炊き出しを目当てに並ぶ“炊き出し界隈”にはどんな人がいるのか。自身も路上生活を体験したルポライターの國友公司さんは「路上の世界には、時折“超人”が紛れ込んでいる」という――。

※本稿は、國友公司『ルポ路上メシ』(双葉社)の一部を再編集したものです。
■炎天下の炊き出しは死と隣り合わせ
ホームレスの夏は早い。夏真っ盛りとは言えない6月でも、路上生活者には、日に日に凶暴さを増す直射日光が頭上から降り注ぐ。結果、常に日陰を探し求め、日中は冷房の効いた商業施設に逃げ込むことになるのだから、彼らにとっては立派な夏である。
メシを受け取るまでに行列に並ぶ必要がある炊き出しも、夏の暑さの影響をモロに受ける。NPO法人や社団法人による炊き出しは、並ぶ時間はせいぜい15分程度なのでいい。
しかし、炊き出しの多くを占める韓国系キリスト教会の場合、メシを受け取る前に牧師の長い説教を聞かなければならないのだ。短くても30分、長ければ1時間半以上も説教が続くことがある。
「暑すぎてとてもじゃないけど並んでいられないから、夏はキリスト教の炊き出しには来ないようにしているよ」そう話す人もいるくらいだ。
並んでいる人の多くは65歳以上の高齢者だ。熱中症で倒れてしまう危険性もあるし、下手したら命だって落としかねない。にもかかわらず「主はあなたを救ってくれるでしょう」と、延々と参加者たちに幸せを説き続ける牧師の姿に憤りを覚えることも多い。

■約100人がご飯目当てに牧師の説教を聞く
上野公園の炊き出しに訪れたこの日も、とにかく暑かった。韓国系キリスト教会による炊き出しは、まず番号の書かれた整理券をもらうために行列に並ぶ。
「先生の話を座って聞ける人は前に、立って聞く人は後ろに並んでください。先生が話している途中に変えることはできないですからね」
行列を取り仕切るスタッフの男性がそう説明しながら、約100人の参加者を誘導する。牧師の説教を聞く際、前のほうにいる人が立つことで、後ろにいる人の視界が遮られることを避けたいのだろう。
これはつまり、行列の前方に並んで2回目、3回目と食料をたくさんもらうためには、地べたに直に座らないといけないということでもある。私は取材者の身なので、もらうのは1回でいいし、なによりズボンが土で汚れるのが嫌なので後ろに回った。
前方に並ぶ人の中には、折りたたみ式のミニチェアを持参している人が何人もいた。なるほど。それなら服が汚れたり、腰を痛めたりすることなく、比較的楽に牧師の長い話を聞くことができる。
私も次回から持っていこうかなと思うくらい、ミニチェアがうらやましく見えた。
■6月に「冬物のコート」を羽織る謎の男
整理券をもらった後はいったん解散となる。
約30分後、番号順に並び直して牧師の説教が始まるのを待っていると、隣に並んでいた70代の男性の服装が気になった。
こんなに暑いというのに、冬物のコートを羽織っているのだ。中には半袖のポロシャツを着ていて、その組み合わせもどこかちぐはぐだ。
「そのコート、暑くないんですか?」唐突な私の質問に男性は少しいぶかしげな顔をしながらも、理由を教えてくれた。
「私はね、何十年も前から夏も冬もずっとこの格好なの。もちろん最初の頃は夏は暑いし、冬は寒かったけど、慣れてくると暑さも寒さも感じなくなるから。もうね、人とは脳のつくりが変わってるの。暑さとか寒さっていうのは、体じゃなくて脳が感じてるから」
■「人間は足の裏で体温を調節してるんだよ」
たしかに男性の額や首筋を見てみると、ひとつも汗をかいていない。人間は汗をかくことで体温を調節し、熱中症を防いでいる。
そう考えると、この炎天下で汗を一滴もかいていないのは、わりと危ない気がしてしまうが、長年の習慣で体の調整機能すら進化してしまっているのかもしれない。もはや爬虫類である。
「私も同じ格好で1年間、過ごしていれば、そのうちおじさんみたいになれるんでしょうか?」
男性はだんだん得意気になってきた。
「1年や2年じゃ、脳の構造は変わらないよ。うん、短くても10年だね。大事なのは足の裏なんだよ。ほら、今はサンダルを履いているでしょ。でも、冬はブーツを履くから。人間は足の裏で体温を調節してるんだよ」
男性がホームレスなのか、生活保護を受けている身なのかはわからないが、路上の世界にはこのような超人が時折、紛れ込んでいる。
■「よしっ」幸いにも今日の説教は15分だった
もう15分以上待っているというのに、牧師がなかなか話を始めない。一体、何をしているのだろうか。周りからも、「まだかよ」と不満の声がポツポツと聞こえてくる。30代の私でも、だいぶキツくなってきた。70歳を超えているであろう人が暑さに耐え、うなだれている姿を見ると、さすがに心配になる。
そこで、ようやく50代の男性の牧師が登場して、「主」の話を始めた。
説教の長さは日によって大きく変わる。先週は30分で話を切り上げた牧師が、翌週になると1時間以上ペラペラと話し続けていることもある。
彼らは明らかに自分に酔っている。100人以上の群衆を前にして演説をすることに快感を覚えているように見えて仕方ないのだ。しかし、幸いにも今日の説教はたったの15分で終わりを迎えた。周りからは「よしっ」と、安堵の声が漏れていた。
■栄養満点「主のぶっかけメシ」
今日のメニューは白飯に手羽元とスパムと卵焼きと煮込んだ大根をのせ、ブロッコリーを添えたぶっかけメシだ。
全体的に薄めの優しい味付けだが、スパムの塩分によってバランスが保たれ、白飯が進む。
完食後、空いた容器を運営側のテントに返すと、それと引き換えに別の食料がもらえる。
1本で400キロカロリーもあるアメリカ製のエナジーバーをかじったが、ただ高カロリーな素材を練って固めたようなもので、正直、美味しくはない。
やはり、手作りの料理に敵うものはなさそうである。
今日の炊き出し

・メシ ぶっかけメシ/食パン/バナナ2本/エナジーバー/インスタント味噌汁3袋/鶏と野菜のトマト煮(防災食)

・場所 上野公園

・並んだ人数 約100人

・並んだ時間 60分

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國友 公司(くにとも・こうじ)

ルポライター

1992年生まれ。
栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて6万部を超えるロングセラーとなっている。そのほかの著書に『ルポ路上生活』(KADOKAWA)『ルポ歌舞伎町』(彩図社)がある。

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(ルポライター 國友 公司)
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