富裕層と呼ばれる人たちは、どんなことにお金を使っているのか。『「新」富裕層ビジネスの教科書』(集英社インターナショナル)の著者で、クレディセゾン セゾンAMEX事業部で富裕層向けのビジネスを展開している岸田大輔さんは「かつての富裕層は通い慣れた高級店で食事をすることで満足していたが、新富裕層にはまったく別の特徴がある」という――。
(第1回)
■なぜ富裕層は「食」を大切にしているのか
私は2019年から富裕層向けのビジネスを立ち上げ、これまでに1000人以上の富裕層の方に会ってきました。彼らに対してさまざまなサービスを提供してきましたが、そのなかでも最も重要なカテゴリーが「食」です。
富裕層、そのなかでも特に経営者層は、人生における時間を一切無駄にしないという価値観を徹底しています。
一日のうちで複数回訪れる「食」の時間も、その価値観の例外ではありません。単に空腹を満たすため、あるいは美味しいものを楽しむためだけに食事をするわけではないのです。
彼らは昼間に会議室に集まるのが難しいため、朝食、昼食、夕食の時間は、重要なコミュニケーションツールとして機能します。食事の場は、経営者同士が腹を割って会話をし、情報交換を行い、ひいては新たなビジネスへと繋がっていくための極めて重要な機会なのです。
食は、単なる栄養補給や娯楽ではなく、彼らにとっては仕事の一部と呼ぶべきものなのです。一食一食に意味を持たせ、効率的かつ効果的に人間関係とビジネスを構築していく。これこそが、富裕層が「食」にこだわる理由であり、だからこそ私は富裕層ビジネスにおいて「食」をもっとも重要視しているのです。
■旧富裕層は「安心できるサービス」を求めている
ひとくちに富裕層と言っても、その消費行動や価値観は人によって大きく異なります。特に長い時間をかけて盤石な資産を築いてきた「旧富裕層」は、食においても「安心と安定」を強く求める傾向にあります。

彼らが好むのは、長きにわたり名声と実績を築いてきたホテルのメインダイニングや、世界的な評価基準であるミシュランの星付きレストランです。これらの店は、「絶対的な失敗がない」という保証に価値を見出しています。季節ごとに変わるメニューであっても、過去に味わった感動が再び得られるという「安定的な満足」を最優先するのです。
旧富裕層にとって、高額な代金を支払って期待に届かない食事をすることや、サービスで不快な思いをすることは、その後のビジネスにも影響を及ぼしかねないリスクと見なされます。この「外さない」という確信こそが、旧富裕層にとっての最高のサービスであり、彼らが常にメジャーで安定した場所を選ぶ理由となっています。
■新富裕層は“新しい刺激・体験”を求めている
一方で、多様なビジネスで成功した背景を持つ「新富裕層」は、食に対する価値観が大きく異なります。
彼らにとって、ミシュランの星付きレストランはもはや「美味しいのは当たり前」の普通のお店です。彼らが求めるのは、常に新しい刺激と、他では得られない体験です。例えば、話題の予約困難店や、会員制で排他性の高い空間、あるいは食材や調理法に革新的な試みを凝らしたイノベーティブな料理に魅力を感じます。
彼らの生き方は、ビジネスと同様にPDCAサイクルを高速でまわしていくことにあり、それは食の体験にも当てはまります。失敗、つまり「期待に届かない店」に当たったとしても、それを感情的に怒るのではなく「なぜこの料理やサービスは良くなかったのか」と言語化し、次の選択のための貴重なインプットとします。
この「失敗を恐れず、常に新しい情報と体験を取り込む」という貪欲な姿勢こそが、新富裕層の「食」への姿勢の特徴だと言えるでしょう。

■富裕層が感動した「意外な大衆店」
高級店を知り尽くした新富裕層にとって、真の驚きとなるのは、彼らが人生で触れる機会のなかった「庶民の食文化」です。
具体的な選択肢としては、街中華やもんじゃ焼きがあります。特に、東京下町のソウルフードであるもんじゃ焼きは、予算が一人あたり2~3万円の高級店がほぼ存在しないという点に特徴があります。
お好み焼きであれば、トリュフなどの高級食材を加えて高価格帯のメニューを作ることは可能ですが、もんじゃ焼きは素材や調理法、見た目からして「高級化のしようがない」ジャンルです。この庶民性こそが、最高級の料理を食べ尽くした彼らにとっては、新鮮でユニークな価値となります。
ただし、大衆店だけで終わらせてはいけません。例えば、月島でもんじゃ焼きを堪能した後、銀座のハイエンドなバーへとお連れするなど、「二つの異なる世界を融合させる」コーディネートを行うことで、体験の質を一気に高めることができます。この高低差こそが、新富裕層にとっての洗練されたおもてなしとなりました。
■都心の高級店ではなく、“2時間かかるオーベルジュ”
新富裕層は、仕事や旅行で地方へ赴いた際にも、時間の使い方を熟知しています。特に旅先での食事は、その土地の文化や風土を深く味わうための重要な要素と捉え、妥協を許しません。
そこで彼らが選択肢に入れるのが「オーベルジュ」です。オーベルジュとは、宿泊施設を備えたレストランを指します。
その最大の利点は、提供される食事のために旅をして、そのまま最高の空間で滞在を完結できる点にあります。
地元の最高の食材が使われた料理を、時間や移動の制約を気にすることなくゆっくりと堪能し、そのまま部屋に戻り余韻に浸ることができるのです。これは、「食事の時間を最大限に価値あるものにする」という新富裕層の価値観と一致します。
都心から車であれば2時間程度で移動できる郊外や、新幹線だと2時間程度で移動できる北陸に有名店があり、特に富山にある「L'évo(レヴォ)」は非常に有名で新富裕層からの人気も高いです。ほかにも東京では立川の「Auberge TOKITO」、山梨の「nôtori」などが人気で、関東圏外であれば、屋久島にある「sankara hotel&spa 屋久島」も非常に人気のオーベルジュのひとつです。
新富裕層のあいだでは、オーベルジュだけでなく、地方にあるレストランが人気になりつつあります。たとえば、長野にあるタイ料理店の「GUUUT」、山梨にあるイノベーティブの「Terroir愛と胃袋」など、一都三県にすらないレストランが非常に人気になってきています。
新富裕層は六本木や銀座にあるような有名高級料理店に出向くのではなく、こうした地方にあるオーベルジュやレストランに通い、日々新しい発見を求めているのです。

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岸田 大輔(きしだ・だいすけ)

クレディセゾンAMEX事業部 プレミアムビジネス開発部長

2002年、株式会社クレディセゾン入社。セゾンAMEXや提携カード担当として、カードリニューアルや新規カード発行を通じてマーケティングに携わる。2017年より東南アジアにてアンダーサーブド層向けビジネス開発に携わる。2019年よりセゾンAMEX事業部にて富裕層ビジネスを立ち上げ。
2022年よりブラックカード事業に参入。機能よりも価値に寄り添ったサービスが新富裕層の間で話題となる。著書に『「新」富裕層ビジネスの教科書』(集英社インターナショナル)がある。

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(クレディセゾンAMEX事業部 プレミアムビジネス開発部長 岸田 大輔)
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