■ロシア人ジャーナリストが書き上げた暴露本
プーチン氏はウクライナ戦争を進めるにあたり、独自の根拠を主張している。NATO加盟国がロシアの安全保障上の脅威であるとし、また、ウクライナ政府はネオナチに支配されているなどとする主張だ。
こうした主張は客観的合理性を欠いており(実際にはゼレンスキー大統領はユダヤ系)、侵攻が正当化されるものではない。誤った論理の公言は、もはやプーチン氏の常套手段となっている。
ロシアで今年7月30日に刊行された『Царь собственной персоной(皇帝その人)』は、そんなプーチン大統領がひた隠す、矛盾だらけの私生活に切り込んだ注目の書籍だ。著者はロシアの調査報道メディア「プロエクト」の編集者、ロマン・バダニン氏とミハイル・ルービン氏。身の危険を冒し、プーチン氏の矛盾する人格にスポットライトを当てた。
2人のジャーナリストは2021年、モスクワ警察に自宅を家宅捜索されたほか、自身のみならず友人たちもロシア政府による迫害のターゲットに。アメリカへの亡命を余儀なくされた。まさに身を挺して上梓した一冊によって、独裁者の裏の顔が明らかになった。
同著では、公の場では「伝統的価値観」の保護を積極推進するプーチン像に反し、私生活では不倫や縁故主義、組織犯罪との癒着が満ちているとプーチン氏を批判している。
■リゾートや私設鉄道まで与えられたプーチンの愛人たち
著者の一人であるバダニン氏は、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の取材に応じ、「プーチンの私生活は、公の場での言動よりもはるかに重要なのです」と語る。
同著で挙げられている矛盾の代表例というべき事例が、スヴェトラーナ・クリヴォノギフ氏との不倫関係だ。書籍は現在ロシア語版のみが出版されているが、英タイムズ紙が同著の内容を取り上げている。
それによると、プーチン氏は48歳前後であった2000年頃、自身のボディーガードを通じる形で、店舗の清掃員として働いていたスヴェトラーナ・クリヴォノギフ氏の紹介を受けた。当時20歳の若さだ。
プーチン氏は結婚生活を営んでいたが、クリヴォノギフ氏との蜜月は人目をはばかりながら続いた。出会いから約3年後の2003年になると、クリヴォノギフ氏は娘を出産。公式に認知されていないが、プーチン氏の3人目の娘とされる。
プーチン氏との関係が始まるやいなや、クリヴォノギフ氏の暮らしは激変した。毎日の清掃シフトをこなして辛うじて生活費を捻出していた当時の状況から一変。サンクトペテルブルクで高級スキーリゾートを営み、政府寄りの銀行に出資するまでになった。モナコにも不動産を持つ。
独立系報道メディアのメデューザは2020年、プロエクトの調査報道を取り上げ、クリヴォノギフ氏がロシア銀行の2.8%の株式を保有していると指摘。サンクトペテルブルク中心部の芸術施設などその他の所有資産を加味すると、総資産は77億ルーブル(現在のレートで約152億円)に及ぶ。
■「伝統的家庭」のウソ
プーチン氏の愛人はクリヴォノギフ氏だけではない。英アトランティック誌が取り上げるように、公然の秘密として元体操選手のアリーナ・カバエワ氏とも長年関係を持っており、子どもがいるとの報道もある。
愛人や子どもたちを公共の場に出さぬよう、徹底した秘密主義が敷かれている。ロシアの反体制派メディア「ドッシエ・センター」は、カバエワ氏が秘密裏にプーチン氏の宮殿を訪ねる手段として、私設鉄道まで敷かれていると報じた。
プーチン氏は一貫して、「伝統的家族の価値観」を国民に強く奨励してきた。家族の絆を重んじ、西側の退廃的な文化を断固として拒む、極めて道徳的な指導者。それが表の顔だ。その美辞麗句の裏側で、彼自身は愛人を囲み、妻のリュドミラ氏を幾度となく裏切ってきた。
1994年、サンクトペテルブルクの副市長となった際も、家族への裏切りを厭わなかった。タイムズ紙によると、妻と娘たちが自宅でささやかな祝いの夕食会を準備していたまさにそのとき、プーチン氏本人は市中心部のストリップクラブで“会合”を開いていたという。
同クラブはプーチン氏の個人警護を担当していた組織犯罪者、ローマン・ツェポフが警護を務めており、2階には女性たちと密会できるよう個室まで用意されていた。
夫の二重生活を知りながら、妻は耐え続けた。リュドミラ氏のドイツ人の友人イレーナ・ピーチュ氏の回想録によると、1998年までにリュドミラ氏は「想像を絶する痛み」に苦しんでいた。「絶え間ない屈辱」と「裏切り」に遭っていたという。2014年になると2人はついに、離婚に至る。
■一時はイーロン・マスクにも匹敵の個人資産
妻に見捨てられたプーチン氏。夫婦生活は破綻したが、彼の財政基盤はますます強固になる一方であった。
米フォックス・ビジネスが2024年2月に報じたところによると、公式に算入されていない隠し資産を含めたプーチン氏の純資産は、700億ドル(約11兆円)から2000億ドル(約31兆円)と推定されている。
戦略軍事情報アナリストのレベカ・コフラー氏は同メディアに対し、「プーチンの富はおそらくイーロン・マスクなど西側の実業家に匹敵する」規模だと述べている。現在のイーロン・マスク氏はスペースX株の高騰などでさらに資産額を増やしているが、世界一の富豪と言われるマスク氏に、一時は規模でにじり寄っていた。
もっとも、公式に発表されているプーチン氏の年収は、14万ドル(約2200万円)。サンクトペテルブルクにある広さ74平方メートルのマンションで慎ましく暮らす。
しかし、パナマ文書などの流出文書から推定すると、こうした“公式設定”とはまったく別の実態が浮かび上がる。同メディアによると、1億ドル(約150億円)のメガヨットや、「新たなベルサイユ宮殿」との異名を持つ黒海沿岸の宮殿などを所有するという。
■エリツィン後に現れた期待の彗星
愛人たちに湯水のように金を使い、宮殿を建て、メガヨットを所有する。この莫大な資産は、どこから流れ込んでくるのか。その源泉は、プーチン氏が作り上げた巧妙な収奪の仕組みにある。
2000年、大統領に就任したプーチン氏は、腐敗にまみれたロシア国家を立て直す改革者として期待されていた。
前任のボリス・エリツィン大統領は酒に溺れ、気まぐれで予測のつかない政策ばかり。わずか22人のオリガルヒ(新興財閥、新興富豪)が国富の40%を懐に入れる一方、国民は貧困にあえいでいた。
そこに登場したプーチン氏に、民衆の期待はにわかに高まった。元ヘルミテージ・キャピタル・マネジメントCEOのビル・ブラウダー氏は、米PBSのインタビューで、当時の状況を振り返る。
「(プーチン氏は)酔っぱらいでもなく、頭も切れたし、英語も話せた。
だが、期待は虚しくも裏切られる。腐敗を正すどころか、オリガルヒを脅し収益を献上させるシステムを自ら編み出したのだ。
■TV放送を利用しオリガルヒたちを恐怖に陥れた
腐敗システムのスタートとなったのは、2003年10月。ロシア最大の富豪ミハイル・ホドルコフスキー氏の逮捕がきっかけだ。
シカゴ大学のインタビューでブラウダー氏はこう語る。「彼らはテレビカメラを(監獄の中に)入れて、ロシア最大の富豪ミハイル・ホドルコフスキーが檻の中にいる姿を撮影させたのです」
映像は全国放送された。ブラウダー氏は続ける。「あなたが例えば、ロシアで17番目の富豪だったとしましょう。自分よりはるかに金持ちで権力のある男が檻の中にいるのを見たら、どう思うでしょう。
2004年6月、ホドルコフスキー氏に有罪判決が下り、10年の刑が言い渡された。その後、他のオリガルヒたちは次々とプーチン氏のもとを訪れ、プーチン氏に尋ねたという。「ウラジーミル、檻に入らないためには何をすればいいのでしょうか」
プーチン氏の答えは一貫していた。「簡単だ。50%だ」
フォックス・ビジネスによると、この「50%」は、オリガルヒたちが収益から支払う50%の上納金を指す。ロシア政府に納めるわけではなく、プーチン氏個人に渡るものだ。ゲームのルールはこうだ。オリガルヒは50%を渡す。ロシア政府はオリガルヒたちの一定の悪事を見逃す。上納金を納めている限りは、政府の非公式の庇護を受けられる。
ブラウダー氏は、「その瞬間、彼は世界一の富豪になったのです」と語る。50%システムを完成させたことで、プーチン氏は「ロシア最大のオリガルヒ」の座に就いた。腐敗を一掃するはずだった改革者は、腐敗の中心人物となったのだ。
■たくましいプーチンは虚像にすぎない
倫理観なき思考は、どこから生まれたのか。その答えは、彼の少年時代にある。
ロシア専門家であり、プーチン氏の半生を描いたグラフィックノベル『Accidental Czar』の著者でもあるアンドリュー・ワイス氏は、米NPRのインタビューに応じた。
ワイス氏によるとプーチン氏は、「実際のところ、目立たない中堅のKGB(ソ連国家保安委員会)職員でした」という。KGBを辞めた後も、辛うじて中佐に昇進できた程度だった。上半身裸のたくましいイメージは、ロシア政府が積極的に宣伝している印象操作に過ぎない。
さらに時を遡れば、少年時代は「本物の不良」だった、とワイス氏。「かんたんにいうと、街のチンピラです。ですが、柔道を学び、ドイツ語を学び、KGBに入れ込んだことで、人生を立て直しました」
ところが、1つだけ大きな過ちを犯していた。柔道は本来、精神の鍛錬を重視する武道だ。一方でプーチン氏が間違った師匠から学んだのは、その精神とは正反対の教えであった。
■力を悪用する代表例に成り下がった
1970年代、レニングラード(現サンクトペテルブルク)。国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)によると、当時20代だったプーチン氏はこの地で、柔道コーチのレオニード・ウスヴャトソフ氏の指導を受けた。
だが、ウスヴャトソフ氏はお世辞にも清く正しいスポーツ指導者とはいえなかった。彼は犯罪で生計を立てており、当時をよく知る証人たちがプロエクトに語ったところでは、暴力に訴えがちな性格だったという。
ウスヴャトソフ氏は集団強姦および不正な外貨取引で約20年間刑務所に服役しており、2回の服役期間の合間にプーチン氏を指導した。
バダニン氏とルービン氏は新刊書で、このときの教えがプーチン氏の人格形成に大きく影響したと指摘している。師範のウスヴャトソフ氏から「リスクを求める気質と、力を使うことへの信念」を学んだと同著は論じる。
アルジャジーラは、プーチン氏と共にサンボ(柔術やレスリングなどを融合した競技)を学んだニコライ・ヴァシチリン氏の証言を紹介。証言から、プーチン氏が「上級コーチのレオニード・ウスヴャトソフを通じて盗賊とつながっていた」ことも明らかになった。
ウスヴャトソフ氏は1994年、ギャングの銃撃を受けて死亡している。墓石には今も、「私は死んだが、マフィアは不滅だ」の文字が刻まれている。
プーチン氏が師匠から学んだのは、柔道が基本とする「自他共栄」の優れた精神ではなかった。暴力と犯罪の世界を生き抜き、持てる限りの力を利用するあくどい手法であった。
ウクライナ侵攻を受け、国際柔道連盟は2022年3月、プーチン氏を全役職から解任した。侵攻を続ける今も、プーチン氏の基本的な精神は何も変わっていない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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