日本企業の特徴とはどのようなものか。東京大学大学院の出口剛司教授は「職務内容より会社のメンバー(社員)になることを重視する『メンバーシップ型』の雇用システムが、かつては高い生産性を生み出していた。
ここから逆に、現在の日本社会が抱える問題が見えてくる」という――。
※本稿は、出口剛司『大学4年間の社会学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■なぜマジメな人にばかり仕事が集中するのか
海外で理解されにくい現象が過労死です。私たちはその原因を日本人の過度の勤勉さや上司からのパワハラに求めます。これらの答えはけっして間違いではありませんが、社会学としては自らの流儀に従い、個人を超えた組織の形態に過労死の要因を求めたいところです。
日本的組織では、一人ひとりが担う仕事の内容が明確に決まっているわけではなく、組織全体として仕事やプロジェクトに取り組みます。組織の人員に余裕がある場合には問題ないのですが、作業量が増えて極端に人手不足になったり人が突然辞めたりすると、メンバーの負担が著しく大きくなります。個人が担う仕事に客観的な上限がないために、無際限に負担が増えていく可能性があるのです。
こうした構造的要因を背景に、責任感のある人ほど、仕事が集中します。上司と面談を繰り返して仕事の内容と報酬を客観的に決めるジョブ型とは異なります。
日本社会では、会社で働く限り組織のメンバーであり、会社を辞めると「仕事を辞める」だけではなく「コミュニティを失う」ことも意味する場合があります。日本はしばしば企業社会と言われます。
企業社会とは、社会が企業中心に組織され、企業の外に社会=居場所が存在しないような社会を意味します。その結果、仕事を辞めると、社会(居場所)から脱落するという孤立感や危機感を持ってしまうと言えるでしょう。
■日本企業に「中途採用」が少ないワケ
『大学4年間の社会学が10時間でざっと学べる』の第10章では、メンバーシップ型の雇用システム、長期安定雇用と年功賃金についてお話ししてきました。ここでは今まさに導入されようとしているジョブ型、同一労働・同一賃金というシステムについて考えてみましょう。
ジョブ型は雇用契約の際に職務内容と報酬があらかじめ決まっている雇用システムです。したがって、同じ組織の中で多くの職種を渡り歩いたり、勤続年数によって賃金が自動的に上昇することはありません。理論的にはバッファとして機能した正規雇用(社員)と非正規雇用(パート)の強い賃金差別も存在しません。
日本の組織では、あるポストに欠員が出た場合、組織内部の別のポストから人が移ってきます。つまり、大きな内部労働市場が存在し、そこから人材が採用、補充される形になります。それに対してジョブ型の雇用システムでは、労働市場は外部に開かれており(外部労働市場)、いわゆる中途採用が普通に見られます。ジョブ型、同一労働・同一賃金の下では転職、中途採用による不利はメンバーシップ型ほど大きくないと言えるでしょう。
そもそも年功賃金は歳月を重ね、経験を積むことによって潜在的能力が蓄積されるという哲学に立脚しています。
グローバル化と情報化が進展する世界では、時間のかかる潜在的能力の蓄積よりも即戦力となる人材が優先されるのかもしれません。
■移民がやってくる国の「条件」とは
世界中でたくさんの人々が母国を離れ、移民として海外で働いています。日本でも移民という言葉は用いていませんが、たくさんの人が海外から訪れ仕事に従事しています。彼ら/彼女たちはなぜ海外で働くのでしょうか。
人間はもともと利益を求めて合理的な選択を行い、行動すると考えれば、海外で働く要因として次の二つがあげられます。一つは送り出す国の側の要因(プッシュ)であり、戦争・内戦や貧困などが考えられます。もう一つは受け入れる国の側の要因(プル)で、豊かな生活や国内の労働力不足があります。これらの要因から人の国際移動を説明するのがプッシュ=プル理論です。この理論が合理的な個人を出発点とするのに対して、個人を超えたシステムや制度の存在に注目する研究もあります。これがエスニック・ネットワーク論です。
個人を超えたエスニック・ネットワークがすでに存在し、その内部で生活環境、仕事、賃金の情報、生活する場所や働く場所まで提供されます。こうした同国人のネットワークが海外で働こうとする人びとを引き付けます。
日本でも海外から来た人びとがたくさん生活する場所には、こうしたネットワークが存在しています。送り出す国の要因、受け入れる国の要因、そして二つの国をつなぐネットワークが形成されたとき、多くの人が移民となって国境を越えていくと考えられます。そして日本はすでに、これらの条件を満たしていると言えるでしょう。
■女性が働きに出たら、誰が家事をするのか
日本的経営の下では、夫が稼ぎ手として、必要な家族賃金の大半を稼ぎ出し、育児・介護・家事労働は専業主婦たる妻が担うのが標準モデルでした。しかし女性も男性と同じように会社や企業で働くようになると、これまで女性が担っていた育児・介護・家事労働はどうなるのでしょうか。残念ながら、男女共同参画社会への道のりは遠いようです。社会学者の診断を見てみましょう。
まずアーリー・ホクシールドという社会学者が提唱するセカンドシフトという概念をご紹介します。共稼ぎの夫婦であっても、女性たちはファーストシフト(会社での業務)が終わったのちも、セカンドシフト(家事や子育て)に従事しなければならないという事態を表したものです。
セカンドシフトを解消するために男性が家事に取り組めばよい、ということになるのですが、ホクシールドはさらに、グローバル・ケア・チェーンという興味深い概念を提唱しています。これはサプライ・チェーンという経済学の用語から作られたものです。先進国の女性が外で働き始めると、家事や子育てなどのケア労働は、途上国出身の賃金の安い移民労働力(女性)に委ねられます。
しかし、母国には当の移民たちの子どももいます。つまり、移民たちは自分の子どもを育てるために、比較的賃金の高い経済的に豊かな国の子どもを育てるという奇妙な関係が先進国と途上国の間で生じているのです。

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出口 剛司(でぐち・たけし)

東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授

1993年一橋大学社会学部卒業後、2001年に東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を修了。同年より立命館大学産業社会学部助教授。フランクフルト大学社会研究所客員研究員、立命館大学准教授(職位名称変更)、明治大学准教授、東京大学准教授を歴任。2020年より現職。

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(東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授 出口 剛司)
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