兵庫県にある高級住宅街・芦屋にはどんな人たちが住んでいるのか。SNSには「芦屋セレブ」たちの暮らしぶりが数多く投稿されているが、そこからは見えてこない「真の芦屋セレブ」の姿があるという。
誰も知らない「芦屋」の真実 最高級邸宅街にはどんな人が住んでいるか』(講談社+α新書)を書いたフリーライターの加藤慶さんに聞いた――。(第3回)
■「約18畳の犬専用部屋」を用意するセレブ
――芦屋に住むお金持ちはどのような生活をしているのでしょうか。取材をして特に驚いたことはありますか。
芦屋に住む富裕層たちの暮らしぶりは一般庶民の生活からはかけ離れていますが、特にペット事情は庶民の想像を遥かに超えています。ある邸宅では、飼い犬のために18畳もの広さがある専用部屋が用意されていました。ちなみに、その家に住み込みで働く家政婦に与えられた部屋は6畳から8畳程度だといいます。
待遇の差は住環境だけにとどまりません。移動手段においても、お犬様専用の車を用意している家庭があります。普段、飼い主自身はベンツなどの高級外車を乗り回していますが、ペットを動物病院へ連れて行く際には、汚れを気にしてか、プリウスなどの国産車を「犬専用車」として使用する徹底ぶりです。
芦屋の街を歩く犬たちは、ブランド物の衣装を身にまとい、高級車で送迎されています。飼い主たちはペットに派手な横文字の名前を付ける傾向があり、シャネルやグッチなどの高級ブランドの名前をつける人もいれば、「エリザベス」という名前をつけて「エリちゃん」と呼ぶ飼い主もいるそうです。芦屋ではペットもまた、住人のステータスを映し出す鏡なのでしょう。

■婿養子には豪邸をプレゼント
――六麓荘町のような超高級住宅街では、どのように世代交代が行われているのでしょうか。
子供たちは成長すると家を出ていくケースが多いため、基本的に二世帯住宅はほとんどありません。一人娘を持つ家庭などでは、家系を絶やさないために婿養子を迎えることがあります。その際の条件として提示されるのが、「結婚してくれたら豪邸をプレゼントする」という破格の提案です。
しかし、実際にそのオファーを受けて六麓荘に住む夫婦は意外と少ないといいます。理由は生活の利便性にあります。六麓荘は山手に位置し、駅までは急勾配の坂道を下らなければなりません。バスの本数も限られており、車やハイヤーでの移動が必須となります。
会社勤めの婿養子にとって、毎日の通勤は大きな負担です。また、近所付き合いの気苦労もあります。町内会の集まりは財界の大物ばかりで、若者が入っていくには敷居が高いのです。
さらに、芦屋は教育熱心な土地柄です。
子供を有名私立校に通わせる家庭が多く、通学の利便性を考えると、山手の六麓荘よりも、JR芦屋駅周辺の「大原町」や「船戸町」といった平地の高級住宅街の方が好まれる傾向にあります。
結果として、親世代が建てた豪華絢爛な邸宅は、子供世代には継承されず、30年ほどのサイクルで売却されていくことになります。豪邸というプレゼントも、現代の若夫婦にとっては、維持管理の手間や不便さを考えると、必ずしも魅力的な提案とは映らないようです。
■芦屋ブランドを求める詐欺師たち
――芦屋にはどのような人々が移り住んでくるのでしょうか。
芦屋という街が持つ圧倒的なブランド力は、皮肉なことに、決して良心的な人々だけを惹きつけるわけではありません。取材を進める中で見えてきたのは、芦屋に住居を構える「詐欺師」たちの存在です。彼らは、自らの信用力を高めるための道具として芦屋ブランドを利用しているのです。
情報商材の販売や投資詐欺などであぶく銭を稼いだ彼らは、芦屋の高級マンションや一戸建てに住み、その暮らしぶりをSNSで誇示します。高級車に乗り、ブランド品で身を固め、芦屋の優雅な生活を演出することで、「成功者」としての虚像を作り上げるのです。顧客やターゲットに対し、「私は芦屋に住んでいる」とアピールすることは、どんな言葉よりも強力な説得材料となるでしょう。
彼らにとって芦屋は、安住の地ではなく、あくまでビジネスのための舞台装置に過ぎません。そのため、近隣住民との交流は皆無に等しく、実態が掴めないまま、いつの間にか姿を消していることも珍しくないといいます。
由緒ある住宅街の裏側には、ブランドを悪用しようとする有象無象が入り込んでいる現実があるのです。
■夫は北新地の倶楽部を貸切り、妻たちは海外でパーティ
――芦屋の富豪たちは、普段どのように遊んでいるのでしょうか。
彼らの遊び方もまた、桁外れです。ある有名企業の社長は、大阪・北新地の高級クラブを休日に貸切りにして楽しんでいるといいます。オーナーに依頼して店を開けさせ、ホステスを出勤させ、すべての費用を負担するのです。人目を気にせず、馴染みの店で思う存分羽を伸ばすための、究極の「大人の遊び」と言えるでしょう。
一方、妻たちも負けてはいません。夫が稼いだ金で、友人たちを引き連れて海外へ飛び出し、パーティを開催するマダムたちがいます。ハワイやオーストラリア、あるいは滋賀の別荘などに仲間を招待し、クルージングや豪華な食事を楽しみます。
彼女たちのSNSには、煌びやかなパーティの様子が投稿され、互いの優雅な生活を称え合います。夫は国内で、妻は海外で。それぞれの流儀で消費される莫大な富は、芦屋という街の経済力の底知れなさを物語っています。

■マダムたちの自慢話の中身
――本書では「芦屋マダムのランチ会」のエピソードが紹介されていました。どのような会話が交わされているのでしょうか。
芦屋マダムたちが集うランチ会は、単なる食事の場ではありません。そこは、互いの生活レベルを確認し合う「マウント合戦」の戦場でもあります。彼女たちの話題の中心は、もっぱら「食」です。しかし、単に「美味しいものを食べた」という話では終わりません。「予約困難な店にどうやって行ったか」が重要なのです。
「あのお店の予約が取れたの」「シェフと知り合いで特別席を用意してもらった」。こうした発言の裏には、「私には特別なコネクションがある」「顔が利く」という自負が見え隠れします。予約が取れない店に行くことは、単に美食を楽しむこと以上に、自身の人脈と社会的地位を証明する行為なのです。
高級時計やジュエリーを身につけるのは当たり前。その上で、いかに特別な体験をしているかを競い合います。
一見、優雅に見えるランチ会のテーブルの下では、熾烈なプライドのぶつかり合いが繰り広げられているのです。
■芦屋の陰口は芦屋では聞けない
――芦屋の富裕層たちは、近所付き合いでどんなことに気を使っているのでしょうか。
芦屋セレブたちのコミュニティには、鉄の掟があります。それは「芦屋の中で近隣住人の悪口を言わない」ということです。狭い社会ゆえに、どこで誰が繋がっているか分かりません。うかつな発言はすぐに本人の耳に入り、自らの立場を危うくします。そのため、彼女たちは芦屋市内では決して他人の噂話をしないのです。
では、どこで鬱憤を晴らすのでしょうか。彼女たちはわざわざ大阪や神戸まで出向き、物理的に距離を取った場所で、ようやく口を開きます。
「あの奥様、旦那さんが元詐欺師だって知ってるのかしら」

「実は元ホステスらしいよ」

「旦那さんの事業、上手くいってないみたいね」
安全圏で交わされる会話の内容は辛辣です。表面上はニコニコと愛想よく振る舞いながら、腹の底では相手の素性を値踏みし、毒を吐く。芦屋の静寂と秩序は、こうした徹底したリスク管理と、場所を選んだガス抜きによって保たれているのかもしれません。

■「本当のお金持ち」の情報はどこにも出てこない
――SNSでは「芦屋在住」を謳っているセレブアカウントも見受けられますが、彼らは実際どんな生活をしているのでしょうか。
SNSを検索すれば、「芦屋セレブ」を名乗るアカウントは無数に出てきます。華やかなパーティ、高級ブランドのショッピング、豪華なランチ。しかし、取材を通じて分かったのは、そうした情報を発信しているのは、あくまで「見せたがり」の一部の人々に過ぎないという事実でした。中には、高齢者の富裕層を狙ったパパ活ならぬ「ジジ活」で資金を得ている女性や、実態の怪しいビジネスで稼ぐインフルエンサーも混じっているのです。
代々続く旧家や、上場企業の創業者一族といった「真の芦屋セレブ」たちは、決して表舞台には出てきません。彼らは国税局の監視や、強盗などの犯罪リスクを恐れています。自らの生活をひけらかすことが、何の得にもならないことを熟知しているからです。
「真の芦屋セレブ」はメディアの取材に応じることもなく、SNSで金持ちアピールすることもありません。彼らは高い塀の向こう側で、ひっそりと、しかし確実に贅沢な生活を享受しています。私たちがSNSやメディアで目にする「芦屋セレブ」は、セレブのなかでもあまりお金を持っていないクラスの人びとか、あるいはフェイクに過ぎないのかもしれません。
「本物」の実態は、依然として厚いベールに包まれたままなのです。

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加藤 慶(かとう・けい)

フリーライター、カメラマン

1972年、愛知県生まれ、大阪市在住。2002年から編集プロダクション「スタジオKEIF」を主宰。週刊誌や月刊誌、ネット媒体で事件から政治、スポーツまで幅広く取材する。YouTubeチャンネル「デザイナーtoジャーナリスト」を手掛けている。共著に『猛虎遺伝子 タテジマを脱いだ男たち』(双葉社)、『プロ野球 戦力外通告を受けた男たちの涙』(宝島SUGOI文庫)、『誰も知らない「芦屋」の真実 最高級邸宅街にはどんな人が住んでいるか』(講談社+α新書)などがある。

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(フリーライター、カメラマン 加藤 慶 聞き手=プレジデントオンライン編集部)
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