日中関係がおかしくなっている。高市早苗首相が就任直後の一連の外交デビューで「成功」を収め、高支持率を得てロケットスタートを切ったのだが、臨時国会の論戦での「台湾有事」をめぐる答弁に中国が反発し、撤回を求めるなど態度を硬化させている。
高市首相の発言は、11月7日の衆院予算委員会で、中国が台湾を海上封鎖した場合を問われ、「米軍の来援を防ぐために武力行使が行われる事態も想定される」「戦艦を使って、武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」とし、限定的な集団的自衛権の行使が可能になるとの考えを明らかにしたものだ。
歴代首相は個別のケースでの見解を示すことを回避しており、高市首相が国会という公の場で、台湾有事が存立危機事態に相当する可能性に初めて踏み込んだことになる。
これに対する中国の反応も異様だ。中国の薛剣(セツケン)大阪総領事が翌8日、「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などとX(旧ツイッター)に投稿したのだ。
木原稔官房長官が10日の記者会見で明らかにし、「趣旨は明確ではないものの、中国の在外公館の長の言論として極めて不適切と言わざるを得ない」と述べ、外務省と在北京日本大使館が中国側に強く抗議し、投稿の削除を求めた(直後に削除された)という。
圧倒的な軍事力を背景に日本に圧力を掛けてくる中国の外交姿勢は当面、変わらない。
■「台湾海峡の平和と安定維持が重要だ」
10月21日に就任した高市首相は、25日からの外交ウィークを駆け抜けた。東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議、米国のトランプ大統領の来日、韓国・慶州でのアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議を精力的にこなした。
10月28日の日米、30日の日韓の首脳会談は、高市首相にとって「蜜月」を演出できたが、日中関係は、31日の慶州での首脳会談からわずか半月で劇的に暗転した。
習近平国家主席との日中首脳会談は、短時間だったが、戦略的互恵関係を包括的に推進し、建設的かつ安定的な関係を構築するという日中関係の方向性を改めて確認した。防衛当局間の実効性のある危機管理と意思疎通の確保の重要性についても一致したとされる。
高市首相は、習氏に対し、尖閣諸島周辺での威圧的な行動、中国政府によるレアアースに関する輸出規制、邦人襲撃や邦人拘束、香港や新疆ウイグル自治区での人権侵害などについて、懸念を伝えたという。初対面としては十分すぎる成果を得たと言えるだろう。
首相は、会談後の記者会見で「台湾海峡の平和と安定維持が地域の安全にとって重要だということを明確に伝えた」と語っていた。
だが、その一方で首相は、APECの台湾代表である林信義元行政院副院長(副首相)と会談し、笑顔のツーショットを自らのX(旧ツイッター)にアップしたのである。
台湾を「核心的利益」と位置付ける習政権にとって愉快なことではないだろう。中国外務省報道官は「台湾独立勢力に重大な誤ったシグナルを送るものであり、その性質と影響は悪らつだ」として、日本側に強烈な抗議を行ったとしている。
■「手の内を見せられ、攻撃を容易にする」
こうして11月7日の衆院予算委を迎えたのだが、台湾有事をめぐる国内政局を仕掛けたのは、立憲民主党の岡田克也元外相(元副総理)だった。高市首相が2024年の自民党総裁選で、台湾有事を存立危機事態の例に挙げていたことを取り上げ、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を中国に封鎖された場合など、どのようなケースが当てはまるのか、などと執拗に首相に答弁を求めた。
そこで首相から飛び出したのが「戦艦を使って、武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」という、官僚が準備した答弁書にはない、独自の見解だった。戦艦と呼ばれる軍艦は19年前に米海軍を最後に退役し、世界に存在しない。艦隊の主役を航空母艦に譲ったからだ。
岡田氏は「軽々に武力行使と言うべきではない」と苦言を呈したが、そもそも自身がこうした答弁を誘導したのではなかったのか。
首相は「最悪の事態も想定しておかなければならないほど、台湾有事は深刻な状況に今至っている」との認識も明らかにした。
実際、習政権は武力による台湾統一の可能性を否定せず、中国軍機が台湾海峡の中間線を越えて進入するなど、その都度、軍事演習のレベルと頻度を上げている。
首相は、存立危機事態の判断基準として「例えば、台湾を中国が支配下に置くためにどういう手段を使うかだ」とし、民間船舶を動員した海上封鎖であれば、存立危機事態には当たらない、との解釈を示したが、「戦争という状況の中で海上封鎖があり、ドローンも飛ぶような状況が起きた場合は別の見方ができる」とも述べた。
こうした予算委でのやり取りについて、小泉進次郎防衛相は、7日夕の記者会見で「このケースだからこの事態ということを明らかにすれば、相手は手の内を見せられ、より日本に対する攻撃を容易にする」「具体的なケースに詳細に対応を決めておくのは私の認識と基本的に違う」と述べ、一線を画した。
だが、首相は政府内で普通に想定されるシミュレーションを語っただけで、手の内をさらしたわけではないだろう。
■「台湾有事は日本有事、日米同盟の有事」
存立危機事態は、2015年に成立した安全保障関連法で新設された概念だ。日本が直接攻撃された場合の武力攻撃事態と異なり、日本が攻撃を受けていなくても、密接な関係にある他国への攻撃が日本の存立を脅かし、日本国民の生命に明白な危険があると判断した場合、閣議決定と国会承認を経て認定して、自衛隊に防衛出動を命じることができる。
台湾と日本最西端の与那国島は110キロしか離れていない。米国は戦略的に台湾有事への対応を曖昧にしているが、仮に中国が台湾海域を封鎖し、米国がそれを解く行動に出た場合は、中国軍機が飛来し、米軍空母などの艦船や在日米軍基地が攻撃される確率も高い。「密接な関係にある他国」である米国が攻撃されるケースに当てはまるだろう。
台湾が世界のハイテク機器に使われる最先端半導体の9割を供給している現状では、仮に海上封鎖されれば、グローバル・サプライチェーンへの影響は計り知れない。台湾有事が世界の関心を集めている所以でもある。
台湾有事と存立危機事態の関わりについて、政府はこれまで公的には触れないようにしてきた。10年前の安全保障関連法をめぐる議論でも、安倍晋三政権は、朝鮮半島有事と原油の輸送ルートに当たる中東ホルムズ海峡の危機を例に挙げたが、台湾有事には言及しなかった。
安倍元首相が「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と発言したのは、退陣後の2021年12月だった。岸田文雄首相(当時)も24年2月に国会で台湾有事に関連し、どういう状況が存立危機事態に該当するかを問われ、「個別具体的な状況に即し、情報を総合して判断することとなるため、一概に述べることは困難だ」と答弁している。
■「政府の従来の見解に沿ったものだ」
日中が非難の応酬を繰り広げる中、11月10日の衆院予算委では、立憲民主党の大串博志氏が高市首相に対して「軌道修正をされた方がいいのではないか」と述べ、発言の撤回や取り消しを求めた。立民党は、首相答弁を引き出しながら、撤回を要求する、その愚かさに気づかないのか。安全保障を政局に利用することなど、あってはならないことだ。
これに対し、首相は「政府の従来の見解に沿ったもので、特に撤回、取り消しをするつもりはない」と突っぱねた。そのうえで「反省点としては、特定のケースを想定したことについて、この場で明言することは、今後は慎もうと思っている」と弁明し、これ以上のエスカレーションを望まない姿勢を示した。
だが、中国の対応はさらに緊張を高める。中国の呉江浩駐日大使は10日、自身のXで「『台湾有事は日本有事』を煽り、日本を中国分断の戦車に縛り付けるなら、引き返せない誤った道を歩むだけだ」と牽制した。中国外務省報道官は10日、「中国の内政への乱暴な干渉だ」と高市首相を非難し、薛氏のXでの発信は「誤った危険な言論」に反応したものに過ぎない、と擁護した。
日本側も反論する。茂木敏充外相は12日、「日中関係の大きな方向性に影響が出ないように、適切な対応を中国側がとるように強く求めていく」と滞在先のカナダで述べた。
■「触れてはならないレッドラインだ」
自民党や日本維新の会からは、薛氏をペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として政府に国外退去を求める声が上がる。だが、一外交官の逸脱行為として処理して解決するものでもないだろう。
中国は13日、対日非難のギアを上げる。孫衛東外務次官が日本の金杉憲治中国大使を呼び出し、首相発言の撤回を求めた。台湾問題について「中国の核心的利益の中の核心であり、触れてはならないレッドラインだ」と述べた。金杉氏は、日本政府の立場は変わっていない、などと説明したという。
日本も14日、船越健裕外務次官が中国の呉大使を外務省に呼び出し、薛氏の投稿について適切な対応を取るよう改めて求めた。
これに報復するように、中国外務省は14日、中国国民に日本への渡航を当面、控えるよう注意喚起した。根拠を示さぬまま「中国人の安全に重大なリスクが生じている」とも主張した。中国教育省も16日、国民に対し「治安情勢と留学環境が良くない」として、日本留学を慎重に検討するよう注意喚起した。
中国は振り上げた拳を下ろす必要を感じていないのはないか。中国抗日戦争80周年の今年9月に軍事パレードを実施し、習国家主席は重要講話として「世界一流の軍隊の建設を加速させ、国の主権、統一、領土の一体性を確固として擁護する」と強調していた。
■「中国は日米と戦っても無敵だろう」
中国がここまで「台湾有事」に絡めて日本を批判する背景には、対日米・台湾の軍事力の増強があるとの見方がある。
折しも11月5日に中国軍3隻目の空母「福建」が海南省三亜で就役した。習氏肝いりの艦載機の射出に電磁式カタパルトを装備した初の中国空母だ。早期警戒機も搭載でき、台湾有事の際は、米軍の来援を阻む「接近阻止・領域拒否(A2AD)」能力が向上する。既に配備されている「遼寧」「山東」と合わせて空母3隻体制が整い、補修や訓練とのローテーションによって常時運用が可能となった。
日中軍事力の比較でも、爆撃機は日本がゼロに対して中国は100機、戦闘機は日本の320機に対して中国は1200機を有し、まともに太刀打ちできないほどの差がある。中国はこの40年間で国防費を増やし、2009年度まで21年連続で2桁の伸び率だった。近年もその傾向は続く。2024年の国防予算は前年比7.2%増の34.8兆円に膨らみ、過去最高だった。このストックは膨大に積み上がっている。
米中の比較でも「中国は日米と戦っても無敵だろう。艦船の復元力にも差が出てきている。仮に10隻ずつ沈められても、中国は2~3年でカバーできるが、米国は建造に6~7年かかる」(防衛省筋)との指摘もある。
中国軍機関紙の解放軍報は15日、「日本が台湾海峡情勢に武力で介入すれば、侵略行為とみなし、中国は必ずや痛烈に撃退する」と警告した、と日本経済新聞が報じている。
■「トラブルメーカーになるべきではない」
台湾の頼清徳総統は17日、中国の対応について、記者団に「中国の日本に対する複合的な攻撃は、インド太平洋地域の平和と安定に深刻な衝撃を与えている」「地域の平和と安定を乱すトラブルメーカーになるべきではない」と述べ、中国に自制を求めた。
高市首相は11月22~23日に南アフリカで開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で中国の李強首相と会談し、事態改善を図りたい考えだったが、中国外務省の毛寧報道局長は17日の記者会見で、「会談の予定はない」と断言した。首脳会談に応じない強硬姿勢を示すことで、親台湾派が中枢を占める高市政権を揺さぶる思惑があるらしい。
日中関係が微妙になった時、安倍政権では二階俊博幹事長(当時)が橋渡し役を果たしたが、高市政権からは日中議連会長の森山裕前幹事長も、親中派の公明党も去った。
中国は19日、日本産水産物の輸入を再び停止した。今後もレアアースの供給停止など、対日カードを切る構えで、さらに実体経済に影響する可能性が出ている。日中外交をどう管理するかが、高市政権の当面の重要課題になるが、中長期にわたる神経戦を覚悟せざるを得ないのではないか。
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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)

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