※本稿は加藤喜之『福音派――終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)の一部を再編集したものです
■キリスト教的終末論の「善と悪との戦い」を実践する人々
現代のアメリカでは、複数の争点をめぐり、極めて深刻な対立が生じている。
中絶は女性の基本的人権なのか、それとも許されざる殺人なのか。公立学校で教えるべきは進化論なのか、それとも神による創造なのか。警察による黒人射殺は構造的な人種差別の表れなのか、それとも犯罪に対する正当な法執行なのか。そして、より根本的な対立として、合衆国は人種や信仰の多様性を認める世俗国家なのか、それとも建国以来のキリスト教国なのか。
対立はなぜ起こるのだろうか。
その答えを探る鍵は、意外にも宗教にある。2022年のピュー研究所の調査によれば、4割ものアメリカ人が世界は終わりつつあると信じている。特に米国の人口の25%近くを占めるとされる「福音派」では、その割合は6割を超えるという。彼らにとって、現代の政治的・社会的な対立は、終末に向かう世界における善と悪の戦いの一部として理解されているのだ。
「福音派」(“Evangelicals”という名称は、救い主イエスの到来を意味するギリシア語の「良い知らせ」(エウァンゲリオン)、すなわち「福音」に由来する。
■宗派の壁を超えた運動
米国の福音派は、神の言葉としての聖書、個人的な回心体験、救いの条件としてのキリストへの信仰、そして布教を重視する、複数の教団、教会、個人からなる宗派の壁を超えた宗教集団であり、運動である。
アメリカには、長老派やバプテスト派などの多様な宗派が存在するが、福音派はそうした宗派の壁を超えたものとして理解されるべきだろう。つまり、長老派教団の会員でありつつ、福音派を自認する信者も当然存在する。
その歴史的背景には、19世紀の大覚醒運動、20世紀初頭の原理主義運動、そして1950年代の宗教復興がある。ただし、実際に「福音派」と名乗りだしたのは1940年代で、強力な政治勢力として台頭したのは70年代後半だった。
■「古き良き」アメリカ文化を守るため
福音派が台頭した背景には、60年代以降の一連の社会変化がある。公教育の世俗化、公民権運動やフェミニズムが掲げた自由と平等の理念、さらには性的規範の変容やドラッグ文化の拡大は、米国南部・南西部の白人プロテスタント社会を中心に根付いていた伝統的な価値観を根底から揺るがした。これに危機感を抱いた福音派は、「古き良き」アメリカ文化を守るため、次第に政治に参画していった。
この動きを支えたのが、独特の終末論的な世界観である。
終末論とは、世界の終わりに関する宗教的な考えである。
とりわけアメリカの福音派は再臨が近いと信じ、自らを神の側に立つ善の力とみなすことで、世俗化や道徳的退廃という悪に立ち向かう。
■「福音派の年」と名付けられた1976年
福音派にとっての「悪」とは、単に倫理的な意味でいうところの、善の欠落ではない。むしろ、サタンや悪魔などの実体を伴った悪を指す。そのため、彼らにとって終末に向かう世界での戦いとは、社会の具体的な問題との対峙(たいじ)であると同時に、その背後にある超自然的な悪との霊的な戦いでもあるのだ。この視点を見落とすと、彼らの言説やシンボルの意味を正確に捉えることはできない。
福音派が最初に米国の主流メディアから注目されたのは、1976年。その年の大統領選で、民主党の候補ジミー・カーターが、自らを「ボーン・アゲイン」と公言したことがきっかけだ。「ボーン・アゲイン」とは、直訳すれば「生まれ変わり」だ。しかし一般的には神の前で自らの罪を認め、イエス・キリストの救いを信じる回心のプロセスを体験した者を指す。つまり、福音派とほぼ同義と考えて構わない。
カーターの発言は、信者の票を集めるためのものではなく、世俗化した政治やメディアを恐れていないという彼自身の信仰告白だった。この誠実さが、結果として福音派の支持を集めることになる。カーターの告白を機に、福音派の存在が急速に可視化されていった。
76年にギャラップ社が実施した世論調査では、実に34%ものアメリカ人が自らを「ボーン・アゲイン」と認識していることが判明。この驚くべき数字に衝撃を受けた『ニューズウィーク」誌は、同年を「福音派の年」(“The Year of the Evangelical”)と命名した。こうして彼らは米国社会の表舞台に躍り出たのだ。
それから半世紀。福音派は戦い続けてきた。人工妊娠中絶を行う医療施設の前でデモを行い、同性愛者は地獄の業火で焼かれると拡声器で叫ぶ。裁判所にモーセの十戒を掲げるために活動し、伝統的な家族観を推進するためにセミナーを開催する。
経済的な自由を死守するために連邦政府の規制にあらがい、科学や歴史に神の視点を入れるために奔走する。福音派の立場を掲げる政治家の選挙活動を支援し、イスラエルを国際社会の批判に対して弁護する。
■アメリカ社会の傍流から主流へ
福音派による戦いは、現代アメリカ社会へどのような影響を与えたのだろうか。それを明らかにするのが、本書『福音派――終末論に引き裂かれるアメリカ社会』の狙いである。
当初、彼らの活動は、政治や産業や学術エリートから一顧だにされない傍流のものだった。むしろ嘲笑の的だったと言ってもよい。だが、福音派は、多数の数会員を政治的に組織し、最新のメディアを駆使し、独自の世界観とイデオロギーを構築することで、着実にアメリカ社会の主流文化に影響を与えるようになっていった。
その影響は、政治、経済、メディア、科学、教育、人種、性倫理、ひいては建国の精神の解釈にまで及ぶ。結果、アメリカ文化の一極を福音派が担うようになったと言っても過言ではない。同時に、福音派の台頭は米国の文化的な分極化を深める一因ともなっている。したがって、終末論的な世界観に基づく福音派の影響力を分析することは、現代アメリカ社会の対立構造を理解する重要な糸口となるだろう。
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加藤 喜之(かとう・よしゆき)
立教大学文学部教授
1979年愛知県生まれ。2013年プリンストン神学大学院博士課程修了(Ph.D取得)。
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(立教大学文学部教授 加藤 喜之)

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