日本社会において経済格差がどんどん広がっている。流通経済大学教授の白鳥和生さんは「厚生労働省によると、2023年の全世帯平均所得は536万円だった。
それに届かない世帯が6割以上いる一方で、飛び抜けた富裕層が出現している。実質賃金が伸びない中で物価は上がるので、高所得者と低所得者の消費に大きな格差が出ている」という――。(第2回)
※本稿は、白鳥和生『なぜ野菜売り場は入り口にあるのか』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■平均所得100万~400万円が全体の約4割
【生活者の声】ボランティアで「子ども食堂」を手伝っています。最近はお年寄りも食堂に来るようになっています。食材の値上がりが激しいので、フードバンクの活動や寄付がもっと活発になればいいと思います(40代・私立大学勤務)
「1億総中流」といわれた日本だが、経済格差は確実に広がっている。年金生活者の増加も手伝って年収400万円以下の世帯が増える一方で、高級ブランドが多く入る百貨店の伊勢丹新宿店が2022年度から3年連続で過去最高の売上を達成するなど「飛び抜けた」富裕層が出現している現実がある。
厚生労働省によると、2023年の全世帯の平均所得は536万円で、ピークとなった1994年の664万円から大幅に減少している。所得別の内訳を見ると、最も多い層は100万円台と200万円台で、比較的低所得の層がほぼ同じ割合になっている。100万~400万円が全体の約4割を占め、全世帯平均に届かない世帯は6割以上にのぼる。
より生活実感に近い中央値(全世帯の所得を並べて真ん中の値)は410万円。30年前より100万円以上少なく、この10年間は大きな変化がない(*1)。

*1 厚生労働省「2024(令和6)年 国民生活基礎調査」
■世界と比べて見劣りする日本の賃金の伸び率
経済協力開発機構(OECD)の年間賃金データを見ても、物価を勘案した購買力平価ベースで米国は30年前の5割増、OECD平均が35%増なのに対し、日本は5%増にとどまる。また欧州委員会によると、日本の可処分所得(収入から税・社会保障費を差し引いた手取り)は2000年と比べて2023年は横ばい。米国(約2.6倍)や欧州(約1.6倍)と比べて大きく見劣りする(*2)。
*2 「OECD 雇用見通し 2024 国別報告書: 日本」OECD、2024年7月9日
2021年10月の衆院選で与野党が揃って提唱したのが「分厚い中間層の復活」だった。欧米に比べて日本の可処分所得の伸びが鈍いのは、収入が伸び悩んでいることと、社会保障負担が膨らんでいることの両面の理由がある。
■税と社会保障の国民負担率は約46%
2024年10月の解散・総選挙では「手取りを増やす」がテーマになった。国民民主党がこの政策を強調し、減税や社会保険料の軽減を通じて可処分所得の増加を訴え、議席を大きく伸ばした。
国民所得に占める税と社会保障負担の比率を示す国民負担率は2025年度見通しで約46%だ。20年前の2005年度は約36%、10年前の2015年度は約42%だっただけに、消費に回すお金は目減りしている。
駒澤大学准教授の田中聡一郎氏によると、2015年時点で183万~489万円の所得がある世帯が中間層だとされる。田中氏の推計では、中間層の規模は2000年の59.4%から2015年の56.9%へと2.5ポイント縮小した。
縮小幅はわずかに見えるが、「高所得層の減少(4.5ポイント減)と低所得層の増加(7ポイント増)が観察されている点だ。
つまり中間層が安定しているようにみえるのは所得域が下がったためで、実際には日本の所得分布全体は低所得化している」と分析する(*3)。
*3 「日本経済新聞」2021年11月17日
■低所得者層を苦しめる物価高
いまの消費に力強さはない。実質賃金が伸びない中、生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)は2023年が3.1%、2024年が2.5%上昇し、2025年に入っても3%前後の伸びが続く。物価高を踏まえると収入は目減りした計算だ。
物価上昇の影響に加え、税金や社会保険料の負担増も大きい。負担額は高齢化の加速で2012年ごろから増え始め、2024年は13万5000円と、2000年より約4万5000円増加した。配偶者が働き始めて、世帯主の扶養対象でなくなったことで負担がむしろ増えてしまった人もいる。
可処分所得は月39万8000円と、2000年を6000円ほど下回っている。特に現役世代が厳しい状況だ。60歳以上は定年延長などで働く人が増えて増加したが、35歳から54歳までの世帯はすべてマイナス傾向にある(家計調査)。
足元で進む食品やエネルギー、サービス価格の上昇は、引き続き日本経済の懸念材料だ。物価高は低所得者層の家計を圧迫する。
日本経済新聞社が2022年4~8月の勤労世帯の名目ベースの平均値をコロナ前の2019年4~8月と比べたところ、家計調査の分類で最も所得が少ないグループ(2022年同期は平均で月20.3万円以下)の消費支出は6.5%減った。
これに対し、最も高い世帯(同50.4万円以上)は可処分所得が4.9%増、消費支出は7%増で、支出の伸びが所得の伸びを上回る結果となった(*4)。
*4 「日本経済新聞」2022年10月9日
■所得によって異なる食材選び
コロナ禍で積み上がっていた貯蓄の一部が消費に向かった可能性がある。一方、所得が少ない世帯は使えるお金は増えたのに消費は大きく減った。暮らしに欠かせない商品ほど値上がりが大きく、必需品以外に使うお金を節約しているためだ。
スーパーマーケットのメイン顧客は中間所得層だった。だが中間所得層の減少と低所得者層の増加は企業の営業政策に影響を与える。原材料高騰で値上げが相次ぐ中、仕入れや物流などの効率化でメリハリをつけた価格政策や品揃えをしていかないと、生活者からの支持を得にくい構造になっているのだ。
家計調査を詳しく見ると、所得によって食材の選好に違いが見られる。
たとえば牛肉は、所得が高いほど購入量が多い。2023年実績では、年収880万円以上の高所得世帯は牛肉の年間購入量が約6.2キログラムに達し、高品質な牛肉を求める傾向がある。これに対し、年収213万円未満の低所得世帯では年間購入量が約4.8キログラムにとどまり、価格を重視する傾向が強い。

■高所得者ほどスパゲッティを選ぶ
同じ麺でも、所得が高いほどスパゲッティ(乾麺)の購入量が多く、所得が低いほどうどん・そばの購入量が多い。高所得層の年間購入量がスパゲッティ約4キログラム、うどん・そば約2.4キログラムであるのに対し、低所得層はスパゲッティ約2キログラム、うどん・そば約3.2キログラムと逆転が見られる。
うどんやそばはほかの食材に比べてコストが低く、家計に優しい選択肢だ。スパゲッティはソースや具材が必要なため全体のコストが高くなり、所得が高い世帯での購入量が多くなると考えられる。
所得によって食材の選好に違いが見られることから、スーパーマーケットはターゲットとする顧客層に応じた商品ラインナップや販売促進戦略を考える必要がある。また、所得層ごとの消費傾向を踏まえた戦略を展開することで、顧客満足度を高め、売上を伸ばすことができるだろう。
たとえば高所得層向けには、品質や産地にこだわった商品の特集や試食イベントを開催することで、購買意欲を刺激する。一方、低所得層向けには、価格訴求型のセールやポイント還元キャンペーンを実施することで、コストパフォーマンスを重視する顧客のニーズに応えられるはずだ。
■低所得者を支えるスーパーマーケット
相対的貧困率の高止まりも日本社会の大きな問題だ。可処分所得が人口全体の中央値の半分に満たない人の割合は15.4%と、先進国では米国や韓国などに次ぐ高い水準になっている(*5)。
日本のジニ係数(平等ならゼロで、格差が大きくなるほど1に近づく)は1980年以降緩やかに上昇し、高止まっている。所得差が大きい高齢者層が増えれば格差は拡大しやすくなる一方、雇用環境の改善は格差是正につながる。

*5 厚生労働省「国民生活基礎調査」
低所得家庭への支援はスーパーマーケットでも広がっている。USMH傘下のマルエツは首都圏の100店以上をフードドライブの拠点にしている。フードドライブとは、家庭で使いきれない食品を顧客から寄付してもらい、NPO法人や社会福祉協議会、自治体を通じて、支援を必要とされている施設や団体、子ども食堂などに届ける取り組みだ。
千葉県内では、とうかつ草の根フードバンク(TKF)の協力を得て、鎌ヶ谷大仏店や小金原店などに専用のボックスを置き、2024年10月末までに約16万点の食品を集めた。地域の子ども食堂支援を目的とする募金活動も全店舗で展開しており、2020年からの累計寄付額は1億円を超える。地域社会の課題解決や食品ロス削減に貢献する狙いだ。

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白鳥 和生(しろとり・かずお)

流通科学大学商学部経営学科教授

1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。
2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。

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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)
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