※本稿は、遠藤貴則『ザ・ニューロマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■購入までに生じる「心理的バリア」
現代のビジネス環境では、顧客は商品・サービスを購入するまでに複数の接点(タッチポイント)を経由しながら意思決定を行っています。
たとえば、SNSで商品を知り、ウェブサイトで詳細を確認し、実店舗で実物を試し、最終的にオンラインショップで購入――といった、複雑な旅路(ジャーニー)が一般的です。
顧客は、AIDMA(Attention,Interest,Desire,Memory,Action)に代表されるプロセスを経て商品を購入します。しかしその過程では、次のようにさまざまな心理的バリアが発生します。
●認知段階のバリア
情報過多によるスルー。SNSや広告が溢れる現代、消費者は目にした情報の大半をスルーしてしまいます。脳のフィルター機能(RAS/脳幹網様体賦活系)が働き、興味がなければ瞬時に除外します。
●検討段階のバリア
不安・疑念。「本当によい商品なのか」「価格に見合う価値があるのか」といった疑念が脳の扁桃体を刺激し、購買行動を先延ばしにします。
●購入段階のバリア
購入手続きの面倒さ。
ここでは、各接点で生じる心理的バリアをどのように克服し、脳科学や行動経済学の知見を活かして購入体験を最適化するかを解説します。
その具体例として、オンライン靴販売で有名なZappos(ザッポス)が導入している「返品無料」ポリシーが、なぜ顧客の心をつかむのかを紐解きます。
■買い物を「快適な体験」にするために必要なこと
心理的バリアを外し、顧客に購買を「快適な体験」として感じてもらうには、次の2つがポイントになります。
●報酬系を刺激し、ストレスを下げる
行動経済学の観点では、人は得(報酬)があるときにモチベーションが上がり、損失やストレスを感じるときに強い抵抗を示します。
購買行動を促進するには、脳の報酬系(側坐核)を「買ったらワクワクする」状態にし、扁桃体が抱く不安や恐れを「大丈夫、安心」に変換する仕掛けが必要です。
●システム1とシステム2のバランス
ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー(システム1とシステム2)」理論によれば、消費者は直感(システム1)で判断しがちですが、買い物が高額・重要な場合は理性的思考(システム2)も絡みます。
システム2によってじっくり検討しようとする要素をいかに早めに解消し、消費者の思考をシステム1に戻してあげるかがポイントになります。
■オンライン靴サイトが重視する「送料・返品無料」
Zapposが導入している「返品無料」ポリシーが、なぜ顧客の心をつかむのかを見ていきましょう。
Zapposは、アメリカのオンライン靴販売で有名な企業で、現在はAmazonの子会社です。創業時から「顧客満足」を最重視し、とくに「365日返品無料」など徹底した顧客フレンドリーなポリシーで知られています。
「返品無料」というサービスは、靴のフィット感への不安や、初めて使うサイトへの懸念、返品の面倒さなどの心理的バリアを克服します。
購入ハードルの大幅低下、長期的なロイヤリティ確立、コンバージョン率の改善などのメリットが得られます。「Delivering Happiness(顧客に幸せを届ける)」という経営哲学は多くの企業に影響を与えています。
近年の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)研究でも、リスク低減キュー(返金保証・返品無料バッジなど)を提示すると、意思決定時に強く活動しやすい扁桃体が有意に抑制され、同時に報酬系の活動と購買意図が高まることが報告されています。
行動指標としても、EC画面の「返品無料」ラベルあり・なしをA/Bテストで試すと、クリック率が平均11~15%向上するというメタ分析結果が得られています。
ポイントは以下の3つです。
1 扁桃体・低下(リスク・不安の鎮静化)
2 報酬系・上昇(期待値・ワクワクの増幅)
3 結果として購入確率上昇・返品率低下
Zapposの「365日返品無料」が長年にわたりクリック率と顧客生涯価値(LTV)を押し上げてきた背景には、こうした神経レベルの「安心ブースト」があると考えられます。
返品ポリシーの可視化は、単なるオペレーション改善ではなく、脳科学に裏打ちされたUX(ユーザーエクスペリエンス)施策といえるでしょう。
■無印良品が売上増につなげた「サイト改装」
もう1つ、顧客の心理的バリアを外した実例を紹介しましょう。
国内オムニチャネル「無印良品」を運営する良品計画は、2021年秋から国内約600店舗に「ネット注文・店舗受け取り」を本格実装しました。
決算説明資料によると、「オンラインと店頭在庫を一元表示し、当日または翌日に受け取り可能」と明記し、ECと実店舗のシームレス化を戦略の柱に位置づけていることがわかります。
このシームレス化を図るうえで以下のようなフローを取りました。
●在庫検索可能
●MUJI.net/MUJI passportアプリ上で「店舗在庫あり」を即時表示
●電子決済または店舗を選択可能
オンライン決済の場合は近隣店舗(当日~翌日受け取り可)を指定・ピックアップ
●商品到着をプッシュ通知、店舗でQRコードを提示して受け取り
●14日以内返品可。店舗在庫に自動反映するため欠品ロスを低減
これにより売上にどう影響が出たかというと、EC売上高は27%増を達成。そのほか、店舗受け取り比率は約28%(EC注文件数に占める割合)、社内コンバージョン改善は10%増を導き出しました。
なぜ売上が上がったかというと、顧客には「送料ゼロ・即日入手・アプリで在庫把握」、店舗には「来店頻度アップ・ついで買い促進・返品物流コスト減」という両者を満足させるメリットがあったのです。それが「ネット注文・店舗受け取り」を促進させました。
■バリアを洗い出し、報酬を設計する
それでは最後に、ニューロマーケティングの視点を補足しましょう。
●「即時性」がもたらす報酬系活性
ユーザー調査では「今から○時間以内に受け取り可」の表示があるとき、脳血流が平均15%増加し「待ち時間のストレス指標(ガルバニック皮膚反応〔GSR〕)」が12%低下。
●「確実性」(在庫可視化)による扁桃体抑制
在庫未表示のECよりも扁桃体活性が有意に低く、購買決定スピードが約1.3倍に短縮。
Zapposや良品計画に学び、カスタマージャーニーを最適化するには、次のステップが重要になります。
1. カスタマージャーニーマップの作成
顧客の行動を時系列で可視化し、各ステップで顧客はどんな情報を求め、どんな感情を抱くのかを分析します。心理的バリアを洗い出し、「ここで離脱する原因は何か?」「不安や不満はどこで発生するか?」を特定します。
2. バリア対策と快感(報酬)設計
不安や疑念を解消する施策(口コミ表示、詳細スペック、返品保証、チャットサポートなど)と、ポジティブ体験を増幅する仕掛け(ポイント還元、特典クーポン、会員ランクアップ、感謝のメッセージなど)を設計します。
3. PDCAと継続的改善
各ステップの離脱率、コンバージョン率、顧客満足度を数値化し、改善点を特定します。また、A/Bテストや仮説検証を行い、返品無料や送料無料などの施策がどれだけ売上・利益に貢献するか検証し、最適解を探ります。
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遠藤 貴則(えんどう・たかのり)
法廷臨床心理学博士・ニューロマーケティング(脳科学マーケティング)トレーナー
1985年、東京都文京区生まれ。神奈川県横浜市のサン・モール・インターナショナル・スクールの高校を卒業。2006年、米国オレゴン州ルイス&クラーク大学にて心理学専攻及び中国語を副専攻で大学卒業。2008年、米国フロリダ州アルビズ大学大学院にて心理学修士課程修了。2013年、同大学院臨床心理学博士号、法廷特化で修了。博士論文Doctoral Project:Endo, T. K. (2012) Test Construction: Clinician’s Gay Male Competence Inventory. (Doctoral dissertation, Carlos Albizu University)。のち、オレゴン州にて臨床心理学士の国家治療免状を取得。マイアミ市警、FBI、CIAの調査支援を行った実績を持つ。2017年、薬物依存人口を減らした功績を称えられ、フロリダ州ジュピター市より表彰される(2017 Best of Jupiter Awards – Drug Abuse & Addiction Center)。現在は、実践的ビジネスサイエンス、実践的心理学、脳科学的教育、ニューロマーケティングの普及、後進の育成に努める。
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(法廷臨床心理学博士・ニューロマーケティング(脳科学マーケティング)トレーナー 遠藤 貴則)

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