迷惑観光客』による餌付け行為が世界的に問題視されている」という――。
■観光客の危険行為で「クマが人間を恐れなくなる」
「ルールを無視し、無謀な弾丸登山を試みて、レスキュー隊に救助される」

「写真を撮るために勝手に私有地に侵入する」

「京都の街にゴミを捨てている」
などなど、日本各地で「迷惑観光客」による被害が相次いでいる。
ゴミの増加や落書きも困ったものだが、中でも非常に危険な行為と言えるのが、北海道をはじめとする、クマ生息地で繰り返されている迷惑行為だ。
ヒグマをはじめとする野生動物への餌付け、および、無謀な接近行為は、迷惑観光客本人だけでなく、地域住民全体の命を危険にさらす行為と言える。
ヒグマに餌付けをすると、過度に人に慣れて、人間を恐れなくなり、襲ってくる危険性が高まってしまうのだ。そのため、国立公園内での餌付け行為には罰金が課されるなど、各地で餌付けを禁止するルールが策定されているが、あえて無視する迷惑観光客も後を絶たない。
2025年8月14日、北海道・知床半島の羅臼岳で登山客の男性がヒグマに襲われ死亡する事件があった。この事件の背景事情として、知床を訪れる観光客の中に、ヒグマに餌付けをしていた者がいる可能性を、以前の記事で指摘している(参照〈観光客がヒグマに「スナック菓子」を与えている…知床・羅臼岳に「殺人グマ」が出現した恐ろしい背景事情〉)。
知床の事件では、餌付けした観光客は被害にあわず、不幸にも別の登山客が犠牲になってしまった。一方で、海外ではルールを無視した観光客自身が被害にあうという、まさに自業自得としか言えないような事件も起こっている。
■イタリア人旅行客の「ヤバすぎる行動」
事件が起きたのは東欧の国ルーマニアだ。
バルカン半島の東部に位置するルーマニアは、推計で約1万頭のヒグマ(ブラウンベア)が生息する、ヨーロッパ随一の「ヒグマ大国」として知られている。

国土の中央を通るカルパチア山脈にそって、ヨーロッパ最大級の森林地帯を有している。森林はヒグマにとって格好の隠れ蓑になると同時に、ヒグマの主なエサである木の実や果実を供給してくれる。ルーマニアはヒグマにとって非常に暮らしやすい土地と言っていいだろう。
そのルーマニアの国民が一斉に外国人観光客に怒りを向ける事件が起きた。以下、現地報道などをもとに事件の詳細を追ってみよう。
事件が起きたのは2025年7月。ルーマニアを訪れていたイタリア人観光客のオマール・ファラン・ジン氏は、ルーマニアの山中をバイクにまたがってツーリングしていた。
「世界で最も美しい道路」とも称され、ヨーロッパのバイク愛好家の間で人気のある「トランスファガラシャン国道」を走っていた時のことだった。道路脇にヒグマの姿を見つけた彼は、道路脇にバイクを停め、スマートフォンで写真を撮影し、SNSにアップしていった。
彼のアカウントにはたちまち、大量のヒグマ画像があふれた。
再び走りだしたオマール氏は、別の場所でもヒグマに遭遇し、今度は動画を撮影した。彼のアカウントに投稿された動画には、道路脇に顔をのぞかせたヒグマの横を、オマール氏がバイクで通り過ぎていく様子が映っている。

さらにオマール氏がアップした別の写真では、サングラスとヘルメットを着用した同氏が、満面の笑みを浮かべながら、数メートル先のヒグマを指差す姿が写っている。
投稿したヒグマの写真や動画にたくさんの「いいね」が寄せられ、オマール氏がご満悦だったことは想像に難くない。
■突進してきたヒグマに噛みつかれ…
翌日の7月3日。オマール氏は昨日と同じ地域を訪れ、ダムの近くの道路脇に子グマ2頭の姿を見つけ、バイクを停めた。
と、オマール氏はここで何を思ったか、ヒグマに餌付けを始めた。ヒグマに餌を与え、もっと接近して動画や写真を撮影すれば、より大きな反響が期待できる。そう思ったのかもしれない。
「彼はバイクから降りてクマに食べ物を差し出した」という証言もあった模様だ。
皮肉なことに、バイクを停めた場所の横には、ヒグマに餌付けしないよう警告する看板が設置されていたという
オマール氏が餌を与えた子グマは、おとなしく食べていたようだ。
だがこの時、母グマもまた近くに身を潜めていたのだった。
母グマが突如現れオマール氏を襲うまで、ものの30秒もかからなかった。
急に草むらから突進してきたヒグマが彼に噛みつき、引きずり倒すと、そのまま渓谷の下へ引きずりこんだ。
数十メートル下の渓谷に山岳救助隊が到着した時、オマール氏はすでに亡くなっていたという。
遺体とともに発見されたオマール氏のスマートフォンからは、死の直前に撮影された動画が見つかった。動画には、ヒグマがオマール氏に向かってくる様子が撮影されていた。
■「死の直前」の動画がTikTokに流出
動画の中でオマール氏は「ここにクマがいる! なんて美しいんだ! こっちに来てるよ」と言い、興奮した様子だったとされる。
この動画がTikTok上に流出し、かなりの再生回数を稼いだとされるが、その反響をオマール氏が見ることはなかった(動画は現在は削除されている)。
自然保護に関わるレンジャーの団体「ヨーロッパレンジャー連盟」のサイトによると、事件が発生した「トランスファガラシャン国道」周辺には、野生のヒグマが大量に集まっているという。
山の中を通っており、監視の目が届きにくく、しかもヨーロッパ各地から多くの外国人観光客が訪れる。そのため、この道路沿いでは迷惑観光客によるヒグマへの餌付けが日常的に行われていた模様だ。
つまり、オマール氏が発見したヒグマは、他の迷惑観光客の餌付けによって、人間に近づくことを恐れなくなっていた可能性が高いと推測される。そういう意味ではオマール氏も、他の迷惑観光客のルール違反の被害者とも言えるが、オマール氏自身が率先して餌付けを行っていた可能性が高いため、まさに自業自得としか言えない面があるだろう。
■「クマへの餌やり行為は死刑宣告に等しい」
オマール氏の事件を受けて、ルーマニア国内では迷惑外国人観光客への不満が爆発。
地元メディアは、「クマへの餌やり行為は死刑宣告に等しい」という救助隊の責任者による発言を繰り返し報道した
SNSではオマール氏の無謀な自撮りや餌付けに対する批判が急増。中には「すべてはセルフィーを撮った馬鹿者のせいだ」「このクソイタリア人が」「彼はテディベアを相手にしているつもりだったんだろう」といった厳しいコメントも寄せられた。
地元の環境団体は、オマール氏よりヒグマ保護を優先し、彼を殺害したヒグマを射殺した行為が犯罪にあたるとして刑事告発に踏み切った。
ルーマニア環境省は「事件は人間の行動が原因で起きた」という見解を発表。さらについ最近の11月6日には法改正を実施し、クマへの餌やり行為に罰金を課すとともに、住宅地に出没したクマを即時射殺できるようにした。
SNS投稿を目的としてヒグマに接近する迷惑観光客が大問題になっているのは、日本も同じだ。
2023年5月、北海道を拠点にYouTuberとして活動する男性が、動画撮影中に森の中でピザを食べていると、ヒグマの親子に遭遇。男性はピザをその場に残して避難し、遠くから撮影を継続。動画にはヒグマの親子が男性の残したピザを食べる光景が映されていた。
男性はその動画をYouTubeにアップする。
■日本でも「迷惑YouTuber」が大炎上
後日、撮影場所の近くで、1頭のヒグマが駆除されたが、それがまさに男性YouTuberが遭遇した母グマだったことが判明。
男性YouTuberが残したピザを食べた母グマは、人間を恐れず近づくようになり、地元のハンターに駆除されてしまったのだ。
「ヒグマが駆除されたのは、このYouTuberがピザを与えたことが原因」

「結果的に地域の人々を危険にさらした」
など、男性YouTuberには批判が殺到。大炎上事件に発展した。
YouTuberは謝罪動画をアップし、意図した行動ではなかったと釈明。動画を削除した。
SNSで大きな反響を得るという目的が、観光客による迷惑行為をエスカレートさせているという側面もある。
ただ、冒頭でも述べたように、バズ目的でヒグマに接近し、餌付けを行うのは非常に危険な行為と言える。接近した本人が被害にあうだけでなく、間接的に別の(無実の)観光客や地元住民を危険にさらしかねない。そうした悲しい事件を防ぐためには、各自がヒグマへの理解を深め、理性的な行動を心掛ける必要がる。
一方、性善説に基づく対策だけで全ての事故を防ぐのは難しい。
現状、法規制としては餌付け行為への罰金しかないが、いざという時の被害の大きさを考えれば、もう少し強い規制も場合によっては検討すべきかもしれない。
いざという時に自分が被害にあわないためにも、良識と常識ある行動を心掛けたい。


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中野 タツヤ(なかの・たつや)

ライター、作家

出版社で書籍・Web編集者として活躍したのち独立。ヒグマ関連記事を多数手掛けた経験をもとに、日本および世界のクマ事件や、社会・行政側の対応について取材している。tatsu_naka1226@ymail.ne.jp

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(ライター、作家 中野 タツヤ)
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