『国宝』の例外を除き、実写よりアニメが強い映画の興行成績。しかし、11月21日公開の細田守監督『果てしなきスカーレット』は大苦戦している。
ライターの村瀬まりもさんは「口コミのネガキャン以前に細田作品が観客の信頼を失っていたのではないか」という――。
■3連休の映画館を震撼させた不入り
体感した客席稼働率はたったの4%。細田守監督の新作『果てしなきスカーレット』公開直後の3連休最終日、11月24日の夜7時、全196席のシネコンのシアターに、観客は筆者を含め8人しかいなかった。
連休中、Xなどでは「映画館がガラガラ」「大コケ」「スカーレット爆死」という投稿が相次ぎ、「客席稼働率は5%ほどではないか」と予想する人もいた。この規模の大作アニメでそんなことはありえないだろう、と信じられない思いでいたが、実際に映画館に足を運んでみたところ、現実はそれよりヤバかった。
上映開始直前にはシネコンのスタッフが入ってきて、予約システムでわかっているはずなのに客の人数をカウントしていた。スクリーン数11を有するこの東京都内のシネコンでは、客席400を超えるIMAXシアターを始め、1日11回の上映を確保していた。概算で1日の客席数は4000席以上、3日間で1万2000席以上。それが5%前後しか埋まらなかったわけだ。大入りを期待していたアニメ映画の驚くべき不振ぶりを、3連休の終わりに確かめたかったのだろう。
ちなみに連休明けの25日昼0時の回、432席のIMAXシアターは2席しか予約されていなかった。ほとんど貸し切り状態である。

■動員は66億円ヒットの前作の22%
25日に発表された速報ニュースによると、11月21日の初日から3日間の動員は13万6000人、興収は2億1000万円。これは細田監督の前作『竜とそばかすの姫』(2021年)が3日間動員60万人、興行収入8億9000万人(最終的な興行収入は66億円)と比べると、ほぼ4分の1。いかに低い数字であるかがわかる。
3連休を含む公開4日間の累計成績は動員17万人、興収2億7000万円。まさしく初週は「大コケ」と言われても仕方ない。
細田監督は「ポスト宮﨑」とも呼ばれるように、スタジオジブリ・宮﨑駿監督の後継者的なクリエイターと目され、その作品は配給会社・東宝の全面的なバックアップで全国400を超える映画館で公開されてきた。アニメ業界の頂点に立ったとも言えるその地位が『果てしなきスカーレット』の興行不振で危うくなるのではないか、もう大作映画は作れないのではないかと予想する評論家も複数いる。
■細田守監督の地位が危うい
『果てしなきスカーレット』は細田守監督のオリジナルアニメーション長編7作目として公開された(第1作『時をかける少女』には原作小説があるが、漫画・TVアニメからのシリーズではないので含む)。
これまでの興行収入を振り返ると、出世作『時をかける少女』(2006年)が2億6000万円、『サマーウォーズ』(2009年)が16億5000万円。製作会社・スタジオ地図を立ち上げた後は、『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)が42億2000万円、『バケモノの子』(2015年)が58億5000万円、『未来のミライ』(2018年)が28億8000万円、『竜とそばかすの姫』(2021年)が66億円(いずれも概算)だった。
■ネガキャン以前に客が入らなかった
前作『竜とそばかすの姫』の大ヒット後、4年の制作期間をかけた『果てしなきスカーレット』はネットの感想で酷評されている。いずれも5点中の平均が映画.comでは2.7点、Filmarks(フィルマークス)では2.9点(2025年11月25日時点)。
いずれも『竜とそばかすの姫』までは3点を超えており、他のアニメーション作品と見比べても3点を切るというのは異常事態だ。
ただし、『果てしなきスカーレット』は公開初日から映画館に客が入っていなかった。つまり、初日に見た人が駄作という烙印を押し、悪い口コミが広がり、いわゆるネガティブ・キャンペーンの影響で大コケしたというよりは、そもそも人が見に行っていない。「作品の評価」と「興行」はいったん分けて考える必要があると思う。
つまり、細田守は公開前から観客に見放されていたのではないかという悲しい仮説だ。
■東宝や日本テレビは大量宣伝をした
なぜ初日や公開直後の3連休に「映画館ガラガラ」という状況になってしまったのか。
まず、公開前の宣伝が功を奏しなかったことが考えられるだろう。細田監督を始め、声の出演の芦田愛菜、岡田将生、大御所俳優や人気声優をズラリとそろえての記者会見、舞台挨拶、TV、YouTubeなどへの露出。製作会社である日本テレビ(スタジオ地図、ソニー・ピクチャーズエンターテインメントと共同)の「金曜ロードショー」枠は11月7日から4週連続で細田監督作を放送している。やれることは全て“いつもどおりに”やったはずだ。
それでも『果てしなきスカーレット』は多くの人に「見たい」と思わせることができなかった。いや、実は、むしろ予告編を始めとする公開前の露出こそが人々の足を映画館から遠のかせたと思われる。

■シェイクスピア×ダンテが原案
細田監督が公言するとおり、『果てしなきスカーレット』の下敷きになっているのはシェイクスピアの復讐劇『ハムレット』とダンテの『神曲』だ。
16世紀のデンマーク、父王アムレットに溺愛されて育っていた王女スカーレット(芦田愛菜)は、自分に嫉妬する母親と父の弟(叔父)クローディアスの陰謀により、目の前で父を無惨に処刑され、叔父への復讐を誓う。しかし、暗殺に失敗してみずからが瀕死の状態になり、死者と生者が邂逅する「死者の国」に落ちた。そこで荒野をさまよううちに、憎い叔父も死して同じ空間にいることを知り、今度こそ復讐を遂げるため、叔父の手下や盗賊たちと戦っていく。
本作を「失敗作」「クソ映画」「脚本が破綻」と言う悪評をネットで見たとき、名作『ハムレット』を原案にしているのにそんなに面白くないストーリーになるのか、そのほうが難しくないかということが疑問だったが、実際に見たところ、ツッコミどころは多々あるものの、やはりベースの物語は破綻していなかった。冒頭からラストシーンまで、スカーレットが復讐を遂げるべきかどうかというテーマが貫かれている。
しかし、そもそもの企画が間違っていたのかもしれない。復讐劇であるのはともかく、シェイクスピアとダンテ、『ハムレット』と『神曲』という海外の古典が、「今の日本の観客には受けない」というマーケティング上のリスクが軽視されていたのではないか。
■ヒットしているのは日本的な題材
ハリウッド映画などの洋画が不振に陥って久しく、今年実写で最大のヒット作は伝統的な歌舞伎の世界を描いた『国宝』。漫画やアニメでヒットしているのは鬼退治や呪術バトルや墓場の少年の物語。舞台のほとんどが日本だ。シェイクスピアとかダンテとか言われても……と内向きになっている観客の食指が動かないのは予想できたはずだし、類似作品の興行成績というデータの根拠もあったはずだ。
何より、細田監督こそがこれまでの6作で「現代の日本」を舞台にして成功してきた。
マーケティングがなんだ、クリエイター(映画監督)のやりたいことを優先すべきだという考え方もあるし、筆者も映画製作においては基本的にはクリエイティビティ(創造性)がしっかり確保されるべきだと思う。『果てしなきスカーレット』も、細田監督の新しい挑戦として受け止めたい。
しかし、マーケティング的に勝算はなくとも「こういう世界観を作りたいんだ」という姿勢を貫いてくれればよかったのだが、この作品についていきたかった観客の気持ちをも台無しにするシーンがあるのだ。
■中世なのに近未来の渋谷でダンス
ロード・オブ・ザ・リング』など海外の映画や『ゲーム・オブ・スローンズ』などの海外ドラマに親しんできた筆者は、実際に『果てしなきスカーレット』を鑑賞し、すんなり作品の世界に入れたし、それらのダークファンタジーの二次創作的な要素を楽しめた。(今回はクジラじゃなくてドラゴンなんだね、北欧だもんね)(なるほど、天と地が逆転しているんだ)(このファサーとした消え方は『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』か)など……。
だが、死者の国には、なぜか現代の日本から救命看護師の聖(ひじり)(岡田将生)も迷い込んでくるのだが、彼と出会い、その影響でスカーレットは、大規模再開発が完了した近未来の渋谷駅で自分が歌い踊るというビジョンを見るのだ。
ブルーのワンピースを着て現代人になったスカーレット、聖はダンスが下手という設定なのに、そこでは彼女と一緒に軽快に踊る。背景にはモブ(群衆)としてダンスする現代の人々、ピカピカにきれいになった渋谷駅やスクランブル交差点、まるで広告代理店が作ったプレゼン用の映像のようだった。そこにダメ押しのように細田監督みずから作詞したサンバライクな「祝祭のうた」が流れる。劇場パンフレットによると、ここで細田監督が映像的に狙ったのは「未来感」だという。
これが公開前から物議をかもした。
その「未来ビジョン」は予告編第1弾にはなかったが、10月10日から公開された第2弾には登場し、「金曜ロードショー」などでも流れた。それが見た人に激しい違和感を抱かせたのではないか。
■「ブレた」細田監督が見放されたか
そして、中世を舞台にしたダークファンタジーをやりたいなら、それはそういう作品として見に行かないでもなかったが、それすらもブレているのかという“失敗作感”が、3連休にシネコンの予約をするとき『果てしなきスカーレット』を選ばせなかったとも考えられる。ちなみに週末の興行成績1位になったのは、同じ11月21日に公開された「寅さん」の山田洋次監督作、倍賞千恵子、木村拓哉共演の『TOKYOタクシー』だった。
また、宣伝が逆効果だったというだけでなく、観客の判断基準は、もっと根本的なところにあるのかもしれない。11月14日に「金曜ロードショー」で放送された『バケモノの子』は世帯視聴率6.1%で、スタジオジブリ作品の放送時よりかなり低かった。細田監督への評価が、過去作の放送でむしろ下がったとも考えられる。細田監督は現在58歳で、もはや若手クリエイターでも中堅でもない。いずれにせよ今こそ、ポスト宮﨑駿と目されてきた人物の真価が問われている。

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村瀬 まりも(むらせ・まりも)

ライター

1995年、出版社に入社し、アイドル誌の編集部などで働く。フリーランスになってからも別名で芸能人のインタビューを多数手がけ、アイドル・俳優の写真集なども担当している。「リアルサウンド映画部」などに寄稿。


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(ライター 村瀬 まりも)
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