日本ハム「シャウエッセン」が2024年度の売上高で過去最高額を更新した。その後押しになったのが、期間限定で発売した「シャウエッセン 夜味」だ。
背景には、「暗黙のルール」と向き合う社員たちの奮闘があった。日本ハム加工事業本部マーケティング統括部の担当者2名に話を聞いた――。
■購買層は60代以上が中心、朝食べることが多かった
2025年に発売40周年を迎えたウインナーブランド「シャウエッセン」。日本ハムの事業の柱であるハム・ソーセージ類の中でも特に人気が高く、同社において主力中の主力と言える商品だ。
その2024年度の売上高が、約800億円と過去最高額を記録した。この伸びに大きく貢献したのが、同年10月から翌年1月にかけて期間限定で販売された新商品「シャウエッセン 夜味」(※2025年10月1日から期間限定で再販中)だ。
同ブランドに新しいフレーバーが登場したのは実に5年ぶり。これが新たな購買層と夕食ニーズをつかみ、初月販売目標の3倍を超える数字を叩き出したのだ。その要因は、シャウエッセンにまつわる社内常識をことごとく覆す大胆な戦略にあった。
朝食ではなく夕食に合わせたスパイスの効いた味わい、社の歴史上初となる「夜」という食べるシーンを冠したネーミング、コアユーザー層ではなく若年層を狙ったSNS施策、そして社内で長らくタブーとされてきた「焼き調理」の解禁――。
開発からプロモーションに至るまですべてが異例ずくめの戦略は、どのようにして生まれたのだろうか。夜味のマーケティングやプロモーションを担当した加工事業本部 マーケティング統括部 マーケティング室 ブランドマネジメント課課長の岡村香里さんは、誕生の背景をこう振り返る。

「シャウエッセンは2030年までに売上高1000億円達成を目指しています。でも、ロングセラー商品だけに購買層は60代以上の方々が中心になっていて、目標達成に当たっては若年層の開拓が課題になっていました。また、喫食シーンが朝に偏っていたため、この拡大も必要だと考えました」
■社内で守られていた“4つの暗黙の掟”
2つの課題を攻略しようと消費者行動をさらに深掘りするうち、やがて自分たちがつくるべき新商品像が浮かび上がってきた。それが「30~40代男性に夜に食べてもらえるシャウエッセン」。
ならば濃いめの味つけで、フライパンひとつで夕食と一緒に調理できる焼き調理が最適だろうと考えたが、ここに社内で長年守られ続けてきた“4つのタブー”が立ちはだかった。
そのタブーとは、「調理はボイル調理のみ、焼くべからず、切るべからず、味を変えるべからず」。夜味の開発を担当した、加工事業本部 マーケティング統括部 商品開発室 ハムソー商品開発課課長の加藤安太朗さんは「誰が決めたわけでもないのに、いつの間にか暗黙の掟として社内に根づいていた」と語る。
「たとえば味については、他のブランドでは色々なフレーバーを展開していますが、シャウエッセンだけはずっと1つの味のみでした。過去に何度か開発現場が新しい味にチャレンジしたことはあったものの、いずれも『こんなのはシャウエッセンじゃない』ということで承認を得られなかったそうです」
■「会議の場がシーンと静まり返った」
もちろんタブーははただの謎ルールではなく、それぞれにちゃんとした意図がある。
「ボイル調理のみ」は、皮に閉じ込めた肉汁の旨みや独自のパリッとした食感へのこだわりから。そのため、シャウエッセンは発売当初から、皮が破れる恐れのある焼き調理に代わってボイル調理を推奨してきた。ウインナーと言えば「焼く」が一般的だった時代に、あえて「ゆでる」スタイルで成功を収めたのだ。

こうした成功体験は「焼くべからず、切るべからず」として社内に浸透し、ロングセラーとなるに従って、長年愛され続けている味を守ろうといつしか「味を変えるべからず」も暗黙のルールになった。
それが初めて破られたのは、誕生から35年が経った2019年。若年層の取り込みを狙って電子レンジ調理を大々的に解禁し、同時に新しいフレーバーとして「ホットチリ」と「チェダー&カマンベール」を発売したのだ(※現在は「パワ辛」「おいちぃず」としてリニューアル)。
消費者の立場からすればポジティブなニュースだが、社内的には鉄の掟をくつがえす大事件。当然、反発も大きかった。
当時はまだ現場にいなかった岡村さんと加藤さんも、先輩たちから「工場長が集まる会議で新味を提案したら場がシーンと静まり返った」、「反対意見が続出して会議が紛糾した」、「新商品発表会でマーケティング責任者がOBに囲まれ問い詰められた」など、数々の修羅場エピソードを伝え聞いている。
■入念な下準備と緻密なプレゼン
それだけに2人は、夜味の実現も一筋縄ではいかないだろうと覚悟していたという。
「実際、ハードルはすごく高かったですよ。シャウエッセンはずっと主力商品なだけに、社内では聖域のような存在。それを、30~40代男性の夕食シーンを狙います、味を変えます、焼き調理を訴求しますと提案したわけですから、反対の声もたくさん上がりました」(岡村さん)
味を変えなくても今のシャウエッセンをその層にPRすればいい、焼かなくてもボイル調理のまま醤油をかければ夜も行けるんじゃないか、そもそも朝に食べてもらえているのだからわざわざ夜を狙いに行かなくてもいいのでは――。
こうした声に対し、岡村さんは「それじゃ今以上には広がらないんです」と説得。2030年に売上高1000億という目標の達成に向けて狙うべき市場はどこか。
そこにいる人々が求めているものは何か。そのニーズに応える商品はどんなもので、どう訴求すれば刺さるのか。それらを徹底的に調査分析し、すべての提案にファクトをつけ、プロモーション展開までセットで説明した。
確かに、目指す結果からその実現手法や道のりまでを一度に提示すれば説得力は倍増するし、掟破りを含む複数の提案がまとめて通る可能性も高まる。入念な下準備を必要とする実に緻密なプレゼン方法だが、岡村さんはこともなげに「言ってみれば力わざですね」と笑う。
■開発チームは何百回も試作を繰り返した
一方で、開発チームにとっても夜味はハードルの高いものだった。「開発を担当した前任者は、夜という喫食シーンに合う味を求めて何百回も試作を繰り返したそうです」と加藤さん。
2019年に電子レンジ調理を解禁した際も、開発チームは何種類もの電子レンジを並べて、ワット数ごとに最適な加熱時間を割り出せるまで100回以上もの実証実験を行った。すべては、独自のおいしさや食感を損なわないようにとの思いからだったという。
「タブーに踏み込むわけですから、変えるんだけれども“らしさ”は残さなくてはいけない。開発としてはそのバランスをとるのがいちばん難しいんです。私も何度か新しい味の開発に挑戦してきましたが、なかなかOKが出ないのでどうしても試作回数が増えてしまう。
体力的には大変ですが、それでも疲労より、伝統あるブランドの変化に携われるやりがいのほうが大きいですね」
■「焼いたことがある」社員が88%もいた
こうして開発された夜味は、そのプロモーション手法もまた大胆だった。焼き調理を訴求するため、「焼くべからず」という社内タブーを逆手にとって、「実は大半の社員が焼いたことがある」と大々的に公表したのだ。
もちろんこれはつくり話ではなく、実際に行った社内アンケートの結果に基づいたものだ。それまでの社内は、シャウエッセンを焼くなど口にするのもはばかられるような雰囲気だったそうだが、無記名でのアンケートをとってみるとなんと社員・役員ともに「焼いたことがある」が88%。社外を対象にした調査より割合が高いという、驚きの結果だった。
この事実をSNSで発信したところ、「焼いちゃいけないなんて知らなかった」といった反応を中心に焼き調理に関する投稿が相次ぎ、斬新なネーミングをネタにした仕掛けとあいまって話題が沸騰。初速売り上げを大きく押し上げた。
「夜味では、今までシャウエッセンがやってこなかったことを全部やってみたんです。結構タブーを侵しちゃってるよなぁと思いながら(笑)。やっぱりタブーって自分の中でも根強くて、CM撮影のときもメンバーと『まさか焼くシーンを撮る日が来るなんて』と言い合っていたぐらいです」(岡村さん)
■3年前には「マーケティング統括部」を設置
岡村さん自身、夜味以前は掟を守ってボイル一択だったそう。片や加藤さんは店頭での試食販売担当者が考案したという「時短ボイル」派。フライパンに水50ccとシャウエッセンを入れて水が蒸発するまで加熱する調理方法で、こちらもタブーとはされていないそうだ。

夜味では、会社による組織変更も後押しになった。発売の3年前、日本ハムはそれまで独立していたブランド戦略室、マーケティング室、商品開発室の3つを合体させ、新たに「マーケティング統括部」を設置。これによって部署間の連携のしづらさが解消され、コンセプトの立案からテスト開発、テストマーケティングまでが迅速かつスムーズに回るようになった。
以前の縦割り組織のままだったら、夜味もどこかの部署で却下されてしまい幻に終わっていたかもしれない。岡村さんも「すべての過程がうまいこと回らないといい商品は生まれない。夜味はそこがうまくいった好例」と話す。
■「タブーを破るだけがチャレンジではないけれど…」
発売後、夜味は当初の狙い通り30~40代男性からの購入割合を増加させただけでなく、通常のシャウエッセンを夜に食べる人も増やしてブランド全体の伸びに貢献した。若年層の開拓と喫食シーンの拡大、この2つの課題に対して一定の成果を出すことに成功したのだ。
だが、目標とする売上高1000億に対して2024年度は800億。現状200億足りていないことから、2人とも「まだまだ課題だらけ」と口を揃える。
「若年層の開拓は引き続き課題ですし、他の層に関しても、ロングセラーだからと言ってあぐらをかいていれば飽きられ忘れ去られてしまう。タブーを破るだけがチャレンジではないけれど、やはり新しいことは次々とやっていかなければいけないと思っています」(岡村さん)
「夜の喫食シーンもさらに取り込んでいく必要があります。
シャウエッセンは制約も多いので、私たち開発担当者の課題はそこをどう守り、どう破って広げていくか。この点に注力しつつ、今後は海外でも商品を拡充することで目標達成を目指していきます」(加藤さん)
■シンガポール、ベトナム、米国でも展開
現在、シャウエッセンはシンガポール、ベトナム、米国の3カ国で展開中。今後はアジアエリアを中心に、輸出と現地製造を拡大していく方針だ。現地製造の場合も、味や原材料は製造条件や風土に合わせてカスタマイズしつつ、パリッとした食感はきっちり守り抜いていくという。
夜味の販売は期間限定だが、日本ハムでは通年商品として、形違いや味違いを含めて11種類のシャウエッセンを販売中。個人的には、夜の喫食シーン拡大という言葉から、「夜味」「パワ辛」に続く晩酌系ウインナーが出ないかと勝手に期待をふくらませている。40年の歴史を持つロングセラーブランドが次はどんな変化球を投げてくるのか、新作を楽しみに待ちたい。

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辻村 洋子(つじむら・ようこ)

フリーランスライター

岡山大学法学部卒業。証券システム会社のプログラマーを経てライターにジョブチェンジ。複数の制作会社に計20年勤めたのちフリーランスに。各界のビジネスマンやビジネスウーマン、専門家のインタビュー記事を多数担当。趣味は音楽制作、レコード収集。

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(フリーランスライター 辻村 洋子)
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