かつて「ギャルの聖地」として知られた東京・渋谷のファッションビル「SHIBUYA109」が好調だ。常に変わる若者トレンドにどう向き合っているのか。
運営会社「SHIBUYA109エンタテイメント」の石川あゆみ社長に話を聞いた――。(取材=アパレルライター・南充浩)
■年間入館者数は1000万人目前
――まず、最近の商況について教えてください。
おかげさまで、売上高については前年比10~20%増のペースで伸び続けています。来館者数もコロナ禍から順調に回復しています。
10年前の2015年には来館者数は780万人でしたが、2019年に年間来館者数は過去最高の970万人まで増えました。2020年からの新型コロナ感染症による長期間の営業自粛などで一時来館者数は大幅に落ち込みましたが、自粛明けの23年からは回復に転じ、2024年には890万人まで戻っています。2026年には初の年間来館者数1000万人の大台に到達させたいと考えているところです。
――このV字回復と好調の要因はどこにあるのでしょうか?
1990年代後半から「ギャルの聖地」と呼んでいただき、好調が続いたことはご存じの通りです。しかし、2010年以降ギャルブームが徐々に落ち着き、来館者数が減少に転じてしまいました。「このままではいけない」という危機感から、ファッションだけでなく、エンタメの領域を拡大することにしました。
東急グループの商業施設を運営する子会社から2017年に分社化したのを機に、アイドルやK-POP、アニメ、キャラクターなど、Z世代の「ヲタ活」「推し活」のポップアップスペースを運営する事業をスタートさせました。同時に、若者の消費を調査・研究するマーケティング機関「SHIBUYA109 lab.」を設立し、またSHIBUYA109に戻ってきてもらうには何が必要なのか、15~24歳の生の声を聞くなどの取り組みも始めました。

これが狙い通り若者に響いて来館者数が反転し始め、2019年に過去最高の来館者数を記録しました。矢先に新型コロナ感染症による営業自粛を余儀なくされましたが、自粛明けからは「エンタメとファッションの融合施設」として成果が出ています。
■若者のトレンドが多様化、メガヒットが生まれない
――「ファッションの強化」とは具体的にどのようなものですか?
まず、今のファッショントレンドの構造は、大きく変化しています。
2000年ごろの「ギャルの聖地」と呼ばれた時代は、共通のわかりやすい特徴やカテゴリがあり、当時の若者は『egg』などの限られた雑誌を見て価値観を共有する集団が大きかった。多くの人が同じ服を着る「メガヒット」も生まれやすい時代でした。
しかし、今はSNSが中心にあるため、トレンドは多様化、細分化しています。ファッションのテイストはフレンチガーリー、韓国モノトーン、ストリートなどさまざまで、若者はそれぞれSNS上で形成される「界隈」の中で、好きな情報をいくらでも取得できる状態です。
この結果、憧れの存在も、誰もが知るアイドルやモデルではなく、身近なインフルエンサーの子が力を持っていて、発信はSNS重視になっています。このため、「ミニスカートが流行れば皆が穿(は)く」というようなメガヒットアイテムは、近年生まれにくくなっています。
例えば、ワイドシルエットのダボっとしたトップスが流行っている一方で、「Y2K(2000年頃のファッションをリバイバルしたスタイル)」の影響でピタっとしたヘソ出しTシャツも流行っているというような具合です。
■3年でテナントの半数を入れ替える大リニューアル
また、特定のブランドだけで身を固めるという人もほとんどいなくなりました。昔は全身を一つのブランドでそろえるようなファッションは珍しくありませんでしたが、今は一つのテイストにまとめながらも複数のブランドをミックスしてコーディネイトを組み立てる若者がほとんどです。

こうした変化を踏まえて、テナントを誘致する際の戦略を見直すことにしました。若い女性がターゲットであることは変わりませんが、全館で統一的なファッションテイストにまとめるのではなく、時代ごとに彼女たちが好む多種多様なテイストのブランドを誘致するようにしています。
SHIBUYA109は地上8階地下2階建てですが、フロアごとに「世界観」をまとめることにしました。例えばこの階はガーリー系、次の階はカジュアル系といったように、異なるファッションテイストをまとめ、それに合致するブランドを配置しています。
この「ファッションの強化」を推し進めるにあたり、とても積極的にテナントの入れ替えを実施しています。この3年間で、実に半数以上のお店を入れ替えるという大規模なリニューアルを行いました。基本的な定期借家契約のほか、1カ月といった短期間のポップアップ出店など、柔軟な形での出店の相談にも応じています。
また、もう一つの大きな戦略として、エンターテインメントへの「憧れ」をファッションに取り込む、いわゆるエンタメとファッションの「融合」を進めています。若者は「K-POPアイドルなど憧れの人物が着ていた服がいい」というように、推し活の「世界観」をファッションで表現する傾向が強まっています。
■実店舗を持たないブランドをポップアップ誘致
――積極的なテナント入れ替えに加え、非常設のポップアップストアもうまく活用されているようですね。
「旬」の若者向けブランドを誘致するためにファッションのポップアップ区画を1階入り口に、エンタメ向けのポップアップ区画を8階と地下1階に2区画設置しています。期間は1週間から2週間が基本で、コンテンツによっては1カ月ほど続けるものもあります。

ファッションのポップアップは、短期的な流行や細分化された若者の嗜好に機動的に対応することを期待しています。同時にこのポップアップ戦略は、実店舗を持たないD2Cブランド側にとっても、若者の求める「体験」の場を提供できるという意味で好評をいただいています。
エンタメ向けの区画は、2025年春にスペースを拡大し、単なる物販ではなく、コラボカフェや大規模な展示も行う「世界観の表現場所」へと進化させています。これは、物販収益を一次的な目的とするのではなく、ファンを喜ばせ、SNSでの拡散を通じたプロモーション効果を最大化するためです。
このポップアップ戦略が重要なのは、リアルの店舗を持たないD2Cブランドにとって、若者が求める「試着・体験」の場を提供できるからです。
■物を売るだけだと生き残れない
――一見、物を売らない展示スペースは「もったいない使い方」にも見えるのですが、これはどのような戦略なのでしょうか?
何を目的にその場所を展開するのがいいのかを考えます。例えばアイドルやアーティストの事務所は、ファンの方たちにもっと集まってほしい、伝播してほしいという強いニーズがあって、グッズを買ってほしいという気持ちと同じくらいプロモーションやファンとの交流を重視しています。
楽しい体験ができるポップアップストアはみんなが拡散してくれるので、物販の収益よりも、そういったプロモーションをしたほうが結果的にアーティストさんにとってプラスになるという点で、事務所・ファン・われわれの三者の利害関係が成り立っています。
商業施設ではありますが、物を売るだけの商業施設だと、むしろ生き残れないと考えています。
■チャンネル登録者数、フォロワー数よりも希少性・話題性
しかし、このポップアップ戦略は「難しさ」との戦いでもあります。
実際、出店しても全く「バズらない」ケースもあります。特にエンタメのジャンルは幅広いため、アニメもあれば、K-POPを含むアイドル、2.5次元、ゲーム実況のYouTuberなど、本当に多岐にわたっており、幅広くマーケティングするのが難しい。
メジャーなアーティストであれば見極めやすいですが、そうではないジャンルについて、若者のニーズの「熱量」をどう見つけていくかが大きな課題です。
例えば、YouTubeでチャンネル登録者数が何百万人といたとしても、実際にポップアップストアに足を運んでくれるかどうかはわかりません。熱量の高いファンが、少なくても確実にいるかが重要になるのです。
そのため、出店ブランドの選定においては、単なるSNSのフォロワー数といった「数」よりも、「初めての出店であること」「希少性」や、メディア・SNSでの露出による「話題性」を重視し、常に新鮮な体験を創出しています。
■ファッションは「世界観」、セール買いはしない
――若者の「推し活」やECとの関係を踏まえ、今の消費行動の傾向をどう分析されていますか?
若者に限らず全年代で、娯楽の支出先が昔に比べて格段に多様化しています。動画配信・音楽配信のサブスクリプション、スマホオンラインゲーム、キャンプなどのアウトドア、スポーツ、アニメ、音楽ライブ、グルメ、カフェ巡りなど、多岐にわたっています。必然的によほどの洋服好き以外は洋服への支出額は伸びませんし、優先されません。それを考慮するとエンタメ、飲食の強化は必要不可欠でした。
当社の来館者調査から、自由になるお金の支出目的の上位3つは「推し活」「お出かけ」「ファッション」という結果が出ています。ファッションは、この「推し活」と強く結びついています。若者は、特定のブランドで身を固めるよりも、「ライブ参戦服」のように、誰と、どこに行くかという目的に合わせた雰囲気、つまりは「世界観」を最も重視して服を選ぶ傾向があります。この世界観を表現するためのアイテムを、賢く購入する世代だと言えます。

ファッショントレンドの多様化・分散化は顕著で、ビジネスとしては絞り込みにくいのが実状であり、ブランドの選び方も多様化・分散化していることも先ほど述べた通りです。
可処分所得の伸び悩みや支出先の多様化によって、今の若者は「買い物で失敗したくない」という意識が上の年代よりも高いと感じます。彼らは「欲しい物を欲しい時に、メリットのあるところで買う」という志向が強く、「セールだから買う」という行動は以前より減っています。
■ネットとの価格競争は意味がない
一般的に「若者の衣料品購買はネット通販が主流」と言われがちですが、そんなことはありません。買ってみたけどサイズが小さかったり、質感がイメージと違ったりといったことを避けるために、実店舗に試着しにくるということは珍しくありません。
実店舗は、さまざまな商品を「比較できる場所」であり、失敗を避けたい若者にとっての「安心材料」としての価値が非常に高いのです。実物を確認した上で、そのまま実店舗で買うこともあれば、ネット通販で買う場合もあります。
ただし、ECとの価格競争をするつもりはありません。値引き合戦をしても意味がなく、リアル店舗ならではの「試せる」「比較できる」という機能的価値と、ここにしかないものがあるという「希少性」、お買い物体験そのものの「楽しさ」で勝負しています。
ネット通販一辺倒でないことは、SHIBUYA109への来館者数が毎年回復し続けていることからも明らかです。
■常に「若者文化」を創造し続ける場所でありたい
――これまでの分析を踏まえて、SHIBUYA109が最終的に目指すビジョン、理想の姿についてお聞かせください。
私たちがいま目指しているのは、「若者文化共創拠点」になっていくことです。
特定のジャンルや特定の感度が高いハイブランドのみを集めるということではなく、今の若者が「これが好きなんだよ」と思っているさまざまなジャンルが詰まっている状態を追求しています。
常に新しいものを生み出し続け、「すごく今をわかってくれているね」「欲しいものがここに詰まっているね」とお客様に評価いただける状態を目指しています。
――そのビジョンを踏まえると、かつて「ギャルの聖地」と呼ばれた過去のイメージからの「脱却」を目指しているのでしょうか?
いいえ、脱却ではないですね。「ギャルの聖地」というふうに昔呼ばれたことは認識しています。ただ、私たちはギャルという一つのジャンルに限定されることなく、今の若者の文化の最先端を捉えた集積地、共創の拠点でありたいと考えています。それは変わらない思いです。

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石川 あゆみ(いしかわ・あゆみ)

SHIBUYA109エンタテイメント 社長

1977年愛知県生まれ。名古屋大学卒業。通信事業や出版系企業などを経て、2008年に東急電鉄(現・東急株式会社)に入社。2021年に株式会社SHIBUYA109エンタテイメントの代表取締役社長に就任。企業理念「Making You SHINE! ~新しい世代の“今”を輝かせ、夢や願いを叶える~」に基づき、商業施設運営を基軸にさまざまな事業を展開している。

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(SHIBUYA109エンタテイメント 社長 石川 あゆみ)
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