2022年に安倍晋三元総理を殺害したとして逮捕された山上徹也被告(45歳)の裁判が2025年10月から始まった。第8回の公判を傍聴した脚本家の井上淳一さんは「山上被告とその母、妹の言葉を直に聞き、この親子の悲痛な心の叫びに涙が出た」という――。

■山上徹也に対面するため奈良地裁へ
――11月18日、奈良地裁で開かれた安倍晋三元首相銃撃事件についての第8回公判を傍聴した理由を教えてください。
2022年、山上被告による銃撃事件の直後に彼をを主人公にした『REVOLUTION+1』(足立正生監督)という劇映画の脚本を書いて、国葬の日に上映しました。
当時は新聞や週刊誌の限られた情報しかなかったため、それを基に書くしかなかった。だから、ちゃんと山上徹也という人間を描けたのかという悔いがずっと残っていた。今回は山上さんに直接会えるチャンス。そういう映画を作った者の責任として、これを逃してはいけないというのが正直な気持ちでした。
――裁判以前は山上被告をどんな人物だと思っていましたか。その印象を映画にどう反映したのですか。
こういう言い方が適切かどうか分かりませんが、かわいそうな人だったんだなと。孤独で真面目で、家族の問題から逃げ出すことだってできたはずなのに、それもせずに、静かな怒りだけを内に溜めていったに違いない。なので、彼もまた、加害者であると同時に被害者であるという視点だけは忘れずに書いたつもりです。
■アイドルのライブにいそうな45歳
――そのイメージは、裁判で実際に本人を目の前にしてどう変わりましたか?
外見だけで言えば、事件当時は線の細い感じがしたのですが、少しふっくらした感じを受けました。
人と接するのがあまり得意じゃなくて、少年のまま大人になった感じというか、アイドルのライブ会場にいそうなオジサンみたいというか。でも、内面は思っていたのと同じというか、ずっと表情を変えずにうつむいたままだったんですよ。それも法廷だからじゃなくて、この人はいつもこうなんじゃないかなって。繊細で感受性が人一倍強いのに、それを押し殺している。そんな感じを受けました。
――山上被告は、安倍元総理が旧統一協会の友好団体に送ったビデオメッセージを見て「教団が社会的に認められてしまう。色んな被害を被った側からすると非常に悔しい、受け入れられない気持ち」になるなど、「絶望と危機感」から犯行に及んだと明かしました。その理由についてどう思いましたか。
よく分かる。その一語に尽きます。自分が山上さんなら、ここまでがまんできただろうか。がまんにがまんを重ねてきた結果、より大きなものに向かってしまった。
統一教会の関連ビデオに元総理が出るという絶望。よく分かると言いましたが、そんな簡単にその絶望の深さを分かった気になっちゃいけない。そうも思います。それくらい、この日、母親や妹さんの口から語られた言葉は凄まじかった。
■高学歴の母親は理知的な話し方
――山上被告の母親の印象は? 世間では、統一教会に1億円を超える多額の献金をして子供たちの養育を放棄した母親、愚かな母親と思われていますが……。
傍聴席は衝立(ついたて)で囲まれ、入退廷時も衝立で遮られるので、もちろん姿は一瞬たりとも見えませんが、声だけで言うと、ものすごく理知的な感じを受けました。なぜ大阪市立大学まで出た人が統一教会にこんなにハマってしまったのか。思えば、オウム真理教の信者だって高学歴でした。
夫が自殺して、長男も病気で失明。そこに統一教会を名乗らない勧誘が来て、家系図を書かせて、「先祖が悪い、息子さんの病気が治るためには……」とか言われ、統一教会と分かったときには時すでに遅し。自分に同じようなことが起こったら、ハマらないとは言い切れない。「愚か」という一言で片づけ、分かったような気になるのはちょっと違うような気がします。

■「子供を放ったらかしてしまった」
――母親の証言で印象的だったものを教えてください。そのときの山上被告の態度はどうでしたか。
弁護側の尋問の最後、自身の責任を問われた時でした。母親は「私が加害者だと思う」とハッキリ答えました。「本当の宗教の姿をはき違え、献金に一生懸命になって大変な間違いをした」「教義は正しいと思うが、理想の家族を説きながら、私は献金と活動によって、子供たちを放ったらかしにしてしまった」と。
正直な言葉だなと思った反面、違和感も覚えました。この後、休憩になっていたので、傍聴に来ていたジャーナリストの鈴木エイトさん(『統一教会との格闘、22年』角川新書などの著者)に「まだ統一教会をかばってますよね?」と訊くと、やはり「あれをそのまま報道しちゃうと、反省してるように見えるけど、教義は間違っていないと言ってますからね」と言っていました。
間違いなく母親には息子をかばいたいという気持ちが強くある。それと同じくらい、教団をかばいたいという気持ちもまた強く存在している。教義は正しいが、自分が間違った解釈をしてしまったから、息子はこんな事件を起こしてしまった。責任はすべてわたし。息子にも教団にも責任はない。
これを読み間違えると、この事件の根深さを決定的に見誤ってしまうことになると思います。「脱会しないのですか?」と問われると、やっぱり「今ここでは答えられない」と言葉を濁していましたし。
■いまだに「教義は正しい」と言う母
――母親は現在も旧統一教会を信じているということですね。
それでも、息子に悪いことをしたという気持ちにウソはないと感じました。検察側の尋問のときも最後に質問とは関係なく、「徹也は根は悪い人間ではないです。私がもっとしっかりしていたら人生は台無しにならなかった。徹也には申し訳ないと思っています」と言っていましたし。その声は震えていました。これを言うために、これを息子に聞かせるために、ここに来たのではないでしょうか。
もちろん、衝立で隠されているので傍聴席からは見えませんが、その顔が間違いなく山上さんを向いていると思いました。なぜなら、その時、ずっと顔を伏せていた山上さんが一瞬顔を上げたからです。その直後に、休憩になって、山上さんは何度も額に手をやりました。
それまで、休憩中もポーカーフェイスでうつむいたままだったのに。山上さんの中で何かが確実に揺れている。そう感じました。
■「テッちゃん、ごめんな、許してね」
――山上被告と母親の断絶した関係が、裁判で変わったということでしょうか。
最後の最後。裁判官からの質問がすべて終わった退廷間際、母親がまたしても「徹也に申し訳なくて」と言いかけました。裁判官は無残にも「証人は黙ってください。ここは証人が話をする場ではありません」とそれを止めました。それでも母親は、「テッちゃん、ごめんな……許してね……」と声をかけました。それも裁判官に遮られましたが、山上さんには間違いなく届いていたと思います。山上さんはまたも顔を上げました。その目には退廷する母の、小さな背中がうつっていたはずです。
いったい、何年ぶりに見る母の背中だったのでしょう。それが被告と証人になってようやく実現するなんて、悲し過ぎます。
――山上被告の妹の証言はいかがでしたか。印象的なコメントと共に教えてください。
この日は弁護側の尋問の一部が行われただけですが、その冒頭で妹さんがこう言ったんです。「私は今まで生い立ちをほとんど話したことはありません。話すと涙が出てきて、口に出すのがつらくて、つらい思いを忘れようと生きてきました。でも、今日はお話するつもりで来ました」と。実際、その直後の証言から声が濡れていましたし。あと、その声ですね。本当に凜としていて。どうやったら、この家庭環境でそうやって生きられたのか。山上さんがそのとき、ずっと外していた眼鏡をかけたんです。ピントの合った世界で母親の顔を見たくないからだと勝手に想像していたんだけど、妹さんの顔はやはり見たいんだなと。そこに山上さんの妹さんへの想いを感じました。
■法廷で兄は妹の顔を見ようとした
――妹は家族が崩壊したときのことを振り返り、「あのとき、(山上被告と)ふたりで養護施設に行けば良かった」と語ったそうですが、現実的にそれは可能だったのでしょうか。
入信した母親とは対立しても孫だけは愛してくれていたお祖父さんも、最後は母親に「子供たちと一緒に出ていけ」と言うようになる。そんな、相談する大人が誰もいない状況で、現実的には不可能だったと思います。でも、きっと事件のあと、その言葉を何度も思い返して、自分を責めたと思うんです。あの時、そうしていれば、大好きなお兄さんはこんな事件を起こさずに済んだのにと。それがもう本当に痛くて苦しくて。
ある世代より上の人は、歌手の桜田淳子も参加した合同結婚式で統一教会の問題はみんな知っていたのに、何もしなかった。見て見ぬフリをした者にも罪があると言いますが、加担した者に罪がないワケがない。元総理が教団の機関誌の表紙に6回もなっていたり、ビデオメッセージを出しているのを見て、いかに絶望したか想像するに余りあります。
■あまり報道されていない母親の言葉
――母親は「この事件(安倍元総理襲撃)で救われた人もいたと思う」と言ったそうですが、その真意をどう解釈しましたか?
「救われた人」が宗教二世だとハッキリ言ったかどうか記憶が曖昧なのですが、それ以外の意味には取れませんでした。これは母親のアンビバレントな気持ちが一番現われた言葉ではないでしょうか。元統一教会は信じたい、でも、山上さんと同じような境遇にある宗教二世も救われてほしい。実際に、この事件で自分だけではないんだと思った宗教二世はたくさんいたのではないか、それで実際に親の呪縛から逃れられた人もいたかもしれない、声も上げやすくなったかもしれない。これは偽らざる本音だと思います。
そして、もしかしたら、母親自身もどこかで脱会したいと思っているのかもしれない。それが山上さんの一番望んでいることだと言うと、センチメンタル過ぎるかもしれないのですが、それでもそうなればいいと僕は願っています。
――世間への影響として今回の裁判の意義はどんなところにあると思いますか。
政治家との関係が暴かれ、今度こそ統一教会に終止符を打ってほしいと思っています。実際に韓国では教団の教祖の妻(総裁)だった韓鶴子が逮捕されているわけですし。
■傍聴を経て新しい映画を作るなら…
――もし今後、再び山上一家を映画で描くとしたら、どんなふうに描きますか?
『REVOLUTION+1』は国葬の日に上映したことなど、意義はあったと思っています。しかし、少ない情報でしか書けなかったため、特に妹さんのセリフはご本人が絶対に言わないであろうことを書いてしまった。妹さんの証言を聞きながら、それを本当に申し訳なく思いました。
今後、もし続編を作ることがあるとしたら、この裁判を踏まえ、しっかり取材した上で、山上さん目線、母親目線、妹さん目線の三部構成で描きたいと思っています。これが、スピード重視でいささか乱暴な映画を作ってしまった僕の贖罪です。その場合、タイトルは『REVOLUTION+2』ではありません。『REVOLUTION+3』です。3の意味はもうお分かりかと思います。

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井上 淳一(いのうえ・じゅんいち)

脚本家・映画監督

1965年愛知県生まれ。早稲田大学在学中より若松孝二監督に師事。90年『パンツの穴・ムケそでムケないイチゴたち』で監督デビュー。その後、脚本家に。2013年『戦争と一人の女』で監督再デビュー。19年『誰がために憲法はある』で平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞。23年『福田村事件』でエランドール賞奨励賞と日本アカデミー賞優秀脚本賞、24年『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』で日本映画プロフェッショナル大賞の作品賞と監督賞を受賞。主な脚本作品、『アジアの純真』(11)、『止められるか、俺たちを』(18)『REVOLUTION+1』(22)ほか。

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(脚本家・映画監督 井上 淳一)
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