弁護士法違反の疑いが浮上している退職代行モームリの運営会社が、内部通報した元社員に対して2200万円超の損害賠償を求める訴訟を起こした。ビジネスコンサルタントの新田龍さんが渦中の元社員に話を聞いた――。
(第2回/全2回)
■3年で業界トップ、その急成長の裏側には…
2025年10月下旬、警視庁が退職代行「モームリ」を運営するアルバトロス(東京都品川区・以下「同社」)の本社などを家宅捜査した。退職を希望する依頼者を弁護士に違法に斡旋し、弁護士から紹介料を受け取っていた弁護士法違反(非弁行為)の疑いがある(詳細は第1回)。
モームリは「わかりやすい労働基準法啓発」と「退職に悩む若者の支援」を謳い、業界では後発ながら、SNSやYouTubeなどをフル活用しブランド認知を獲得。「攻めのPR」と「スムースなサービス導線」によって、運営開始からわずか3年で代行実績4万件以上に達し、業界トップシェアを獲得した。同社代表・谷本慎二氏は一躍注目の人物となり、メディアでも盛んに自社の社会的意義を強調してきた。
しかし、その急成長の陰には大きなリスクがあったようだ。現在、同社と谷本氏は、事業の運営実態やガバナンスの脆弱さ、経営者としての資質を巡る告発と報道に晒されている。
今般筆者は、同社の非弁行為を公益通報したことを理由に、同社から恫喝訴訟を受けて係争中の元社員A氏に直接インタビューする機会を得た。そこで語られた、知られざる同社の内幕をお伝えしよう。
■労働組合の住所は社長の「元社宅」
――谷本社長は、自分たちの事業に違法性があることを認識していながら継続していたのか?
自分たちのやっていることが非弁行為であることは、間違いなく分かってやっていました。民間事業者の場合、退職交渉はできないため、自分たちで労働組合を立ち上げ、手続き上依頼者を一時的に組合員にして、「労働組合からの団体交渉」という形で交渉する形をとっていました。しかし、その組合に実態がなかったんです。

組合の住所は、谷本社長の前職時代の社宅。本来は組合に会社の役員は参加できないのですが、理事長は役員である谷本社長の妻が務めていました。組合の会合も開催せず、組合の銀行口座もない、ペーパー組合のようなものでした。社長が架空の組合員の名を騙って団体交渉していたこともあります。
依頼者には「組合に加入してもらって交渉する」と伝えながら、実際には加入もさせないまま交渉だけおこなうこともありましたし、退職手続きさえ完了したら、依頼者からの他の依頼(有休消化や未払金獲得など)については放置したままのこともあり、依頼者からのクレームが数多く届いていました。
本来、労働組合が主体となった退職代行は合法で、民間企業にはできない交渉ごとも対応可能なのですが、私たちのケースでは違法と判断されました。理由はこのとおり、「組合としての実態がなかった」ことと、「営利目的」とみなされたからです。
■「経験不足」な社員は言いくるめられた
――違法行為に対して、社員から指摘されることはないのか?
社長は口先だけは上手いので、それっぽいことをそれらしく語り、皆信じてしまうんです。その危うさに気づけないような、若くて他の会社での勤務経験がない人ばかりを採用していたことも背景にあります。
きちんとしたバックグラウンドや資格を持った人も応募してきてくれて、社内から「採用すべきだ」と進言されても、社長はあえて採用しませんでした。おそらく、違法性に気づかれるリスクがあることを分かっていたんでしょう。確信犯ですね。

■出退勤記録は「形だけ」、深夜も業務連絡
――モームリで働く従業員の労働環境は?
入社直後から面前での業務監視や、連日遅くまでの残業が常態化していました。出退勤記録はつけているもののあくまで形式的なもので、残業が常態的に黙認されている状況でした。
社員同士のLINEやSlackで業務連絡が深夜にも及び、すぐに対応しないと指摘されるので、全く気が休まるときがありませんでした。
社長は普段からピリピリしていて、皆が和気藹々とした雰囲気で仕事をしていたとしても、社長が入ってくると不機嫌な空気をまき散らし、いろんな細かいことを詰めてきたりするので、急に環境が悪くなるんです。
法律とか関係なく、気分で発言しますね。たとえば、リモートワーク可という条件で求人して入社してくれた人に対して、「リモートワークを3回やったから始末書」とか。
■妊娠した社員に「お腹の子供は俺の子だ」
――社長自身がハラスメント加害者ということか。
社長からのパワハラ、セクハラは露骨でした。たとえば、多くの社員の面前で幹部社員を罵倒したり、日常的な社員への指摘や指導がやたら高圧的で、皆ビクビクしていました。また社員が休むときには「自分と同等の仕事がこなせる人を探してから休むように」と言われます。代替人員の手配は会社の責任なのに……。
社内研修として定期的に「モームリテスト」というものを実施してたんですが、労基法関連の知識を試すような問題のほかに、「社長の出身地は?」とか「社長が飼っている犬の名前は?」といった、谷本社長のプライベートに関する設問もあったんです。
単に承認欲求を満たすためのものだと思うんですが、その点数がボーナスの査定にも繋がるので、皆勉強してましたね。
あと、個人的な好き嫌いを仕事に持ち込むんです。社会保険に加入させていない社員がいて、本人の希望もあって加入させてほしいと社長に要求したところ、「あいつは変わってるから入れられない」と拒否したり、自社のYouTube番組に出演した男性社員にポジティブなコメントがついたことに嫉妬して、「あいつは嘘つきだ」とか文句を言ってることもありました。
その場にいない女性社員について、「顔がパンパン」とか「貧乳だ」、「いい尻だ」といったセクハラ発言をするのは日常茶飯事。お気に入りの女性社員に対しては個別に「タイプだ」とか「寂しい」といったLINEを送り付け、会社の飲み会でも「●●さん指名で!」「酒つくってほしい」といった公私混同の気持ち悪いことを言ってました。
さらには、妊娠した別の女性社員に関して「■■さんのお腹の子供は俺の子だ」と言ったり。いつもは冗談で受け流す社内でもさすがに看過できないと騒ぎになり、本人にもそのセクハラ&マタハラ発言が伝わってしまったこともありました。結局、その女性社員は辞めていってしまいました。
■法令違反の疑惑と、杜撰な内部管理体制
ここまでご覧頂いただけでも、「モームリ」の運営と、経営するアルバトロス社には、弁護士法や労働基準法をはじめとする数多くの法令違反、もしくは法令抵触の疑いがある行為が確認できるだろう。
・弁護士への依頼者斡旋、その見返りとして紹介料(キックバック)受領の疑い(非弁提携)

⇒今般の警視庁捜査の重要焦点。関連先の事務所も家宅捜索されている。
・実質的な「法律上の交渉(未払い残業代など)」を行っていた疑い(非弁行為)

⇒単なる「退職意思の伝達」を超えて、未払残業代請求などの法律実務に踏み込む形の支援をしていた事実があると報じられており、これが非弁行為と併せて問題視されている。

・利用者の「給与未払い」等に対する対応不備(利用後に救済が得られないケースの多発)

⇒利用者側から「退職はできたが給与が支払われない/書類が出ない等の事例」が複数寄せられており、事後対応ができていない点が問題として報告されている。
・社内でのパワハラ・セクハラ・マタハラ、社保不加入など労務コンプライアンス違反の告発

⇒元従業員によるセクハラ・パワハラの告発や元従業員の証言が複数出ており、内部労務管理に重大な問題があり、労働基準法や男女雇用機会均等法、パワハラ防止法への抵触が指摘されている。
・情報管理体制の不備

⇒退職後の従業員に対する社内システムへのアクセス権限が付与されたままの状態になっており、従業員やサービス利用者の個人情報、会社の機密情報が漏洩するリスクが指摘されている。

■表向きと実態の大きすぎるギャップ
以上はあくまで現時点における報道と内部告発が示す「疑い」であり、捜査や裁判で事実が確定したわけではない点にご留意頂きたい。今後、事件の進展によって事実が明らかとなった際には改めて追記する。
外部に対してはコンプライアンスを啓発する同社の表向きのブランドイメージと、数々の法令違反疑惑が現在進行形で溢れ出し、労務管理面での杜撰さも指摘されている同社の現状とのギャップはあまりに大きい。
弁護士法違反は重大であり、刑事責任が問われる可能性もある。またハラスメントや労務管理不備については、労働基準法や男女雇用機会均等法、社会保険関連法令の観点からも問題だ。事態の進展次第では、行政による調査・是正指導や民事責任の追及に繋がり得る。
■顧問弁護士の契約解除で済むのか?
同社代表の谷本氏は、家宅捜索を受けて10月24日にコメントを発表。文中では、「本件事態を厳粛に受け止め、警視庁の捜査に適切に対応」すると表明したうえでサービス継続の姿勢を示しているが、管理体制の見直しの一環として「現在の顧問弁護士との契約を解除する」としたことについては、顧問弁護士に対する責任転嫁ではないかとの批判の声も上がっている。
同社の問題は、単発の不正やうっかりミスといった類ではなく、トップダウンによる恣意的な法令解釈と、構築されたブランドを毀損しないためのポジティブな演出として、内向きの問題が隠蔽されやすい構造にあると考えられる。
結果として不正やハラスメントが放置され、被害者が声を上げにくい文化が固定化してしまったのだ。
その象徴ともいえるのが、同社にまつわるもう一つの違法疑惑、「恫喝訴訟」に関するものだ。
■公益通報した元従業員への「口封じ」
同社のコンプライアンス軽視姿勢に加え、公然と弁護士法違反をおこない、社員の疑念をも一蹴してしまうような惨憺たる状況に耐えかねたA氏は、同社の非弁行為について公益通報を実施。東京弁護士会、消費者庁、厚生労働省、国税庁、警視庁などに情報提供した。
物証が揃っており、結果として東京弁護士会が警視庁に刑事告発をおこなったことで、今般の家宅捜索に繋がったわけだが、その裏で同社はA氏を含めた元従業員2名に対して報復的な動きをとってきた。それこそ「恫喝(スラップ)訴訟」、いわゆる「口封じ」目的と思われる嫌がらせの裁判を、A氏に対して提訴してきたのだ。
会社側は元従業員らのSNS投稿や告発(公益通報・記事・取材での発言)が「事実と異なる」「虚偽の中傷」であり、それによって会社の信用や顧客を失い業務に損害が生じたとして、名誉毀損と業務妨害、そして秘密保持違反等を根拠に、2200万円超の損害賠償を請求している。これが、A氏らの公益通報に対する実質的な報復であるとの批判に繋がっている。
■弁護士「誰も内部告発などできなくなる」
もちろん会社側には、名誉毀損や営業妨害に対する法的な救済を求める正当な権利がある。したがって、訴訟を提起したこと自体が自動的に悪となるわけではないのだが、今般のケースで会社側は、弁護士法違反に関する反論はなされておらず、A氏が配信において同社内で「パワハラがあった」と発言したことのみを問題視しているのだ。
このように、公益性の高い内部告発を問題視したり、極端に高額な賠償請求で告発者の負担を増やし、発言を萎縮させたりする意図が読み取れるのであれば、表現の自由や公益通報者保護の根幹を損なうことになる。
加えて、警察の捜査が進む中で外部の批判を封じるために法的圧力をかける意図も垣間見えるため、専門家やメディアからは厳しく批判されている。
実際に、A氏の代理人として当該訴訟を担当している弁護士は「極めて杜撰で悪質」と批判している。
「弁護士法違反の事実が争われず、発言だけを問題にしている以上、裁判の狙いは真実の隠蔽ではないか。勇気を持って声を上げた人が不利になるなら、誰も内部告発などできなくなる」
今後は会社側が、弁護士法違反の有無を正式に争点化するかどうかが裁判の焦点になるだろう。なお一連の事象について、モームリを運営する株式会社アルバトロスと谷本社長に取材文書を送付し見解を確認したが、期日までに回答は得られなかった。
モームリは、「労基法啓発」と「安心安全な退職支援」を標榜しながら、その内実は社内でのコンプライアンス軽視と人権尊重意識の著しい欠如が常態化していたといえよう。同社にはスラップ訴訟という形ではなく、真に内省と改善、法令尊重に向き合う姿勢が求められる。元社員の勇気ある内部告発や証言が、再発防止と業界健全化への第一歩になることを強く祈念したい。

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新田 龍(にった・りょう)

働き方改革総合研究所株式会社代表取締役

働き方改革総合研究所株式会社代表取締役。労働環境改善、およびレピュテーション改善による業績と従業員満足度向上支援、ビジネスと労務関連のトラブルと炎上予防・解決サポートを手がける。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。

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(働き方改革総合研究所株式会社代表取締役 新田 龍)
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