富士山の噴火が起きたら、どのような状況になるのか。東京大学名誉教授で、山梨県富士山科学研究所所長の藤井敏嗣さんは「富士山が噴火すると、首都圏の広い範囲に火山灰が降り注ぐ。
ただ、噴火による災害には、ハザードマップには表現できないものも存在する」という――。(第1回)
※本稿は、藤井敏嗣『富士山噴火 その日に備える』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
■火砕流はどこまで到達するのか
富士山のような玄武岩質の火山では、噴出した火砕物が急斜面に落下した際にとどまることができず、高温のまま斜面を転動して火砕流が発生することがある。このため、富士山の斜面のうち30度以上の傾斜角をもつ範囲を選び出し、火砕流が発生しうる領域として、火砕流の流下シミュレーションを行ない、その影響範囲が予測された。
シミュレーションの対象は高温の火砕物からなる火砕流本体部のみだが、火砕流先端部から1キロの範囲には密度が相対的に希薄な火砕サージ(火山灰と空気の混ざった高熱の爆風)が到達しうることから、その範囲を火砕サージ到達域とした。
火砕サージは密度的には希薄であってもその威力は甚大である。1991年に雲仙・普賢岳で火砕流により43名が死亡したが、これは火砕流本体ではなく、火砕サージ部分によるものだった。
火砕流の規模としては、近年の調査で判明した規模の大きな火砕流の総噴出量である約1000万立方メートルを想定し、毎秒1万立方メートルの流出量をもつとして計算を行なった。
富士山の火砕流は目撃されたことはないことから、このシミュレーション方法が適切かどうか判定するために、富士山と地形的特徴が類似しているグアテマラのフエゴ火山で観測された2018年噴火の際の火砕流の再現実験を行ない、分布範囲が再現できることを確かめた。
計算結果からは2004年時の結果のように等方的に分布することなく、北東―南西方向に伸びた分布が得られた。これは、山体の傾斜角の分布を反映している。一部は富士五湖道路に達する可能性もあり、避難路の設定に注意が必要であるが、住宅地にまで到達する可能性は低いと思われる。

■火口の周囲4キロには火山弾が降り注ぐ
火口から高速で放出される直径6.4センチ以上の岩塊や火山弾は、火山学では投出岩塊とよばれている。中でも数十センチ以上のものは空気の抵抗の影響をあまり受けず、砲弾のように遠くまで到達することから、気象庁用語では「弾道を描いて飛来する大きな噴石」とされている。
火口からの放出速度は爆発力によるが、おおむね秒速数百メートル以下であり、火口から4キロ程度まで到達することがある。ハザードマップ作成にあたっては、大規模噴火の場合は4キロまで届くが、小・中規模噴火の場合は火口から2キロの範囲まで届くと想定された。この数値は多くの火山で得られた経験値にもとづいたものである。
もちろん、これよりも遠くに達することがないわけではないが、比較的例が少ないことからこの値に落ち着いた。したがって、ハザードマップを見る際の鉄則であるが、想定到達域の外側ならば絶対安全などという考えをもたないことが必要である。爆発の具合で、たまたま放出速度が大きくなったような場合は、想定到達域を超えて飛来することもある。
この際の到達範囲が、それぞれの想定火口周縁部からの飛来を仮定して表現されたのは、溶岩流シミュレーションの場合と同様に、あくまで安全側に想定してのことである。
大きな噴石自体は放出後数分以内に着弾することから、噴石によるリスクをさけるためには、噴火前に想定到達域から速やかに離脱することが望ましい。このような対応は火砕流についても同様である。したがって、後に述べるように、避難基本計画では噴火警戒レベルが3に引き上げられた段階で、想定到達域の観光客・住民は火砕流および大きな噴石の想定到達域外に脱出することを推奨している。

■時速100キロの「火山泥流」が周囲に流れ込む
積雪期に発生する可能性のある融雪型火山泥流については、平均積雪量が50センチの領域に火砕流が達した場合に発生するという想定で流下シミュレーションが行なわれた。
溶岩流が積雪上に流下しても熱は効果的に伝達されず、融雪も局所的であることがシシリー島のエトナ火山などでの経験からわかっているが、火砕流の場合には破砕された高温の岩屑が流下することから効果的に熱が積雪に伝わり融雪が生じるので、火砕流到達範囲の雪が溶けると仮定した。
融雪型火山泥流は泥水が岩石片を含んで山体斜面を流下する。斜面の低い部分をたどりつつ流下することになるので、沢筋、河川に沿って低地に向かい、森林地帯に入ると多くの樹木を巻き込むことになる。多量の水を含むことから地面との摩擦は小さく高速で流れ、時速100キロに達することもある。
■噴火後に住民を苦しめる「有毒火山ガス」
四つの現象(溶岩流、火砕流、大きな噴石、融雪型火山泥流)の影響範囲を地図上に示したものを火山ハザード統合マップとして公表している(図表1)。このマップによって、ある地域にいる人がどのような現象の影響を受ける可能性があるかを知ることができる。
注意すべきはあくまでも可能性マップなので、マップ上で、ある現象の影響範囲にあっても、火口の位置によってはまったく影響を受けない場合もあることを理解する必要がある。
前節ではさまざまな現象の影響範囲を地図上に表現して、噴火によるリスクを回避するための避難行動の指針とするハザードマップについて述べたが、火山で発生する現象のなかにはその影響範囲を地図上に表現できないものもある。そのような現象を以下に2例述べる。
三宅島2000年噴火の際に、噴火の拡大を恐れて全島避難した島民が、その後ほとんど噴火が発生しなかったにもかかわらず、4年半にわたって帰島が叶わなかったことを記憶している人も多いであろう。その原因は、二酸化硫黄を主体とする火山ガスが放出され、居住地周辺に停滞していたためであった。

火山ガスは大気より重いので、火口から噴出した火山ガスは山の斜面に沿って流下し、低地や凹地に停滞する。健康な人でも火山ガスを吸い込むと咳き込むが、喘息患者は発作を起こし、場合によっては死に至ることもある。樹木や草本は二酸化硫黄にさらされると枯れてしまうし、家屋に使用される金属は腐食してしまう。
■公害並みの悪影響が出るおそれがある
日本における公害対策運動のきっかけの一つとなった三重県四日市市では、一時期濃度が0.1ppm(ppmは100万分の1)の二酸化硫黄が観測され、四日市喘息の原因とされた。三宅島では噴火後数年にわたってその数倍の濃度が観測され、全島で0.1ppm以下となったのは噴火後10年を過ぎてからであった。
二酸化硫黄ガスは、ほとんどのマグマに含まれているが、とりわけ三宅島や富士山のような玄武岩質マグマには、桜島や浅間山などの安山岩質マグマにくらべて多く含まれている。したがって、富士山が噴火するようなことがあれば、噴火規模がそれほど大きくなくても、マグマに多く含まれている二酸化硫黄を火山ガスとして放出し、麓に影響をもたらすことはほぼ確実である。
富士山と同様に玄武岩質マグマを頻繁に噴出するハワイのキラウエア山でも、二酸化硫黄を含む火山ガスは麓の居住地に深刻な被害をもたらすものとして恐れられている。ハワイでは火山ガスはスモッグ(smog)をもじって、ヴォッグ(vog:volcanic smog)とよばれており、噴火中は付近の風向き情報を発信して警戒を促している。
■噴火によって「冷害」が起きるリスクも
富士山噴火に関する古記録には火山ガス被害について述べたものはない。詳細な記述のある宝永噴火でも火山ガス被害と目されるような記述がないことを考えると、激しい噴火だったのでほとんどの二酸化硫黄は成層圏にまで吹き上げられたのかもしれない。
噴煙とともに成層圏にまで運ばれた火山ガスは、水の成分と反応して硫酸ミストを形成する。
硫酸ミストは軽いので、噴煙中の火山灰のように短時間で大気中を落下することはなく、成層圏に長く停滞して地球全体に広がることになる。この硫酸ミストは太陽光を吸収することから、地球表面では太陽エネルギーが減少して平均気温を低下させる。
デイサイトマグマを主体としたフィリピンのピナツボ火山1991年噴火の際には、巨大な爆発的噴火によって成層圏に運ばれた二酸化硫黄ガスが硫酸ミストとなって北半球の成層圏を覆ったため、噴火後数年にわたって北半球の平均気温は0.3度下がり、各地で冷害をもたらした。日本では1993年の異常な冷害によって稲作が極端な不振となり、緊急的にタイ米の輸入が行なわれる事態となった。
ただし、富士山の宝永噴火が当時の気温にどのような影響を及ばしたのかを知る資料は発見されていない。

----------

藤井 敏嗣(ふじい・としつぐ)

東京大学名誉教授、山梨県富士山科学研究所所長

1946年福岡県生まれ。1975年東京大学大学院理学系研究科修了。理学博士。東京大学地震研究所教授、同所長、東京大学理事・副学長、気象庁火山噴火予知連絡会会長を歴任。NPO法人環境防災総合政策研究機構副理事長兼環境・防災研究所所長、文部科学省次世代火山研究・人材育成プロジェクトリーダー、文部科学省火山調査研究推進本部政策委員会委員長。専門はマグマ学、火山学、火山防災政策。著書に『火山 地球の脈動と人との関わり』(丸善出版)、『富士山噴火 その日に備える』(岩波新書)、『マグマダイナミクスと火山噴火』(朝倉書店、分担執筆)、『大地の躍動を見る 新しい地震・火山像』(岩波書店、分担執筆)、などがある。


----------

(東京大学名誉教授、山梨県富士山科学研究所所長 藤井 敏嗣)
編集部おすすめ