日本企業が再び力を取り戻すためにはどうすればいいのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「OS(Operating System、基本ソフト)という視点から経営を捉える必要がある。
日本企業が次の10年で生き残るための鍵は、事業でも戦略でもなく、『企業OS』の再設計である」という――。(第1回/全2回)
■世界トップ企業の「意外な共通点」
第1章:世界のトップ企業は、事業だけで競争していない――ソフトバンクグループ、アップル、エクソンモービル、デルタ航空、バークシャー・ハザウェイが示す“企業OS”という新時代の経営原理
企業を見るとき、私たちはどうしても「何をしている会社か」という問いから始めてしまう。通信会社、テクノロジー企業、エネルギー企業、航空会社、投資会社……。しかし、この5社――ソフトバンクグループ、Apple(アップル)、Exxon Mobil(エクソンモービル)、Delta Air Lines(デルタ航空)、Berkshire Hathaway(バークシャー・ハザウェイ)――を“業種”という概念で分類しても、本質にはまったく到達しない。
これら5社が本当に表現しているものは、事業の種類ではない。「企業という存在を何によって動かすのか」という“OS(Operating System、基本ソフト)としての構造である。
事業はアプリケーションにすぎない。OSが古ければ、アプリは動かない。これはテック企業だけの話ではない。あらゆる企業、あらゆる産業に共通する原理であり、5社はそれぞれ異なる角度からその“OS”を極端に体現している。
にもかかわらず、OSという視点から経営を捉える思考は、日本ではいまだ根づいていない。だから変革が掛け声倒れに終わり、DX(デジタルトランスフォーメーション)が表層で停止し、新規事業が“別会社のように孤立”する現象が起きる。
本来変えるべきものは、事業ではなくOSだからだ。
本章では、この「企業OS」という概念を深く掘り下げながら、なぜ業界が違う5社が、企業OSという視点では驚くほど似た構造を持つのかを解き明かす。
1.一見バラバラの5社は、実は「企業OS」という共通構造で動いている
まずはあらためて5社の姿を確認しておきたい。
ソフトバンクグループは、通信、インターネット、AI、半導体(Arm)、そして世界最大級のテクノロジー投資ファンドであるSoftbank Vision Funds(ソフトバンク・ビジョン・ファンド、SVFs)を束ねる巨大企業集団である。事業会社でありながら、世界的な投資会社でもあるという独自の構造を持つ。
アップルは、iPhone・Mac・Apple Watchなどのデバイス、iOSというOS、App Storeというアプリストア、Apple MusicやiCloud、Apple TV+などのサービス事業を垂直統合した“世界最大の消費者向けテクノロジーOS企業”である。
エクソンモービルは、原油・天然ガスの探査から生産、輸送、精製、化学品、低炭素技術まで――文明を支えるあらゆるエネルギー領域をフル統合した世界最大級の実物インフラ企業である。
デルタ航空は、航空輸送という極めて変動の大きい産業にありながら、マイレージプログラム「SkyMiles(スカイマイル)」とAmex(アメックス)提携による“旅 × 金融プラットフォーム”という独自構造を構築し、航空会社でありつつプラットフォーム企業でもある稀有な存在へ進化した。
バークシャー・ハザウェイは、保険、鉄道、エネルギー、製造、小売り、投資……多様な事業を束ねながら、顧客からの預かり金(フロート)を“複利資本”として回すことで永続性を獲得した、世界唯一の“複利OS”を持つ企業である。
――どう考えても共通点がない。しかし「企業OS」というレンズを通すと、この5社は一気に“同じ次元”に立ち上がってくる。
■「ファイナンス思考7体系」×「テクノロジー戦略3体系」
2.企業OSとは何か?――「企業を動かす深層コード」であり、事業よりも先に存在する構造
企業OSとは、企業の中枢で「どのように意思決定し、どのように未来へ適応し、どのように資本を動かし、どのように危機を吸収するか」を決めている深層的な仕組みである。

事業はOSの上で動く“アプリケーション”にすぎない。だから、どれだけアプリ(新事業)を追加しても、OSが古いままなら必ず衰退する。これが、日本企業が“戦略は正しいのに変われない”最大の理由だ。
3.「5社の企業OS」に共通する「資本金格」という核――企業は“何をしているか”ではなく“何を信じ、どのように資本を使うか”で分かれる
企業OSの核には“資本金格(Capital Personality)”がある。企業は、最終的に「資本をどう置くか」で、その人格が決まる。
この5社の資本金格は、実に鮮やかである。
・ソフトバンクグループ:“未来への焦燥”

・アップル:“完璧さの美学”

・エクソンモービル:“現実への敬意”

・デルタ航空:“生存の本能”

・バークシャー・ハザウェイ:“信頼の複利”
これらはスローガンでも理念でもない。資本配分、リスク設計、技術投資、組織の動きの“深層コード”として企業OSに刻まれている。
そして、それぞれの人格が「ファイナンス思考7体系」と「テクノロジー戦略3体系」を通じて企業を動かしている。
4.ファイナンス思考7体系が「企業OSの骨格」をつくる
企業OSを構成する最も重要なものは、“資本の使い方”だ。これは単なる投資判断や財務指標の話ではなく、企業の存在を根本から規定する。
7つの体系とは――
① 資本配分(どの未来に賭けるか)

② ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率、資本をどれだけ効率的に働かせるか)

③ FCF(Free Cash Flow:フリーキャッシュフロー、未来投資のための自由)

④ B/S構造(Balance Sheet:貸借対照表、企業の持久力)

⑤ リスク設計(危機をどう価値化するか)

⑥ Story Finance(語る未来と資本配分の一致)

⑦ 永続構造(再発明と複利)
5社はこの7項目を、それぞれ違う角度で極端に体現している。
だからこそ、7体系を“立体的”に理解するための教材になる。
5.テクノロジー戦略3体系が「企業OSの筋肉」をつくる
資本OSを動かすのは、テクノロジーOSである。
① Dynamic Capabilities【ダイナミック・ケーパビリティ、Sense(察知) ― Seize(獲得) ― Transform(再構成)】:環境変化を察知し、機会を掴み、組織を再構成して競争優位を保ち続ける企業の力

② Platform Strategy【プラットフォーム設計】:参加者同士の価値交換を促す場を設計し、ネットワーク効果で事業を拡大する戦略

③ Innovation Ambition【Core(コア領域)/Adjacent(隣接領域)/Transform(変革型・破壊的領域)の資本配分】:企業がコア・隣接・変革の3領域にどのように技術投資を配分するかを定める戦略指針
ソフトバンクグループはAI群戦略、
アップルは垂直統合プラットフォーム、
エクソンモービルは科学技術のフルスタック、
デルタ航空は旅OS、
バークシャー・ハザウェイは必要技術の精密なSense。
事業はそれぞれ違うのに、OSの設計思想は共通しているという点が驚くべきポイントだ。
■日本企業が苦しんでいる「本質的理由」
6.なぜ5社は“典型例”ではなく“象徴例”として最適なのか
ここが重要なポイントである。
5社は模範例ではない。むしろ、それぞれがOSの異なる側面を極端に表現している“象徴例”だ。
・ソフトバンクグループは「未来投資というOS」の象徴

・アップルは「資本効率 × 美学 × プラットフォーム統合というOS」の象徴

・エクソンモービルは「現実主義 × 長期資本構造というOS」の象徴

・デルタ航空は「リスク制御 × 金融化というOS」の象徴

・バークシャー・ハザウェイは「複利 × 永続性というOS」の象徴
この“偏りの美しさ”こそ、5社を選んだ最大の意味である。
7.日本企業への問題提起
いま変えるべきは事業ではない。企業OSそのものである。日本企業が苦しんでいる本質的理由は、テクノロジーでも、DXでも、マーケティングでもない。企業OSが古いままだからだ。

資本配分は守りに傾き、ROICで事業を評価せず、FCFを“未来の燃料”ではなく“残余”と捉え、B/Sは経営の中心に置かれず、リスクを避けようとして機会を逃し、Storyと資本が一致せず、再発明の仕組みが組み込まれていない。
これでは、いくらアプリ(戦略)を変えても成果は出ない。
5社が教えてくれるのは、“企業はOSを変えれば再び成長できる”という極めて本質的な真実である。
ソフトバンクグループは事業会社からAI企業群へ変わった。
アップルはコンピュータメーカーから体験OS企業へ変わった。
エクソンモービルは石油会社から低炭素インフラ企業へ変わりつつある。
デルタ航空は航空会社から旅OS企業へ変わった。
バークシャー・ハザウェイは複利資本OSを持つ永続企業に変わった。
企業OSとは、事業や戦略以上に本質的な“企業の正体”である。
■「極端な5社」を徹底解剖する
第2章:ソフトバンク、アップル、エクソンモービル、デルタ航空、バークシャー・ハザウェイ――5社の「企業OS」を深層から読み解く
第1章で述べたとおり、企業の強さは事業だけでは決まらない。製品やサービスは企業の“アプリケーション”にすぎず、企業を本当に動かしているのは「OS」という深層構造である。
ここからは、ソフトバンクグループ、アップル、エクソンモービル、デルタ航空、バークシャー・ハザウェイ――この5社の企業OSを、一社ごとに徹底的に解剖していく。

重要なのは、これら5社は“典型的な模範例”ではなく、“OSの異なる側面を極端に体現した象徴例である”という視点だ。
だからこそ、5社を総合すると、企業OSの全体像が立体的に浮かび上がる。
■ソフトバンクGの「原動力」とは
1.ソフトバンクグループ:未来への焦燥を「構造」に変えた企業OS
ソフトバンクグループという企業を正確に理解するには、「通信会社」を保有する会社でも「投資会社」でも「AI企業」でもないという前提が必要だ。ソフトバンクグループは、常に“未来”とだけ向き合ってきた企業であり、その未来への焦燥感こそが企業OSの原動力になっている。
ソフトバンクグループの歴史は、未来の“上流”を取りに行く挑戦の連続だった。PCソフト流通、インターネット企業への投資、携帯事業参入、そして2020年代からはAI・半導体・データセンター・ロボティクスへ。その行動原理はいつも同じだ。「未来を支配したいなら、その未来を先に買いに行くしかない」。
未来への焦燥は、資本配分にもそのまま表れる。ソフトバンクグループは、世界のどの企業よりも大胆に、未来の産業の“支配階層”へ資本を集中させる。半導体、AIスタートアップ群、分散コンピューティング、ロボティクス、そしてSoftbank Vision Funds(ソフトバンク・ビジョン・ファンド、SVFs)による全世界規模のテクノロジー投資。
世界的に見ても珍しい「独自の構造」
通信事業が生むキャッシュフローは、そのまま「未来投資の燃料」に変換される。
企業の“守り”ではなく、未来を買うための“弾薬”として扱われるのである。
この哲学はテクノロジーOSにも刻み込まれている。ソフトバンクグループほど、Sense(未来察知)の感度が高い企業は世界にも稀である。AIが世界のあらゆる産業の構造を書き換えると見抜いたとき、同社はその直感をSeize(獲得)につなげるために兆円規模の投資を実行し、企業全体をTransform(再構成)する。企業そのものを未来に合わせて“再起動”する能力こそ、ソフトバンクグループOSの本質だ。
ソフトバンクグループは永続企業のように「安定性」を目指さない。その代わり、変化し続けられる再構成型の永続性を持っている。何度でも事業構造を変え、投資ポートフォリオを変え、未来に向けてアップデートし続ける。ソフトバンクグループは、未来への焦燥を“資本OS”に変換し、企業を前へ押し出す稀有な存在である。
■アップルは単なる「iPhoneの会社」ではない
2.アップル:完璧さの美学が全階層を貫く「フルスタックOS」
アップルを“製品が優れている会社”だと捉える限り、この企業の強さの本質は理解できない。アップルは、世界中のどの企業よりも「美学」を経営の中枢に置き、その美学を資本配分、技術統合、リスク設計、組織運営のすべてに浸透させている企業である。
アップルのOSの起源は、「人間が迷わない世界をつくる」というデザイン哲学にある。iPhone、iPad、Mac、Apple Watchなどのデバイスは、単独で優れているわけではない。iOSというOS、App Storeという流通網、Apple MusicやiCloudというサブスク事業など、複数の階層が一枚岩のように統合された“フルスタックOS”として動いている。
この統合構造が、アップルに世界最高クラスのROIC(40%超)をもたらす。アップルは利益率が高いから資本効率が高いのではない。体験の設計と資本構造の設計が同一の美学でつくられているから、資本が“美しく回転”するのである。
真の強さは「再発明のリズム」にある
デバイスの販売が、サービス事業の拡大につながり、そのサービスが安定したキャッシュフローを生み、そのキャッシュフローが再投資と自社株買いに向かい、それがさらにブランドとプラットフォームの強さを高める。
アップルは、資本と技術とブランドと体験が「一つのOS」として循環する世界である。
リスク設計もアップルの美学の中核にある。サプライチェーンの厳密な統制、セキュリティとプライバシーの高度な保護、ハードとソフトの完全一体化。ユーザーの迷いと不安を“構造的に排除する”という思想が、OSの隅々まで浸透している。
さらにアップルの真の強さは“再発明のリズム”にある。「iPod → iPhone → サービス → ウェアラブル → 空間コンピューティング(Vision Pro)」というように、10年単位で自らの世界観を再構築し続けてきた。
アップルは、完璧さの美学をOSに持ち、その美学が資本、技術、ブランド、組織すべてを連動させる“世界最高の企業OS”を形づくっている。
■世界最強の石油会社の「本質」
3.エクソンモービル:理想ではなく現実を動かす「物理世界のOS」
エクソンモービルほど、“現実”という言葉が似合う企業はない。この企業のOSの中核は、「世界は理想では動かない。現実で動く」という徹底した現実主義である。
エネルギーという領域は、地政学、環境規制、資源量、供給網、巨大設備投資、技術革新……世界の複雑性が最も濃縮している領域である。エクソンモービルはこの複雑な現実を、理想論ではなく科学と資本で制御してきた。
その構造は圧倒的だ。地質調査と探査技術で資源を見つけ、生産し、輸送し、精製し、化学製品を生み、さらにCCS(Carbon Capture and Storage、二酸化炭素回収・貯留)という低炭素領域まで統合する。これは単なる巨大企業ではなく、文明のエネルギーを動かす“物理世界のOS”である。
ROCE(Return on Capital Employed、使用資本利益率)は常に高水準を維持し、世界の価格変動を科学的な資本配分で吸収してきた。短期的な流行ではなく、30~50年スパンで「世界が確実に必要とするもの」に投資し続ける。だからこそ、エネルギー産業の変動にさらされながらも、倒れない。
エクソンモービルは、環境変化にも理想主義ではなく現実主義で向き合う。脱炭素は「是非」ではなく「構造」の問題として扱う。水素、CCS、触媒技術、再生燃料など、技術的実現可能性の高い領域から順に移行する。技術選択と資本配分が、未来の“世界の形”を冷静に見据えている。
エクソンモービルは、理想を語らず、現実を動かす。そのための科学的資本OSと超長期視点が、この企業を“揺るぎないインフラOS”へと昇華させている。
■「破綻」した航空会社が復活できたワケ
4.デルタ航空:危機を機能に変えた「生存のOS」から、“旅OS企業”へ
デルタ航空ほど、“生存”という言葉が正しく当てはまる企業はない。航空業界は、燃料価格、景気、感染症、地政学、天候と、世界で最も外部ショックに脆弱な産業のひとつである。そして、デルタ航空は2005年に米国連邦破産法第11章(チャプター11)を申請、一度破綻し、死の淵に立たされた。だが、デルタ航空は、破綻を「企業文化」だけではなく“企業OSそのものを書き換えるきっかけ”に変えた。
デルタ航空は気づいたのだ。「航空という事業は、正しい戦略だけでは生き残れない」と。必要なのは、航空というアプリを強化することではなく、“航空を超えるOSをつくること”だった。
その結果構築されたのが、“旅 × 金融 × データ”という三位一体の「旅OS」である。
SkyMiles(スカイマイル)というロイヤリティシステムは、旅そのものを通貨化し、顧客との関係を資産に変換した。Amex(アメックス)との提携カードは、旅前後の消費行動を収益に変換し、航空会社でありながら金融企業としての構造を持つようになった。運航データ、決済データ、顧客データを統合することで、旅全体の最適化を行い、遅延やストレスを減らす“旅時間のOS”をつくり上げた。
ファイナンス面でも、デルタは航空業界では異例のROIC12%を達成した。それを支えるのが、“三層ヘッジOS”だ。運航リスクは技術で、需要リスクはロイヤルティで、財務リスクはAmex(アメックス)収益で吸収する。航空という高リスク事業を、金融とデータで“低リスク化”したのである。
デルタ航空は、危機を入り口に企業OSを書き換えた企業だ。生存の本能を構造化し、旅OS企業として再誕生したと言っていい。
■「投資の神様」バフェット率いる投資会社の凄み
5.バークシャー・ハザウェイ:資本を時間に変える「永続資本OS」
バークシャー・ハザウェイは、世界のどの企業とも比較できない。なぜなら、事業ではなく“資本そのもの”をOSにしている唯一の企業だからだ。
バークシャー・ハザウェイの根幹にあるのは、保険事業から生まれる“フロート”である。これは顧客から預かった保険料のうち保険料支払い準備金を差し引いた金額(将来支払うべき負債)であり、その間は事実上、ほぼ無利子の永久資本として企業が自由に運用できる。
このフロートを複利で回し、鉄道(BNSF Railway)、エネルギー(BHE)、製造・小売りなどの実業を保有し、さらに株式投資を行うことで、実業 × 投資 × フロートの複利エンジンが完成する。
ここには、ウォーレン・バフェットCEOの哲学だけでなく、徹底した“誠実さ”と“長期主義”がOSとして組み込まれている。短期的な株主還元は行わず、過剰な成長物語を語らず、投資判断も「(バフェットCEO自身が)本当に理解できるものだけ」に絞る。これは倫理ではなく、資本OSの要件だ。信頼こそが最大の資本であり、複利を回す前提条件となるためである。
技術への向き合い方も独特だ。自ら最先端技術をつくる必要はない。必要であればアップルのような企業に投資し、その成長を複利の一部として取り込む。企業が事業と技術の両面で“自己完結”しようとしない点が、逆に強さを生んでいる。
バークシャー・ハザウェイは、資本を時間に変換するOSを持つ企業だ。それは技術でも製品でもなく、“信頼と複利”という世界で最も強力なOSである。
永続する企業はどうつくられるのか
これら5社は、業界も事業も構造も違う。しかし企業OSというレンズを通して見れば、それぞれが企業の本質を異なる角度から象徴している。これら5つのOSは互いに異なるが、組み合わせることで企業OSの“全体像”が立ち上がる。
企業が未来を創るには何が必要か?

永続する企業はどうつくられるのか?
その答えが、この5社の中に凝縮されている。
次章では、これら企業OSが実際にどのように日本企業へ適用できるのか、企業の“OS書き換え”に必要な思想と技術を徹底的に掘り下げていく。
■「日本企業が弱いのは、戦略が悪いからではない」
第3章:日本企業が「企業OS」を書き換えるとき、何をどう変えれば未来が変わるのか――5社のOSから導かれる“次の10年を生き抜くための構造改革論”
ソフトバンクグループ、アップル、エクソンモービル、デルタ航空、バークシャー・ハザウェイ――この5社を深く観察すると、企業は事業ではなくOSで勝負しているという圧倒的な事実が浮かび上がる。
企業OSとは、企業の根源にある“動作原理”である。資本をどう配分し、技術をどう扱い、組織をどう動かし、危機をどう吸収し、未来にどう備えるか。この深層コードこそが企業の強さを決める。
そして、この企業OSは“アプリ(事業)を変えるより遥かに難しい”が、同時に“書き換えれば企業そのものが生まれ変わる”力を持つ。
本章では、「日本企業がどの部分のOSをどの順番で、どのように書き換えるべきか」を、世界5社の企業OSを参照しながら徹底的に掘り下げる。
1.日本企業が抱える最大の問題は、「戦略」ではなく「OS」である
「日本企業が弱いのは、戦略が悪いからではない」。これは世界中の投資家が口をそろえて言うことだ。
むしろ、日本企業は戦略だけを見れば優れていることが多い。デジタルトランスフォーメーション(DX)にも取り組み、新規事業にも進出し、人材育成にも力を入れている。資料も綺麗で、ロジックも的確で、努力もしている。
それなのに変われない。なぜか? それは――OSが古いままだからである。
古いOSに新しいアプリ(新規事業)を入れても、動かない。OSが企業の深層構造を支配している以上、戦略・組織・人材・マーケティングは、すべてOSによって制限されてしまう。
日本企業に必要なのは「戦略変更」ではなく、「OS書き換え」である。
では、どこからOSを書き換えるべきか? それを明確にするために、まず最初の要素――資本金格(Capital Personality)を扱う必要がある。
2.最初に書き換えるべきは、「資本金格」という企業の人格OSである――“企業は何を信じているのか”が、全ての経営判断を決めている
資本金格とは、企業が本能的に持っている“資本の使い方の癖”である。消費者の「性格」と同じで、企業にも「人格」がある。先述したが、5社の資本金格は次の通りだ。
・ソフトバンクグループは“未来への焦燥”

・アップルは“完璧さの美学”

・エクソンモービルは“現実への敬意”

・デルタ航空は“生存の本能”

・バークシャー・ハザウェイは“信頼の複利”
この人格は、理念やスローガンのレベルではない。資本配分・意思決定・技術導入・組織の反応速度に、深層的に刻み込まれている。
日本企業の問題は、資本金格が曖昧であるという点にある。
「うちは安定を目指す会社なのか?」

「挑戦を重視する会社なのか?」

「複利を重視する会社なのか?」

「完全性を求める会社なのか?」
この問いに、明確で一貫した答えを持つ企業は少ない。
資本金格は企業の価値観の中心であり、これを定めない限りOS改革は進まない。
■日本人が決定的に「勘違い」していること
3.日本企業が直面する“OSのボトルネック”――7つのファイナンス思考のどこが欠けているのか、構造的に検証する
第1章・第2章で示したように、5社はいずれもファイナンス思考7体系(資本OS)を中心に企業を動かしている。
しかし日本企業は、この7つの体系の複数が欠落している。
① 資本配分が「横並びの小粒」になりがち

日本企業は、事業ポートフォリオを大胆に作り替えられない。未来への集中投資もできない。これは「全方位で失点しないようにする」という文化の帰結である。
② ROIC経営が根づかない

利益ではなく資本の働きで判断するという思想が弱い。結果として、不要事業を抱えすぎる。
③ FCFが“余剰”と捉えられている

世界企業はFCFを“未来を買う資源”と捉えるが、日本企業は“利益が出た結果”としか捉えない。
④ B/S経営の思想が薄い

日本企業の多くは、P/L(Profit and Loss Statement、損益計算書)で業績を評価し、B/Sは財務状況を管理するものと思っている。世界の強者は、B/S=企業OSの心臓として扱う。
⑤ リスクを“回避”しようとする

世界企業はリスクを“設計”して価値に変える。日本企業はリスクを“避ける”文化が強すぎる。
⑥ Storyと資本配分が一致しない

日本企業は“言っていること”と“やっていること”が一致しないケースが多い。アップルやソフトバンクグループとは対照的である。
⑦ 再発明の仕組みが弱い

日本企業では、“再発明”が掛け声で止まる。OSに再発明が組み込まれていない。
この7つのボトルネックこそが、日本企業のOSが古いままである理由である。
4.OS書き換えの鍵は、「テクノロジーOSの統合」にある――技術は“アプリ”ではなく“OSそのもの”である
日本企業がしばしば誤解しているのは、AIやDXを「事業強化の道具」とみなしてしまう点である。
世界企業はそうではない。AI・データ・プラットフォーム・自動化などの技術を企業OSの一部として統合する。
テクノロジー戦略3体系は、OSとの関係性が深い。
① Dynamic Capabilities(変化対応力)

② Platform Strategy(プラットフォーム化)

③ Innovation Ambition(Core/Adjacent/Transform比率)
日本企業は、この3つを“バラバラの施策”として扱いがちだが、世界企業は“OSとして一体運用”している。
OSとして統合された技術は、企業の成長速度・変化速度・収益構造を根底から変える。
■カギは「企業OS」そのものの再設計
5.“企業OSの書き換え”には順番がある――第1に資本金格、第2に資本OS、第3に技術OS、第4に永続OS
企業OSを書き換えるとき、最も重要なのは「順番」である。順番を間違えると改革は必ず失敗する。
第1段階:資本金格を定義し直す

企業はまず、「何を信じ、何を大切にし、何を優先するか」を明確にする必要がある。これは理念ではなく“資本配分の原則”である。
第2段階:資本OS(ファイナンス思考7体系)を再設計する

資本金格で定めた価値観に基づき、資本配分・ROIC運用・B/S強化・リスク設計・FCF設計を再構築する。
第3段階:技術OS(テクノロジー戦略3体系)を統合する

企業が採用するAI・プラットフォーム・データ基盤などの技術は、資本OSの方向性に合わせて選択・配置すべきである。
第4段階:永続OSを実装する

再発明(Reinvention)と複利(Compounding)を企業の体質に組み込む。ここで初めて“100年企業”が誕生する。

6.日本企業はOSを書き換えることで“別の企業”に再生できる――OSは企業の“人格”と“未来”を決める
ソフトバンクグループは「通信会社」から「AI企業群」へ変わった。
アップルは「コンピュータメーカー」から「体験OS企業」に変わった。
エクソンモービルは「石油企業」から「低炭素インフラ企業」へ変わりつつある。
デルタ航空は「航空会社」から「旅OS企業」へ変わった。
バークシャー・ハザウェイは「紡績会社」から「複利資本OS企業」へ変わった。
日本企業は「変われない」のではない。“OSが変わっていない”だけである。
OSを書き換えれば、企業は名前は同じでも、“別の会社”として再誕生する。
7.最終結論――日本企業が次の10年で生き残る道は、ただひとつ、「企業OSの全面的な書き換え」である
事業ではなく、OSで勝つ時代が始まっている。
ソフトバンクグループは未来への焦燥のOSで加速を続け、
アップルは美学OSで資本と技術の循環をつくり、
エクソンモービルは現実OSで世界のエネルギーを動かし、
デルタ航空は生存OSで旅OS企業へ変わり、
バークシャー・ハザウェイは永続OSで100年企業のモデルを示している。
この5社が示すのは、企業が変わるための“構造”であり、“哲学”であり、“勇気”である。日本企業が未来を切り開く鍵は、事業でも戦略でもなく、企業OSそのものの再設計である。
企業OSを書き換えた瞬間、企業は、未来をつかむ主体へと生まれ変わる。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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