※本稿は、高橋克典 『高く売るフランス人 安く売る日本人 フランス流「休むことが利益を上げる」仕組み』(主婦と生活社)の一部を再編集したものです。
■商売する気がないパリの街
真偽のほどはわかりませんが、皇帝ナポレオン・ボナパルト(1804年即位)は即位した翌年、イギリス上陸を目指してドーバー海峡沿いのブローニュに赴いた際、「向こう側は商人の住む島だな」と語ったといいます。今でもフランス人の中には、商業活動を少し見下すような人が少なくありません。
一般庶民であっても、できることならなるべく早く商売から離れ、自由気ままに暮らしたいと願っている節があります。私が初めてパリを訪れたのは、ほぼ半世紀前の1975年7月のこと。絵画が好きだったので、美術館はもちろん、無料で入れる画廊巡りも楽しみにしていました。ところが、どこもシャッターが下りているのです。
さらに、サンジェルマン・デ・プレのブランドショップも「ヴァカンス中につき、8月26日まで閉店」の貼り紙。花の都の人々は、まるで商売をする気がないようで、その衝撃は今でも鮮明に覚えています。
よく見ると、街を歩くのはカメラを下げた外国人ばかり。パリジャンやパリジェンヌは大都会を離れてしまっていたのです。
■年金の開始年齢の引き上げで全土が麻痺状態に
やがてパリに住むようになると、働き盛りに見える人たちが、真昼間から美しいリュクサンブール公園やチュイルリー公園のベンチに腰掛け、一日中読書を楽しむ光景に出会いました。
「失業中なのだろうか?」と不思議に思いつつ、その穏やかな表情に、日本人の私は驚きを覚えました。やがて私も彼らにならい、古典的なフランス文学を片手に、時間が許せば公園のベンチで過ごすようになりました。それは今思い返しても至福の時です。
調べてみると、フランスの失業保険の給付額は日本と大差ありませんが、給付期間が格段に長いのです。日本では90日から最長360日ですが、フランスでは50歳以下でも730日、53歳以上は913日、58歳以上ではなんとたっぷり3年分、1095日間も受け取れます。
これでは慌てて再就職する必要がなく、「就職はもう少し先でいいか」と思う気持ちも理解できます。給付期間が終わる直前に就職し、「この仕事は向いていないな」と感じれば辞めてしまう、いわゆる失業保険の“常習受給者”も少なからずいるそうです。
2023年4月、マクロン大統領が年金受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる法案を提出すると、ストとデモでフランス全土が麻痺状態になりました。フランスの労働者は一日でも早く引退し、年金を受け取りながら、苦役と感じる労働から解放されたいのです。隣国のドイツ、イギリス、ベルギーはいずれも65歳ですから、64歳でもまだ早いほうですが、それでも全土で不満が噴出しました。
年金など関係ない富裕層は、本当に早く引退します。代々裕福で働く必要のない人は、40代で慈善事業に専念することもあります。
■52歳で“老後の生活”が始まる
昨年の暮れ、15年ぶりに妻と来日した元部下のジャン・ピエールと東京で再会しました。彼は12年前にマーケティング会社を立ち上げ、軌道に乗った2023年3月、大手ファッションコングロマリットに全株式を売却。日本円にして約4億円を手にし、満面の笑みを浮かべていました。
「また別の会社をつくるのかい? それとも投資でも?」と尋ねると、彼は右手で顔をあおぎながら笑って言いました。
「いや、ムッシュー・カツ、私も今年で52歳です。念願だった葡萄畑を買ったので、妻と一緒にワインづくりをしようと思っています。その前に世界中を旅していて、まずは一番好きな日本と、一番好きなムッシュー・カツに会いに来ました」
もちろん、ジャン・ピエールのような例は稀です。しかし機会があれば引退、あるいはセミリタイアしたいと思うのが、典型的なフランス人の感覚です。
■フランス人にとって仕事は“苦役”
一方、日本人の多くはできるだけ長く働きたいと考えています。特に2021年後半からインフレが意識されるようになって以降、老後の不安から65歳を過ぎても働く人が急増しました。
大企業は積極的に賃金を上げましたが、日本の企業の99.7%を占める中小企業では、2025年の平均賃上げは約4.65%が限界。これ以上の人件費アップは経営を圧迫します。政府は退職年齢の引き上げを要請し、人手不足もあって企業も応じています。
結果、日本の会社員はさらに長く働くことになります。老後資金に困らないはずの大企業幹部や永田町の長老たちも、地位にしがみつき、辞める気配がありません。彼らは肩書きを失うことへの恐れだけでなく、仕事自体に喜びを見出しているのでしょう。
仕事を苦役と捉えるフランス人と、生きがいと考える日本人。この差ははっきりしています。フランス人は生活のために仕方なく働く。一方、日本人にとって仕事は社会における自分の価値を表す活動でもあります。厚生労働省の2024年の発表では、「元気なうちはいつまでも仕事を続けたい」という高齢者の割合は42%にのぼります。
【POINT】
・再就職を急がない仕組みが生活の余裕を生む。
・失業手当の長期給付が「労働を苦役とみなす」価値観を後押ししている。
・フランス人は「生活のために働く」、日本人は「仕事に価値や居場所を求める」傾向があり、仕事への姿勢にもそれが表れている。
■夏のヴァカンスは最低でも2週間
怠け者が多い(フランス人には怒られそうですが)と言われるフランス経済が、それでもうまく回っているのはなぜでしょうか。
私は、余暇の長さが関係していると考えています。余暇といえば、やはり有名なのはヴァカンスです。フランス企業では、年間最低25日間の有給休暇を従業員に付与しなければならず、しかも100%の消化が義務付けられています。もし従業員が有給を残すと、会社に罰則が科されます。
そのため会社は、従業員に必ず有給を使わせようと促します。特に夏のヴァカンスは有給消化の絶好の機会です。最低でも2週間連続で休むのが普通で、工場も3週間ほど操業を止めます。夏以外にも冬のスキー休暇、イースター休暇など、長期で休む習慣があります。遠くへ旅行し、しっかりリフレッシュするためです。
一方、日本企業の有給休暇取得率は63%に留まり、夏休みの平均日数はわずか4日間という寂しい状況です。毎月1日程度の有給は取れるはずですが、上司や同僚に遠慮して長期休暇は取りづらいのが実情でしょう。
男性の育児休暇取得率では、差はさらに大きくなります。日本は制度があっても17.9%しか取得していません。
■休む期間が長いからこそ、消費活動が活発になる
一方フランスは2021年7月から父親の育休取得を義務化し、原則100%となっています。フランス人はモノやサービスの単価をできるだけ上げるという特徴があるのですが、労働時間を短くし、長期休暇を取れば、旅行や買い物、外食などでお金を使う機会が増えます。これにより消費が拡大し、お金が循環します。
さらに、現役時代に多くの税金を取られてきたため、62歳(今後は64歳)で年金が支給されるなら、早く引退して残りの人生を楽しみたいと考える人が多いのです。もちろん仕事そのものに生きがいを持っているフランス人だって、たくさんいます。
たとえば職人や芸術家を始めとしてモノづくり、制作や演奏をしている人。小さなお店を経営していて、顧客との日々の接触を何よりの楽しみにしている人。小さな村でクリニックを開いているので、地元の患者さんたちのために診療を続けている医師など、数えきれないほどでしょう。
また公認会計士、弁護士などを含めて、自営業の人も、比較的長く職に留まります。しかし会社や役所勤めの多くは、62歳を過ぎれば何としても引退したい。それなのにマクロン大統領が年金受給開始を2年延ばすと決めたのですから、「けしからん」という声が上がるのも当然です。結果として、全国で繰り返しストやデモが行われます。
■投石や放火も珍しくない“過激なデモ”
フランスは社会民主的な国で、労働組合は今も強い力を持っています。最初の労働組合CGT(労働総同盟)は1895年に結成され、130年の歴史があります。現在は8つの労組が活動しており、スト権とデモ権は法律で完全に保障されています。
労組代表が大統領府で大統領と直接交渉することも珍しくありません。ただし交渉に持ち込むには、政府を困らせて大統領府に招かれる必要があります。そのため政府が改革を提案するたびに、全国で大規模かつ過激なデモが起こります。
登録組合員だけでなく、過激派が紛れ込み、商店のショーウインドウを壊して商品を奪ったり、車に放火したり、農業組合のデモでは街に家畜の糞をまき散らすこともあります。時には警察官や機動隊と衝突し、花の都が、ガラスの破片、催涙ガス、投石、炎、そして残念なことに血で染まることも珍しくありません。
こうした過激派を抑える警察や機動隊も堪(たま)ったものではありません。そこで、警察官や消防士も、人員増強や危険手当の増額などを要求するために、ストを決行するのです。
すみません、話がだいぶ脱線してしまいました。ともかく、フランスの労働者は、常に待遇改善のスローガンを掲げて、雇い主、行政機関、そして国を相手に、戦い続けているのです。それもこれも、雇用者にとって労働は苦役なので、少しでも条件が悪化するようなことは、絶対に許せないのです。
■大迷惑でも半数以上がストを支持する
ストやデモを行う際、彼らの合言葉は「連帯」(solidarité)です。ですから、現役の従業員や公務員が何千人も参加するのですが、すでに引退した人たちや学生たちも、一緒にシュプレヒコールするのです。
ストで交通機関が止まり、道路が大混乱に陥り、物流が滞り、学校が閉鎖され、消防署が機能しなくなり、役所の扉が閉まってしまい、我々市民は本当に困るのですが、この団結力の強さには感心させられます。また、権力に抗おうとする気概には、どこか羨ましさも感じてしまいます。その証拠に、ゼネストで市民が大迷惑しても、統計によれば半数以上のフランス人は、ストを支持します。
私には「仕事が趣味」という知人がたくさんいます。それはとても立派なことだと思います。ただ、有給を完全消化する人、残業ゼロの人、男性でも育休を取得する人――こうした人たちの評価を下げるようなことはやめてほしいのです。
人事考課とは、本来、短い時間で効率良く仕事をした人を高く評価するべき制度です。今、まさに生産効率を上げることが日本経済維持の喫緊の課題なのですから、会社や役所も、掛け声ばかりの「働き方改革」ではなく、本質的な生産性アップに舵を切らなければなりません。
そのためにAIやDX(デジタルトランスフォーメーション)による業務改革が叫ばれていますが、実行するのは人間です。人が短い時間で仕事をこなし、残った時間を遊びに使えるよう、早くマインドチェンジをしてもらいたいと切に願ってやみません。遊びこそ、創造的な発想を生む源だからです。
■勤勉なはずの日本は生産性が低い
本稿を締めくくるにあたり、あまり愉快ではない数値をお示しします。IMFが発表した2023年の一人当たり名目GDPランキングで、フランスはイギリス、ニュージーランドに続く25位(4万6315ドル)、日本はブルネイ、バハマに続く34位(3万3950ドル)でした。
もちろんG7では最下位です。さて――。そろそろ私も遊びに出かけることにします。ここら辺で本を片手に、フランスワインでも一口いただくことにしましょうか。
【POINT】
・フランスでは有給休暇の完全消化が法律で義務化。長期休暇が消費を刺激し、経済循環につながる。
・フランスには、労働条件改善のための強力な交渉文化がある。「連帯」を重視し、退職者や学生も加わる。
・短時間で成果を出す評価制度が必要。遊びや余暇を創造の源とする発想が求められる。
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高橋 克典(たかはし・かつのり)
ブランドビジネス・コンサルタント
1957年9月、東京に生まれる。1980年、玉川大学文学部外国語学科卒業(フランス語専攻)。2019年よりアルシュ代表取締役、2021年よりバルコス(名古屋証券取引所上場企業)独立社外取締役を務めている。著書に『パリの裏通り』(KKベストセラーズ)、『パリジェンヌのおしゃれレッスン』(ダイヤモンド社)、『ブランドビジネス』(中公新書ラクレ)、『海外VIP1000人を感動させた外資系企業社長の「おもてなし」術』(ダイヤモンド社)、『高く売るフランス人 安く売る日本人 フランス流「休むことが利益を上げる」仕組み』(主婦と生活社)などがある。
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(ブランドビジネス・コンサルタント 高橋 克典)

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